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27 宰相襲来

「ミルドさーん」


 転移陣を起動させたメイルは、目の前に現れた男に、ニコリと微笑んだ。


「メイル様」


 上品な笑みを浮かべたジャイロ王国の宰相は、メイルの手を取るとそっと口付ける。

 そのままメイルの手を自分の腕に沿わせると、するりとエスコートの形を取る。無駄がなく、洗練された動きだ。


 ミルドの後ろにはファイとスーランと入れ違いにやってきたラドとウィーグが立っていた。ルガルナの温泉と美味しいご飯を自分達だけで堪能するのは可哀想と、ファイとスーランが交代を申し出てくれたのだ。4人の弟子達は、なんだかんだと仲がいい。60年も共に修行したおかげか。


「あちらは変わりはありませんか?」


 メイルの問いに、ミルドは頷く。


「えぇ。メイル様の結界石のおかげで、平和なものです」


「良かった。陛下にはルガルナ行きを散々渋られたので、ちょっと強力なもの作ったんですよー」


 なんて事ない様に言うメイルだが、弟子達は知っている。

 メイルの作った結界石が、「ちょっと強力」どころではなく、弱い魔物など近寄っただけで消滅する威力がある事を。あれは最早凶器である。


 でも、とミルドはメイルの手を握り、悪戯っぽく笑った。


「ほんの数日貴女がいらっしゃらないだけで、王宮は火の消えたような静けさですね。陛下はなんとなく気が抜けたようですし、アリィシヤ様は寂しそうですし、ジグは生きる屍の様に王宮内を徘徊してますし、4魔術士隊長も、毎日メイル様が帰ってきていないか確認に来ますし」


 約1名、ジグの様子だけが気になったが、メイルは大袈裟だなぁと笑った。


「…本当に、寂しかったんですよ?私も貴女と逢えないのは、堪えますねぇ…」


 ミルドにほぅと切なげに溜息を吐かれたが、メイルはのほほんと返す。


「私も、ミルドさんと会えないのは寂しかったんですよ?大事な茶飲み友達ですからね」


 何の含みもなく言われ、ミルドは苦笑する。


「これは手強い。分かってはいましたが…」


「うん?」


「いえ。まあ、諦めるつもりはありませんし。気長に行きましょう」


 ミルドはメイルの髪を一房掬い上げて口付けると、先程からこちらをギリギリと睨みつけているカナムに漸く顔を向けた。


「やあ、カナム部隊長。突然の訪問を受け入れて下さり感謝します。陛下よりルガルナ辺境伯への言伝を預かって参りました」


「ミルド宰相…。歓迎します」


 言葉とは真逆の表情でカナムに言われても、ミルドは涼しい顔だ。


「…ミルドさん。カナムさんと仲良くないの?」


 コソコソと心配そうにメイルに耳打ちされ、ミルドは笑う。


「…ある一点だけ、お互い譲れないものがあるだけです。それ以外は良好なのでご心配なく」


「ふうん?」


 不思議そうな顔のメイルに、ミルドは軽やかに笑った。



◇◇◇


 メイルをエスコートしたまま現れた宰相を、ルガルナ辺境伯はポカンとした顔で出迎えた。長年の知己であるが、ミルドが女性をエスコートするのを見たのは初めてだった。パートナー必須の夜会ですら、一人で飄々と参加するのがミルドの常であったはずなのに。

 一方、カナムとシリンは苦虫を噛み潰したような顔でメイルの手を取るミルドを睨みつけている。明らかに敵視しているのが分かる。


 そんな多種多様な視線を向けられても、ミルドは通常運転だ。名残惜しげにメイルから少し離れ、辺境伯に優美な礼をとった。そして王より預かった書状を手渡す。


「ルガルナ辺境伯。陛下より書状をお持ちしました。陛下はルガルナ領への向こう一年の税の免除、食糧支援、そして治安が安定するまでの騎士団の派遣をお決めになりました」


 ジャイロ王国の印章を捺された書状を受け取り、ルガルナ辺境伯は深々と頭を下げた。


「有難い…!」


 心より深く安堵し、ルガルナ辺境伯は頬を緩めた。心の中で、王の慈悲を噛み締める。これで何とか、領民を飢えさせずに済む。

 胸に手を当て、王へ改めて忠誠を誓う。年若き王ではあるが、聡明で民を第一に考えてくれる良き施政者である。


 そんな辺境伯の様子に満足そうに頷きながら、ミルドは言葉を続けた。


「一番被害の酷かった村の復興には、大魔術士様のご尽力で何とか住むところは確保できたと報告を受けておりますが、村の視察は可能でしょうか?」


「し、視察ですか?いやしかし、あの村はまだ復興が始まったばかり。ミルド様をもてなす事など…」


 よく言えば長閑な、ハッキリ言えば無骨なルガルナ領の田舎町に、生粋の王都育ちの貴族であるミルドを迎える支度などある筈もない。ルガルナ辺境伯は困惑して眉根を寄せる。


「私をもてなす必要などありませんよ、視察ですから。陛下より大魔術士様が作った家をちゃんと見てこいと仰せつかっておりますので…」


 ミルドにしては歯切れの悪い言い方だった。サーフが確認したいのはメイルが()()やらかしてないかである。本人を目の前に、ハッキリとは言い辛かった。


「また王様が私を疑ってるんですね?ちゃんと普通の家を作ったのにー」


 メイルが唇を尖らせるが、周りの人間がこぞって首を横に振ったのを見て、ミルドはため息を吐く。


「…辺境伯。野宿でも構いませんので、視察を」


「…はっ!」


 ルガルナ辺境伯もミルドの気苦労を悟って、素直に頷いた。


「ああ、それなら。村の広場に私の家を置かせてもらっているので、もしよければ、お泊まりになりませんか?」


 いい事思いついたと言わんばかりのメイルに、ミルドの動きが一瞬固まる。

 未婚の女性の家に、男性が泊まるなど、ジャイロ王国の習慣では婚約者の間柄でしか許されない。


「…宜しいのですか?」


 ミルドの瞳が細まり、捕食者のような鋭さを増す。

 すっとメイルの手を取り、瞳を覗き込んだ。


「はい!部屋数は多いですから、ミルド様のお部屋も準備出来ますよ。ルガルナ家のメイドさん達も手伝いに来てくれているので快適です!是非、宿屋代わりにご利用ください。弟子達も寝起きしているので、少し騒がしいかもしれませんが」


 やはり何の含みもない、100%善意からの申し出をするメイルに、ミルドは息を吐き、苦笑を浮かべた。


「…お言葉に甘えましょうか…」


「是非どうぞー。歓迎します」


 ちなみにラドとウィーグはこのやりとりの間、空気に徹した。

 ファイとスーランの好意の申し出を喜び、温泉と美味しいものにワクワクしていた気持ちが、跡形もなく霧散している。出来ればこのままUターンして帰りたいと思った。


 甘やかな雰囲気に持っていこうとする宰相とそれを無自覚にぶち壊す師匠。その2人の会話を、ギリギリと凄い目で睨みつけているルガルナ領の血気盛んな男たち、面白い余興を見るように楽し気な辺境伯。


 口を挟めばこちらに飛び火する。


 魔術士たるもの、状況を見極めなければならないのだ。




ミルドさんの猛攻が始まります。

ようやくっ。予告した恋愛要素です。

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