24 眠り越しの竜
「おお〜。大っきく育ったもんだ〜」
登山が出来そうな程大きな赤竜を目の前に、メイルは感心したようにを声を上げた。
その後ろには屈強な兵士達と、魔術士達の計100人程で編成されたルガルナ軍が、決死の覚悟を決めた顔で控えている。隊の指揮はフォレス、側に控えるのはカナム。魔術士達を率いているのは筆頭魔術士のシリンだ。
「う〜。赤竜の咆哮がうるさい」
「くっそぅ、ジタバタ動きやがって。振動が気持ち悪りぃ」
未だに魔力酔いが抜けない弟子2人は、メイルの横で蹲っている。真っ青な顔も相まって、赤竜を前に怯えへたり込んでいるように見えるのか、ルガルナ辺境伯軍からは侮蔑の目が向けられる。
赤竜に対峙するルガルナ軍は、誰一人その強敵に対して怯んだ様子は見せない。憎い仇を睨みつけ、全員が臨戦体制だ。赤竜に対し恐怖や怒りで冷静さを失わず、統率の取れた動きを見せている。流石に辺境軍といったところか。
「しかし、黒トカゲの仲間かと思ったら、全然違うねぇ。ただの眠り越しの竜じゃないか」
期待はずれといった顔で、メイルは唇を尖らせる。
「眠り越しの竜?どう言う意味だ?」
フォレスがメイルの言葉を聞き咎め、疑い深い目を向ける。
辺境伯が頭を下げた事で、一応、態度を改めたフォレスだったが、それはあくまで表向きだけだった。辺境伯にどれほど嗜められようとも、フォレスはメイルに対して侮蔑の視線を向け続けている。赤竜を前にメイルが悲鳴も上げずにいるのを、単に虚勢を張っていると思っているのか、その顔には嘲りが透けて見える。
赤竜は兵や民に犠牲を出した憎い敵だ。倒すのはルガルナの悲願。ひょっこり物見遊山気分でやってきた愛妾などに討伐の邪魔をされ引っ掻き回されるぐらいなら、メイル達を囮にするぐらい躊躇いもしないだろう。
「竜と言う生き物は、人間や他の動物に比べ眠りの周期が長いのはご存知かと思いますが、たまにとんでもなく長い個体がいるんです。眠りの周期が長いと、竜の余剰魔力が身体を肥大化させ、鱗を硬くし、妙に頑丈な身体と膨大な魔力を持つようになるんですよねー。肥大化のせいで他の竜と馴染むことができず、大抵一人で過ごすのが多いんですが…」
のほほんと説明をするメイルの横で、我慢ができなくなったスーランとファイが、魔力を練り上げ始める。
「あ、ギルドから指名依頼は私が受けたんだよ?」
メイルが慌てて止めるが、2人の弟子は真っ青な顔で口を押さえながら駆け出す。
「もー、無理ですっ!吐きますっ!一応、ギルドにはパーティ登録して3人で依頼を受ける処理をしてますっ!メイル様はトドメをお願いします!」
「俺もっす!だーっ!気持ち悪りぃって言ってるのにウルセェんだよ、この駄竜がぁっ!」
「おい!勝手な行動をとる、な…?」
2人の勝手な動きに怒鳴りかけたフォレスだったが、青い水の魔力を纏うスーランと、赤い火の魔力を纏ったファイが、二色の光を撒き散らしながら一直線に赤竜に飛んでいくと、その言葉は飲み込まれた。赤い魔力と青い魔力の塊がぶつかり、あの赤竜がよろめいたのだ。
「な、なんだっ?」
「に、人間が、飛んでる?!」
「ま、魔術陣の同時展開?!しかも2属性だと?」
赤竜と弟子達がぶつかった余波が、魔力の塊となってルガルナ軍を襲いかかる。防御も退避も間に合わないと、フォレス達が思わず身構えた時。
「おっと、危ない」
メイルがルガルナ軍を囲う様に結界を張る。結界に弾かれた魔力が、パンッと軽い音を立てて霧散した。シリンを筆頭に魔術士達が、突然現れた結界に、口を開けたまま見入っている。
「全く。周りへの配慮が足りないねぇ」
攻撃に夢中になり、周囲の守るべき対象を忘れている。減点だな、とメイルは弟子達に厳しい目を向けた。もし嬉々として赤竜に魔術を放つ弟子達がその言葉を耳にしていたら、真っ青になっていただろう。メイルの減点にはもれなく高難易度の課題が付いてくるからだ。
弟子達の怒涛の魔術攻撃に、赤竜はみるみるとボロボロになっていく。気の短いファイなど、魔術陣を組みながら魔力を纏わせた拳でそのまま赤竜をタコ殴りにしていた。
ルガルナ軍は声も出せずに呆然としている。軍を挙げての攻撃でも、赤竜にダメージを与えることはできなかった。それが、愛妾の従者たった2人の攻撃により、確実に赤竜は弱っている。
山のような赤竜がぼっこぼこにされた状態になってようやく魔力を出し切ったのか、晴れやかな顔のファイとスーランが戻ってきた。2人ともとてもイイ笑顔だ。
「メイル様!スッキリしました!」
「トドメをメイル様が決めれば、ギルドの依頼達成ですねっ!」
「なんだか納得いかないよ。私、要らないんじゃない?」
憮然としたメイルが弟子達を睨め付ける。弟子達は「やっぱりトドメはメイル様じゃないと」とか、「メイル様のキレのある魔術を見たいなぁ」などと心にもない事を言ってたが、メイルの心には全く響かなかった。
さっさと終わらせようと、メイルは収納魔法から剣を取り出した。
装飾も何もない、新兵に支給されるような簡素な剣に見えた。しかしメイルが魔力を籠めると、刀身が淡い青の魔力を纏って輝いた。
「試作品にしては、まあまあの出来だね。ラドは筋がいい」
満足そうな笑みを浮かべ、メイルは魔力を止める。魔力が失われた剣は、するりともとの変哲の無い剣に戻った。
メイルはその剣をまだ呆然としているフォレスに差し出した。
「とどめを。フォレス殿」
「はっ?!」
まだ呆然としていたフォレスは、メイルのその言葉に弾かれたようにメイルを見た。
トドメを譲るということは、その功績をフォレスに譲るということだ。赤竜は満身創痍、やっと立っている状態だ。今まで全く赤龍に敵わなかったフォレス達にも、トドメを刺す事は出来そうだ。
だが騎士の矜持を持ってして、そんな功績を横から掠め取るような事は出来ないと固辞しようとしたフォレスを、メイルは深い青の瞳で、静かに見つめた。
「あの赤竜は、ルガルナの仇でしょう。次期当主である貴方の手で討ち取る方が、民の悲しみや無念を晴らす事になりましょう」
メイルの言葉は、フォレスの胸に深く刺さった。
鼻の奥がツンと痛み、目元が熱くなる。
失った部下に、家族を失い嘆く民達に、必ず赤竜を倒すと誓ったのはいつだったか。赤竜に翻弄され、術なく撤退を繰り返す度、不甲斐なさと申し訳なさに、己を無力を嫌悪した。
「その剣は私の弟子が作った魔力剣です。貴方の水の魔力を込めれば、あの赤竜の身体ぐらい貫くことができるでしょう。貴方自らの手でこの惨劇を終わらせ、ルガルナの平穏を取り戻してください」
心を決め、震える手で剣を受け取り、フォレスは赤竜に向き合う。まるでフォレスにあつらえた様に、剣は手にしっくりと馴染んだ。
2人の従者に痛めつけられ弱っているが、赤竜の目は怒りに燃えており、瀕死の獣が最期の足掻きをみせるように、大きく口を開け、禍々しい炎のブレスを吐いた。
「結界」
それも難なくメイルの魔術に阻まれ、フォレスには僅かな熱もかすり傷の一つもつけない。
「フォレス殿!」
「うおおぉぉぉおぉお!」
魔力を籠めた剣が、青い輝きを放つ。
赤竜の元に走り込めば、フォレスに向かって再度ブレスを放とうと首を下げるのが見えた。
メイルの張った結界に炎のブレスが美しく散らされ、舞った。フォレスの渾身の一撃を祝福しているようだった。
青く輝く刀身が、赤竜の首を捉え、僅かな抵抗を見せながら、その硬い皮膚を切り裂く。
恐怖に見開かれた赤竜の瞳を睨みつけながら、フォレスは渾身の力と魔力を込めて、赤竜の首を切り落とした。




