17 4魔術士隊長登場!
その日、王宮には珍しい顔触れが揃っていた。
火の魔術士隊長ナフタ・サルーシャ。燃えるような赤髪とブラウンの瞳の、騎士のようなガッシリした体型の男。
水の魔術士隊長リアム・アジス。短く刈り込んだ銀髪と銀の瞳の怜悧な美貌の男。
土の魔術士隊長モリス・ローグ。
風の魔術士隊長シール・カルシス。
それぞれが魔術士隊を預かる身だ。多忙を極め、4人が揃うのは会議の場などだ。こんな風に4人揃って同じ場所に出向くなど、滅多にない。
4人は同年代でほぼ時期を同じくして隊長の座に着いた。それぞれの家の関係は派閥は同じだが敢えて親しくはない。魔術士隊を長年預かる家同士、協力はすれど馴れ合いはせぬが慣例となっている。魔術に長けた家同士の結び付きが強いと、強大な力を持つ事になり、王家に翻意ありと捉えられかねない。
「しかし、お前たちの荒唐無稽な話は信じられんな。あの女狐が稀代の魔術士などと」
水の魔術士隊長リアムから、本日何度目か分からぬ言葉が出た。それを聞き、モリスとシールは顔を顰める。
「なぜ俺たちまで愛妾のご機嫌伺いなどせねばならぬのだ。陛下は俺たちを侮っておられるようだな」
「またか、リアム、ナフタ。だから会ってみれば分かると言っているだろう」
「どのみち陛下よりお会いして事情を聞けと言われているだろう。諦めてさっさと行くぞ」
モリスとシールは先日の討伐に起こった出来事についての報告と、大魔術士やその弟子についての事情を知るため、王へ謁見の申し出た。しかし折悪く豊穣祭が近づいており、目を血走らせた文官達に、王のスケジュールは分刻みで決まっていると口調も荒く却下された。どうも後宮へ頻繁に顔を出すため、陛下の仕事が滞り気味らしい。
何度か謁見の申し出をしていると、ある日事情はメイルに聞けと王よりお言葉が返ってきた。4人全員で聞けと言う命に、モリスとシールはすぐに他の2人の隊長の日程を有無を言わさず押さえた。
謎の黒い魔物、突然強くなった元隊員たち、さらに王の愛妾と思っていた大魔術士の人外としか言えない強さ。気にするなと言われても無理だ。
そして本日、全く乗り気ではない他の2人の隊長を引き連れて、モリスとシールはメイルの元にやってきた。
ナフタとリアムには王の許可が出た後、討伐の際に起ったことを話したが、信じてもらえなかった。お前らまで、あの大魔術士に誑かされたと冷笑される始末だ。今回の同道も、王の命だったので仕方なく従ってはいる。
モリスとシールへの王の返事には、ナフタとリアムの目を覚まさせてやれとあった。何度も愛妾を大魔術士の任から下ろせと奏上されて、王も鬱陶しかったのだろう。
侍従の案内を受け、王宮の中を進む。老朽化が進み、公には使われていないエリアに案内され、4人は訝しげに歩みを進める。こんな古びた場所に大魔術士がいるのか。
辿り着いたのは王宮の奥まった一室。広めのホールの隅に4つの机が並べられており、白いローブを着た者たちが、何やら書類と格闘していた。
「モリス隊長!シール隊長!」
4人に気づいたラドが、満面の笑みを浮かべて飛び出してくる。モリスとシールが緊張を緩め、笑みを浮かべた。
「すまんな、仕事中に。メイル殿とお約束をしている」
「はい!伺っております!どうぞ、こちらへ」
ラドに続き、他の3人もモリス達の元にやってくる。
「ウィーグ、身体の調子はどうだ?」
シールがウィーグの調子を気遣う。ウィーグが頬を掻きながら小声で「平気っす」と呟いた。魔力切れで死にかけ、討伐の帰りはシールに大層心配され、気にかけてもらっていたのだ。
あの後、全員がほぼ魔力切れだったので、メイルから貰った魔力ポーションを飲んだ。皆で分け合って少量だったにも関わらず、あまりの不味さに暫くその場を動けなかった。何故かその時に謎の連帯感が生まれ、ウィーグとラドは元の古巣に馴染むことができた。同じ釜の飯ならぬ、同じ激不味ポーションを喰らった仲が成せる技だった。
「君たちがファイとスーランだな。ラドから色々聞いているよ」
モリスが2人に目を向ける。ファイとスーランは居心地悪そうに目を泳がせた。
皆で連れ立って別室にいるメイルの元に向かう。ラド達4人が与えられている居室の側に、メイルの執務室のようなものがあるらしい。訓練以外は大抵そこにいるのだとか。
「訓練?愛妾と魔術士見習いに何の訓練が必要なのだ」
ナフタが鼻で笑う。リアムも同調するように口の端に歪んだ笑みを浮かべる。
「すまんな」
ナフタ達の嘲りに困惑するラドに、モリスが謝る。いえ、とラドは首を振り、他の3人は熱のない視線をナフタに向けた。
「メイル様、入ります。お約束の方々がおみえです」
ラドがドアをノックすると、中から応答する声があった。
部屋の中はモリス達の予想を裏切る様子だった。女性の好みそうな華やかな装飾は皆無。机と、椅子と、簡易なソファ。そして、壁を覆い尽くすような本。机の上や床の上に乱雑に積まれた本の山。足の踏み場もないような状態の中、メイルは身体の半分もありそうな大きな本を読んでいた。表紙に禁書・持出禁止とデカデカと刻印されている。それはいいのだが、いや、良くはないが、それ以上に気になる事があった。
「もう!メイル様!お客様がいらっしゃるから、片付けてくださいって言ったのに!」
ラドの怒る声に、メイルが本から顔を上げた。
「うん…?お客様?…何かあったっけ?あれ?君達、何で逆さまなの?」
メイルの言葉に、スーランが呆れた声を上げる。
「いや、逆さまなのはメイル様です。しかも何で浮いてるんですか?」
「うん…?」
メイルは部屋の中央にプカリと浮いていた。スーランの言葉通り、頭を下向きに、膝に本を乗せた形で、なぜか長い銀髪は重力に従う事なく背中に落ちている。どういう魔術展開かと弟子4人は条件反射で考えていた。メイルが無意識に発動する魔術を分析するのは、この60年で培った習性のようなものだ。
逆さまに浮いている自覚がなかったのか、メイルは不思議そうな顔をしていたが、ようやく気付いてくるんと一回転し、床に降り立った。
「なんで浮いてたんすか?」
ファイが不思議そうに聞くと、メイルはうーんと考え込む。
「確か、ソファでずっと本を読んでたら身体が痛くなって、それで浮いたら楽だったから」
「本に没頭しすぎですよ!ちゃんとご飯食べました?」
プリプリとおかんのように怒るラドに、メイルは苦笑いする。
「軽食もらって、食べたよ」
「じゃあ一旦読書は中止して、お部屋を片付けて下さい。ちゃんとソファとテーブル出してくださいよ!」
ちゃんと約束の時間までに片付けるって約束したのに!と、ラドは部屋を出て行く。お茶の準備に行ったのだ。
「はいはい、仕分け」
メイルの言葉に、部屋中の本がザッと二つの山に仕分けられる。
「集めろ」
びゅっとメイルの元に一つの山の本が集まり、目の前から忽然と消える。
「スーラン。そっちの本は大図書庫に返しておいてー」
「はい。…メイル様、持出禁止の禁書も混じってますけど、許可は取ってるんですよね?」
「司書の爺さんの許可はあるよ」
「あー…正式な手続き取ってないんだろうな。ま、いっか。怒られるの爺さんとメイル様だし」
ブツブツと呟きながら、スーランは本の山を見つめる。
「集めろ」
残った本の山がびゅっとスーランの元に集まり消える。
部屋の中は本がないとガランとしていた。
メイルが部屋に残っていた机、椅子、ソファを収納魔法で片付けると、しまってあった豪奢なテーブルと椅子を取り出した。
「取り出し」
ドンっと大きなテーブルセットが目の前に出現する。
「メイル様、何でこのソファで本読まないんですか?座り心地いいから身体は痛くならないですよ?」
ウィーグが素朴な疑問を口にする。メイルは顔を顰めた。
「だって、1人掛けのソファだと寝っ転がれないし、良いソファだから食べこぼしたら怒られる」
「あぁ…」
思った以上に残念な答えだったため、ウィーグは溜息をついた。
ウィーグがチラッと隊長達を見ると、モリスとシールは驚いてはいるが一応平静を保っている。以前にメイルが飛んでいるのを見ていたし、とんでもない実力の魔術士だと知っているからだろう。貴族の矜持というやつか、顔に動揺は出さないようにしていた。
しかしナフタとリアムは。
ポカンと口と目を開きっぱなしで身動き一つしない。目の前で起こったこと現象が信じられないのだ。
モリスとシールは、討伐の時の自分もこうだったなと、懐かしい気持ちになった。
「はい、お茶の準備できましたよー。あ、メイル様。やればできるじゃないですか!次からはちゃんと言われる前にやってくださいね!」
「はいはい」
ラドがワゴンに乗せたお茶のセットを押しながら帰ってきた。そして、パカっと口と目を開いたまま動かないナフタとリアムを見て不思議そうに首を傾げた。




