16 いとも簡単に
「ふーん。魔術が効かない翼竜ねぇ」
ラドとウィーグの報告を聞き、メイルはつまらなそうに呟いた。
ちなみに魔物は、メイルの張った結界に悉く攻撃を阻まれて、怒り狂っていた。
撤退のために散らばっていた隊員達は、呆然としたままメイル達の元に戻ってきた。ラドとウィーグが張っていた結界とは比べ物にならないぐらい、広範囲かつ安定的な結界に囲まれていて、夢でも見ているようだった。しかもラド達が結界を張っていた時は、魔物の攻撃が当たるたびに耳障りな音を立てていたが、メイルの場合はパンっと軽い音で弾かれている。
モリスとシールは、魔物の攻撃にも全く揺るがない結界に、食い入るように見入っていた。
「まぁしょうがないかなぁ。あれ黒トカゲの眷属だし」
「えっ?そうなんですか?」
メイルの軽い発言に、ラドが驚いた声を上げた。
「うん、史実にある通りだね。元は翼竜だけど、身体の肥大化、変色、魔力の増大。見事なまでに特徴点が一致してる」
「魔術を跳ね返したんです!そんなの記録にありませんでした!」
「あったよー。ごく一部だけど、魔力属性を吸収する眷属が。それじゃないかなぁ」
あっとラドとウィーグが同時に叫んだ。確かに、魔物に魔術がぶつかった瞬間、霧散したように見えていたため弾いていると判断したが、あれはもしかして吸収していたのか。
「それなら俺も文献読みました。吸収、…吸収かぁー」
ガックリ肩を落とし、ウィーグは頭を抱えた。簡単な引っ掛け問題に思いっきり引っかかったような気分だ。
「吸収については、討伐のシミュレーションのときに話し合ったよね。結果はどうなったか覚えてる?」
「確か、吸収できないぐらいの魔力をぶつける」
ラドが、魔物へ目を向ける。あれだけの人数で散々魔術をぶつけたのに、ピンピン元気いっぱいだ。
「無理なんじゃないですか?」
あのバケモノに腹一杯、はち切れるぐらい魔力をぶつける?非現実的だ。
「あはは。ラド、悲観的だね。まあ、今のままじゃ無理だよね。君たち4人分の魔力をぶつけて、ようやく1匹倒せるぐらい。あんなのがポコポコ出て来たら、面倒だねって話したよね?それでどうなった?」
はっとラドとウィーグが顔を上げた。
「杖!杖を作ることになりました!」
「大正解!」
魔術の行使を助ける魔術の杖。魔石と魔術陣を組み合わせ、魔力交換率を上げる。
だから4人で、4大竜を狩りに行ったんだった。魔石を手に入れるために。
しかし帰ってきてすぐに、翼竜の討伐に参加することになった。だからまだ魔術の杖は完成していない。
「杖なしでよく頑張ったね」
そう言って、メイルは優しい笑みを浮かべた。
「間に合って良かった」
クシャクシャと頭を2人一辺に撫でられる。子犬を撫でるような手つきで、ラドとウィーグは気恥ずかしくて顔を赤らめた。
心底ホッとしていた。師匠が来てくれたこともそうだが、焦りと絶望で見失いそうだった魔術士らしさを取り戻せたことに。
「それじゃあシミュレーションの通り倒せるか、実践してみようか。どれぐらいの魔力が必要かな?」
メイルは楽しそうに魔物に向き直った。
「ふぅん。まずはこれぐらい。少なめ魔力で…」
メイルは結界のなかで青白い焔が揺らめく、子供の頭ぐらいの火炎球を作り出す。
「メイル様。結界の中で魔術を発動したら、外に出せないんじゃないですか?」
ラドの言葉に、メイルはこともなげに言う。
「いやー大丈夫。結界の性質を変化させれば通るよ」
メイルは火炎球を魔物に向かって放った。
勢いよく飛んでいった火炎球は、魔物の腹を貫通し、大穴を開ける。
「あっ…」
魔物がポカンとしたまま己の腹を見て、そのまま地面に倒れ絶命した。
しばらく、なんとも言えない沈黙が辺りを支配する。
「あ…れ?うそー。ちゃんと少なめ魔力で撃ったのに」
メイルは焦って視線を泳がせる。
「焔色が青色の時点で、火力高そうだなーって思いました」
ウィーグが追い討ちをかける。こういうときの彼は容赦がない。
「えー。それならそうと言ってよウィーグ。実験しようと思ってたのに出来なかったじゃん」
「自分で気づくでしょ、普通」
「冷たっ!弟子が冷たいっ!ラドぉ、ウィーグが酷いのよー」
「あー。でっ!でもメイル様、一発で倒すなんて凄いです」
「甘やかすなラド」
ラドのフォローに、ウィーグがすかさず突っ込んだ。
「なによー。わざわざ助けに来た師匠に向かって酷いじゃないかー」
ぷうっと子どものように頬を膨らませ、メイルが拗ねる。先程の頼りになる師匠っぽさは皆無だ。
「それとこれは別です。まったく、俺たちが死ぬ思いして戦ってた魔物、あっさり倒さないでくださいよ。めちゃくちゃ居た堪れないじゃないすか」
先程まで一丸となって戦っていた魔術士隊が、理解が追いつかず、複雑な顔で立ち尽くしている。
メイルは敢えて空気を読まず、モリスとシールに挨拶することにした。
「モリス隊長、シール隊長、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。ラドとウィーグが大変お世話になりました」
「あ、ああ、いや」
「ぐ、い、いや」
何と言っていいか分からず、口籠るモリスとシールに、メイルはニコリと微笑む。
「ところでお二人に、お願いしたいことがあります」
お願いと言う言葉に、モリスとシールの雰囲気が固くなる。彼らは高位貴族。弱味を見せれば簡単に足元を掬われる可能性がある。命を助けた見返りに、一体何を求められるのか。厄介なことになりそうだと、2人は心の中で悪態をついた。
「お願いとは?」
「今回の討伐について、緘口令を。わたしや、わたしの部下2人が関わったこと、あの黒い魔物のことは内密に」
思いがけないことを言われ、モリスとシールは目を瞬かせた。
「詳細は後ほど陛下から4隊長に説明があると思います。王家の秘密に関わることです。今回の討伐に関わる隊員全てに徹底してください」
「わ、分かった」
「約束しよう」
2人は拍子抜けして、そして恥ずかしくなった。命の恩人に対し、礼を尽くすどころか疑いの眼差しを向けるとは。
素直にこちらを見つめるメイルに、視線を返すことが出来ぬほど恥ずかしかった。
「よろしくお願いします。あ、軍には討伐は問題なく終わったと伝令魔術を送りましたので、このまま帰還して大丈夫ですよ」
ニコニコとメイルは笑って、フワリと浮き上がる。
「メイル様、飛行魔術で帰るんですか?前に馬に乗ってみたいって言ってましたよね?一緒に乗って帰りませんか?」
ラドが誘うが、メイルは残念そうに首を振る。
「乗りたいけど、王都に早く戻らないと。陛下が早く帰れって煩いからさ。もう、結界を三重に張ってるから大丈夫って言ってるのに。王妃様ラブにも困ったもんだよねぇ」
「今が一番大事な時期でいらっしゃいますからね」
ラドも残念そうに首を振った。
「馬はまた今度乗せて。それに、王妃様がクッキー焼いて待っててくれるって言ってたから、早く帰るのも悪くないよ。補充の魔力ポーション渡しておくから、気をつけて帰っておいで」
メイルはそう言って魔力ポーションを取り出し、ラドに渡した。
ウィーグが魔力ポーションに引き攣った顔をする。
「メイル様、さっき飲んだ魔力ポーション、今まで以上に凄い味だったんですけど…何混ぜたんですか?」
「体力も一緒に回復できるように色々混ぜたんだけど。味見したファイがしばらく何を食べても味が分からないって言ってたなー」
「舌が痺れてます」
「ごめん。味は改良してみるから!帰ってきたら美味しいクッキー分けてあげるね」
今度こそメイルの身体が浮き上がり、王都の方角を目指す。
「じゃあ、皆さん気をつけて帰って下さいねー」
皆を労る言葉を残して、メイルの姿はあっという間に小さくなった。




