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間話 モリス・ローグ 前編

 モリス・ローグは、19歳という若さで土の魔術士隊の隊長になった。

 人間の魔力量の盛りは20代がピークだと言われている。モリスの魔力も17、8歳ごろからぐんぐんと伸び始め、ローグ家一門で最大の魔力量を保有する様になった。家柄と魔力量の過多だけで務まるほど隊長職は甘くはないが、ローグ侯爵家の後継として必要な教養も、魔術士としての実践経験も充分叩き込まれ、王家から名実ともに隊長として就任が認められた。


 モリスが隊長職についてから数年の内には、他の3隊長も代替わりし、現王であるサーフの治世が始まった。4魔術士隊長としては最年長であるモリスは、自然と4魔術士隊のまとめ役の様なものも務める様になった。王は若いが王太子時代から革新的な政策や事業を進め、ジャイロ王国は豊かになっていった。サーフの治めるジャイロ王国の未来は、誰もが輝かしいものだと信じて疑わなかった。


 そんな賢帝サーフが、何を血迷ったのか得体の知れない女を大魔術士に任じて後宮に召し上げてしまった。賢妃アリィシャが悪阻で臥せっている隙に、4魔術士隊には何の相談もなく、有力貴族たちの反対も黙殺して、あっという間に決めてしまったのだ。いつもは他の者の意見を公平に取り入れるサーフが、この事に関しては一切の反論を許さなかった。宰相ミルド・ノートはいつもの笑みで反対する貴族たちを抑え付け、王の意見を押し通した。


 初めは他国の介入があったのか、どこぞの有力貴族に弱みを握られたのかと様々な憶測が飛び交ったが、その愛妾が只の平民で、何の後ろ盾も持たないと分かると、途端に王が若い娘に誑かされたのだと嘲笑の的になった。


 4魔術士隊も、お飾りとはいえ自分達よりも上位の大魔術士に愛妾を据えた王に、表立っては言えなかったが不満は募らせていた。大魔術士といえば、かの伝説の魔術士アーノルド・ガスターが時の王より賜った役職だ。この国の魔術士ならば誰もが知っている英雄。その英雄さえも貶しかねない行為に、皆が憤っていた。

 

 大会議に出席した愛妾は、臆する事なく4魔術士隊よりも上座に座り、会議の間はただニコニコと笑っていた。平民の小娘に外交や国防や予算など分かるはずもなく、愛想を振りまく事しか出来なかったのだろう。体裁を保つ為だけの出席なのは明らかだった。


 その上、愛妾のわがままで、4魔術士隊から1人ずつ、大魔術士の側仕えへの異動を命じられた。厳重に抗議したが、王命であり、逆らう余地もなかった。魔術士隊に入る為、隊員たちがどれほど努力を重ねてきたか、あの小娘は知らないのだろう。だから簡単に隊員を寄越せなどと言えるのだ。


 王命ならば従うしかない。モリスは肉を斬られる様な思いで、隊員を選んだ。第3部隊から、魔力量が最も低く、能力も低い、いわば落ちこぼれ。天地がひっくり返っても、第2や第1部隊への昇格などあり得ない者。貴族籍になく、不平不満を持ったとしても命令を拒否できない立場の者。全ての条件に当てはまるのが、今年第3部隊に配属されたばかりの、ラドだった。

 

 ラドは成人したばかりの15歳。まだまだ成長途中の細い身体と、すぐに涙ぐむ気の弱さで、他の隊員から「お嬢さん」などと呼ばれ揶揄われているが、涙は流しても決して諦めず必死に鍛錬に食い付いていく根性があった。モリスも鍛錬の場でラドに接した時など、その諦めない姿勢を好ましく感じていたぐらいだった。


 ラドに大魔術士へ仕えるよう王命が下ったと告げた時、彼は焦茶色の瞳に涙を一杯に溜めて、深々と頷いた。隊員の誰かが大魔術士の側仕えに選ばれると噂になっていたので、覚悟は決めていたのだろう。隊員の証である緑色のローブを返す手はブルブルと震えていて、モリスの良心を深く抉った。


 そんなラドの異動から2月近く経った頃、モリスは大魔術士宛に手紙を書いていた。翼竜討伐にラドを同行させる為だ。

 大魔術士の側仕えになったとはいえ、ラドは正式に魔術士として王家に仕える身。討伐への参加は義務であり、彼が魔術士としての矜持を保てるよう、モリスは出来るだけのことをしてやりたかったのだ。

 今回の討伐は風の魔術士隊との合同遠征になるので、風の魔術士隊長のシール・カルシスにも働きかけ、風の魔術士隊から側仕えになった隊員も討伐に参加出来ることになった。


「この度は討伐への参加をお許し頂き、ありがとうございます」


 真っ白なローブに身を包んだラドが、モリスにそう挨拶をした時、その表情と口調から、大魔術士の側仕えとして上手くやっているように見えた。


「ラド、元気そうだな、良かった」


「はいっ!」


 すぐにモリスに風の魔術士部隊との打ち合わせがあったため、その時は一言しか声を掛けられなかったが、ラドの生き生きとした様子に救われたような気持ちになった。


 馬に跨り一路サルナー領へ向かいながら、馬を並べた副隊長のダイスが、不思議そうな顔をしていた。無表情であまり感情を揺らさないこの男が、珍しいこともあるものだ。


「何か気がかりでもあるのか?ダイス」


 モリスが声をかけると、物思いから醒めたように数度瞬いて、ダイスがモリスに視線を向ける。


「気のせいかと思ったのですが、先程ラドを間近で見て、やはり…」


「ラドがどうかしたのか?」


 ダイスは少し逡巡した後、口を開いた。


「土の魔術士隊から離れて、まだ2月しか経っていないのに、随分と身体付きが変わりました。以前は一番小柄で、女性と見間違えるほど細かった筈ですが、随分と身体の厚みが増し、体幹もしっかりとしています」


 ダイスの言葉に、モリスは記憶を思い起こした。他の隊員達から、お嬢さんと揶揄われていたラドの事を。成人を迎えていたが、確かに手首も脚もヒョロヒョロと細かったような気がする。


「成長期のせいではないか?あの年頃は、伸びる時は一気に伸びるだろう」


「身長などはそうでしょうが、あの身体付きは、騎士に近いと思います。それに、以前はオドオドと仔ウサギの様に内気でしたが、今はそれがなく、妙に落ち着きがあるというか…。まるで、歴戦の猛者を目の前にしている様でした」


 モリスは先程の僅かな時間で言葉を交わしたラドを思い浮かべた。確かに土の魔術士隊に所属していた頃のラドは、小さく背中を丸め、周囲を気にしていることが多かった。先程のラドは、ピンと背中を張り、動きもキビキビとしており、所作の一つ一つが美しかった。


「大魔術士殿に仕えることで、マナーや所作を叩き込まれたのかもしれんな…」


 愛妾の側仕えになるということは、王や貴族に接する事も多くなる。貴族に対する対応を間違えれば、不敬に当たり、処罰の対象になるのだ。


「それだけではないような気がしますが…」


 ダイスはラドの動き、足の運び、視線の置き方全てに、隙を感じなかった。自身も欠かさず剣の鍛錬をしている身として、あれは2ヶ月程度の訓練で身につくものではないと分かる。


 ダイスの言葉にわずかな疑問を持ちながら、モリスは馬を走らせた。


◇◇◇


 サルナー軍との合流地点を目指すモリス達だったが、運悪く、サルナー軍と合流する前に翼竜の群れと遭遇する事になった。しかし想定していた事だったので、土の魔術士隊と風の魔術士隊は特に動揺する事なく、討伐に取り掛かった。騎士を中心としたサルナー軍がいたとしても、空を飛ぶ翼竜の討伐は魔術士が主に行うことは分かっていた。騎士達の役目は、魔術で撃ち落とされた翼竜のトドメを刺す事だ。それは魔術士でも出来る事だ。


「風のは随分苛立っているようだな」


 モリスが苦笑混じりに呟くと、同じくダイスが苦笑しながら頷く。


「モリス様がしつこく付き纏ったからですよ」


 確かに今回は少しばかり粘ったが、それは大魔術士付きになってしまった哀れなラドやウィーグのためだ。彼らのために大魔術士宛への手紙にサインをさせた事を、よほど根に持っているのだろう。風の魔術士隊長のシールは、他の魔術士達のことなど全く見えていないように、憂さ晴らしに一人で好き勝手に翼竜を討伐している。風の魔術士副隊長が必死に止めようとしているが、それで止めるようなシールではない。周りの魔術士たちは困惑気味に彼を見守るしか出来なかった。


「まあ、討伐をしてくれるなら文句はないがな…」


「あのままではシール隊長が魔力切れになりませんか?」


「流石にそこまで愚かではないだろう。魔力切れになる前に止めるだろうさ」


 1、2匹の取りこぼしは他の隊員達が難なく討伐しているので、問題はないだろうとモリスは判断していた。




「敵襲!もう一体来ますっ!」




 そう声が聞こえた途端、モリスの身体は衝撃に吹っ飛ばされた。


 何が起こったと思うよりも早く、激痛が貫き、喉に鉄臭い味がせり上がった。

 視界が赤く染まり、自分が地面に倒れ血を吐いている事に気づく。動かぬ身体で視線だけを周囲に向ければ、前線で戦っていた魔術士達が全て地に倒れ伏しているのが見えた。

 モリスが受けた傷は左肩から肺まで達するものだった。ひゅうひゅうと呼吸をするが息が漏れ、意識が朦朧としている。


「何が…?」


 前方から禍々しい魔力の気配を感じる。最前線で魔術を放っていたシールの側に、黒い巨体が降り立つのを見て、それが攻撃を放った魔物だと察した。


「シール…逃げ…」


 声にならぬ声をあげ、届かないと分かっていてもモリスはシールに手を伸ばした。

 黒い魔物の魔力が膨らむのが感じられた。目の前で無様に蠢くしかできない獲物に、トドメを刺すつもりなのだろう。モリスはなんとか防御壁を築こうとしたが、痛みと朦朧とする意識に、詠唱もままならない。


「大地の癒し」


結界(シールド)


 はっきりとした詠唱が聞こえた途端、身体の痛みが霧散した。朦朧としていた意識が覚醒し、モリスは反射的に飛び起きて、防御壁を築くべく魔術を練り上げる。


 耳障りな音をたて、魔物の魔術が薄い魔力の膜のようなものに弾かれた。


「やべぇやべぇやべぇやべぇ!ラドぉ!代れぇ!魔力が枯渇するぅ!」


結界(シールド)!」


 次に聞こえた声は、モリスのよく知る声だった。力強い詠唱と共に、濃密な魔力が漲る。


 モリスは信じられない思いで、目の前の光景に呆然としていた。倒れ伏していたはずの魔術士達は全員、立ち上がっていた。一番魔物に近く、重傷を負っていたシールでさえも回復していた。そして、モリスと同じように目を丸くしている。


 それもそのはず。

 下級魔術士用の支給品の杖を構え、モリス達を守るように魔物に対峙している二つの背中は。


 魔術士隊の落ちこぼれであり、他の隊員達からみそっかす魔術士と揶揄われ続けていた、ラドとウィーグだった。



 

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