20 冒険者ギルドからの依頼
ある日の朝、料理人達渾身の朝ごはんを食べていたメイルの元に手紙が届いた。
「メイル様。冒険者ギルドからの指名依頼です」
「冒険者ギルド?」
手紙を確かめていたラドの言葉に、メイルは思い出した。そういえば随分前に冒険者ギルドに登録したんだった。青大蜘蛛の討伐と薬草の採取をした。その後、素材の代金と依頼達成の報酬はベールのオッサンを通じて受け取った。それ以降は王宮にいるので冒険者ギルドには行っていない。
「メイル様、冒険者ギルドに登録してたんですね?俺たちも登録してるんです。まだCランクですけど。メイル様のランクは何ですか?メイル様のことだから、もしかして伝説のS級?!」
はしゃぐファイにもぐもぐしながらメイルは言う。
「いや?Fランクだよ」
「F?」
「登録して1日しか働いてないからね。青大蜘蛛の討伐と薬草採取しかしてないし」
「でも、この手紙にはAランク冒険者とかいてありますが…」
ラドが手紙をヒラヒラさせて見せた。
「えー。本当にAランクって書いてある。書き間違い?」
「ギルドからの指名依頼は確かCランク以上しか受けられませんよ?」
指名依頼には2種類ある。依頼主が直接冒険者を指名する依頼。こちらはランクの制限はない。薬草採取に、前回仕事が丁寧だった冒険者を指名するといった事も可能だ。
もう一つが依頼者からの指名ではなく、冒険者ギルドからの指名依頼。危険な討伐などが対象で、これはギルドが冒険者の力量を見極めて行う。対象はCランク以上の冒険者だ。
「でも私、3回しか依頼受けてないよ?冒険初心者用リーフレットにAランクに上がるには、少なくとも討伐依頼を150回は受けて、昇級試験を2回受ける必要があるって書いてあったよ?」
「そんな事リーフレットに書いてありましたっけ?」
「書いてたよ。リーフレット別添の冒険者ギルド総則に」
「冒険者ギルド総則?」
ファイが首を傾げるので、メイルは収納魔法からリーフレットと総則を取り出した。
「ほら、これ」
「うわ、なんですかこれ?分厚い上に字が細かいっ!100ページ以上ありますよ?え?こんなの冒険者登録の時に貰ったんですか?俺、リーフレットはなんとなく見覚えがあるんですけど、こんな分厚い本は見た事ないですよ?」
弟子達が総則を回し読みして呆れたように溜息をついた。
メイルは眉を顰めて、リーフレットを開く。
「ほらここに『詳しくは冒険者ギルド総則を参照』って書いてあるでしょ?気になったから冒険者ギルドの受付のじーさんに聞いたら、ちゃんと総則も貰えたよ」
スーランが頬を引き攣らせてリーフレットを凝視する。
「いや、リーフレットのこんな小さな字まで読む人なんてあんまりいないですよ?しかも『依頼を受けた後、天変地異により依頼者が行方不明になった場合の依頼達成義務の免除について』ってなかなか起こりそうにない事例の何が気になったんですか?!」
「えー?気になるじゃない?ちなみに依頼達成義務は『天変地異における依頼者行方不明に伴う免除申請書』を提出しないと免除にならないんだよ」
「うわー。一生使いそうにない知識を有難うございます…」
ラドは冒険者ギルドからの指名依頼を読み返す。しかし確かにメイル宛だ。
「メイル様が受けた依頼って、どんなものだったんですか?」
「うんー?普通の依頼だよ?薬草の採取と鉱山にいた青大蜘蛛の討伐。ああでも、数は多かったかなぁ?青大蜘蛛が326匹と女王大蜘蛛が1匹」
「何故Aランクになれたのか理解しました」
スーランが胡乱な目つきでメイルを見た。国の軍が出動するレベルの討伐を単独で行える冒険者を、Fランクのままにしておくはずが無い。冒険者ギルド内での混乱を想像すると、気の毒としか言いようがなかった。
「でも冒険者ギルド総則には…」
「全てが総則で網羅できる訳じゃないですから。想定外のレアケースに対しては超法規的措置もやむを得ないでしょう?」
「緩いの?冒険者ギルドの決まりって」
「国の法律並みにガチガチですよ、冒険者ギルドの決まりって。特にランクアップに関しては厳格です。ランクは冒険者の力量を測るための一番分かりやすい基準です。ランクに応じた依頼を受けることは、依頼の達成率を上げるだけではなく、冒険者の命を守ることにも繋がります。そんな厳格なギルドの決まりを曲げてでも、ランクアップさせずにはいられなかったんでしょうね…」
王都近郊の鉱山内での青大蜘蛛の大繁殖。女王大蜘蛛への進化。増え続けた青大蜘蛛が鉱山から溢れ出たら、鉱山内に兵士を投入したら、どれ程の人的被害が出ただろうか。考えただけでも恐ろしい。
「指名依頼はえーっと、ルガルナ領の赤竜討伐ですね。王都の冒険者ギルドに、最も強い冒険者をと依頼があり、ギルドがメイル様を指名したと」
「遠い。時間ないから無理」
「えー。ルガルナ辺境伯から、ギルドへの直々の依頼ですよ?」
即答で断るメイルに、ラドが困惑して呟く。
「ここから5日もかかる場所なんて無理ー。陛下から許可もらえるはずがないし」
愛妻家で生まれる前からすでに子煩悩のあの王が、メイルの長期外出許可を簡単に出すはずもない。
「うーん。ルガルナ領では大分被害が出ているみたいっすね。今まで討伐したことのない規格外の赤竜らしいです」
ラドの持つ依頼書を覗き込み、ファイが眉を顰める。
「ふぅん。ルガルナ辺境伯の直接の依頼かぁ。よっぽど強いんだね」
メイルはほんの少し興味を惹かれ、フカフカソファに突っ込んでいた頭を上げた。
王宮大図書庫で読んだジャイロ王国の各領の特徴をまとめた書籍を思い起こす。
ルガルナ領は隣国と領土を接し、反対側を海に囲まれた地形で、領内に大型港を有し、国防の要と言われる場所だ。代々ルガルナ領を治めるルガルナ辺境伯家は、王家も一目を置く武闘派の一族だ。ジャイロ王国の一部ではあるが強力な自治権を有している。
そのルガルナ辺境伯が、赤竜1匹の討伐の為に冒険者ギルドに依頼を出した。自軍では討伐が無理と判断したのだろうか。
そういえば王宮大図書庫の管理人の爺さんの前任者が、引退後は生まれ故郷のルガルナ領に帰ったと言っていた。現管理人の爺さんよりもあらゆる書物に通じた凄い人だと、爺さんが鼻息荒く言っていたことを思い出し、何か黒トカゲの情報が得られるかもしれないと、メイルは考える。
そしてもう一つ。ルガルナ領に関してとても重大な事を思い出し、ガバッとメイルは身体を起こした。
「もしかしたら、黒トカゲ絡みの情報が得られるかも。うん、是非行かなくちゃ。よし、ギルドに依頼を受けると返事をしよう!」
メイルのわざとらしい呟きに、弟子達の目が不審げなものに変わる。時間がかかるからと嫌がっていたくせに。どうして急に気が変わった?
「お留守番頼むね?」
ニコニコ笑うメイルに、弟子達はますます不信感を強める。
「でもメイル様。陛下からお許しが出るとは…」
「んー。そこはもう考えてるから大丈夫!」
上機嫌なメイルに、弟子達は確信した。
忙しい師匠がやる気を出しているのだ。ギルドの指名依頼だからとか、ルガルナ領を救う使命感とか、報酬がいいからとか以外の理由が、絶対に何かあると。




