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間話 サーフの受難

「これはこれはサーフ様。ご機嫌麗しゅう。王妃様もお元気でいらっしゃいますでしょうか。ご懐妊されてからは公務からも遠ざかられて、臣下一同、またお目にかかれるのを楽しみにしております」


 貼り付けた愛想笑いと丁寧すぎて嫌味に感じる男の言葉に、サーフは内心舌打ちをした。


「久しいな、カールトン」


 そっけない言葉で、サーフはチラリと相手を見る。ルーダ・カールトン伯爵。財務を司る大臣として働くこの男は頭は切れるが野心が強く、信頼が置けるとは言い切れぬ相手だった。


 王宮の廊下、アリィシャの元に向かっている途中に鉢合わせた事に、サーフは忌々しさを感じた。側に控える騎士団長のベールは、嫌な相手に出くわしたと露骨に眉を顰めたが、口は開かなかった。


「アリィシャは元気だ。腹の子も順調と王宮医師も太鼓判を押すほどよ。子が産まれ身体も回復すれば、妃もまた公務に復帰できよう」


 サーフの冷ややかな視線も気にせず、カールトン伯爵はニヤニヤと笑みを浮かべる。


「しかし、しばしの間とはいえ、美しき華である王妃様が公務に出られぬとは、他国の使者との会食や夜会など、不便な事も多い事でございましょう。まさか平民の愛妾様をお連れする事も出来ませんし」


「余に愛妾などおらぬ。我が妃はアリィシャ唯一人だ」


 サーフの斬りつけるような言葉も、ベール騎士団長の刺すような殺気も、カールトン伯爵は全く意に解さない。


「そうでしたな。失礼いたしました。しかし陛下、やはり王家の安寧の為にも、由緒正しき家柄より側妃を迎えられるべきでしょう。我がカールトン家の娘、ナディアはその点、教育完璧な、まさに王家に相応しい娘。どうか一度お側にあがらせていただきたく…」


「お前の娘はまだ成人前ではないか」


 サーフがそう吐き捨てると、カールトン伯爵は恭しく頭を下げた。


「まだ成人前ではございますが、そんな事はどうとでもなります。青き果実のような瑞々しい娘でございます。きっとサーフ様のお好みに合うでしょう」


 下卑た笑いを浮かべるカールトン伯爵の言葉に、サーフの額に青筋が浮かぶ。


「下がれ、カールトン。お前の戯言に付き合う暇はないわっ!余にアリィシャ以外の妃はいらぬっ!二度とお前の娘の話など、余の耳にいれるな」


 サーフの鋭い叱責に、カールトン伯爵は謝りながら深く頭を垂れた。

 サーフはそれに見向きもせず、再びアリィシャの部屋へ足を向けた。



◇◇◇



「カールトン伯爵家のナディア様…。確か、御年はまだ13歳ではなかったでしょうか…」


「なんだと…?子どもではないかっ」


 並んで腰掛けたソファで、ピッタリと愛しい妃に寄り添い、その膨らんだ腹を撫でながら、サーフはピキリと額に青筋を立てた。途端に手のひらに衝撃が伝わり、サーフは驚きに目を丸くする。


「おっ!蹴ったぞっ!生まれる前から力強い子だ。流石余の子だなっ!」


「まぁ…。お父様の声が聞こえたのが嬉しかったのかしら?」


 すっかり母親の顔になって、アリィシャは愛しげに腹を撫でた。もう少しで産月だ。お腹も大きく目立ち、日に日に我が子への愛しさが募っていく。


 普段の凛々しさの欠片もなくデレデレと頬を緩めるサーフと、幸せいっぱいのアリィシャの姿を見れば、付け入る隙などないと理解出来そうだが、生憎こんな情けない姿を臣下に晒す王ではない。この胸焼けがするやり取りをよく見せられるベールは、いっそ外部にもこの姿を見せてやりたいと思う事もあるが、王家に対する不審が高まりそうで提案した事はなかった。


「しかし…。その様な幼い娘を側妃になどと…。カールトン伯爵は野心家だとは思っていましたが、まだ13の子どもを本気でサーフ様に添わせたいと思っているのでしょうか?」


 ベールは不快感も露わに吐き捨てた。13の子どもを29の男に嫁がせようというのは、一般的にあり得ない。貴族間で家の事情により歳の差のある婚姻は稀にあるが、それでも夫婦どちらも成人してからだ。


「ヤツが成人前の子どもを余に嫁がせようという気になったのは、メイルが原因だ」


 サーフは面白くなさそうに、唇を尖らせた。アリィシャは不思議そうに首を傾げる。


「メイル様が、ですか?」


「そうだ。メイルが童顔だがら、余が小さな娘に欲情する様な輩だと思われているんだ」


「ブッ」


 ベールが思わず吹き出す。確かにメイルはかなりの童顔だ。そんなメイルが愛妾と思われているサーフは、幼児趣味があると疑われたのか。

 ベールは頑張って笑いを堪えようとするが、なかなか難しく、小刻みに震えながら、声を出すのだけは耐えた。


「あの…。サーフ様はメイル様を側妃にお望みにならないのでしょうか…?」


「ぶえっふ!グヘッ!ア、アリィシャ?突然何を言っている?」


 突然のアリィシャの言葉に、サーフは変な所に飲みかけの紅茶が入って、盛大に咽せた。


「いえ…。私、メイル様が側妃になってくださったら、とても心強いと思いまして…」


 アリィシャは腹部を撫でながら、物憂げな表情を浮かべる。

 今回の騒動で、アリィシャは唯一人の妃という事の頼りなさを痛感していた。カールトン伯爵のいう通り、正妃である自分が公務に就けない間、その負担は全てサーフが負うことになる。万が一アリィシャが命を落とすことになれば、サーフはまた正妃を選ぶ所から始めなければいけないのだ。


 例えばメイルの様に、信頼できる人がサーフの側妃となってくれれば…。


「アリィシャ…。余はお前以外の妃など要らぬ。メイルなどもっての外だ」


 脱力したようにサーフは言うが、アリィシャはむぅと唇を尖らせた。


「メイル様がお気に召しませぬか?確かに身分は足りませぬが、そこはどうとでもなりましょう。能力的にも功績的にも、妃たる資格は充分かと。サーフ様もメイル様と接する時は楽しそうです!」


 それに…。アリィシャはキュッと眉を顰めた。

 アリィシャは不安だった。この邪竜の騒動が終わったら、メイルがいなくなってしまいそうで。

 アリィシャはメイルを慕っていた。気安い友人の様で、頼りになる姉の様で、包み込んでくれる母の様で、力強い騎士の様で、アリィシャにとって既にサーフと同じぐらいなくてはならない人になっている。

 メイルを留めておけるなら、サーフが彼女を側妃を迎えるのも構わないと思った。


 サーフはアリィシャの様子に溜息をついた。ほんの数日メイルがいないだけで、最愛の妃は塞ぎ込み、突拍子もない事を考えている。あの人誑しめ、と忌々しく思ったが、自分とてあの無礼な魔術士がいないと、どうも調子が出ない。メイルがいない間はあの敬意の欠片もない言動に腹が立つ事もないだろうと喜んでいたが、何だか毎日が物足りぬ気持ちだ。


 だがサーフがメイルを娶るなど、天地がひっくり返っても有り得ない。サーフも嫌だが、メイルも全力で拒否するだろう。眉を顰めて「はぁ?頭沸いてるんですか、陛下?」とか平気で言いそうだ、あやつは。


 そこまで考えて、サーフはふとある事を思い出し、内心ニヤリと笑った。そう言えば、アリィシャの不安が吹き飛ぶネタがあったと。


 サーフは内心の愉快さを抑え、神妙な面持ちで首を振った。

 

「アリィシャ。お前が不安がる気持ちも分かるが、余はメイルを娶る事はないぞ?あのミルドを敵に回す事は出来ん。宰相が懸想している女を妃に迎えるなど、国が乱れる元だろう?」


「ミルド様?もしかして、ミルド様がメイル様を?」


 サーフの言葉に、アリィシャは思った通り食いつく。その目は、好奇心に満ちてキラキラ、いや、ギラギラと輝いている。

 アリィシャに仕える侍女達も、驚きに目を見張っている。アリィシャが実家から連れてきたこの侍女達は、メイルがアリィシャを救った事情も心得ている腹心の侍女達だ。メイルに対する信頼も厚い。


「初めてミルドがメイルに会った時の様子を、お前にも見せてやりたかった。あのミルドが、恋は人を変えるなどと言ったんだぞ?」


「まぁぁ!あのミルド様が?信じられません!」


 アリィシャは頬を赤らめた。身体をくねらせるその様子から、先程の憂いは感じられない。侍女達も職務中のため必死で押し隠していたが、ウズウズと楽しげな様子だ。やはり女性というものは、恋物語に興味を惹かれるものらしい。


 そしてもう1人、アリィシャとは別の意味で衝撃を受けている人物がいた。


「あのミルド様が…」


 ベールは信じられない気持ちだった。王家とも縁のある侯爵家の後継にして敏腕宰相のミルドだが、彼は女性に一切靡かぬ男として有名なのだ。一部では女に興味がないのでは?と良からぬ噂が囁かれているぐらいだ。


「暇さえあればミルドはメイルの元に通っていると聞く。あれが女性に本気になるなど、長い付き合いだが、余も初めて見た」


「サーフ様っ!もっと詳しくお話しくださいませ。それで、メイル様はどのようなご様子ですの?私がお会いする時はそんなご様子は全然っ。まぁ、まさかルガルナにミルド様が行かれたのもメイル様を追いかけて?!」


 アリィシャは頬を抑えて歓喜の声を上げる。なんて情熱的な話なのだろう。

 ジャイロ王国の裏支配者と呼ばれる敏腕宰相のミルド。その彼なら、メイルを娶りジャイロ王国に繋ぎ止められるかもしれない。考えてみればあのメイルの相手になれるのは、サーフを除けばミルドぐらいだろう。


 アリィシャは腹心の侍女達に視線を向ける。侍女達も目を輝かせ力強く頷き返した。

 それを目撃したベールは、ひたすら嫌な予感がした。我が娘ながら、アリィシャはジャイロ王国の王妃だ。儚げな見た目とは違い、かなり押しが強いし根回しも完璧だ。そのアリィシャが俄然やる気になっているのだ。


 今ここに、強力なミルドの恋の応援隊が出来た瞬間だった。

 


 









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