間話 弟子達の予想
「で、ぶっちゃけ誰が本命だと思う?」
ファイの言葉に、他の3人は首を傾げる。
「隊長達の誰かかぁ?」
「カーク副隊長は?一回、メイル様にのされてから、憧れって目で見てる」
ウィーグの言葉に、スーランが異議を唱える。
「いや、強いから惚れるって、普通は男女逆だろ?」
「いや、あーいうタイプは、逆に責められるのが好きってことも…」
「身近にいる人間を、そういう目で見るのヤメロ。想像しちゃうだろ」
ウィーグはげんなりとファイを見る。ウィーグは大魔術士隊で騎士団や魔術士団との連携役を担っている。だから何かと副騎士団長であるカークと顔を合わせる機会が多いのだ。
4人の弟子達は、メイルがアリィシヤの診察で居ない時等は、大抵、メイルが誰と結ばれるかを予想して遊んでいる。
意外に候補者は多い。弟子達から見ても、メイルは魅力的な女性だ。見た目は可愛いし、明るく穏やかであれほど強くても奢る事もない。正直なところ、初めて会ったばかりの頃は、弟子達は全員メイルにほのかな憧れをもち、お互いを牽制し合ったりしたものだ。
しかし長く一緒に過ごす事によって、4人は悟った。その気持ちは錯覚だと。過酷な修行の連続と、メイルの課す限界ギリギリの課題に、ほのかな恋心など吹っ飛んだ。メイルは偉大な魔術士で、尊敬できて頼りになる師匠で、恐ろしい悪魔なのだ。ほのかな恋は、4人の思い出したくない黒歴史だった。
だが弟子達だって、メイルに幸せになって欲しい。偉大な魔術士だが、やはり独り身のままだと心配だ。特にラドなど、ややすれば本に夢中になって食事や睡眠を抜きがちなメイルを、オカンの様に心配している。
「僕、宰相様が有力だと思う」
「「「はっ?」」」
ラドの言葉に、他の3人は思わず声を上げた。
「宰相?宰相様ってミルド様の事だよな?えっ?あの人、結婚してないの?」
ウィーグの言葉に、ラドは首を振る。
「独身だって聞いてるよ?」
「メイル様、一応まだ17だぜ?宰相様とは大分歳が離れてねぇ?」
困惑顔のファイに、今度はスーランが首を振った。
「確か宰相様はギリ20代だったと思うけど。貴族の結婚なんてそんな歳の差ぐらいよくあるだろ」
思い返せば、宰相とメイルはよく共にお茶をしたり食事をしたりしていた。弟子達やジグが相手だと会話は魔術の話ばかりだが、宰相とは色々な、それこそ食べ物や他国の話、最近の流行りや国の情勢まで。尽きる事なく話している。
「でも宰相様って魔術とかはからきしだろ?剣の腕の方はしらないけど、男の方が弱いってのはどうも…」
ファイの言葉に、ラドは今度は大きく否定した。
「そんな事ないよっ!確かに宰相様は戦力的には弱いかもしれないけど、それ以上に智力と権力が高い方だもん!貴族たちの動きを完全に掌握してるんだよ?弱いはずないじゃない!それにただでさえメイル様が過剰戦力なんだよ?お相手が強い必要なんてないでしょ?」
「あー。まあ、言われてみりゃあ、そうだなぁ。しかしラド、やけに宰相様を推すけど、なんかあったのか?」
スーランの冷静な言葉に、ラドは思わず興奮したのを恥じる様に顔を伏せた。
「いや、だってさー。君たち、あの2人見てて何にも感じないの?いや、メイル様はいつもと変わらないんだけどさ。宰相様、すっごいメイル様を大事にしてるよ?」
「え?そうなのか?」
「僕がよくメイル様のお世話をしてるでしょ?宰相様、本当によくメイル様を気遣ってくださるんだよ。王宮内からなかなか出られないから、気詰まりに感じてらっしゃらないか、不便はしてないか、他所からの嫌がらせはないかとか、いつも聞いてくださるんだ。前にしつこくメイル様に面会を求めてきた貴族の事も、宰相様に相談したらすぐに対処してくださったし」
「あ〜。あのなんとか伯爵なぁ」
メイルが大魔術士として就任し、弟子達を迎えた後、多数の貴族達がメイルに面会を申し出た。貴族達の大半は、メイルは表向きには大魔術士として後宮に迎えられていても、その実は愛妾だと思い込んでいる。そのメイルが、若い男を4人も侍らせていると聞いて、愛妾を通して王に取り入ろうと考えたのだろう。大抵のものは、メイルの無言・無表情の対応に諦めたが、その中の1人、何度追い返しても諦めない者がいた。その者は王に取り入る目的もあったが、メイル自身の容姿を気に入り、あわよくば手を出そうと言う気持ちが透けて見えた。
その者は伯爵位でありながらなかなか影響力のある貴族で、門前払いにすることもできず、ラド達は対応に困っていた。メイルは無視を貫いていたが、権力を盾に大魔術士隊の執務室まで押しかけようとしたり、あからさまにメイルを誘ったり触れようとしたり、目に余る行為が目立ち始めた。
メイルは気にしないでいいよと笑っていたが、ラドは我慢できず宰相に相談した。宰相は少し驚いた後、ラドの話を丁寧に聞いてくれ、よく話してくれたねと、微笑んだのだ。
その時、ほんの一瞬垣間見えた、恐ろしいほど冷えた宰相の表情に、ラドはもしかして不味い事をしてしまっただろうかと、不安になった。
その次の日から、パタリとその貴族は現れなくなり、王宮にも姿を見せなくなった。
その後、その貴族の汚職が明るみになり、その所業が悪質だったこともあり、貴族一家は身分と財産を剥奪された後、王都から追放された。このスキャンダルにより、王都は暫く大騒ぎになっていた。
「あの後メイル様にちょっと怒られたんだー。メイル様が大丈夫だと言ってるうちは宰相様に相談しなくていいって」
いつもマイペースなメイルが、珍しく困惑したような、苦虫を噛み潰したような、なんとも複雑な顔をしていた。
「そんなメイル様初めてだったから、僕驚いちゃって。でも、その後…」
いつもの様に遊びに来た宰相を、メイルはやんわりと嗜めた。あれぐらいの火の粉は自分で払えるので、手出しは無用だと。宰相は困った笑顔で詫びた。しかし独占欲も顕にメイルの手に口付けると、お約束は出来ませんと言い切ったのだ。メイルも、お茶の給仕をしていたラドも、揃ってため息をついた。
「宰相様って、穏やかな方だと思ってたけど、一国の宰相がそれだけで務まるはずがないよね」
それなりの影響力のある貴族を、あっという間に無力化してしまう手練手管はやはり権力者だ。あの物腰の柔らかさはフェイクなのだろう。
「そういう人がメイル様に相応しいのか?」
スーランの言葉に、ラドは僅かに俯いた。
「武力的にはメイル様に勝てる人はいないけど、メイル様って権力的なものへの対抗力って殆どないでしょ?下手したら煩わしいってこの国から出て行っちゃうよ」
ラドの言葉に、他の3人の弟子はハッとなる。メイルと違い、弟子達はジャイロ王国の民であり、国に仕える立場だ。家族も友人もこの国にいるし、愛着もある。メイルの元で魔術の探求を続けたいが、あの師匠は富も権力にも興味がない。権力絡みの面倒ごとに巻き込まれるぐらいなら、とっととジャイロ王国からいなくなるに違いない。
「だからそういう面倒ごとはまるっと引き受けてくれて、メイル様を伸び伸びさせてくれそうな宰相様が僕は一番いいと思う。宰相様なら、王家に次ぐ権威を持つ侯爵家の出身だから、わざわざメイル様を取り込んでまで権威を強める必要はないでしょ?純粋にメイル様を好いてくださっているのかなーって思ってさ。魔術士隊長達は、自分たちの家の勢力争いとかにメイル様を巻き込みそうだし」
「あー確かに。あの4家は権威争いが激しいからなー」
ファイが頭をガシガシ掻いて呻く。メイルの持つ力は、貴族にとって己の権威を高める非常に魅力的な道具だろう。メイルがその気になれば王家に対する謀叛など簡単なのだ。
「ラドの言う通り。メイル様がジャイロ王国にずっといてくれて、平和に過ごして頂くためには、結婚相手は宰相様が一番適任だなー」
「うん、俺もそう思う!」
「俺も!」
「おや、それは嬉しいですね」
「「「「…ひっ!」」」」
突然後ろから掛かった声に、弟子達はギギギッと振り返る。
そこには非常にイイ笑顔のミルドが、何やら甘い匂いのする箱を携えて立っていた。
「メイル様に焼き菓子を持ってきたのですが…。随分と楽しいお話をしていますね、君たちは…」
穏やかな物言いだが、恐ろしいほどの圧を感じる。強力な魔物と対峙したって、これほど恐怖を感じたことはなかった。
「…ふむ。君たちにメイル様との仲を応援して貰えるとは…。ふふふっ、では存分に協力してもらいましょうかね?」
ニコニコと微笑むミルドに、がっつり鎖で繋がれた様な気持ちになって、弟子達は迂闊だったと心底後悔したのだった。




