30 物好きなファン
なんだかんだで、ミルドとゴダ卿を訪ねることになったメイルだったが、手ぶらで訪ねるのは失礼だと言うミルドの提案で、被害の大きかった村から少し離れたルガルナ領内の街で、土産を見繕うことになった。ミルドに「村と違って人が多いですねぇ、手を繋ぎましょう」と手を差し出されたので、素直で大雑把なメイルは、それもそうかと言われるままに手を繋いだ。
ルガルナ領を救い、壊滅的な被害を受けた村の復興に貢献した大魔術士隊の噂はルガルナ領民の殆どに知れ渡っており、ルガルナ領ではメイルが王の愛妾などと言う噂は払拭されていた。
そんな中、大魔術士隊の特徴的な白のローブ姿のメイルが宰相のミルドに手を引かれ、楽し気な様子で土産を物色する様子に、領民達は好奇の目を向ける。
なにせメイルは辺境伯家の次男カナムと、辺境伯領一の実力の魔術士シリンが女神と讃え夢中になっていると噂の女性だ。カナムとシリン、どちらが女神の愛を得るのか、連日そんな話題で盛り上がっていた所に、王都でも切れ者宰相と評判のミルドが、蕩けるような笑みを浮かべてメイルと手を繋いでいるのだ。紳士的なエスコートよりも遥かに親密なその様子に、思わぬ恋敵出現かと、風のような速さでその様子は街中に広まった。
後にこの話を聞いたカナムとシリンが、揃って地団駄を踏んで悔しがったのは言うまでもない。
◇◇◇
土産を買ったメイルとミルドは、ルガルナ領の領都の端にあるゴダ卿の屋敷にやって来た。ゴダ卿の屋敷は古いが手入れが行き届いていて、働く使用人達の動きもキビキビとしていて、見ていて気持ちいいものだった。庭には季節の花が咲き乱れ、見るものの目を楽しませる。だがそんなことよりも、当主の待つ応接室に通されたメイルは、衝撃のあまり遠い目をしていた。
「何故この女を連れて来たのだ、ミルドっ!」
屋敷の当主、ゴダ卿はシャッキリと伸びた腰、髪もふさふさで肌艶も良く、とても80歳の老人には見えなかった。こちらを怒鳴りつける声も凄みがある。
「ゴダ卿。お久しぶりです。相変わらずお達者で」
怒鳴りつけられたミルドは、動じる様子もなく穏やかに笑っている。ちなみにメイルとは手を繋いだままだ。
「噂はこのルガルナまで届いているぞ、ミルド!!サーフ様もサーフ様だっ!賢姫たるアリィシャ様を娶っていながら、このような野草に手を伸ばすなどっ!先代王や先先代に似ず、二心を持つとは情けないっ!!」
ゴダ卿にはルガルナ領の赤竜討伐の噂は届いていない様だ。そう言えば、王宮にいる間も大図書庫の中に籠ってばかりで、あまり外の事に気に掛ける人ではなかった。だから今ひとつ情報が遅かった。ミルドは罵倒を受けながら、困った人だと微笑んでいる。
憎々し気に睨みつけられ、嫌悪感丸出しで怒鳴りつけられているメイルは、それほど気にしていなかった。赤竜の断末魔の咆哮に比べれば、目の前の老人の怒鳴り声は可愛い子犬が騒いでいるようなものだ。そこはどうでもいい。
だが確実に、メイルの精神力を抉りにくる代物が、この部屋の中にはあった。
「何より許し難いのは、この女に大魔術士の称号を与えた事だっ!大魔術士だぞ!!大英雄、アーノルド・ガスターが王より賜りし栄誉ある称号を、よりにもよって愛妾なんかにっっ!!儂は、サーフ様には心の底から落胆したっっ!!」
怒れる老人の後ろ、招かれた客から見れば目の前の壁一面に陣取る、大魔術士アーノルド・ガスターの肖像画。見慣れた真っ白なローブと4大竜の魔石をあしらった杖、僅かに右斜め上に顔を向け、厳しいながらも慈愛に満ちた瞳、引き締められた唇。
「メイル、メイル、俺のキメ顔これなっ!!」と何度も見せられた表情そのままの師匠の肖像画に不意打ちに喰らって、メイルはかつて無いほどダメージを受けていた。
「よいか、女!大魔術士の称号は、アーノルド・ガスターとジャイロ王の信頼と友情、深き感謝の末に作られたものだっ!アーノルド・ガスターは、才能に溢れた最高の魔術士で、唯一の時空魔法の遣い手!!その神に等しいお方の称号をお前如きが名乗るなど言語道断!!」
老人がうっとりと語る大英雄は、村の酒場で裸踊りをして出禁になった男だ。酔っ払って湖に火魔法を放って干上がらせた男だ。そんな師匠の後始末を散々やらされたメイルにとって、アーノルド・ガスターはただの迷惑なおっさんだ。確かに強かったが、断じて讃えられるような英雄では無い。
しかしこの国には少なからず、伝説の英雄、アーノルド・ガスターの信奉者がいる。彼らはアーノルド・ガスターの数々の武勇伝を好み、研究しているものも多かった。
「この肖像画に描かれているアーノルド・ガスターの杖は、彼が28歳の時に倒した4大竜の魔石をあしらったものだ。ジャイロ王国を4大竜が襲った時、彼はたった一発の魔術、大火炎で倒した。その時にジャイロ王から賜ったのがこのローブ。当時の王宮魔術士達が当時の魔術の粋を集めて作られたもので、最高の魔術防御力を備えていたと伝えられている。このローブはその作成資料が一部残っているのみで、現存してはおらんが、ローブが実在したかどうか、未だに学会では論争の的となっておる」
何故か滔々とアーノルド・ガスターについて語り始めたゴダ卿に、メイルの意識はようやく覚醒した。事実と違う話を聞いて、違和感を感じたのだ。
「ワシはこのローブは実在すると思うっ!だが反対派の奴らはローブ作成の資料が一部しか残っておらんのは完成しなかったとか、当時の王宮魔術士が史実にある様な高位魔術は扱えないなどとっ反論してくるんじゃあっ!そんなはずなかろう!」
顔を赤くしてヒートアップするゴダ卿をよそに、メイルはじっと肖像画を見た。やはり、思った通りだ。
「どちらの主張も正しくどちらの主張も間違っていますね。このローブは実在しますが、王宮魔術士の作ではないことは確かです」
メイルの淡々とした言葉に遮られ、ゴダ卿はポカンとする。
「この肖像画で師匠が着ているのは2代目のローブです。1代目のローブを改良したものですよ」
メイルは収納魔法でしまってあったアーノルド・ガスターのローブを取り出した。一つは師匠に託された遺品、メイルの汚れてもいい服だ。そしてもう一つは、師匠が捨てられなかった、思い出の品。ジャイロ王国から貰ったローブだ。これは流石のメイルも、作成者に敬意を持って、貴重品としている。
「肖像画のローブの首元の刺繍は、2代目のローブと同じです。刺繍糸に魔石を砕いて染料として混ぜ込んでいるので、少し色合いが違います。また、刺繍の紋様も改良して、魔力包括力が上がっています。つまり肖像画のローブは師匠が作ったものです」
ニコリと微笑んで、メイルは1代目のローブを撫でた。
「このローブを贈られた時、師匠はとても感動したそうです。それまで魔術士のローブに、魔術陣を刻んで防御力を上げるという発想がなかったそうで、目から鱗が落ちたと言ってました。当時の王宮魔術士の一人に、ユナック・ダガーという方がいらっしゃったそうですが、魔力は強くなかったけどこういった魔道具作りに長けた人だったそうですよ。若くして病気で亡くなったけど、もっと長生きしていたら、魔術士としても大成しただろうと師匠がよく話していました」
「そうなんですが。初めて知りました。凄い方だったんですねぇ」
感心してローブに触れるミルドに、メイルは頷く。
「はい。杖に魔石を複数個、定着させる方法を考えたのもその方だったらしいです。一つの杖に属性の違う魔石は反発し合いますから。その特性を逆手に取った魔術式を考えつくなんて。真の天才とはこういう人を言うんでしょうね」
メイルは収納魔法でヒョイと師匠の杖を出した。師匠の魔力が色濃く残る杖は、魔石の大きさもあってか未だに輝きが衰えない。
「美しいですね…」
薄らと赤色の魔力を纏い光る杖に、ミルドはため息を吐く。
「師匠は元々火属性の強い人でしたから。やはり元々の属性が強いもので染まりやすいですね」
陽にかざすと余計にキラキラと杖の魔力が赤く輝く。懐かしい気持ちになってメイルは微笑んだ。
「ちょっ!待て!ちょっと待て!!何だこれはっ!アーノルド・ガスターのローブ?どこから出した?まさか、伝説の収納魔法かっ?何故2枚ある?それとこれは魔力杖??肖像画の杖と同じ?アーノルド・ガスターの杖なのかっ?何故そんなものがここにあるんだ!!」
ゴダ卿の言葉に、ミルドは面白がっている様子で聞く。
「おや?ゴダ卿はアーノルド・ガスターのローブも杖も現存すると信じてらっしゃったのでは無いですか?」
「そ、それは勿論っ!いやしかしっ?これは本物なのか?見た目は確かにこの肖像画と一致しているが…。いやいや、この肖像画はジャイロ王国の王の間にある絵を模写したもので、模写の許可を取るのも相当苦労したんだぞ?そもそもアーノルド・ガスターの肖像画は希少で、その中でも杖とローブが描かれているのはこの一点だけと言われていて…」
真偽を確かめるかの様にメイルに視線を向けるミルド。
メイルは困った顔で頷く。
「あー。師匠は肖像画のモデルになるの嫌いって言ってましたからねー。ジッとしているの苦手なんですよ、あの人、飽きっぽい性格だから。でも女性には甘かったから、女性の画家さんにお願いされたら、モデルになってあげたみたいですよ?あんなに可愛い娘にお願いされたら、嫌とは言えないよなーとか言って、デレデレしてましたよー」
メイルの言葉を受け、ミルドがゴダ卿に視線を向けると、ゴダ卿が呆然と呟く。
「確かに…。アーノルド・ガスターの肖像画の画家は全て女性。この絵の画家もルーク・スイシアという男性名で銘があるが、その正体はスイシア子爵家二女、ルナ嬢と言われている…」
カクカクと不自然な動きでゴダ卿がメイルに目を向ける。それを見て、メイルは決まり悪げに頬をかいた。
「あー、ご挨拶が遅れてすいません。アーノルド・ガスターの弟子、メイルと申します」




