31 邪竜の手掛かり
「アーノルド・ガスターの弟子…」
どうやったら500年前の大英雄の弟子になれるんだから始まる一連の説明が終わり、ゴダ卿は魂が抜かれたようになってしまった。
メイルが弟子だという事は、ミルドが何故か持っていた、昔ジャイロ王からアーノルド・ガスターに送られた印章付きの手紙と、時空魔術を披露した事ですぐに信じてもらえたのだが、それ以降、ゴダ卿は呆然としたままだ。
「あのー、ゴダ卿。私、お尋ねしたいことがあるんですけど」
メイルが声をかけると、呆然としたままこちらに視線が向く。衝撃のせいかボンヤリとしたままの目つきに、ゴダ卿の年齢のことも考えて、若干心配になってきた。
「あー、すいません。ご気分がすぐれないなら、出直しますけどー」
メイルがそう言った途端、ぐわっとゴダ卿の目が見開かれ、こちらに身を乗り出してきた。
「帰るだとっ!帰すものかぁっっ!!いやっ!お待ちくだされっっ!!」
がっしりとメイルの肩を掴み、額が触れんばかりに顔を近づけ、ゴダ卿は叫んだ。
「メイル様っ!ワシは貴女にどこまでも付いていきますっ!このワシに出来ることがございましたら、何でもお命じ下さいっ!貴女の従者に、側仕えにならせてくださいっ!どうか老い先短い身の願いを、叶えてくだされっ。ワシは、ワシは、大英雄アーノルド・ガスターの全てを知るまでは死ねんのだぁっ!」
「ち、ちょっと、ゴダ卿。落ち着いてっ!」
突然ゴダ卿に迫られ、驚くメイルだったが、ぐいと後ろから身体を引かれ、強制的に彼から引き離された。
「ゴダ卿。女性に対する態度とは思えませんね」
珍しく嫌そうに顔を顰めて、ミルドはメイルの手を引き、その姿をゴダ卿に見えない様に背に庇う。
「ミルドっ!退かぬかっ!ワシはメイル様に一生付いていくのだぁっ!」
「許可しかねます。そのような求婚まがいのお申し出は却下させて頂きます」
ミルドの冷たい言葉に、ゴダ卿は意外にも顔を真っ赤にした。
「きゅっ、求婚などしとらんっ!アーノルド・ガスターの研究にご助力頂きたいだけだっ!アーノルド・ガスターはワシの生涯の研究対象っ!そのお弟子様に会えるなど奇跡ではないかっ!ワシは絶対に諦めんぞっ!どうしたら許可が出るんだっ!」
叫ぶゴダ卿に、ミルドは涼しい顔で言う。
「メイル様に触れないこと、顔を近づけないこと、勝手に話さないことは最低限守っていただかないと。2人きりでは会わない、面会は短時間、私の許可を取ってからですね。手紙のやり取りも私を介して下さい。侍従などもってのほかです。出来た弟子達がいますので、間に合っています」
「めちゃくちゃ厳しいなっ?」
「独身の男がメイル様に近づくのなら、これぐらいの規制は必須です」
当然と言わんばかりのミルドに、ゴダ卿は不満そうに言った。
「独身って…ワシは80歳のジジイだぞ?確かに連れ合いは亡くして1人もんだが…。ワシみたいなジジイと2人きりで会ったからとて、ナニが起こるでもあるまいし、悪い噂が立つとも思えんが…」
ゴダ卿の尤もな言い分に、ミルドは全く譲歩しない。「男はいくつであろうと獣です」と真顔で言い切った。
縋る様にチラチラとメイルに視線を送るが、メイルはにっこり笑うだけだ。
「あー、そういう事はミルドさんに一任していますので」
メイルの言質を得て、ミルドは凄みのある笑みを浮かべる。
「ええ。こういう仕事は私の仕事ですから」
多少の認識のずれはあっても、利害は一致しているので、メイルとミルドになんら不都合はなかった。
◇◇◇
なんとかミルドを介した文通の許可が降り、落ち着いたゴダ卿にメイルは聞きたいことを聞いてみた。
「500年前、師匠が邪竜を封じた場所って知ってますか?」
その言葉を聞くなり、ふにゃふにゃとニヤけた顔でアーノルド・ガスターのローブや杖を撫で回していたゴダ卿の顔が一変した。顔が紅潮し、目が爛々と輝く。
「ふむっ!邪竜の封印場所かっ!それは、アーノルド・ガスターの研究家の間でも、長く論じられている問題の一つだ」
ゴダ卿は、古い一冊のノートを机の引き出しから取り出し、眼鏡をかけてページを捲る。
「ふむ。大図書庫の禁書の一つ、ジャイロ王家の歴史書『ジャイロ・ロード』は読まれたか?」
「あぁ、あの、5代前のジャイロ王の時代の本ですよね?確か隣国から嫁いだスターシャ姫の視線から書かれた、ジャイロ王の暴露本」
微妙な顔のメイルに、ゴダ卿はニヤリと悪い顔で笑う。
「うむ。あれはスターシャ姫の日記なのだが、当時の王室を赤裸々に書きすぎて姫が亡くなると同時に禁書となり、王宮図書庫の奥へ仕舞い込まれた。処分したくとも当時の隣国との関係もあり、姫の遺品を簡単に処分することが出来なくてな。隣国にはジャイロ王家に関する重大な情報が記されている為、門外不出と言って煙に巻いたらしいがなぁ。只のジャイロ王の色模様の暴露本なのになぁ」
5代前のジャイロ王は、色欲王と陰口を叩かれるほど女好きな王だったらしい。隣国の姫を王妃に迎えながら、側妃に愛妾、貴族の未亡人に成人前の令嬢、側近の妻に侍女に下女に町娘にとあらゆる女性に手を出し、最期は王太子に国を荒らしたと無理やり隠居させられ、挙句に幽閉されたジャイロ王国史上断トツの悪王とされた人物だ。
件の禁書は、ジャイロ王の女関係を具に記し、こんな男に嫁がされたスターシャ姫の愚痴にはじまり愚痴で終わるという、なんとも身も蓋もない本だ。まぁ、日記なのだからこんなものかとメイルは気にせずに最後まで読んだのだが。
「あの本に出てくる、妻を寝取られた挙句地方に左遷された側近がいただろう?あやつの家は代々ジャイロ王家に仕える側近を輩出する名家だったが、地方左遷のための引っ越しの最中、祖父の遺品の中から当時の王宮に関する重要な記録がいくつか見つかった。禁書の中にも記されていたが、スターシャ姫は側近に大層同情していてな。何かと面倒を見ていたため、密かにスターシャ姫を通じてこれらの記録をジャイロ王国に寄贈したと言われている」
「そんな記述、あの本には…あぁ、そういえば、スターシャ姫が側近から貴重な書籍を受け取ったとあった…」
しかしそこに師匠に関する記述はなかった。不思議に思ってゴダ卿を見ると、ゴダ卿は非常に得意げな顔をしていた。
「肝心の寄贈された書物は、色欲王の退位時のゴタゴタで起こった小火で焼失してしもうたがな。そこはアーノルド・ガスター研究家達のネットワーク力の成せる業よ。ワシらの仲間に側近の縁戚に連なるものがいてな。そこから昔の記録を遡らせたところ、寄贈した書籍の写しが見つかった」
「そこに、邪竜に関する記述が書かれていたのですか?」
ミルドの言葉に、ゴダ卿は首を振る。
「いや。それは側近の覚書きの様なものでな。日々の生活や王宮での出来事を綴ったもんなんだが、その中にアーノルド・ガスターが邪竜の封印場所を書物に記したと記録されておった。誰かに悪用されぬ様、アーノルド・ガスター自身が厳重に封印し保管することになったと書かれておった。ワシが知る限り、500年前の邪竜封印に関係ありそうな記録はこれだけじゃ。研究家の間では、邪竜の封印場所に関しては、アーノルド・ガスターが墓場まで持って行ったのだろうと言われている」
「師匠が、邪竜の封印場所を書き残していた…」
それは十分ありうる事だった。メイルの知る限り、師匠は忘れっぽい人だった。それに飽きっぽく移り気で、興味の対象がクルクル変わり、落ち着きのない幼児のような人だった。そりゃあ書いてなきゃ忘れるだろう、あの師匠だし。
「うーん。でも、私、師匠が残した物は全て目を通しているんです。師匠の持っていた本や研究資料、落書きやゴミに至るまで。遺品整理した時に。ゴミでも文字が書いてある物は習性的に読みますし」
メイルは自分が本の虫、活字中毒であることを自覚していた。師匠が残した物で、読んでいない物はないと断言できる。
ふと、メイルの中で何かが引っかかった。
何か違和感が。全てに目を通したという発言の中で、何かが。
「あ…」
引っ掛かりの正体に気づき、メイルは謎が解けた様な気持ちになったが、同時に非常に残念な気持ちになった。
師匠に関わるといつもこんな気持ちになってたなーと、メイルは懐かしくなった。




