やっと伯爵令嬢になれたのに、なんでよ!
「ママ!
「アイリス!」
「「ついにやったわ、伯爵夫人よ!」
令嬢よ!」
アルマン伯爵邸へと向かう馬車の中で、私とママは手を取り合って喜んだ。
「あぁ、長年我慢した甲斐があったわ。でも日陰の愛人生活も、もう終わり。これからは贅沢三昧な伯爵夫人の生活が待っているのよ!」
私のママで元男爵令嬢のカリーヌは、アルマン伯爵の愛人を13年間続けてきて、この度ようやく本妻になれた。
2年前に前の奥さんが亡くなった時には、直ぐに結婚できると思ったのに、婚前契約書とかのせいで、今日まで待たされたのよ!
お父様と前妻の間には私と同じ年の娘ジョゼットがいるが、私より6ヶ月後に生まれたから、妹になる。同じお父様の娘なのに、この12年間、私は街で庶民として生活してたのに、あの子は伯爵令嬢として優雅な生活をし続けていたのだと思うと、すごーく腹が立つ。
だからあの子の物を少しぐらいもらったり取ったりしたって、バチは当たらないと思うのよね。やっぱり最初に貰うとしたらドレスよね。後はやっぱり宝石とか高い物が良いわ。ふふっ、どんな顔をするか、今から楽しみ!
まぁ、私は優しいから、全部取ったりはしないわ。ちゃんと、みすぼらしい普段着を二、三着ぐらい残しといてあげるもの。きゃははっ!
でも、お父様の前では良い子のふりをしているから、そこんとこ上手くやらないとね。
伯爵家に到着した私とママは応接室に通され、妹であるジョゼットに初めて会った。ピンクブロンドの髪にお父様と同じ水色の瞳をした華奢な子で、案の定すごく綺麗なドレスを着ている。赤毛で茶色の瞳の私とは、あまり似ていなかった。
にっこり笑って、よろしくと言って手を出す。お父様の前だから、友好的なところを見せていおかないと。でも、後で思い知らせてあ・げ・る!
「お姉さま、これからよろしくお願いします」
ジョゼットも、可愛らしい笑顔で言ってくる。ふん、この笑顔がゆがむのを見るのが楽しみだわ。
メイドに部屋に案内され、とりあえず持ってきた荷物を預けたら、早速あの子の部屋に行くことにした。
ばんっ!
ちっ、やっぱり私の部屋よりいい部屋じゃない!絶対取り替えてもらわないと!
「ジョゼット、あなた今まで贅沢な暮らしをしていたみたいだけど、これからはそうはいかないわ!先ずはあなたのドレスを、全部私が貰ってあげる!」
ふふん、ビックリした顔をして、相当ショックなようね。
ジョゼットのクローゼットに入り、一着取り出す。まずはこれにしよう。
着ていたワンピースを脱いで早速着る……が……二の腕がつっかえて、袖が肘から上に上がらない。
両腕を前に突き出した状態で固まる……ちょっと待って。これって、まるで洋服を着ようとしているゴリラみたいじゃない!
「ぷっ、ふっ、どうやらお姉さまは庶民規格な体型をされているようですわね、ふふっ、ぶっ、それでは、ぷっふふふっ差し上げようがありませんわね、ぷっ」
ジョゼットが両手で口を押さえながら言う。あんた、それで笑いを堪えてるつもり?全然できてないからね!
怒りと恥ずかしさで真っ赤になった。なんとか着かけていたドレスを脱いで、床に叩きつける。だったら宝石だと思い、近くにあったネックレスに手を伸ばす。
首にかけ、止め金を止めようとするが、……うそ、留め金が届かない…それでも無理やり留めようとしたら
「きょぇっ」
首が締まり、変な声が出た。
「ふふっ、そこまで庶民規格だとふっ、な、何も差し上げられませんねぶっ、ふふっ」
あまりに悔しくて、声も出ない。それも床に叩きつける。
すると、メイドが私に頭から何か着せた。
「こちらでしたら、アイリス様にも入るかと」
それはだぼだぼでダサいワンピースだった。
あんたこれ、一体どこから持ってきたのよ!絶対ジョゼットのじゃあ無いだろう!
「もういい!こんな物いらない。お父様にお願いして、もっと良いものを買ってもらうから!」
だぼだぼのワンピースを脱いで、もとから着ていたワンピースを着た私は、側にいたメイドにお父様のところに案内させた。
「お父様、新しいドレスが欲しいの!」
「アイリス、それは構わないけど、余計な金を僕に使わせたくないから、ジョゼットのドレスを何着か分けてもらうと言っていただろう?もしかしてジョゼットが分けてくれなかったのかい?」
私はそうだと答えようとしたが、後ろに控えていたメイドが
「ジョゼットお嬢様は分けて差し上げようとされたのですが、ドレスもアクセサリーも、アイリス様にはサイズがお合いになりませんでした」
な・ん・で、ばらすのよ!別に私は太ってなんかないわ!あの子が細すぎるだけよ!
「確かにジョゼットはアイリスに比べれば細かったな。では、早速仕立て屋を呼ぼう。とりあえずは普段着が5,6着もあればいいだろう」
えっ、たったそれだけ?!ジョゼットはどう見ても30着以上は持っているのに!
驚いた顔をしている私に、お父様は
「そんなに驚くほどではないよ。それぐらい、気にしなくて良いから」
完全に勘違いして、にこにこしながら言う。横にいたママは何か言いたそうにしていたけど、ここで欲丸出しのところを見せても良いことはないと判断したのだろう、黙っていた。
そして私は5枚の普段着を手に入れた。しかも、全部既製品だ。すぐに使うだろうからとお父様が気を遣ってくれた結果で、おまけに選ぶのにも付き合ってくれたので、あまり高い物や煌びやかな物は選べなかった。【贅沢なんか望まない良い子】のふりのツケが、こんなところで回ってくるなんて……
ちくしょう!あぁ、もう腹が立つ!
部屋を替えてもらうのも、全くうまくいかなかった。
「お父様、ジョゼットのお部屋ってお庭に面していて、とっても素敵なのね。うらやましい…」
とか、
「私も一度でいいから、あんな部屋に住んでみたいわ…」
などと言ってみたものの、
「うーん。庭に面している部屋はあるにはあるけど、あそこはメイドの支度部屋に使っているし、今の部屋より狭くなるよ。それでもいいかい?」
なんて言われてしまった。そうじゃなくって!私はジョゼットの部屋が欲しいのよ!なんて言えないから、
「だったら、ジョゼットが今使っているお部屋は?」
と、かわいく聞いてみたが、
「あそこは代々一番上の嫡子様のお部屋と決まっております」
と言うメイド長の一言で、かたづけられてしまったのだ。しかも
「一番上だったら、私の方がお姉さんだから私が…」
「嫡子とは生まれながらにこの伯爵家に属する者のことを言うのです」
と言われてしまった。おまえに資格なんてないと言われたようで悔しかったので、それとなくあのメイド長に意地悪されているから何とかできないかとお父様に訴えてみたが、あれは僕の母親の時から仕えてくれていてね、僕も頭が上がらないんだと、笑って言われて終わりになった。
ママもあのメイド長には苦労しているようだった。まず屋敷のマスターキーを渡してくれないらしい。女主人の仕事だと言っても聞きいれてもらえず、執事と自分が持っているので大丈夫ですと言われて終わったらしい。
おまけに、ジョゼットだけ別メニューにしてやろうと思っていた食事のメニューも、きちんと料理人が栄養バランスを考えて毎日作っているので問題ないと言われて、取り合ってもらえなかったと、ぼやいていた。
私はせっかく伯爵令嬢になれたのに、ちっとも楽しくなかった。毎日毎日家庭教師に、これぐらいのことさえ、なぜできないのかと言われるし、買ってもらえるのは確かに今までよりはずっと良い物だけれど、ジョゼットの持っているものと比べると、どうしても見劣りするものばかりだ。
おまけに、あの子の部屋は気が付けばカギがかけられていて、私は入れなくなっていた。おかげで、こっそり忍び込んで嫌がらせすることもできないじゃない!
それでも、なんとか半年頑張って、今日、ようやく初めてのお茶会を迎えた。
近場の年の近い令嬢、令息を集めた子供向けの小規模なものだが、私の御披露目を兼ねているので気合いが入る。
初めてのオーダーメイドのドレスに袖を通し、今日のために揃えたアクセサリーをつける。メイドには、一番似合う髪型を指示してアップに結わせた。これは、市井で暮らしていた時、大人っぽいとか色っぽいと誉められたやつだ。これで注目を浴びること間違いなしよ!
鏡の前でしっかり確認してから、会場となっている庭園へと向かう。同じぐらいの年齢の女の子達がすでに何人かいて、その中心にジョゼットがいた。皆口々にあの子を褒めている。
「あら、お姉さま」
その言葉に女の子達が一斉にこちらの方を見た。見定めるような視線が突き刺さる。負けてたまるかと、にっこり笑って挨拶をする。
「皆さま初めまして、この度伯爵家の一員となりましたアイリスと申します」
お辞儀はちょっとばかりぐらついたけど、これぐらいは許されるだろう。どうだ!と顔を上げるが、彼女たちの視線は友好的なものにはならなかった。髪型がどうとか、何やらヒソヒソと話している。
「皆さま、お姉さまはこちらに来てまだ半年ですから、ね?」
「ジョゼット様がそうおっしゃるのなら…」
「しかたありませんわね」
なに、この雰囲気。まるであの子が姉想いのいい子みたいに見えるじゃない。こいつはねぇ、自分のドレスが私に入らないのを見て笑うようなやつなのよ!おまけに姉に部屋だって譲ろうとしないし、自分だけ豪勢なドレスを着ていても、ぜんぜん平気な女なんだから。
そう、今日のあの子のドレスは、私の物よりずっと質もデザインも良いものだ。悔しい。いつの間に作ったんだろう。
「本当にジョゼット様のドレスは素晴らしいですわね」
「フフッ、ありがとうございます。こちらは婚約者のアンドレ様から贈られましたの」
「まぁ、ベイリュー侯爵家のアンドレ様から?道理でご趣味が良いと思いましたわ」
婚約者!?ジョゼットったら、そんなのいたんだ。もし、その婚約者を取ってやったら、この子はどんな顔をするだろう?そんなことを考えていると、一人の男の子が会場に入ってきた。
「やぁ、ジョゼ。あぁ、やっぱりその色は君に似合うな」
「まぁ、アンドレ様、ようこそいらっしゃいました」
ジョゼットが嬉しげに迎える。えっ、このっ人がジョゼットの婚約者なの?すごくカッコいいじゃない!えーっ、欲しい、欲しい!!こうなったら絶対取ってやるわ!見てなさい、貴族のご令嬢達が知らない男の落とし方ってものが、私にはあるんだから。ふふ、いわゆる愛人の手練手管ってやつね。これにかかれば、男なんていちころよ!
「初めましてアンドレ様、ジョゼットの姉のアイリスです」
ジョゼットの隣に立ち、にっこり笑って挨拶する。
「あぁ、君が」
「私とも、是非、仲良くしてくださいね」
そう言って小首をかしげ、相手の手を握ろうとしたら、
ぱん!
思いっきり弾かれた。しかも、汚い物でも見るような目つきで私を見ている。
「ねぇ君、婚約者のいる異性の手を握ろうとするのは、はしたないからやめた方が良いよ」
周りからくすくすと笑い声が起き、やっぱり愛人の子だからという囁きも混じる。悔しい!顔が真っ赤になったのが判る。私はジョゼットに詰め寄った。
「あんた、ママが愛人だったこと、みんなに言いふらしたのね、ひどいわ!」
すると、アンドレ様がジョゼットをかばうように後ろに隠し、
「君、何か勘違いしていないか。今日ここに集められたのは、みな同じ年頃の子供だ。したがって、親も同じような年齢なんだよ」
「えっ?」
「だから、ここにいる者たちの親は、君の母親がどんな人だったか知っているということだ」
「お母様が言ってましたわ。カリーヌ様は昔から男性に色目を使うのが得意だったって」
「何人もの殿方に声をかけておられたとか。特に自分よりも身分の上の方ばかりを狙っていたとも聞きましたわ」
ジョゼットを取り巻いていた少女たちが口々に言う。
「判っただろう、わざわざジョゼが言いふらす必要なんて、ないんだよ」
「そんな……」
いろんなことがショックで、何も考えられなかった。ママとお父様は深く愛し合っていたけど、親に決められた政略結婚のせいで引き裂かれて、それでも離れたくないから、ママはお父様の愛人になったって、言ってたのに……
混乱した頭でその場から逃げるように屋敷に中に入ると、何やら騒がしい声が聞こえてきた。何事かと思って声のする方に行くと、ママが男の使用人数人に取り押さえられた状態で喚いていた。側には頭に包帯を巻いたメイド長と、悲しそうな顔をしたお父様がいて…
「良いじゃない、これは私の宝石なんだから!」
「いいや、これは伯爵家の財産であって、君個人の所有物ではないよ」
「同じでしょ!私は伯爵夫人なんだから!なんで私の物を私が自由に使えないのよ、おかしいでしょ、こんなの!第一、ちょっと金庫から出しただけじゃない!」
「メイド長を後ろから殴った上に書斎に忍び込んでおいて、そんなことを言うなんて。カリーヌ、本当に残念だよ」
聞いているうちに、ママがメイド長を襲ってマスターキーを奪い、伯爵家に代々伝わる宝石を金庫から盗もうとしたことが判った。
「旦那様、騎士と兵士達が到着いたしました」
「判った。連れて行ってくれ」
「なんでよ、言うことを聞かない使用人を殴ったぐらいで、なんでこんな目にあうのよ!あんた私を好きなんじゃないの?だったらこれくらい、許しなさいよ!」
「悪いけど、僕が君を好きだったことは一度もないよ。それは君もよく知っているはずだ」
ママは唇を噛んで悔しそうにしていたが、それっきり何も言わないまま兵士に連行されていった。お父様はソファに沈み込むように座って私の方を見た。
「アイリスか…見てたんだね…今回のことは本当に残念だよ」
「…お父様はママが好きではなかったの?」
「あぁ。僕は死んだ妻をずっと愛していたからね」
「だったらなんで…」
「なんで君のママを愛人にしていたか、かい?元々カリーヌの相手は僕ではなく、異母弟だったんだよ。彼は僕の父が赤毛の娼婦に産ませた子でね」
その言葉で、すべてが判った気がした。お父様は金髪だし、ママはブルネットで赤毛は私だけだ。ママは、ママのおばあちゃんが赤毛だったから隔世で出たのだと言ってたけど、真相はそうではなかった。私はお父様の娘ではなく、姪だったのだ。
そういえば、お父様はうちに来たときも、私を抱き上げたりはしてくれたけど、あまりママの側には寄らなかったように思う。ママは子供の前では恥ずかしいからよなんて言ってたけど、あれも嘘だったんだ。
「彼の母親の死後、屋敷に引き取ったんだが、異母弟は素行が悪くてね。もうじき学園を卒業という時期に、街でごろつきと喧嘩をして命を落としてしまったんだ。
きっとカリーヌはその時すでに妊娠していたんだろうね。ある日相談があると言って僕を呼び出した彼女に薬を盛られて、そのまま一晩一緒に過ごしたことにされてしまったんだよ。そして、責任を取れと言われた。
僕はすべてを両親や婚約者に話して許しを乞い、そのまま婚約者と結婚することにしたんだ。ただ、カリーヌが子供を身ごもっていることが判ったので、一応僕の愛人という名目で、住まいを与えることになったんだよ。
今回彼女と再婚したのも、君をこの屋敷に迎えるには、そうするしかなかったからなんだが、まさかこんなことになるとはね」
「ジョゼットはこのことを…」
「知っているよ。今回の再婚についても、きちんと話し合ったからね」
知らないのは私だけだった。なんだかバカみたいだ。私は一人で腹を立てて、一人で張り合って、一人で空回りしていただけだった…それと同時に合点がいった。ママがマスターキーを渡してもらえないのも、誰もママの命令を聞かないのも、私とジョゼットの扱いが違うのも、全てはこういうことだったんだ。
その後、嘘で塗り固めた人生を送っていたママは離縁され、戒律の厳しい修道院の下働きとして10年間働くことになった。
私はついて行かなかった。でも、伯爵家に残るわけにもいかなかった。私もママと同じだ。権利が無いのに自分の物にしようとして、失敗して…だから働き口を探してもらうことにした。
今は教会の孤児院の職員として働いている。読み書きと簡単な計算はできるし、それなりの礼儀作法も身についているから、来客時にお茶を出したりもできるので、結構重宝されている。
時々お屋敷の大きくてふかふかなベッドが恋しくなるのは確かだが、それもまた、私の物では無かったのだ。今はこの小さなベッドと鞄に入った衣服がすべてだが、なんとなく充実している。
「でも、一度でいいから舞踏会、出てみたかったなぁ…」
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