15 魔術士たるもの
ラドとウィーグは魔力ポーションが尽きるまで色々試してみた。
魔物に隊員全員が一斉に魔術を放ったり、物理ならいけるんじゃないかと魔物の頭上にモリス隊長が最大魔力で作った土塊を出現させ、落下させたり。魔物はどちらの攻撃もサラッと弾いていた。
結界で魔物を囲んでその隙に逃げるという案もあったが、魔物から逃げ切る前に魔力が尽きるだろうと容易に想像がついたため、実行には移さなかった。
そうして色々試行錯誤しているうちに、魔力ポーションは残り1個になっていた。結界を維持しているウィーグ以外は地面にへたり込んでいる。モリスやシール、他の隊員達も散々魔物に攻撃を続けたため、ほとんどの者が魔力切れが近かった。
「魔物に喰われる前に、敵わぬとも一太刀浴びせてみせます」
土の魔術士隊、副隊長のダイスが、腰の剣を抜くと皆を庇うように前に出る。
「ダイス副隊長!ダメです!」
ラドが涙を浮かべてダイスを止めようとするが、ダイスは魔物を睨み動かない。他の隊員たちもヨロヨロと立ち上がり、魔術の展開を始める。このままむざむざ喰われるより、死ぬ間際まで攻撃を仕掛けようと決意したのだ。
魔物の攻撃が結界を襲い、耳障りな音を立てた。慌てて、ラドが次の結界を張る。
「ウィーグ!?何してるの?早く魔力ポーションを飲んで!」
ウィーグが魔力ポーションを飲まず、倒れ込んだ。魔力枯渇のままの状態だと、命に関わる。
「さ、いご、のは、お前、が、飲め、…置いて、にげ、ろ」
ウィーグは力なく呟き、目を閉じる。
「やだ!誰か早くっ!魔力ポーションをウィーグに飲ませて!」
慌ててシールがウィーグに駆け寄るが、ウィーグは顔を背け、首を振る。
「やだってば!ウィーグ!飲んで!お願いだからぁ!」
泣きながらラドが叫ぶが、ウィーグは口を開かない。他の隊員達も、どうすればいいか分からず、立ちすくんでいた。
「おれ、を、喰ってる、間、逃げ、て」
ウィーグの顔色が蒼白を通り越して白くなり、身体がどんどん冷たくなる。シールは何も言うことが出来ず、口の中を噛み締めた。血の味が広がる。
「落ちこぼれのくせに…何言ってやがる」
初めて、ウィーグの顔を真正面から見た。
平民の、隊の落ちこぼれの、シールにとっては取るに足らない存在のくせに。
コイツだけは、守らなくてはと思った。生意気にも命を懸けて隊員達を守ろうとしているコイツだけは。
「誰か死なせるか!担いででも連れて帰るからな!」
冷たくなるウィーグの身体を担ぎ上げ、シールは魔物を睨みつけた。
「ラド、次の攻撃が来る前に撤退するぞ!こちらから総攻撃をかけたら、結界を解除し、全力で走れ!いいな!」
ラドは涙を溜めて頷く。全員が覚悟を決めて頷いた。
「行くぞ!総員、攻撃を仕掛けろ!」
魔物に一斉に魔術が放たれる。同時にラドが結界を解除し、全員で撤退を始める。
否、3人だけ、その場に残り攻撃を続ける者がいた。土の魔術士隊長モリス、副隊長ダーク、そして風の魔術士隊副隊長のノットだ。
「殿は任せろ!行け!」
「シール隊長。あとはお願いします」
魔物から目を離さずに、3人は笑みを浮かべた。
「な、なんで!?」
慌ててラドが足を止めようとするが、シールがその襟首を捕まえて引きずっていく。ウィーグを抱えているとは思えない腕力だった。
「上の者から死ぬのが当たり前だ!いいか、あいつらが倒れたら次は俺だ!その時はウィーグを担いで逃げろ!」
「そんな!!」
ラドは愕然とした。魔術を使えるようになって、何度も死にかけて、自分の命をかける覚悟は出来ていた。しかし、誰かの命を犠牲にする覚悟を、ラドはしたことがなかった。
「やだぁ…」
魔物の身体が魔力を孕み、一直線に残った3人に向かっていく。
ラドはシールに引きずられ、見ていることしか出来なかった。
「やだあああぁぁぁぁ!」
ラドの叫び声だけが、虚しく響いていた。
◇◇◇
苦し紛れに放った魔術も、魔物にまた弾かれた。
モリスはため息をついた。万策尽きた。魔力も枯渇寸前だ。後はどれぐらい時間が稼げるのか。他の者達が、逃げる時間だけでも稼ぎたい。
ダークが刀を構え、襲いかかってくる魔物に対峙している。剣での攻撃が有効ならこの上ない朗報だが、先程までの魔物の様子を見ていれば、淡い夢だと分かる。
ここで死ねばローグ家の栄光は地に落ちるかもしれないが、それを引き換えにしても、守りたいものがあった。
ラドとウィーグ。あの2人には驚かされてばかりだ。
未知の魔術を使いこなし、魔力量も隊長クラス以上に伸びていた。そして、弱者を守る魔術士としての心構えもできている。彼らなら、自分のような凡人など軽々と乗り越えて、後世に名を残す偉大な魔術士になれるかもしれない。
あの、アーノルド・ガスターのように。
その礎になれるのなら、これほど名誉な死はないではないか。
きっと今回の遠征に参加した隊員は、皆同じ思いに違いない。きっと彼らを生かすため、最大限の努力するだろう。
ダークが魔物に斬りかかり、硬い鱗に弾かれた。魔物が鍵爪を奮うが、軽やかに身をこなし避けている。
これでいい。出来るだけ長く、魔物の気を惹きつけておくことができれば、彼らが逃げ延びる望みがでてくる。
魔物の身体に禍々しい魔力が漲るのを感じた。先ほどのような攻撃を受ければ、ひとたまりもないだろう。
せめて、最期まで目を閉じず、どれ程の威力なのか、味わってから死ぬとしよう。口の端に笑みを浮かべ、モリスはその時を待った。
ただ一つ心残りなのは、ラドとウィーグに何があってあれほどの力をつけたのか、その理由を知ることが出来ないことだった。
魔物の魔術が放たれる。
衝撃を覚悟したモリスは、しかし何も起こらず、不思議そうに魔物を見つめた。心なしか、魔物も不思議そうな顔をしていた。
「いたいた。方向ズレてたじゃん。ベールのオッサン、適当なこと言ったなー」
気の抜けるようなのんびりした女性の声。そちらに顔を向けると、揺れる銀髪が見えた。
あたりは異様な静けさに包まれていた。誰もが自分の見ているものが信じられなかった。撤退のために動いていた隊員達も、ポカンと口を開けて立ち止まっている。
王の愛妾と揶揄され、どの魔術士隊もその存在を無視していた。大魔術士などと大層な位に任じられ、名目とはいえ、あの女が自分たちよりも立場が上になることに、魔術士隊に籍を置くものは皆、苦々しく思っていた。賢帝と名高かったサーフ王も女に溺れて職権を濫用するなど地に落ちたと、隊長達は憤りをみせていた。あの女が現れなければと、憎々しげに。
その女が、ラドとウィーグと同じ白のローブを纏って、そこにいた。空中に浮かび、会議の場で見せていた取りすました顔が嘘のように、楽しげな色を浮かべている。
「メイル様ぁ!」
ラドが、悲鳴のような声を上げた。
「メ、メイル様っ!メイル様っ!魔物がっ、ウィーグが魔力枯渇で死にそうでっ!このままじゃ、み、みんながぁっ」
ラドが泣きじゃくりながらメイルにヨロヨロと駆け寄る。それに眉を顰めて、メイルはふわりとラドのそばに降り立った。そして。
がんっ!と痛そうな音とともに、メイルがラドの頭に拳骨を落とした。華奢な細い腕の割にはかなりいい音がした。
「んがぁっ!」
ラドが頭を抱えて悶絶する。
それには目もくれず、今度はシールが抱えているウィーグに近づくと、どこからともなく魔力ポーションを取り出し、ウィーグの口をガバッと開いて瓶の中身を注ぎ込む。
「にが痛ぁっ!ぐぁあぁぁ!」
ガッとウィーグの目が開き、身体が痙攣するようにビクビクとのたうつ。今まで飲んだ魔力ポーションは苦不味くはあったが、これほどの反応を見せたことが無かったため、シールをはじめとする隊員達は、何が起こったのかとウィーグを見守るしか出来なかった。
「目が覚めた?不肖の弟子ども」
メイルの言葉に、痛みを堪えたラドと、魔力が回復して渋い顔をしたウィーグがノロノロと顔を上げる。
ニコリと全然目が笑ってない笑顔を浮かべるメイルに、ラドとウィーグは慌てて立ち上がり、姿勢を正した。
「メイル様っ!あの魔物、魔術を弾いてそれでっ!」
「物理攻撃も効かないんです!結界も魔力をごそっと削られて」
「ウィーグが魔力枯渇で、撤退するはずが隊長たちが残って」
支離滅裂に話し続ける2人を、メイルは静かに見つめる。
「魔術士たるもの」
メイルの言葉に、ラドとウィーグはビシリと背筋を伸ばし、反射的に応える。
「「心を揺らすなっ!」」
「魔術士たるもの」
「「己を見知せよっ!」」
「魔術士たるもの」
「「状況を見極めよっ!!」」
ラドとウィーグは、声を揃えて諳んじる。修行の間、毎日毎日叩き込まれた言葉だ。言葉の意味を噛み締め、頭がスッと冷えた。
自分の力が通じない魔物に遭遇し、みっともなく慌てふためいて、醜態を晒してしまった。ラドとウィーグは羞恥で顔を赤くした。
「で?」
メイルは腕組みして促す。
「状況を説明してくれる気になったかな?」




