11 弟子が出来ました
というわけで、4魔術士隊の第3部隊の中でも一番のミソッカス達が、メイルの部下になる事になった。
火の魔術士隊第3部隊からファイ。水の魔術士隊第3部隊からスーラン、土の魔術士隊第3部隊からラド、風の魔術士隊第3部隊からウィーグ。
彼らは皆、平民だ。小さな頃から魔術士隊に憧れ、必死で勉強して魔術士隊に入隊した。平民で魔術士隊に入ることは滅多にない。毎年1人、いるかいないかの非常に狭き門だ。彼らの家族は皆、魔術士隊に入隊したことを喜び、彼らも誇りを胸にそれぞれの魔術士隊の一員である証のローブを受け取った。
しかし実際に配属された第3部隊の仕事は雑用と補助と書類仕事ばかり。第1、第2部隊の隊員に比べれば遥かに劣る魔術適性では仕方のない事だった。しかも第3部隊の中でもミソッカスの実力しかない。
これでも村や町では一番の出来る子で出世頭扱いだった。しかし上には上が。越えられない血筋と身分差が。何より実力差が歴然としてそこにあった。
それでも彼らは真面目に仕事と鍛錬を欠かさず、いつか第2、第1部隊への昇級を夢見て頑張っていた。それなのに。
「なんで王様の愛妾の側仕えにならなきゃいけないんだよ!」
ファイは第3魔術士隊から追い出された際に持たされた私物の詰まった箱を床に叩きつけつつ怒鳴る。彼は燃えるような赤毛とその魔術適性が反映したような、非常に激し易い性格をしていた。
「俺だって、毎日先輩の仕事も引き受けてゴマすって頑張ったのに」
金髪のスーランは水の適性を反映したように要領よく立ち回っていたはずだったが、一番実力が低いということで選ばれた。
「せっかく、魔術士隊に入れたのに」
泣きべその黒髪、ラドは土の適性。穏やかだが気が弱く、有無を言わさずこの役目を押し付けられた。
「あーあ、もう仕事辞めちまおうかなあ」
風の適性のウィーグは茶色の髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜボヤく。一番切り替えが早そうなタイプだが、勝手に辞められないことも分かっていた。異動はそれぞれの魔術士隊長直々の命令なのだから。
彼らは今まで入った事のない王宮の中に通された。愛妾の大魔術士殿は後宮にお住まいだが、そこは限られた者しか入れない場所だ。そのため、彼らの居所は後宮の近い、王宮の中に移されたのだ。
案内された部屋には、宰相を名乗る男が待っていた。遠目に見かけた事はあるが、初めて対面する国の大物に、4人の足は知らずに震えた。なんだかオーラが違う。物凄く圧を感じる。
「来ましたか。君たちが大魔術士様の部下になるのですね(可哀想に)」
ニコリと労るような笑みを浮かべ、宰相のミルドは4人を大魔術士の元に案内するという。
恐縮しすぎて顔が強ばりマトモに話せない4人に、ミルドはあくまで優しい。
「心配せずとも、大魔術士様は気さくな方です。礼儀だとかマナーだとか、それほど構える事はありませんよ(それ以外が大変かもしれませんが)」
宰相は偉い貴族とは思えぬほど優しい。しかし何だろうか。台詞の一つ一つに違う意味が感じられるようなきがするのは。4人は拭えぬ違和感を抱えながら、宰相の後をついて行く。
王宮の奥まった一室。広いホールのような部屋に案内される。天井も高く、なんの家具も置かれておらず、大きな出窓があり、広い庭に面している。この部屋の手前には狭めの(但し今まで4人が住んでいた部屋よりだいぶ広い)居室するスペースがあった。
「なんにもない部屋ですね…」
部屋の装飾は豪華だが、何もないのでがらんとしている。だだっ広い部屋だ。
「以前はガーデンパーティーに使っていた場所ですが、古くなったのでもう使われていません。多少壊されても問題ないですので、存分にお使いください」
「はい…?」
宰相ミルドがそう言って出窓を開けると、部屋と庭が一帯になりかなりの広さになった。
「この部屋と庭は大魔術士隊の鍛錬場所になります」
「大魔術士隊…?」
ファイが目を見開く。何の話だ?
「俺たちは王様の愛妾の側仕えになるんじゃないのかよっ!い、いや、ないんですか?」
いつものように瞬間的に怒りが込み上げたファイは、ニコニコしているが突然凄い圧を宰相から感じて、言葉が尻すぼみになる。
「王の愛妾?そんな者、我がジャイロ王国には存在しませんよ」
宰相ミルドが、扉に向かって恭しく頭を下げる。
「ご挨拶なさい。貴方方の直属の上司になる、大魔術士メイル様です」
侍女の先導でやってきたのは、まだ年若い少女だった。
全魔術師隊が集められ、その眼前で、王より直々に大魔術士に命じられた銀の髪と青い髪の小綺麗な少女。
同僚の魔術士たちは、ちょっと可愛いだけで大魔術士になるなら、俺も女に産まれたかったなどと冗談のタネになっていた少女。
魔術士隊の象徴である、赤、青、茶、緑のどの色でもない真っ白なローブを纏い、大きな魔石をあしらった杖を携え、凛として立つ少女が。
「ありがとうミルドさん。注文通りの子たちだね?年は?」
「全員、今年成人いたしました。15です」
「ふふっ。先が長いから楽しみだね?ローブは?」
「揃えてございます」
ミルドが侍女に合図をする。メイルのローブに合わせた真っ白なローブが4組、ファイ、スーラン、ラド、ウィーグの前に置かれた。
「なんの付与もしてないけど、そうだなぁ、明日の昼ぐらいには、自分で付与できるようになろうね。杖はその後かな?」
メイルはにっこり笑う。
「メイル様、それでは私はこれで」
ミルドは恭しく礼をして、侍女を伴い退出する。
「時間操作」
扉を閉まる瞬間、メイルの力ある言葉が、ミルドの耳に聞こえた。
◇◇◇
それから10日後、メイルはサーフに謁見した。
「私の部下を紹介しますね」
上機嫌に挨拶に現れたメイルは、サーフとミルドに4人の部下を引き合わせる。
「一応何とかモノなりました。2人1組なら、邪竜軍を倒せると思います」
4人の部下、ファイ、スーラン、ラド、ウィーグは初めて対面する王に頭を下げる。王族に対する態度にも問題はなく、萎縮している様子もない。
同席していたミルドは4人のあまりの代わりように驚きを隠せなかった。10日前に会った4人は、ミルドに会うだけでオロオロしていたのに、今日は王の眼前だというのに全くの自然体だ。顔付きもまるで違う。少年ぽさが抜け、歴戦の兵のような落ち着きと威厳さえ感じた。
「それでこの子たちの杖の仕上げに、4大竜の魔石が欲しいんですけど。ちょっとこの子たちに外出許可をあげて、竜狩りに行かせてもいいですか?」
「ちょっと待て、待て!竜?青竜、赤竜、緑竜、黄竜のことか?狩りにいく?コイツらが?」
竜1匹を仕留めるのに、騎士隊と魔術士隊が最低2部隊はいる。それも相当の犠牲と引き換えにだ。
「はい!4人いるので合計16匹!大丈夫です。黒峡谷なら群れで沢山いますから!あ、素材とかいります?魔石だけじゃなくて素材も持って帰らせますから!」
ね?とメイルが言うと、4人はしっかりと頷く。
黒峡谷とは竜の群生地として知られる場所だ。竜だけではなく、凶悪な魔物も巣食う、一度入ったら2度と戻れぬと言われている地だ。
そこにまるでピクニックに行くような気軽さで、出掛けようとしている。
「ちょっと待て。邪竜はどうなる?お前が留守の時にもしアリィシャが攫われでもしたら!」
外出許可などとんでもない!メイルにはちゃんと王宮にいてもらわなくては。
「え?私はちゃんとお留守番しますよ。4人で行かせます。わたしがいなくても大丈夫だよね?竜16匹ぐらい」
メイルが4人にそう言うと、4人は力強く頷いた。
そっと、ラドが挙手をする。
「どうしたの、ラド?」
「あの…、黒峡谷で、黒大猪も狩って良いですか?牙で剣を作ってみたいんです」
「あ、前に言ってた魔術剣用にか?オレも作りたい」
ファイが顔を輝かせ、ラドと並んで挙手をする。
「じゃあ私は、土大蜘蛛を。あれの糸でローブの術式強化がしたいです」
スーランも挙手をする。隣でウィーグが悩み顔をする。
「俺は、えーっと。思いつかないんで、現地で考えます」
メイルはニコニコサーフに向き直る。
「いいですか?王様?」
「………別に余の許可を取らんでもいい。お前の部下なんだから」
「あ、そうなんですか。じゃあ、わたしが許可しまーす。いい?前にも言ったと思うけど、狩り過ぎないように注意して!沢山狩りすぎると生態系が崩れるし、欲しい時に欲しい魔物が取れなくなるからね!そこだけは気をつける事!お互い、狩った魔物の数と種類をチェックしあってね!夕方には帰っておいでよ!今日の夕飯、美味しい魔物の肉、待ってるからね!」
「「「「はーい」」」」
4人は声を揃えて返事をすると、窓から飛び出して行く。全員が風魔術を操り、凄い早さで一路、黒峡谷を目指して飛んで行った。
「こらー!窓から出るなんてお行儀悪いでしょー!」
メイルは慌てて窓に向かって怒るが、4人は既に空の彼方だ。
「すいません。お行儀は今ひとつです」
メイルは済まなそうに頭を下げる。
「いや、お行儀とかよりな…」
サーフは深々ため息をつく。恐る恐るメイルに聞いた。
「お前、あいつらを鍛えるって言ってたけど、時空魔術で、どれぐらい修行させたんだ?」
「60年ぐらいですかねぇ?」
「ろくじゅうねん?」
聞き間違えか?いや、あのひよっこどもが、軽く平均寿命以上の修行をしただと?
「今回は緊急性があったので、わたしで出来る最大の時間操作で鍛えましたー。普通は1年を10年に引き伸ばすんですけど、10日を60年に引き伸ばしてそれが4人分。さすがに魔力が枯れて5回ほど死にそうになりました。魔力調整も大変だったし。もう2度とやりたくないです、出来ないです、あー疲れたー。あ、幸い、全員が4魔術適性があったんで、全魔術つかえるようになりましたよー。でもやっぱり、元々の適性があったものが強くなりますねぇ」
「普通は魔術適性は1つ、多くても2つでございます。魔術士団長でしたら、それぞれ2種はございますが…」
額を押さえてミルドが、うめくように言った。
「あの子たちもそう言ってたけど、そんな事ないですよ?修行次第で使えるようになるって。ちょっと厳しい修行であの子たちも悲鳴を上げてたけど、大丈夫だったよ」
メイルの笑顔が怖い。可愛いのに怖い。
そして4人の部下の変貌ぶりも怖い。あのいかにも新人!だった4人が、どうしてあんなに頼もしくなった?どんな修行をしたんだ。
これからメイルと部下4人が、どんな問題を引き起こしてくれるのか、頭が痛くなるサーフだった。