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10 メイルのおねだり

 メイルの大魔術士就任と後宮入りはすぐに国内外に公表された。突然の発表にジャイロ王国内の貴族は動揺した。先先代の時代から、後継者問題でよけいな争いを招かぬようにと一貫して正妃一人のみを迎えていた王家が、今代になって突然、大魔術士の任命と後宮入りを公表したのだ。


 今代の王も、妃は一人と表明していたはずであり、正妃の選定もそれに合わせて上位貴族間で慎重に詮議を重ねてなったはずだ。


 それが一体どこの令嬢が後宮入りしたのか、どこの有力貴族がねじ込んだのかと、水面下で情報合戦が行われたが、色々玉石混合の情報が錯綜した結果、王家が公表したとおり、何の後ろ盾も持たぬ平民だと判明し上位貴族の各家は拍子抜けをしたものだった。

 

 平民のその娘は、銀の髪と青い瞳の小綺麗な顔をしており、身体付きもなかなかに男心を誘うという。王妃が懐妊中とあり、王が気まぐれに手を付け気に入ったのかと口さがない者たちは噂した。過去の王の中には後ろ盾のない愛妾を大魔術士に任じたこともあり、先先代、先代とは違い、今代の王は中々に血気盛んだと嗤う者もいた。しかしあくまで王妃の警護のための大魔術士であると王家は公表しているため、表立って異議を唱える者もいなかった。ただ王の元には、自選他薦の側妃、愛妾候補の釣書が山のように届くようになった。


「好色男扱いだねー、王様」


 後宮内の王妃の間で、王宮魔術士ジグとともに王妃の検診に訪れたメイルは、ニヤリと笑う。メイル自身も彼女に取り入ろうとする貴族から山のように茶会や夜会の誘いが来るが、王妃の警備があるからと全て断っている。懐妊後は公務を控えている王妃とともに後宮に篭っていれば、煩わしい事もない。王妃の実家から連れてきた敏腕侍女が、メイルの分もまとめて断りの手紙を書いてくれる。


「わたくしとお腹の子のために、申し訳ないことです」


 王妃アリィシャは膨らむ腹を撫でながら溜息をつく。儚気な美女のため息はドキリとするほど色っぽい。


「アリィシャ様とお子様が大事ですから、王様には頑張って目眩しになってもらいましょう」


 飄々と笑うメイルにアリィシャは苦笑する。メイルはアリィシャにはとても優しいが、王の扱いが、なんというか雑だ。あまり敬う対象と思ってないようだ。

 

 とんでもない不敬だが、王は特段咎めたりしない。他の者には決して赦したりしないが、メイルには言っても無駄だと悟っているようだ。アリィシャもメイルのサーフへの態度は特段気にならなかった。これが他の者なら、王妃として妻として、決して許しはせず厳しく叱責するだろうが、不思議とメイルを咎めようとは思えなかった。


 王に対して不敬な態度ではあるが、それ以外、メイルは特に問題を起こすこともない。侍女や侍従たちに威張り散らすこともないし、大抵は王宮の大図書庫から借りてきた本を読み耽っている。外出も全くせず、ドレスや宝飾品を欲しがる事もなく、実に慎ましやかな生活を送っている。綺麗な顔立ちをしているのに、着飾ることに無頓着なので、侍女たちが密かに磨き上げたいと手をこまねいているのを、メイルは知らない。

 

「メイル様。わたくしの実家から、美味しいお菓子が届きましたのよ。市井で評判のお店の新作らしいのです。一緒に召し上がりませんか」


「うーん」


 メイルはずっと読み込んでいるらしい本から顔を上げない。今日は検診の時はジグに任せてチラリチラリとこちらをみるだけだったし、会話もどこか上の空。それに、食べ物の話ならいつもはすぐに反応するのにと、アリィシャは不思議に思った。


「ジグさーん」


 メイルが本から顔を上げぬまま、ジグを呼ぶ。


「はい、なんでございましょう、メイル様」


 アリィシャの呪詛を解いて以来、ジグはメイルの忠実な僕だ。その一言一句を逃すまいと、常に意識を集中している。


「欲しいものがあるんだけど、王様にお願いしてもいいかなぁ。ちょっと、揉めそうなんだよね」


「わたくしめが必ず、願いを通してみせます!メイル様の要請は、わたくしめが命を掛けても通しますとも!はい!」


「いや、そこまでしなくてもいいから。落ち着こうね」


 本からようやく顔を上げ、目をしょぼしょぼさせてメイルは言う。夜通し本を読み込んでいたせいで、目が疲れていた。


「部下が欲しいんだけど。3人、いや、4人ぐらい」



◇◇◇



 数日前、メイルは王宮会議に参加した。

 王と宰相に加え、政務に関わる大臣達(おっさん達多数)、騎士団長ベールのおっさん王宮魔術士長ジグさん、魔術士隊長4名(若者多数)が参加する。大魔術士は王直々に任命され、位的には王宮魔術士隊、4魔術士隊の上だ。しかし会議に参加した面々は、メイルに丁寧に挨拶はしていたが、どこか彼女を軽んじている様子だった。侮蔑の目で見る者もいた。


 メイルは王宮魔術士長のジグの横で、最初の自己紹介の、挨拶以外はずっと黙っていた。黙って軍部に関わる者たちを鑑定していた。


 鑑定の結果と王宮の大図書庫で読み漁った史料を突き合わせた結論は、現在のジャイロ王国に邪竜が現れたら、ものの数日で滅びるということだった。騎士団と魔術士隊の団長クラスでもこの程度ということは、騎士団、魔術士隊が総出てかかってきても、たぶんメイル一人で殺レる。会議の間中、溜息を吐きそうになるのを我慢するのが大変だった。


 もし邪竜1匹がのこのこジャイロ王国にやって来たなら、メイル一人で片付けられるだろう。しかし大図書庫にあった史料には、邪竜はトカゲのくせに非常に狡猾で、人間を強力な精神魔術で操ったり、魔物を使役して軍のように動かしていたとある。

 たしか師匠が死ぬ前に邪竜が魔物を集めていたような事を言っていた。たぶん頭のいいトカゲなのだろう。

 そんな邪竜がもし魔物の軍勢を操り、多角方面的にジャイロ王国に攻めて来たら?メイルの身体は一つだ。全部を救うことは出来ない。それは寝覚めが悪い。

 邪竜が蘇って活動を始めた場合、一番の盾となるのは騎士団と魔術士隊だ。特に魔物との戦いは魔術士隊が主戦力になるのだが、隊長達の実力からして、期待できそうになかった。

 

 魔術士といえばこの4家以外はいないんじゃなかったのか。なんでこんなにレベルが低いんだ。

 喧喧諤諤と軍の予算がどーのとか魔術士隊の予算がどーのという会話が飛び交う中、メイルはギロリと王と宰相を睨んでいた。

 睨まれている王と宰相は、その理由がさっぱり分からず、冷や汗をかいていた。



◇◇◇



「というわけで、手駒になる部下が欲しいです」


 忙しい王の政務の隙間に謁見を捩じ込み、メイルは王に告げた。王のスケジュール管理を行う文官に、たかが愛妾がワガママを言いやがってと陰口を叩かれたが、メイルは全く気にしていない。


「そんなにダメか、うちの4魔術士隊は?」


 サーフは戸惑い、宰相ミルドと顔を合わせる。


「うーん。弱い」


 メイルは断言する。


「なんならここから魔術士隊の詰所に一発お見舞いして、壊滅することも出来るけど」


「よせー!!」


 割と本気そうなメイルを、サーフは全力で止めた。


「まあ、時間稼ぎ…いやー、…稼げるかなぁ…、まあ、ちょっとした注意を引くぐらいは、たぶん、出来るかなぁ?」


 500年前の史料から分析した邪竜軍の強さとジャイロ王国軍を比較し、メイルにしては言葉を選んで説明する。

 ()()メイルに気を遣われていると、サーフとミルドは戦慄した。ジャイロ王国は、周辺諸国に比べても軍事に力をいれており、大国の名に相応しく、ジャイロ王国軍は大陸最強の軍勢ともいわれる。それがメイル予測では注意を引くことしかできない。どれだけ強いんだ、邪竜軍は。


「部下とは…、一応、王宮魔術士隊と4魔術士隊は貴女の配下になるのですが」


「王宮魔術士隊以外のあの連中を宥めすかして鍛え上げるのは面倒ですー。王宮魔術士隊の子達はジグさんの言う事をよく聞く素直でいい子たちばかりだけど、どちらかというと回復と研究職なので実戦には耐えられないし。4魔術士隊はねぇ…。プライドが高すぎて、あれこれ文句言ってなんにもやらないっしょ、アレ」


 メイルの的確な指摘にミルドは黙り込む。ジャイロ王国でも有数の上級貴族であり、魔術士としての力量もある4家は、どの家も我が家こそジャイロ王国最高との自負が強い。 

 火の魔術士隊長ナフタ・サルーシャ、水の魔術士隊長レール・アジス、土の魔術士隊長モリス・ローグ、風の魔術士隊長シール・カルシスらは、年も若いが腕も立ち、引率力もある反面、自尊心も高い。当然、突然大魔術士として就任したメイルを王の愛妾というだけでその立場に就いたと思っており、表面的には丁寧に接してはいても、内心ではバカにしているか相手にもしていなかった。

 

 そんな連中を宥めすかして一から魔術を教えるなんて、面倒なことメイルはする気がなかった。


「ほんの欠片でも魔術適性があればいいから。ベールのオッサンみたいに、カケラもない人は無理だけど」


 騎士団長のベールは全く魔術適性がない。ジャイロ王国では、貴族であってもなんの魔術も使えない人間が大半ではあるが、騎士団長の地位にあってそれは珍しいことだった。つまり筋肉だけであの地位に上り詰めたのだ。逆に凄い。


「魔術適性がある者といえば、魔術士隊から1名ずつ出してもらうことになるだろうな…」


 サーフとミルドは顔を合わせて頷き合う。魔術士隊にはもちろん魔術適性のある者しかいないが、能力差がある。

 それぞれの魔術士隊には、その魔術適性に合わせて、有力貴族の子息が多く所属する第1部隊、第2部隊があり、新人や貴族の中でも力の強くない落ちこぼれ、平民が所属する第3部隊に分かれている。これは貴族が優位であるというよりは純粋に実力差からこうなる。魔術適性の高い者を血筋に取り込み、幼い頃から魔術の教育を施されてきた貴族の方が、平民のたまたま魔術適性が高い者に比べたら実力があるのは当然のことだった。


 第1、第2部隊が魔物の討伐などの派手な仕事を行い、第3部隊は補給などのあくまで補助的な仕事を行う。

 もし王から大魔術士の側仕えとして人材を出せと命じられたら、現状では第3部隊から選ばれるだろう。魔術適性は間違いなく第1、第2部隊の者より弱い。


 それでも良いのかとサーフがメイルに問えば、メイルは邪気のない笑顔を浮かべる。


「もちろん!少しでも魔術適性が有れば、鍛える事が出来ますから。時間はまぁ、無限に()()()()()()()


 メイルの言葉に、ジャイロ王国の王と宰相は、揃って肝を冷やしたのだった。


 



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