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1 師匠との別れ

 その日、メイルの師匠である大魔術士アーノルド・ガスターは、死を迎えていた。


「メイルー。俺たぶん今日ぽっくり逝くわー」


「でしょうね」


 師匠の魔力が薄くなり始めて大分経つ。もはや人としての輪郭とかもボヤけてきているので、メイルもそろそろかなぁと感じていた。


「もーちょっと悲しめよー。長い付き合いの師匠が死ぬんだぞー。生まれたてのお前を拾って育ててくれた親代わりの師匠だぞー。涙ぐらい見せろー」


「出ないものを出せと言われても。確かに師匠には17歳まで育ててもらいましたが、体感的には100年以上一緒に居たので、もうお腹いっぱいです」


 大魔術士である偉大なアーノルドは、四大魔術の遣い手であるだけでなく、時空魔術を編み出した大天才であった。端的にいうと時空魔術とは、時間や空間を自由に変えることができる魔術であり、例えば10年を100年に引き伸ばすことができた。つまり外界では1年間修行をしたとすると、時空魔術内では時間を引き延ばし、10年修行ができる。


 メイルは生まれてすぐ捨てられていたのをアーノルドに拾われ、3歳から魔術の修行を開始。7歳で4大魔術を一通りマスターした後、時空魔術内でひたすら修行を続けること10年。体感的には100年を超える修行をした。

 師匠の魔術を受け継いだメイルは、伝説の魔術士アーノルド・ガスターに匹敵する力を持った魔術士となった。

 しかし、弊害もあった。修行漬けの生活を100年以上も続けると、楽しいとか悲しいとか辛いとかの感覚が乏しくなる。たった一人の家族のアーノルドが居なくなると思っても、へー、という感情しか湧かない。むしろこんな無茶振りばかりするオッサン、お腹いっぱいである。


「可愛くねぇなぁ。お父さん死なないでぇとかないの?85年ぐらい前には泣いてたじゃん」


「師匠の死ぬ死ぬ詐欺で泣いていた可愛い私はもういません。残念です」


 しかし今回はかなり本気だ。本気で死ぬのだろう。もう向こうの景色が透けて見えるし。あの化け物みたいに濃かった師匠の魔力も、今はほとんど感じられない。


「あー、そんでさー。ちよっと遺言っていうか、遺産があるんだけど」


「放棄します」


 冷たく言い切るメイルに、アーノルドは慌てる。


「ちょっ!即決で断るの?少しはワクワクしろよ?悩めよ?」


「師匠の遺産なんて碌なもんじゃないと思うので」


 こういう言い方する時は、いいことなんて一つもなかったと、経験上、メイルは分かっている。


「酷っ。娘が冷たい!でも俺は俺のしたいようにする!まず一つ目、このローブだ!俺様手作りの大魔術士ローブ!防御力特大!ドラゴンのブレスも防ぐぞ!」


「ずっと師匠が着てたやつですよね…」


「臭くないよ?!俺様、肉体はピチピチ20代で保ってたから、加齢臭なんかないからね?防汚の魔術付きだよ?臭くないってば!」


 指でつまんで受け取ったら、アーノルドは泣きそうになっていた。


「次っ!俺様特製の魔術の杖!昔倒した4大魔竜の特大魔石を嵌め込んだ逸品!魔力交換率最高の品だぁ!」


「魔術の杖なら私も4大魔竜倒した時の魔石で作ったのがあるんで…。師匠のよりも改良した術式を組んで、魔力交換率上げてるし」


「酷い!型落ちの中古品扱いしないでよ!せめて思い出として受け取って!もしもの時の代替品として持っててよ!売ったりすんなよ?」


 とりあえず受け取り、収納魔術で仕舞い込む。

 アーノルドはぽいっと雑に仕舞われた杖を、ちょっと悲しそうに見ていた。


「最後にこれは、遺産というか、お願いというか…」


「放棄で」


「最後の願いは聞いて?お願いします!ちょっとやらかしちゃったんだよねー」


 メイルの拒否は聞こえないふりをして、アーノルドは続ける。


「昔さぁ、ジャイロ王国内で邪竜が出たんだけどさぁ、コイツが頭良くて統率力あって、魔物とかガンガン集めてて魔物の世界作ろうとしてたんだよ!で、ジャイロ王国の血筋にさ、聖なる力が強い男がいてさ、そいつの血でもって邪竜を封じたんだけどさぁ」


 アーノルドはボリボリと頭を掻いた。


「その時は俺も力がまだなくて、500年封じるのが精一杯だったんだけどさ。ジャイロ王国の王と邪竜は必ず俺が倒すって約束して、修行に励んだんだけどさぁ。あ、100年ぐらい修行したところでさ、邪竜を倒せるぐらいの力、とっくについてて、いつでも倒せたんだけどさ。邪竜を封じた場所まで行くの面倒でさぁ」


 魔術を使えばひとっ飛びだったらしいが、それさえも面倒だったと。


「ほら、やらなきゃいけない仕事ってさ、期限が決まってたらその期限ギリギリまでやらないタイプじゃん、俺。でさー、あと400年あるから後で後でって思っててさ。気がついたら期限ギリギリで。なんか俺の寿命も尽きそうだったから、重い腰を上げて行ってみたわけよ、そしたらさー」


 邪竜を封じた場所に行ってみると、そこはもぬけの空だったという。


「どうもさ、500年の間に封印が弱まって、邪竜はどこかに逃げ込んだみたいでさ。探してもいなかったんだよね。一応まだ、封印は解けてないと思う。完全に解くには、聖魔力に対抗するための身体を作るために、ジャイロ王国の血筋の者の血肉を食べなくちゃならんのよ。しかも10歳以下の子ども限定!10歳超えるとジャイロ王国の聖なる血が強くなりすぎて弱っちまうからさ、逆に封印が強まるからだろうなぁ」


 ハハハと何がおかしいのか笑って、アーノルドは続けた。


「500年経過しても、完全には封印解けないから、ジャイロ王国の血筋を狙うと思うんだよねー。で、完全復活したら、また世界の危機だから。俺もう寿命尽きるし、どこに邪竜いるか分からないし。とりあえずさ、邪竜見つけて、倒しといて。ジャイロ王国の王族の子ども狙うと思うから、そっちも守ってあげて!それとさー、あー、他にも色々あるんだけど、時間だわ。じゃ、頼むわー」


 そう軽く言って、稀代の大魔術士アーノルド・ガスターは最期を迎えた。長く生き続けた彼の身体は淡雪のように風に溶けて消えた。

 彼らしく、500年以上生きたにしては重みもくそもない、軽い最期だった。


 取り残されたメイルは、師匠が消えた後を呆然と眺め、そして、身体を震わせた。悲しみではなく、怒りで。


「っざけんな、バカ師匠!だからやるべきことは先にやれって口酸っぱくして言ってただろうがぁ!」


 伝説の大魔術士アーノルド・ガスターの唯一の娘にして唯一の弟子、メイルの送る言葉は、この叫び声だった。





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