29 エスコートを勝ち取るのは
「元大図書庫管理官のゴダ卿ですか?」
「そう。大図書庫の爺さんが会ってみたらいいって言ってたんです。ルガルナ出身の方ですよね?」
「えぇ、ゴダ卿ならここからそう遠くない所にお住まいです。メイル様、宜しければ私がお供を…」
頬を染め、嬉し気にそう言うカナムに、メイルは首を傾げる。
「でも…明日には王都に戻りますし、カナムさんはお忙しいでしょう?先程からルガルナ家の侍従さんが何度もカナムさんを呼びにいらしてますけど、行かなくていいんですか?」
家作りも目処がつき、後は大工達の細かな工事が終わるのを待つばかり。小休憩に侍女さんたちが準備してくれたお茶とお菓子を楽しんでいたメイルと弟子達の元に、ちゃっかりやってきたカナムだったが、先ほどから辺境伯の遣いが必死の形相でカナムを呼びにきていた。
「うっ、いやっ!大丈夫ですっ!」
カナムが力強く断言する。ルガルナ領の復興のため、カナムも忙しく働いていたので、なかなかメイルとの時間を作ることができなかった。夜は夜でメイルはあのいけすかない宰相と一緒にメイルの家に帰ってしまうし…。カナムも一緒にメイルの家に泊まりたかったが、メイルに「実家があるのに何で?」と聞かれて、答えられなかったのだ。
「ゴダ卿の家は少しわかりにくい場所にありますっ!俺に是非案内をさせて下さいっ!」
「そうなの?」
じゃあお願いしようかなとメイルが続ける前に、カナムを阻む者たちが現れた。
「ゴダ卿の家までは、分かりやすい一本道だそうですよ?メイル様、道はフォレス殿に教えていただきましたので、私がご一緒しましょう」
「ミルド宰相っ!」
「カナムっ!何故呼んでいるのに来ないんだっ!王都から派遣される騎士団の配置について話し合うことになっていただろうがっ!」
「あ、兄上…」
鼻の下を伸ばしていたカナムは、怒り心頭のフォレスにガッシリと肩を掴まれ、青ざめた。
「い、いや、しかし、兄上っ!明日はメイル様も王都にお戻りになりますっ!そうなるとなかなかお会いする機会が…」
「馬鹿もんっ!もうお前の直属の上司であるカート副隊長もいらしているんだぞっ!早く来いっ!」
フォレスの言葉に、メイルは目を丸くする。
「えっ!カートさんもう着いたの?馬で10日掛かるんじゃなかったっけ?」
メイルがルガルナに来てまだ7日だ。明日には王都に戻るつもりだったし、治安維持のためにルガルナに着任予定のカートが同時に出発していたとしても、まだ3日は掛かる予定だ。
「騎士の馬は脚が速いですからね。通常よりは速いでしょう。馬に回復魔術を掛けて、夜通し走ったようですよ?」
「へえー。仕事熱心だね、カートさん」
メイルは感心していたが、実はカートはメイルに会いたい一心で急いでいたということに、ミルドは気づいていた。ルガルナ領の治安が安定するまでの間、ここに滞在するカートは、明日王都に帰るメイルに暫く会えなくなる。そのために無理をして馬を走らせたのだ。付き合わされた部下達も、気の毒なものだ。
「メイル殿っ!」
そんな話をしていると、当の本人が現れた。
バサバサの髪に薄汚れた格好で、青い顔をしているがメイルを見ると嬉しそうに顔を綻ばせる。その後ろから、死屍累々の部下達が、フラフラと付いて来ていた。ルガルナ領の治安維持の為に派遣されたはずだが、こんな調子で働けるのだろうか。
「うっわぁ。カートさんすごいボロボロだけど、大丈夫?部下の人達、疲れてるねぇ…」
喜色満面のカートと、その後ろに死にそうな顔色の部下達を見て、メイルは目を丸くする。赤竜は倒したのだから、もっとゆっくりで良かったのに。
「先ほど、ルガルナ辺境伯にご挨拶をさせてもらった。さすがはメイル殿、ルガルナ辺境伯が褒めちぎっていた。見事に赤竜を倒されたとか」
「倒したのはスーランとファイ、それにトドメはフォレスさんですよ。私は見学しかしてません。それよりカートさん酷い顔色ですよ。『大地の癒し』『洗浄』」
メイルはカートと部下達に回復魔術と洗浄魔術を掛ける。途端にしゃっきりと元気になったカート達から、驚きの声が上がった。
「なんだ!身体が軽くなった?」
「鼻が曲がりそうだった臭いが消えたっ?!身体もスッキリしてるぞ」
メイルは騒ぐカートの部下達の中の、回復魔法をかけても未だにぐったりしている4人の男達に近づいた。赤いローブの男が2人、青いローブの男が2人。騎士団に帯同した魔術士隊の者だろう。
「あらら。魔力切れ?魔力枯渇まではいってないけど…」
「ぐっ、お前はっ…。何故ここに王の愛妾がっ!」
「ははは、その呼び名、腹立つー。そんな奴にはスペシャル魔力ポーション!」
メイルは男の口に魔力ポーションを注ぎ込む。メイルとスーランが開発した、効きは良いけど味は最悪の例の代物だ。案の定、魔力ポーションを飲んだ男はビクリと痙攣し、床に倒れ伏す。
「にがあぁぁぁっ!何だこれはっ!」
「魔力ポーション」
生真面目に応え、メイルは次の男の口に魔力ポーションを注ぎ込む。他の2人は、ラドとウィーグが怖い笑顔で口に無理やり注ぎ込む。メイルに失礼な事を言う輩に、地味に怒っているのだ。
「毒っ!毒なのかっ?」
「口が痺れるっ!」
「舌が、舌が痛いぃ!」
のたうち回る魔術士達に、騎士達はオロオロと駆け寄るが、カートが笑顔でメイル達にお礼を言ったため、毒を盛られたわけではないらしいと、困惑気味に魔術士達を介抱する。
「効き目とコスパは最高なのに、味が抜群に悪いのが玉に瑕だよねー、このポーション」
メイルがぼやくと、ラドが頬を引き攣らせる。
「本当ですよね、味、どうにかしないと…。服用の度に毒だと騒がれますからね…。甘草とか入れてみましょうか?」
「それスーランが一番にやってたぞ。甘草のお陰で苦味が際立って、兵器並みに恐ろしい味になったみたいだぞ」
顔を顰めるウィーグに、ラドは驚く。
「えっ!これよりヤバい味ってあるの?」
「スーランが気絶した味だからな。察しろ」
「むしろ想像できないんだけど?!」
気絶する味とはどう言う味だ?と、ラドは冷たい汗が背中を流れるのを感じた。
「まぁ味は、その内改良できるでしょ。それより早く、前の大図書庫管理官に会いに行きたいんだけど」
「私も同行するぞ、メイル殿っ!ゴダ卿は旧知の仲ですっ!」
カートが元気よくそう言うと、ミルドが笑顔で頷いた。
「カート君は大図書庫の本をぶん投げて遊んで、ゴダ卿によく叱られていましたね」
「ミルド宰相っ!そんな昔の話を蒸し返さなくてもっ!」
「素直に謝ればいいのに逃げ出して、ベール騎士団長に捕まって丸刈りにされていたのがつい最近のように感じますねぇ。昔のことが昨日のように思えるなんて、私も歳をとったものだ」
「えぇー、カートさんって悪ガキだったんだね。あはは、丸坊主って、見てみたかったー」
メイルに笑われ、カートは顔を真っ赤にして怒鳴る。
「ミルド宰相っっ!!
「それよりカート君。君は今後の警備体制について今から会議じゃないのかね?せっかく早馬で駆けつけたのだから、早く仕事に取り掛かるといい」
ニッコリ笑ってカートを追いやるミルド。いや、とかあの、とか言いながら、カートとカナムはフォレスと侍従達に連行されていった。回復したカートの部下達も、メイル達にペコリと頭を下げ、まだピクピクと地面で伸びている魔術士達を連れて行った。
「それじゃあ行きましょうか、メイル様」
ニッコリとメイルの手を取るミルドに、メイルは首を傾げる。
「道を教えていただけたら、一人で行けますけど…。ミルドさん、お忙しくないんですか?」
ルガルナ領の視察や必要な支援の調整など、ルガルナ領に来てからのミルドはいつも忙しそうだ。警備体制の調整にも、宰相として参加しなくてもいいのかと、メイルは困惑する。
「こちらでの仕事は粗方済みました。警備体制については陛下はカート君に一任していますしね。ゴダ卿とは以前、大分お世話になりましたので、是非お会いしたい。お供する事をお許し願えませんか?」
そう言われれば、メイルに断る理由はない。
「メイル様っ!俺たち、大工さんに手伝って欲しいって言われてるのでっ!」
「ゴダ卿のお宅にはお供できませんっ」
急にそんな事を言い出したラドとウィーグに、メイルは驚いた。
「えっ?まだ手伝う事あった?じゃあ私も…」
メイルがそう言うと、弟子達は揃って首を振る。
「「いいえ〜。メイル様にご助力頂くことではありませんので〜」」
ラドとウィーグが逃げるように飛び立つのを見守って、メイルはポツリと呟く。
「あの子たち、どうしたんだろ?」
「きっと大工達に気に入られたんでしょう。良く気が利く、良い子達ですので」
ミルドの褒め言葉に、メイルは嬉しげに頬を緩めた。
「そうですか。村の皆さんのお役に立てて良かったです」
あの子たちも褒めてあげなくちゃね、と喜ぶメイルに、ミルドは目を細めて頷いた。




