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22 出発しましょう

 そう言ってメイルが指したのは、大魔術士隊がいつもおやつを食べている小会議室だった。少し古いが豪華で重厚なソファとテーブルは収納魔法で仕舞い込まれており、部屋の中はガランとしていた。


 しかし明らかにいつもと違う点がもう一つあった。床の板材の上に直接の描かれた巨大な魔術陣。どんな画材を使ったのが、その魔術陣は虹色に輝いていた。


「じゃじゃーん。転移陣でーす」


「てんいじん?」


 聞き慣れぬ言葉に、サーフがこてりと首を傾げる。ちなみに、全く可愛くなかった。


「はいー。その名の通り離れた場所に一瞬で転移できる魔術陣でーす!」


「何ぃっ!」


 声を上げたのは騎士団長のベールだ。副団長のカートも興奮で顔を紅潮させている。

 ジグなど目を見開き、魔術陣の前で膝をつき、平伏している。


「そんな夢見たいなモノが、本当にあるのか?」


 実戦経験豊富な騎士団長は眼の色を変えて魔術陣を見ている。転移魔術陣の軍事的価値を考えているのだろう。これが本当ならば、他国への侵略もあっという間だ。


「あるよー。でもあんまり使い勝手が良くないんだよね。魔力調整難しいし、失敗するとアレだしねぇ」


「アレ?」


 カートが聞き返すので、メイルはのほほんと答えた。


「うん。中の人間がぐっちゃ」


「ストッープ、メイル様!今から使うんですから、縁起でもない事言わないでください!」


 スーランが慌ててメイルの口を抑える。しかしその一言で、ベールは失敗したら何が起こるのか悟った。うん、使いたくない。


「ベール団長。完璧に使いこなせるのはメイル様だけです。メイル様が軍事なんて面倒臭いことに関わるわけがないですから、この世に存在しないものだと思った方がいいです」


「お前らも無理か?」


「運が良ければ10回に1回は成功するかも?ってところです。恐ろしく繊細な魔術陣なんで。失敗したらまぁ、1回で終わりですから10回も試せませんけど」


 ファイが真剣な目で答える。悔しげなのは未熟を恥じているからか。


「そ、そうか。でもこれを使うんだよな?おい、大丈夫かよ?ウチの大事な部隊長を預けるんだぞ?失敗なんて…」


 ベールが魔術陣から若干、身体を離しながら聞く。


「メイル様が失敗するなんてあり得ませんよ」


「地道に馬で行った方が確実では?危険な陣なんだろう?」


 カートも心配そうだ。カナム部隊長は直属の部下。得体の知れない陣の実験台になどさせられない。


 ファイはフッと笑った。


「メイル様は俺たちとは次元が違う魔術士です。その心配は無用です」


 気づけば、弟子達は皆同じ顔をしていた。メイルに対する、絶対の信頼に満ちた顔だ。


「そうか…」


 カートは何故か、弟子達のその顔を見たら不安が吹き飛んだ。メイルは自分を指一本使わずに完全制圧できるほど、優秀な魔術士なのだ。規格外なのは分かっていたつもりだったが、まだ完全に理解できていない。


「あ、あの、発言をお許しいただけるでしょうか?」


 そこに、意を決した様にカナムが口を挟む。


「よい、許す」


 サーフの鷹揚な声に、カナムは頭下げたが、内心は怒りで狂いそうだった。


「ルガルナ領には今一刻の猶予もありません。愛妾様を歓待する余裕などっ」


 何なのだ、先程から繰り返されている戯言は。こんな事をしている間にも、ルガルナがどうなっているのか、誰も危機感を覚えていないのか。


「文官さんとか兵士の皆さんにどう思われてもいいんだけどさぁ。その愛妾って噂だけは心底腹立つわぁ。私の趣味が悪いみたいじゃん」


「こっちの台詞だぁっ!!」


 メイルのボヤキにサーフが青筋を立てて怒鳴る。宰相のミルドが、サーフをドウドウと宥めた。

 

「でも馬で10日も掛けて行くのは疲れるしー。こっちで行こうよカナムさん。っていうかさー、カナムさんに協力してもらわないと魔術陣の転移先指標が定まらないからさぁ、協力してね」


 メイルがニコニコと怒れるカナムの目の前に立つ。今にも殴りかかりそうな自分を抑え、カナムは目の前の女を睨みつけた。


「協力?そんな暇はっ」


「カナム。これは命令だ。大人しくメイルの言葉に従え」


 王の言葉に、カナムは額に青筋を立てて黙り込む。


「メイル様。そういえ転移先の指標って何にするんですか?普通は転移先に同じ陣を描くんですよね?」


 ウィーグの質問に、メイルは頷く。


「うん。でもそれだと行ったことがある所しか行けないでしょ?だから今回は魔力を指標にするよ」


「魔力?」


「そう。ルガルナ領出身のカナムさんの魔力。血の繋がりのある親兄弟の魔力って性質が似るから。それを指標に転移陣を起動させるの。カナムさん、ルガルナ領に血の繋がりのある、出来れば父母が同じご兄弟って居ます?」


「父母が同じ兄弟?兄がルガルナ領に居るが…」


 突然、真っ直ぐ青い瞳に見つめられて、カナムは思わず素直に質問に答えてしまった。


「じゃあお兄さんに、伝令魔法で今どこに居るか聞いてください」


「はぁっ?」


 思わず声を荒げるカナムに、王が「聞いてみろ」と短く命じる。不平を呑み込み、カナムは兄に伝令魔法を送った。


「…父の執務室で側近達も含めて会議中だそうです」


「ふん。ルガルナ領の主だったものが揃っているようだな。ちょうどいい。メイル、これを辺境伯に渡せ。事情を全て書いてある」


 サーフがそう言ってミルドに目配せすると、ミルドは恭しく王家の印章の捺された封書をメイルに手渡した。


「無事に戻ってこいよ…」


「はいー。楽しんで来ますねー」


 一応、サーフが心配して掛けた言葉に、メイルは能天気に返す。「楽しむ?」と訝しげなミルドの言葉を聞き流し、メイルは収納魔法からローブを取り出した。


「はい!じゃあカナムさんこれを着て。魔力酔いを防ぎますからねー」


 白いローブを手渡され戸惑うカナムだったが、サーフの視線に圧されて身につける。ちなみに、カナムに手渡したのは伝説の大魔術士アーノルド・ガスターの遺品だが、メイルにとっては汚れてもいい服だ。貸すのにも躊躇はない。


「じゃあそろそろ行こうかな。あ、カートさん。カートさん達が来る前に終わったら伝令魔法でお知らせしますね。それとジグさん。この転移陣、調べるのは良いけど発動させるのは厳禁だからね。帰ったら術式についてはちゃんと説明するからね」


「承った」


「了解いたしました。何卒、何卒、メイル様、ご無事で」


「はいはい、大丈夫。お土産買って帰るね。あ、カナムさん。辺境伯の執務室って広いですか?今から4人で押しかけても大丈夫?」


「…?この部屋の3倍はある」


「じゃあ大丈夫だね。旅装だし荷物も剣も持っていらっしゃるので、そのまま行きましょう!魔術陣に乗ってください」


 メイルに促され、カナムは虹色に輝く魔術陣の上に乗った。カナムの荷物はスーランが受け取り、こっそりと収納魔法で仕舞う。


「あ、一応、辺境伯に今からそちらに行きますとお伝え下さい。ビックリするといけないから」


「貴女がルガルナに行くのは決定事項なのか…」


 唇を噛み締め、怒りを押し殺したカナムは、言われた通りに父親に伝令魔法を送る。すぐに、戸惑いと怒りを含んだ返事が届く。


「今は危急の時故、ご遠慮願いたいと」


「ははは、無理ー。王命だもーん」


 軽く笑って、メイルは杖を構えた。

 カナムは驚いた。大魔術士などと大層な位についているが、所詮は愛妾。魔術など何も使えないと決めつけていた。それが大きな魔石を4つもあしらった杖を構える姿は堂に入っていた。


 メイルの目がすうっと細くなり、魔力が全身に漲る。それに応じて魔術陣が輝いた。静かな水面に波紋が広がるように、音もなく魔力が魔術陣に行き渡る。


転移(テレポート)


 メイルの力ある言葉の発動の後。

 瞬きの間に、4人の姿は魔術陣の上から消えていた。


















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