19 黒い魔物の検証
お菓子に満足したメイルから、邪竜の復活、生まれてくる王の子の危険、時空魔術や弟子達の事をザックリと説明された4隊長たちは、グッタリと椅子にもたれている。
荒唐無稽な内容だったが笑い飛ばそうにも先程のメイルと弟子達の展開した魔術は、余りにも彼らの学んできたものとは別格過ぎた。あり得ない事象を次々と見せつけられ、頭が理解する事を拒否していた。
「まあ。考えるよりも見たほうが早いでしょ。丁度これから新しい魔術の杖の試運転がてら、この子達の鍛錬をする予定だったので、見学してけば?」
メイルの言葉に、顔色を無くして反応したのは弟子達だった。
「ええっ!この後は黒い魔物の検証でしたよね?座学じゃないんですか?!」
「杖もつい最近、本当に最近出来たばっかりですよ?試運転がてらって、いきなり実践ですか?」
「まだ杖の魔術交換率の微調整が終わってないです!」
「杖につけた4大魔竜の魔石の魔力込めもまだですよ?!」
口々に反論する弟子達に、メイルはニコリと笑う。
「襲ってくる魔物に、まだ準備できていないから待ってくれって言うの?」
途端、ぐむっと黙り込む弟子達。それぞれの収納魔法から取り出した魔術の杖を持ち、4人は中庭に向かった。メイルと魔術士隊長たちも、中庭に出る。
メイルは中庭に置いたカウチに座る。弟子達の鍛錬の時はいつもこの席から眺めている。魔術士隊長達も、メイルに倣いカウチに腰掛けた。
中庭には緊張感が漂っていた。4人の弟子達はそれぞれに魔力を漲らせて備えている。4人の尋常ではない魔力量に、隊長達は目を剥いて驚いていた。
そこに、静かなメイルの声が響いた。
「魔術士たるもの」
『心を揺らすな』
「魔術士たるもの」
『己を見知せよ』
「魔術士たるもの」
『状況を見極めよ』
まるで一つの音の様に、4人の声は重なる。
何度も繰り返し重ねた言葉。今は自身の魔力と同じぐらい、身体に馴染んだ言葉だった。
「では諸君。存分に戦いなさい」
メイルの言葉が途切れると同時に、凄まじい魔力の塊が前方から押し寄せ、隊長達は思わず立ち上がる。
しかし見えない膜に阻まれるように、その魔力の塊が霧散した。メイルの張った結界に阻まれたのだ。メイルや隊長達の座るカウチは、そよ風一つ届かない。
「スーラン、死亡」
メイルの涼やかな声に、隊長達は中庭に注意を戻す。そこには全身ズタボロだが何とか立っている3人の弟子達と、倒れ伏すスーランがいた。
「スーラン?!」
水の魔術士隊長、リアムは思わず叫んだ。全身が血で真っ赤に染まった元部下の姿に、駆け寄りそうになる。
「ぐっはぁ!いきなりミスった!」
しかしメイルの放った回復魔術ですぐさま復活したスーランは、自分の周りに結界を張る。
「キツイ!話に聞いてたけど、ヤバいな、これ!」
ファイがブンブンと頭を振り、意識が持っていかれそうになるのを振り払う。
「お前ら、こんなの杖なしでよく何回も耐えたな。魔力の減りがエゲツない」
「俺なんか一発で死んでたぞ!?」
口々に喚くファイとスーランに、ラドとウィーグは冷や汗を流す。
「いやこれ、前に戦った奴より威力が強いんだけど…」
「やっぱり?!ラドもそう思うよな?杖があるのに前とキツさがちょっとしか変わらないよな?」
「杖の発動が未熟な事を差し引いても、強いと思う…!」
「ファイ、スーラン、ラドの周りに集まれ。一人が結界、二人が攻撃、一人が補助な!」
ラドの言葉に、4人はサッと移動する。そして目の前に聳え立つ、メイルの作り出した擬似魔物(改良版)に対し向き直った。
メイルの作り出す擬似魔物は、4人の弟子達にとってはお馴染みの鍛錬相手だ。
魔石を岩石で包み、巨人に成形した擬似魔物。堂々たる体躯に、今回は黒い翼竜から取った魔石を使用しているため、全身に漲る魔力がドス黒い。そして、いつものようにその顔の部分の造作は酷い。目は死んだ魚の様に虚ろで、鼻は折れ曲がり、口は左右非対称で涎を垂らしたように見える。5歳の子どもの落書きでもまだマシだった。
「相変わらず、顔のデザインは最悪だなっ!腹立つ顔だ!」
「造作に悪意しか感じないよね、あの顔」
「毎回スゲェ強くて殺されかけてアイツ嫌いなんだけど、あの顔には同情する」
「敵ながら可哀想だよな、本当に」
弟子達の素直な批評に、メイルは口元を引き攣らせた。人間とか動物のデザインは、メイルが唯一苦手な事なのだ。
「無駄口叩く余裕があるなんて、いい度胸じゃない」
メイルの言葉に応じる様に、擬似魔物は咆哮をあげた。
その身体が魔力を孕む。
「来るぞっ!」
「させるか、炎槍!」
ファイの杖から炎が放たれる。一直線に擬似魔物に向かい、その腹を貫いた。
「あ、弾かない!効いてるよ!やっぱり杖を使うと魔力交換率が高くなる!」
「よしっ!そのままって、うわあっ!」
擬似魔物から放たれたブレスが結界を揺らし、ラドの張る結界を揺らした。
「ラド!魔力ポーション飲め!代わるよ」
スーランが結界を張ると、ラドは魔力ポーションを飲み干した。その顔が驚愕に歪む。
「味の開発どうなってるの!舌が痺れるんだけど!」
「何混ぜてもその痺れ取れなくてなー。回復力を上げるためにドグラグラを無毒化して混ぜてるんだけど、その味だろうなぁ」
スーランが遠い目をする。メイルのポーション開発に付き合わされている彼は何度も味わっていた。ちなみに、ドクラグラはジャイロ王国で危険植物として指定されている猛毒の植物だ。
「喰らえっ、暴風刀!」
「炎竜巻!」
「氷塊落!」
「土嵐流!」
4人は攻守を交代しながら、得意の属性魔法で攻撃を重ねる。何気に発動される魔術は、特級レベルの魔術であるが、それを何発撃っても弟子達の魔力が尽きる様子はない。魔力ポーションで回復をするのは、防御役が結界に攻撃を受けた時のみである。
隊長達はその圧倒的な魔力と強力な魔術に、口を半開きにして眺めることしかできない。
信じられなかった。ほんの数ヶ月前まで、隊の中でもミソッカスの、劣等生だった彼らが、ポンポンと強力な魔術を放つことが。風と土の魔術隊の精鋭が傷一つつける事が出来なかった魔物を、その劣等生達が倒そうとしていることを。
ある程度の魔力を吸収できる擬似魔物も、弟子達4人のエゲツない攻撃の嵐にみるみる弱っていった。虚ろな目が、俺なんでこんな目にあってるの?とウルウルし始めている。腹立つ顔だが、ちょっと可哀想になってきた。腹立つ顔だが。
「得意の属性以外の攻撃もしなさい!他の属性が伸びないでしょ!」
メイルは4人と擬似魔物の状態を具に鑑定しながら、4人に注意を飛ばす。
「他の属性のみの攻撃。6回で撃破」
メイルの指示に、弟子達は引き攣った。4人が擬似魔物を鑑定した結果、あと10回ぐらいの攻撃で倒せる計算だ。しかも、それぞれ得意な属性魔術を使えばである。それを、得意ではない属性魔術で6回攻撃で倒せとの指示。鬼か。
「くっそ!ラド、アレやるぞ!」
「分かった」
スーランの言葉に、ラドが水魔術を練り上げる。スーランは土魔法だ。
『土流水』
スーランとラドの魔術式が絡み合い、土と水の洪水となって擬似魔物を飲み込む。お互いの得意な属性魔術を絡める事で、威力を上げる戦法だ。
『暴風炎』
ファイとウィーグの練り上げた魔術も、絡み合い威力を上げて擬似魔物を包み込む。灼熱の炎が小さな嵐になって擬似魔物を取り囲み焼き尽くす。
炎が消えた後には、炭化した擬似魔物がゆっくりと倒れ伏す。生体反応が完全に消えたのを確認し、4人はその場に座り込んだ。
「うん。属性以外で4回で撃破。まあまあかな。はいお疲れー。で、評価はどうよ?」
カウチからフワリと飛んで中庭に降りたメイルに、スーランが力なく言う。
「最初の油断で俺が戦力外。残り3人での撃破は可能かも知れませんが、かなり難航したと思います」
「んー?五分五分だろうね。3人の攻守の均衡を崩されたらヤラれただろうねぇ」
スーランの的確な分析に、メイルは頷く。
「あと、魔術の杖の精度が低いです。交換率は高いですけど、その分魔術を放つ時のブレのせいで、命中率が落ちました」
ファイが自分の杖を見ながら、渋い顔をする。
「まあ杖は魔力を馴染ませる毎に成長するからね。まだ産まれたてだから、こんなもんだよ?」
凹む弟子達に、メイルは笑った。
「それにしても、いつの間に魔術式の掛け合わせを練習してたの?よく考えたね」
メイルの言葉に、ラドが照れながら答えた。
「あの、4人で遊んでた時に、魔術式が絡んだ事があって、その時凄く威力が上がったので…」
遊びの延長での発見だったが、面白くて4人で色々な掛け合わせを楽しんでいた。
「うんうん。一番威力の上がる組み合わせを選んでたね。よく出来て…」
ニコニコと褒めるメイルの言葉を掻き消して、轟音とともに擬似魔物が立ち上がった。炭化していたはずの岩肌まで、何故か元通りになっている。
「あ、いけない。自動回復するように設定してたんだった」
チラッとへたり込む弟子達に視線を向ける。
「どうする?もう一戦いっとく?」
師匠の軽い言葉に、ブンブンと顔を青褪めて首を振る弟子達。
「ははは。お客さんもいるし、連戦実習はまた今度ね」
引き攣る弟子達に笑って、メイルは擬似魔物に視線を向ける。
「さっきの魔術式の合わせだけど、4つ合わせるともっと威力が上がるよ。調整を間違えると暴発するけど」
メイルの指先に魔力の塊が生み出される。
「火水土風」
フワリと放たれた魔術が、復活したばかりの擬似魔物を取り囲み、眩い閃光を発しながらその身体から次々と岩肌を削いでいく。
魔術式が静かに消えた後には、大きめ黒い魔石がコロリと転がり落ちた。それをメイルが収納魔法に仕舞い、その日の鍛錬は終了した。
ちなみに隊長達は、この見学で余計に混乱する事になり、ますます頭を抱え込む事になった。




