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間話 モリス・ローグ後編

「何が起こっているんだ…」


 モリスの頭の中は、混乱の極みだった。


 いつの間にか隊の指揮は、ラドとウィーグが担っていた。

 未知の魔物に相対しているというのに、臆する事もなく、隊員達への指示、攻守のバランス、隊全体への目の配り方は完璧で、まるで熟練の指揮官のようだ。

 隊長であるはずのモリスやシールでさえも、自然と指示に従っていた。ラドとウィーグのお陰で、魔物の強力な攻撃を防いでいるという実感があればこそだった。


 しかしそれも時間の問題だった。ラドとウィーグの結界(シールド)は恐ろしく魔力を消費するようで、一度の発動の度に、ラドとウィーグの持ち込んだあの恐ろしい味の魔力ポーションが必要だった。

 その残りもあと1本。今結界(シールド)を張っているウィーグが飲めば後はない。それ以上の防衛は無理だろう。


 何とか、少しでも多くの隊員達を生還させなくては。

 

 チラリと風の魔術士隊長シールを見ると、どうやら同じ事を考えていたのか、モリスと目が合うと小さく頷いた。敵わないとは分かっているが、例えば自分達が魔物に襲われている間は、時間が稼げるはずだ。その間に、隊員達を少しでも多く逃してやらなければ。

 実力ではラドとウィーグに劣るかもしれないが、それは隊長としての義務で、矜持だ。その役目まで。譲るわけにはいかない。


 副隊長のダイスとノットも、同じように覚悟を決め、魔物に相対した。


「魔物に喰われる前に、敵わぬとも一太刀浴びせてみせます」


 ダイスが剣を構える。ラドが止めようと叫ぶが、我々はもう決めたのだ。


 魔物の攻撃でウィーグの張った結界(シールド)が霧散する。魔力ポーションを、と促す隊員の手を振り切り、ウィーグがポーションを飲む事を拒否した。


「おれ、を、喰ってる、間、逃げ、て」


 シールに支えられながら、どんどん血の気のなくなるウィーグが、切れ切れにそんな事を言う。驚きに目を見張るシールだったが、その顔に決意を漲らせ、ウィーグを肩に担いだ。


 モリスは最後の魔力を振り絞って、魔物に魔術をぶつけた。魔物はモリスの魔術に煩わしそうにしていたが、その身体で弾き返すと、殺気に満ちた目を向けてきた。


 魔物から放たれた魔術を、真正面から受け止める覚悟をして足を踏ん張る。出来るだけ、時間を稼ぐ。今モリスが出来ることはそれだけだ。


「やだあああぁぁぁぁ!」


 ラドの叫び声が聞こえた。その絶望に彩られた声に、モリスは口の端を上げた。

 自分の死が彼らの今後の糧になることを祈った。その絶望が、これまで以上に隊員達の力を伸ばす原動力になる事を。

 

 魔物が魔術を放ち、モリスは衝撃に備えた。禍々しい魔力は、風の刃となってモリス達に襲い掛かったはずだったが、彼らに到達する前に、跡形もなく霧散した。

 意識を注意深く尖らせると、モリス達と魔物の間に、薄皮の様な魔力がぐるりと張り巡らされているのが感じた。魔物の恐ろしい魔力は、そこにパンッと軽く弾かれてしまったのだ。


「いたいた。方向ズレてたじゃん。ベールのオッサン、適当なこと言ったなー」


 緊迫した場にそぐわない、のんびりとした声が、頭上から聞こえた。声に釣られて顔を上げると、そこに、人がいた。


 人、が。空を飛んでいる?


 モリスは目の前の光景が、理解できなかった。これまでの魔術研究において、飛行魔術は未だに確立していない。理論上、恐ろしいほど繊細な魔力調整と、膨大な魔力量がいるからだ。


 しかも飛んでいる人物に、モリスは見覚えがあった。長い銀髪と、青い瞳。やや幼さの残る、整った顔立ち。

 そこにいるのは敬愛する国王の、唯一の汚点。一夫一妻制が尊ばれるジャイロ王国の、不実の証の愛妾。


 大魔術士メイル。


 何故、愛妾がこんなところに。見たところ1人だ。護衛の姿はどこにもない。自分達ですらここに辿り着くまでに、幾度か魔物と遭遇し討伐をして、疲弊したというのに。治安のいい王都と違い、地方に行くに連れ、危険なのだ。それなのにどうして1人で無傷でいる。

 驚きで思考が止まり、グルグルと頭が空回りをしているモリスをよそに、先程まで部隊の指揮を颯爽と取っていた筈のラドが、まるで迷い犬の様な顔でメイルに走り寄る。面白そうに煌めく瞳で魔物を見ていたメイルは、ラドに気が付き、一瞬、安堵の表情を浮かべた。


「メ、メイル様っ!メイル様っ!魔物がっ、ウィーグが魔力枯渇で死にそうでっ!このままじゃ、み、みんながぁっ」


 しかし、ボロ泣きのラドと瀕死のウィーグに対するメイルの対応は、先ほどの柔らかな表情は幻かと思えるぐらい厳しいものだった。ラドには容赦ない拳骨を振るい、ウィーグには味に問題のある魔力ポーションを躊躇なく流し込んでいる。とてもお気に入りの側仕えに対する仕打ちではない。心配しているというより、明らかに怒っているようだ。


「目が覚めた?不肖の弟子ども」


 腰に手を当て呆れた様子のメイルの姿に、モリスはどこか既視感と共に、居た堪れなさを感じた。子どもの頃、授業中に気を抜いた時に、家庭教師から厳しい叱責と共にこんな目を向けられた事を、何故か鮮明に思い出した。


 メイルの登場により、戦況は一変した。どういう魔力量なのか、彼女の張った結界(シールド)は魔物の攻撃を受けてもビクリともしない。それにより差し迫った死の緊張から解放され、隊員全員にまともな思考力が戻ってきた。


「土の魔術士隊、総員、死亡者、怪我人ありません」


「風の魔術士隊も同じくっ」


 副隊長達が隊員達の状態を報告する。全員が魔力不足気味だが、なんとか無事であった。


 モリスは安堵の息を吐き、再びメイル達に目を向ける。ラドとウィーグがメイルに状況を説明していた。2人は興奮状態で支離滅裂な説明が続き、たまらずモリスが補足をしようと動きかけた時、メイルの静かな声が聞こえた。


「魔術士たるもの」


 メイルの声に、ラドとウィーグはピッと背を伸ばし、2人、声を揃えて応えた。


「「心を揺らすなっ!」」


「魔術士たるもの」


「「己を見知せよっ!」」


「魔術士たるもの」


「「状況を見極めよっ!!」」


 メイルとラド達のやり取りを聞いて、モリスは目を見開いた。なんと的確な心得なのか。戦いにおいて、研究において、魔術士たるもの、冷静で視野を広く、己の力を熟知して物事に取り組まなくてはならぬという教えが、その言葉に込められていた。漠然と捉えていた魔術士の在り方を、明確に示された様で、モリスを含め、浮き足立っていた魔術士達が、その言葉に身が引き締まる様な思いがした。


 冷静さを取り戻したラドとウィーグが、今度は整然と報告をする。それを聞いたメイルは、あっさりと魔物の正体が分かったのか『黒トカゲの眷属』と断言していた。しかも魔術が通じないのは魔力を吸収しているからと一瞬で看破した。


 黒トカゲとはなんだ?

 モリスは、ジャイロ王国の魔術士隊を預かる身として、魔術や魔物についての論文や文献には殆ど目を通している。そのモリスを持ってしても、今まで魔力を吸収する魔物など聞いた事がない。なぜメイルは知っていたのか。


「吸収については、討伐のシミュレーションのときに話し合ったよね。結果はどうなったか覚えてる?」


「確か、吸収できないぐらいの魔力をぶつける」


 ラドとウィーグの戸惑う様子に、その方法では討伐は無理ではないかと感じられた。今まで散々、土と風の魔術士隊で魔術を、つまり魔力をぶつけたのだ。あの黒い魔物には全く効いていなかった。


 メイル達の討伐シミュレートでは、杖を強化して魔物への対抗すると結果が出たようだが、モリス達隊長クラスの使用する魔石付きの杖ですら傷つけることは出来なかった。モリスの杖はかなりの金額を費やして作られた特注品だ。土の魔術士隊に

入隊する時に誂えたもので、モリスの魔力も良く馴染み、身体の一部のようになっている。


 しかしメイルが取り出した杖は、そのモリスのものよりも遥かに素晴らしいものだった。大きな力のある4色の魔石があしらわれ、魔石の一つ一つに強い魔力を孕んでいる。表面の装飾も美しく、芸術品の様だ。


 やがてメイルは、魔物に向け、指先に小さな焔を灯らせた。その恐ろしい魔力量に、モリスは身体を押さえつけられるような圧を感じた。

 キラキラと楽しげに瞳を輝かせ、魔力を身体に漲らせるメイルの姿は、幻想的な美しさだった。


 ドクンドクンと、モリスの心臓が早鐘のように打った。顔に血が昇っているのか、熱い。目の前にいるメイルから、目が離せない。


 メイルから放たれた青い焔は、硬い魔物の皮膚を難なく焼き尽くし、その腹に大きな風穴を開け、魔物を絶命させた。


「はっ?」


 側にいたシールから間抜けな声が漏れる。モリスは自分から出た声かと思った。それしか、言いようがない。


 土と風の魔術士隊の精鋭が、死力を尽くしても傷一つ負わせられなかった魔物が、お試しの様に放たれた一発の魔術によって屠られたことに、本日何度目か分からないが、思考力が停止した。


 地に倒れ伏しピクリとも動かなくなった魔物に、誰もがどうしていいか分からず、立ち尽くしていた。漸く討伐出来たという高揚感も、命が助かったという安堵感もなく、ただ呆然とするのみ。それぐらい、呆気なかった。


 偉業を達成したはずの大魔術士は、何故か弟子達に冷たい目で見られ、責められている。力加減が出来なかった事を咎められている様だが、助けに駆けつけた相手に対して、その責めはどうかと思う。大魔術士は怒るでもなく気まずそうに膨れっ面をしていて、その様子は年相応でたいそう可愛らしかった。愛妾と侮っていた相手に圧倒的な格の違い見せつけられ気まずい思いをしていたが、その可愛らしいやり取りについ頬が緩んだ。


 その上。

 命を助けられた見返りに、何を求められるのかと身構えていたモリスとシールに、大魔術士は子どもの様な仕草で唇に指を一本当てると、今回の討伐に関する緘口令を頼んできた。


 高位貴族の命を救っていながら、地位も名誉も金子も求めない。これまで、少しの恩で骨までしゃぶり尽くそうとする輩は多かったが、何も求められないどころか、そんな事を考えてもいなさそうな態度に、新鮮な思いがした。


 そうして、彼女はラドとウィーグに軽口を叩いてあっさりと帰っていったのだ。味は凄いが驚くほど回復力の高い魔力ポーションを、大量に置いて。


 残された者に嵐の後のようなどうしようもなさを残して、大魔術士は帰って行った。やっぱり見間違えなどではなく、飛んでいる。最早、何故かと疑問に思うこともない。大魔術士だからだろう。


 モリスは溜息をついた。その胸には、焦がれる様な憧れと恋情が、しっかりと宿っていた。






 

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