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3 捕物は迅速に

「つくならもう少しマシな嘘をつけ!」


 がしゃんと目の前に槍を突き付けられ、メイルは困ってしまった。


「嘘じゃないんだけど」


 しかし目の前の兵士の目つきは緩むことなく、メイルを睨みつけるばかりだ。


「大魔術士アーノルド・ガスターの弟子だと?あのな、人間の寿命は長くても100年いかないんだよ!500年前の御伽噺の英雄が、どうやってお前みたいな15、6のガキを弟子にするんだ!子ども向けの物語を読みすぎなんだよ!」


 しっしっと手で追い払われ、中には通してもらえなかった。


 あれからメイルは空をかっ飛ばしジャイロ王国の王都にギリギリ日没前に滑り込むことができた。2日かかる行程を頑張って1日に縮めたのだ。疲れてフラフラだった。

 それというのも、昨夜、いきなり雨が降ってきたのだ。結界魔術を張っていたので濡れることはなかったが、湿気のせいで髪が跳ねた。なんとなくローブも湿っぽく感じ、加齢臭が蘇った気がして、げんなりした。

 だから食事も休憩も取らずにかっ飛ばして来たのに、王宮の門番の兵士に門前払いをくらった。理不尽だ。ジャイロ王国のために来たのに。


 まぁ、門番の兵士の言い分もわからないではない。あのチャランポランな師匠は、世間では大英雄。その魔術の強さは伝説級で、現在はどちらかというと架空の人物ではないかと言われている。魔術一発で山を吹き飛ばしたとか、川を凍らせたとか、素手で赤竜を仕留めたとか、いかにも嘘臭い武勇伝が数多くあるからだ。

 しかしこれらの武勇伝は事実である。メイルが弟子として過ごした100年間で、師匠が似たような事を何度もしでかしており、その尻拭いをしてきたから分かるのだ。


 しかし困った。印章付きの手紙を見せれば直ぐに王様と謁見が叶うと思っていたのに、まさかの門番に止められるとは。一応門番にも手紙を見せたのだが、そんな印章は知らんと一蹴された。500年の内に、王家の印章がフルモデルチェンジでもしたのか。


 門前払いになったメイルは、とりあえず宿を取ることにした。もう暗いし、お腹が空いたし、疲れて眠い。どうやって王様に会うかは、明日考えよう。会えなかったら仕方ない、帰ろう。所詮は師匠の遺言だ。何が何でも従わなくてはならないもんでもないだろう。


 メイルは目についた宿屋に片っ端から空きがあるか確認したが、普通ランクの宿屋はどこも一杯だった。王宮に行こうとマゴマゴしている間に、空室は埋まってしまったようだ。

 空いてるのは高級宿屋かタチの悪そうな奴らがたむろしている下級の宿屋だけだった。メイルは迷わず、下級の宿屋を選ぶ。無駄な出費を抑えたかったし、ベッドさえあればどこでもいい。


 下級宿屋でチェックインし、前金で宿泊料を払う。宿屋の中にある安酒場でクダを巻くガラの悪そうな連中が、チラチラとメイルを見ていたが、気にせず2階にある部屋に上がった。


 部屋に入ると鍵をかけ、収納魔術でしまっていた干し肉と果物を取り出しさっさと食べた。どうせ夜中には()()()()()()()()()()()()、さっさと寝ることにする。古くて清潔とはお世辞にもいえないベッドに清浄(クリーン)を掛け、師匠のローブに包まって眠りについた。



◇◇◇


 夜も深まり、街から明かりが減り、静まりかえった頃。

 メイルの泊まる部屋の前に、複数の影があった。

 息を殺して音がしないように鍵を開け、数人が部屋の中に滑り込む。最後の1人が部屋に入ると素早くドアを閉め、鍵をかける。


「久しぶりの上玉だぜ」


「俺、一番な!」


「おい、傷をつけるなよ!娼館で売る時に買い叩かれるからよ!」


 興奮を押し殺した囁き声を交わしつつ、侵入者たちはメイルの眠るベッドに近づいた。


拘束(バインド)


 半分寝ぼけた声のメイルが、侵入者を全員、魔術の力で拘束した。全員が一纏めにガチガチに拘束されて、ギシギシと骨が鳴った。


「ぎゃあぁぁあぁあ!」


「痛ぇ!なんだ?」


「おい、手ぇどかせろ!どこに触ってんだよ、気持ち悪りぃ」


「うるさい、静寂(サイレント)


 またまたメイルの寝ぼけ声で、侵入者たちは音を奪われた。声を出そうとも、暴れて床を蹴ろうとも、何の音もしない。侵入者たちは、恐慌状態になり暴れ出した。


「動くな、固まれ(フリーズ)


 今度は動きを奪われ、侵入者たちは指一本動かせなくなった。一塊のオブジェのように、固まっている。


 メイルは寝返りを打って、再び夢の中に旅立った。



◇◇◇


 朝。下級宿屋の主人はニヤニヤと笑っていた。

 昨日の夜、自ら罠に飛び込んできたウサギが、男たちにどのように美味しく食べられたのか想像していたのだ。いつものように娼館に売るなら、そう手荒に扱ったりはしないだろうが、あの飢えた男たちのことだ。一晩中ウサギを味わっていたのだろう。昨晩は誰一人、階下に降りてこなかった。それほど味が良かったのか。

 

 下級宿屋の主人は、こうして時々、女一人の時や弱そうな冒険者などが泊まった時、酒場でクダを巻いている連中から金をもらっては部屋の合鍵を渡していた。連中は、女なら嬲った後に娼館に売り、男なら金目の物を奪って殺す。こんな胡散臭い宿屋に泊まるのは、よほどの田舎者か脛に傷を持つ者ばかりなので、足がつくこともない。美味い商売だった。

 昨日の女はどれぐらいの値がつくだろう。銀髪、青い目の小綺麗な顔をしていて、身体も悪くなかった。きっといい値がつく。そこからまた分け前が貰えるのだ。


 懐に入ってくるだろう金勘定に夢中になっていると、誰かが階段を降りてくる気配があった。にやけ顔を向けると、そこには男たちに嬲られ、ボロボロになっているはずの女が、平然と立っていた。


「へっ?なんで?」


 思わず漏れた声に、女は片眉をあげる。


「うん?やっぱりお前も仲間かー。あいつら合鍵持ってたもんね。拘束(バインド)


 途端に、宿屋の主人は見えない力に拘束された。


「なっ!何だ?身体が!?」


「さて、衛兵を呼ぶか」


 女の言葉に、宿屋の主人は青くなった。衛兵など呼ばれたら、今までの悪事がバレてしまう!


「や、やめてくれ!待ってくれ!衛兵には言わないでくれ!宿代なら返す!」


「却下ー」


 女は動けない宿屋の主人には目もくれず、さっさと表に出て行ってしまう。そして数分後には衛兵を引き連れて戻ってきた。


「5人は上に行け!残りは宿屋の主人を拘束しろ」


「はっ!」


 上官らしき人物が命を下すと、部下の衛兵たちは機敏に行動する。一塊になっている男たちを、衛兵たちがなんとか運び下ろし、宿屋の主人の側におろす。


「魔術士殿、術の解除を頼む」


「はいはーい」


 メイルが手を一振りするだけで、男たちに掛けられていた魔術が解ける。その瞬間、一塊になっていた男たちがようやく解放された。一晩中固まっていた男たちは、苦痛と恐怖と間に合わなかったらしい生理現象で何だか色々ベチャベチャだった。それらが一気に解放され、酷い匂いと共にぐちゃりと床にへたり込む。衛兵たちは鼻をつまみながら、男たちに嫌々縄をかけ、連行していく。


「ま、魔術士殿、ご協力に感謝する。この宿屋は前々から不穏な噂があり、なかなか尻尾を掴めずにいたが、今回ようやく捕縛できた」


「それは良かったですね」


「それにしても魔術士どのの魔術は凄い。人の動きを封じる魔術など初めて見た。それに、音まで封じるとは。どこの門下の魔術士なんだ?」


「門下?」


「あぁ!火のサルーシャ、水のアジス、土のローグ、風のカルシス。ジャイロ王国で強い魔術士の家系といえば、この4家どれかだろう?王国の魔術士団のトップはこの4家の出身だからな」


「へぇーそうなんですか」


「へぇーって?4家の魔術士じゃないのか?」


「違いますねぇ」


「じゃあどこの魔術士なんだ?」


「どこのというか、まあ、育ててくれた人が魔術士だったので…」


「…そうか。まあ、言いたくないこともあるわな。もし王都で名を上げたいならば、冒険者ギルドに登録してはどうだ?あんたほどの実力があれば、すぐに評判になって、4家のどこかに仕えることができるかもしれんぞ」


「ふぅん」


 衛兵は勝手にメイルを何かの事情持ちだと察してくれたらしい。正直4家はどうでもいいが、王宮に行けるチャンスかもしれない。


「では冒険者ギルドに登録してみます」


「それがいい。俺の紹介だといえば、便宜を図ってくれるだろう」


 そう言って、上官の男は衛兵たちを指示して宿の主人と男たちを縄で縛って連行した。


 後に、宿屋の主人を始めとするあの男たちは、余罪を調べ上げられた。あの宿屋に泊まってしまったばかりに、人知れず売られたり殺されたりした者がすべて判明し、男たちはよくて終身懲役、重くて死罪になるらしい。

 芋づる式に違法な人身売買や盗品の売買に関わっていた者たちも捕らえられ、王都に巣食う犯罪組織に壊滅的なダメージを与える結果となり、意図せず王都の治安に貢献することになったが、メイルには興味のない話だった。



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