13 合同討伐
ジャイロ王国の東、サルナー領。特産の小麦の生産量はジャイロ王国内でも一、ニを争い、王国内でも豊かな領である。王都からは馬で5日程とそれほど離れてはおらず、領都ナグマ街も交易が盛んで活気に溢れている。そんなサルナー領主から、翼竜の群れが出たと王都に知らせが届いた。
翼竜は大人2人分ぐらい大きさの緑の硬いウロコに覆われた小型の竜で、鋭い爪と牙で獲物を襲う。竜の亜種で厄介なブレスや魔法は使わないが、翼があるため騎士だけでの討伐は難しい。そのため王都の魔術士隊に出動要請がきたのだ。
討伐に選ばれたのは風の魔術士隊と土の魔術士隊。それぞれの1番隊から5名、2番隊から5名、3番隊から3名ずつ選ばれ、隊長、副隊長を合わせ30名の合同魔術士隊で向かうことになった。群れといっても10匹程度。サルナー領軍からも出兵するため、戦力としては妥当だった。
土の魔術士隊の隊長、モリス・ローグは27歳。ローグ侯爵家の跡取りであるが高位貴族にしては穏やかで公平な人物である。隊員達に対して身分で態度を変えることなく、全ての隊員達に細やかな気配りをしていた。
彼は王命で異動させた元隊員のラドにはいたく同情しており、今回の討伐にラドを同行させたいとメイルに対し手紙で打診してきた。魔術士隊に努力して入ったラドが、王命とはいえこのまま大魔術士付きで現場に出ることがなくなり、彼の魔術士としての未来を潰すことを恐れたのだ。手紙にはメイルに配慮したのか、討伐の人員が不足しているため助力願いたいとしたためてあった。
特に断る理由もなかったし、ちょうど4人の部下から時間操作の弊害で記憶が曖昧になったと相談されていたので、偶に隊に戻せば思い出すだろうと、メイルは快く送り出すことにした。打ち合わせでもあったのか、風の魔術士隊からも同じような要請の手紙が届いたので、ウィーグも行かせることにした。
「リハビリ頑張ってこいよー」
「ちゃんと隊員全員の顔と名前、一致させたか?」
ファイは気楽に、スーランは心配そうに2人を見送った。
ラドとウィーグの2人が討伐に行っている間、残る2人は大魔術士隊の書類仕事を頑張ることになっていた。
「隊長がボクなんかのこと、気にかけてくれたなんてうれしいよぅ」
馬に揺られながらラドはウルウルと目を潤ませていた。土の魔術士隊の隊士たちからも温かく励まされ、先程から感動しっ放しだ。
「良かったなー」
対するウィーグは苦い顔だ。明らかに彼は歓迎されていなかった。風の魔術士隊の隊士たちは露骨にウィーグを避けていたからだ。大方、人格者のモリスが風の魔術士隊長シール・カルシスにもウィーグを討伐に参加させるよう掛け合ったのだろう。面倒になったカルシス隊長が土の魔術士隊と足並みを揃えたというところか。
2人は第3部隊の手伝いをした。第3部隊は食糧や物資の管理や通信管理の仕事の他、怪我人が出た場合の回復要員でもある。力仕事や細かい仕事が山のようにあるのだ。
今回の討伐に加わるに当たって、2人はメイルや宰相から、あまり目立った行動をしないように言われていた。討伐は第1、第2部隊に任せ、本来の第3部隊の仕事に徹するようにと。大魔術士隊は邪竜討伐のために作られた隊だが、外部にその本来の実力がバレるのは、極力遅らせたいというのが上層部の考えだ。大魔術士隊の実力がバレ、邪竜の存在が明るみになれば、邪竜復活のため、または王国内を撹乱するため、王妃様を害しようとする者が出るかもしれない。王妃様と産まれてくるお子の命と安全が第一である。
青と緑のローブの一団の中で、白のローブの2人は目立った。ラドは古巣の仲間たちから意外に似合うなと揶揄われ、ウィーグは嘲笑と共に揶揄われた。2人はそんな中で己に与えられた仕事を黙々とこなした。
「ラド、それとウィーグといったか。新しい仕事には慣れたか?」
2日目の野営地で、ラドとウィーグが皆から離れた場所でもそもそと夕飯の堅い干し肉とパン、干した果物の食事を取っていると、土の魔術士隊長モリス・ローグと副隊長のダイス・ローグが2人の側にどっかりと座った。
突然の高位貴族、それも魔術士にとっては憧れの魔術士隊の隊長の登場に、ラドとウィーグは堅いパンを喉に詰まらせかけた。
モリスは茶色の短髪と黒い瞳の美丈夫である。身体もがっしりと鍛え上げ、魔術師というよりは騎士に見えた。穏やかで隊士達からの人望も厚く、隊長のお陰で土の魔術士隊は比較的穏やかな者が多かった。
副隊長のダイスは黒目、黒髪の厳つい顔つきをしている。穏やかで寡黙な男で、彼の声はほとんど聞いたことはない。大柄な体型で腰には騎士のように剣を下げており、剣の腕もかなり強いと評判だった。
「は、はい!だいぶ慣れました」
異動して2月ばかりだが体感的には60年である。慣れないはずがないが、ラドはとりあえずそう答えた。
「…そうか。王命とはいえ、お前たちには急な異動となり、申し訳なく思っている。せっかく魔術士隊に入隊したというのに、魔術士の仕事とはかけ離れた仕事でガッカリしただろう」
沈鬱な表情のモリスに、ラドとウィーグは心の中で盛大に首を振った。この上なく魔術士らしい仕事をしているのだが、口にすることも出来ず良心が痛んだ。
「俺もあまり話したことはないのだが、大魔術士殿は、お前たちに無理強いなどはなさらないか?我慢ならないことがあれば、確約は出来んが、出来るだけ王に奏上してみるからな」
無理強い。
ラドとウィーグの脳裏に過酷だった修行の60年間が走馬灯のように過ぎ去った。
突然閉じ込められた時間操作という魔術の閉鎖空間の中で、まだ満足に魔術を使えぬ初心者4人に、枯渇寸前まで魔力を使わせたり。
メイルの作った擬似魔物を相手に、死にそうになりながら討伐訓練を行ったり(死ぬ寸前にメイルによる回復魔術→再び討伐訓練の無限ループ)。
魔術に対する耐性を高めるため、死ぬギリギリ威力の魔術でひたすら吹っ飛ばされたり。
無理強いというか、人間の限界を散々味わって何度も限界を越え続けた60年だった。
「…メイル様には、良くしていただいています」
ラドとウィーグは、そう言って、強ばった笑顔を浮かべる。その様子をモリスとダイスは痛まし気に見つめる。
「何かあれば、俺がいつでも相談に乗ろう。隊の違いは気にしないでいい。いつでも来るといい」
人の良いモリスは、ラドとウィーグの肩を力強く叩いた。
◇◇◇
「敵襲!!」
異変は次の日の昼過ぎに起こった。
斥候を務めている隊員から、鋭い声が上がる。
「前方に翼竜の群れが接近!数は…、じゅ、13!」
「土の魔術士隊!戦闘体制に移れ!」
「風の魔術士隊!同じくだっ!」
即座に反応した両隊の隊長から、素早く指示が飛ぶ。両隊の第1、第2部隊の隊士が杖を構え、戦闘体制に入った。
まだサルナー領軍との合流予定地点から距離があり、魔術士隊のみでの討伐となったが、人数的にも戦力的にも翼竜討伐には十分すぎる体制だ。
風の魔術士隊長シール・カルシスは油断はないが余裕をもって攻撃魔術を練り上げる。相手は翼竜。風の魔術で翼を切り裂き、首を落とす。首を落とし損ねた場合は、土の魔術士隊が地上に落ちた翼竜にトドメを刺す。翼竜討伐のセオリーだ。
シールが風魔術で次々と翼竜達に止めを刺していると、副隊長であるノット・カルシスが困った顔で近寄ってきた。
「隊長。少しは他の隊員にも獲物を分けてください。隊長が空中で仕留めるから、土の魔術士隊のやる事がないです」
「うるせぇよ、ノット。俺はモリスに嫌がらせしてるんだから邪魔すんな」
返すシールは唇を尖らせた。24にもなる男には思えぬ言動に、ノットはため息をつく。
「あの熱血偽善者のせいで、俺は忌々しい大魔術士様にお手紙なんざ書く羽目になったんだぞ!平民の、落ちこぼれ元隊士のためにな!」
舌打ちでもしそうなその表情に、ノットはやれやれと首を振る。
風の魔術士隊の隊長、シール・カルシスはカルシス侯爵家の嫡男である。その家柄に加え、サラサラの蒼髪と少し垂れ目で童顔だが整った顔立ちの見目麗しい外見のため、非常に女性にもてた。令嬢達に熱い視線を向けられ続け、夜会に出れば下心たっぷりの令嬢達に囲まれ、追いかけ回され、時には媚薬を盛られたりした結果、慎みのない女が大嫌いになった。特に女の武器を使って垂らし込もうとするタイプは、激しく嫌悪している。
そんな彼が、王の寵愛を受け大魔術士の座についたような大嫌いなタイプの女に、心にもない助力要請の手紙を書く羽目になったのだ。嫌がらせの一つもしたくなるだろう。
シールは最初、手紙を書くのを拒否したのだ。しかしモリスはしつこく何度もシールに付きまとい、説得を続けた。手紙の型は作成するのでサインだけしろと言われ、仕方なく書き殴るようにサインをしたのだ。
男に縋るしか脳のない女なんかに形だけとはいえ助力を願えば、絶対に後から助力の見返りをよこせなどと図々しく言ってくるに違いない。ああいう女はすべからく強欲なものなのだ。
「あの馬鹿は隊士一人一人を大事にしろなんて青臭いことばっかり言いやがって。対して役にも立たない平民隊士なんざ、放っておけば良いのにくっそしつこく付きまといやがってぇ!」
怒り任せに放った風魔術が、また翼竜を1匹仕留める。翼竜にとっては八つ当たりである。
風の魔術士隊長の華々しい活躍は、少し離れて補給や回復役として控えるラドとウィーグにも見えていた。同じように控えている第3部隊の隊員たちも、目をキラキラさせて食い入るように見ていた。
「やっぱ隊長クラスになると命中精度が高いね」
「効率的に魔力使ってんなー」
ラドとウィーグは冷静に分析して、他の隊員達に聞こえないよう小声で話し合う。隊長の活躍を見ても、あまり感動はない。メイルの豪快かつ繊細な魔術を見慣れていると、目が変に肥えてしまっていた。
ウィーグは隊長の活躍から目を離し、念のために辺り一帯に探索魔術をかけた。目に見える範囲では翼竜は残り数匹というところだが、まだ離れたところに群れの仲間が残っているかもしれない。
「っ!」
ウィーグの緊張が一瞬で高まった。ウィーグの魔力が漲るのを感じ、ラドも反射的に同じように魔力を漲らせた。
「ラド!なんかヤバイの来るぞ!」
「どっち?」
「隊長達がいる方向だ!なんかデカくて魔力量ハンパねぇ!備えろ!」
ウィーグが躊躇なく隊長達がいる方向へ駆け出す。ラドも同時に走り出した。突然の2人の行動に、第3部隊の隊士達が慌てて静止の声を上げるが、2人は止まらなかった。
「敵襲!もう一体来ます!」
ウィーグが大声を張り上げる。防護の魔術を組み上げるが、一瞬、出遅れた。
辺り一帯を強力な風魔術が襲った。竜巻のような風が、鋭利な刃となって無防備な隊員達を切り裂く。
「ぎゃああぁぁ!」
「痛ぇぇぇ!」
腕や足や胴に深く傷を負って転がる隊士達。辺りに血の臭いが広がった。
先程まで魔術士隊が討伐していた翼竜までも切り裂かれ、地上に落ちていた。痛みに暴れる翼竜の爪や牙が、倒れている隊士達を切り裂き、さらに負傷者が増えている。
隊長達も例外ではなく、最初の攻撃で怪我を負い地面に伏している。主力である第1、第2部隊の隊員が全員戦闘不能になり、難を逃れたのは少し離れた所にいた第3部隊の隊員のみだった。
「な、た、隊長?」
「ど、どうしたら!」
普段は補佐か回復のみの第3部隊の隊員達は、一気に恐慌状態になった。いつも第1、第2部隊からの指示で動いていたため、とっさの判断が出来ずにいる。
「…回復…をっ!」
掠れた声で、血を吐きながらモリスが指示を出すが、第3部隊の隊員達には届かない。地面にへたり込み震えるのみだ。
「なにが、」
深く腹を切られ、前屈みに倒れたシールは、どこからの攻撃なのか必死で頭を上げた。
その目に、異形が映った。
姿は翼竜に似ていた。鋭い鍵爪と牙、硬いウロコに覆われた躰。
しかしその体色は黒く、大きさは通常の翼竜の3倍ほどあり、禍々しい魔力で覆われている。
シールは魔物を、言葉もなく見つめた。魔物の全身に魔力が漲り、正体の知れぬ魔術が練り上げられるのを感じた。
死ぬと、シールは思った。
あの魔術が解き放たれれば、ここにいる全員が死ぬとわかっても、シールは何もすることが出来なかった。