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76話 ガーネットのダンジョン04

 バゲットは、エメラルドとガーネットのダンジョンの戦いを前に、ただ棒立ちしていた。

 エメラルドと連携して戦えば、ガーネットのダンジョンに対して二対一となり、アドバンテージを獲れる状況であり、棒立ちはそれを棒に振る愚行とも言える。

 が、棒立ちしていた。

 せざるを得なかった。

 エメラルドとガーネットのダンジョンの戦いを、バゲットは目で追うことができていなかった。

 

「右……左……。もう、あんな後方へ……」

 

 バゲットが気づいた瞬間には、右にいたエメラルドが左へ、左にいたガーネットのダンジョンが右へ、その間に何度攻防のやりとりがあったかさえもはっきりとわからない。

 圧倒的な速度の前に、棒立ちせざるを得なかった。

 

 二つの影が跳び回る。

 右へ左へ、前へ後ろへ。

 時に衝突し、時に離れる。

 衝突した後に音が響いているのではないかと思うほどに、激しく動き回る。

 が、実力は、ほんの僅かに、抜きんでていた。

 

『こうして戦うのは久々でありんすなあ』

 

「おしゃべりをしている暇があるのか?」

 

『!?……ぐぅ……』

 

 エメラルドの拳がガーネットのダンジョンを捉える。

 ガーネットのダンジョンは衝撃を和らげるため、拳の進む方向へ――後方へと跳ぶ。

 ごろごろと三度の後転の後、すぐさま立ち上がる。

 そして、向かってくるエメラルドの方を睨みつける。

 

 かつて、エメラルドはガーネットのダンジョンを攻略した。

 そしてさらに、トパーズのダンジョン、エメラルドのダンジョンへと。

 そして得たのは、ハンターレベル80という称号。

 つまり、現人類最強という称号である。

 

「バゲット、何をしてる?君の能力も使うんだ」

 

「あ、はい!エメラルド様」

 

 戦いの隙間に、エメラルドが棒立ちしているバゲットへと指示を飛ばす。

 エメラルド自身、バゲットが棒立ちしていることをとがめる気はない。

 ガーネットのダンジョンの実力も、バゲットの実力も、エメラルド自身は熟知している。

 熟知しているからこそ、バゲットがこの戦いを前に何もできなくなるだろうことも予想がついていた。

 が、だからといって、そのままバゲットを棒立ちさせておくほど、エメラルドは馬鹿ではない。

 使える駒は、全て有効に使いきることが、チームの実力を最大化する。

 

 エメラルドの言葉で、バゲットは我に返り、首に下げた石に力を籠める。

 

『あやつも、何かの石を』

 

 ガーネットのダンジョンがぎりぎりと歯ぎしりをする。

 ただでさえ、エメラルドが優勢な状況に、何らかの支援が入っては面倒だと、先にバゲットを片づけておこうかと真剣に考える。

 頭の中で道を描く。

 エメラルドの攻撃を回避し、なおかつバゲットを一撃で倒す道を。

 先程からエメラルドとの戦いに入ってこれていない時点で、ガーネットのダンジョンもバゲットの実力の上限を理解していた。

 そのうえで、一撃で倒せる程度の実力者であると判断した。

 

 狙いは次の攻撃だと、ガーネットのダンジョンがエメラルドの攻撃を待つ。

 予想通りのタイミングで、予想通りの場所に、エメラルドの拳が向かってくる。

 内心でほくそ笑んだガーネットのダンジョンの瞳は、次の瞬間に見開いた。

 予想通りのタイミングで、予想通りの場所に向かってきたはずの拳は、予想よりもはるかに早く。自身の体を撃ち抜いた。

 

『がぁ……!?』

 

 予想より強い痛みが体を襲った。

 

 吹き飛ばされる間に、ガーネットのダンジョンの思考が回る。

 何が起きた、と。

 いや、考えるまでもない。

 突然、エメラルドの動きが速くなった。

 先ほどまでよりも、さらに速く。

 

『……いや、違う』

 

 そしてすぐに撤回した。

 ガーネットのダンジョンは感じ取っていた。

 肌にあたる風の強さが、太陽の光が与える熱の強さが、僅かに強くなっていることに。

 否、強くなっていると感じる自身の感覚に。

 つまり結論は、エメラルドの動きが速くなったのではなく、自身の動きを捉える能力が衰えているのだと。

 そして、その原因の心当たりに目を向ける。

 

 バゲットの首に、ネックレスのようにかけられた石が輝いている。

 ゲルマニウムの石。

 その能力は、ダンジョンの力と魔物の力を吸収すること。

 最初に体力を、次に精神力を、最後に生命力を吸収し、対象者は死に至る。

 ガーネットのダンジョンは、体力を奪われたことによる疲労で、周囲の動きを捉える力が衰えたのだと理解した。

 

 吹き飛ばされていたガーネットのダンジョンの体が、地面につく。

 その感覚さえ、いつもよりも大きい。

 

 即座に立ち上がり、傷も痛みも即座に回復を始めたが、全快には至らなかった。

 ほんの僅かにだが、疲労が残っている。

 莫大な生命力でどれだけ回復しようとも、ゲルマニウムの石が常に力を吸収している。

 さながら、穴の開いたバケツにどれだけの勢いで水を注ぎこもうとも、決して満杯にはなりえない、といった感覚だ。

 それでも、何の相手であればほんの僅かな疲労ごときで後れをとることはないが、エメラルドという格上を相手に、この僅かは致命的であった。

 

 エメラルドが地面を蹴り、再び接近してくる。

 気が付けば、ガーネットのダンジョンの目の前にいた。

 即座に防御の態勢をとろうとするも、間に合わない。

 何度目かわからないまま吹き飛ばされ、再び地面に寝っ転がった。

 

『…………????』

 

 ガーネットのダンジョンは、現状が飲み込めなかった。

 否、飲み込みたくなかったのだ。

 自身が弄ばれている現状を。

 今、目の前で起ころうとしていることを。

 寝転がっている自分の息の根を止めようと、目の前で渾身の一撃を放そうとしているエメラルドの存在を。

 近づく己の死を。

 

『…………あは』

 

 エメラルドの一撃が放たれた。

 

 その直前。

 無理やりにすべてを飲み込んだガーネットのダンジョンは、笑った。

 

『あっはっはっはっは』

 

 己の現状に。

 己の不甲斐なさに。

 己の無様に。

 己を嘲笑するように笑った。

 

 ところで、生物の生命が最も力強く輝く瞬間はいつだろうか。

 安らかに眠っている時か。

 美味なものを食べている時か。

 愛する相手を抱いている時か。

 三大欲を満たすときは、確かに生を実感するときだろうが、最大ではない。

 

 答えは、殺される直前である。

 

 自身の意思にも反し、生命の道理たる寿命にも反し、その生命を無理やり終わらせられようとする瞬間、生命は必死に死へ抗い、最も力強く輝くのだ。

 ガーネットのダンジョンにとって、それは今。

 

 恐ろしくゆっくりと動くエメラルドの拳を優しく掌で受け止め、横へ思いっきり投げ捨てる。

 そして、腕が横へとそれたことでがら空きになった胸を、思いっきり殴りつける。

 そのままエメラルドは吹き飛んでいった。

 ゆっくりと。

 まるでコマ送りでもしているように、ゆっくりとガーネットのダンジョンから離れていって、遠くへと消えていった。

 ガーネットのダンジョンの視界に、入らないほど遠くまで。

 

 ゆっくりと流れていた時間が戻り、現実の流れと一致する。

 

「エメラルド様!?」

 

 エメラルドが吹き飛ばされた方向を見ながら、バゲットが叫ぶ。

 

『もう一人』 

 

 残ったバゲットに対しても、間髪入れずに攻撃を仕掛ける。

 エメラルドの安否に気を取られていたバゲットは、向かってくるガーネットのダンジョンに気づくのが遅れ、あっさりと攻撃を許してしまった。

 

「があぁ……!!」

 

 地面をごろごろと転がり、意識の九割を刈り取られた。

 口から血が溢れ、骨が何本か砕ける感覚もあった。

 

『まだ、生きてるでありんすね』

 

 ガーネットのダンジョンは、バゲットを見て、近づいてくる。

 止めを刺すために、

 バゲットも、頭ではわかっているが、体が動かない。

 先ほどの攻撃で受けたダメージが体を動かすのを拒み、絶対に逃げられないという絶望が体を動かすのを拒んだ。

 

 ――これまでかな。

 

 バゲットは、そのまま目を閉じた。

 人間とダンジョンの共存。

 エメラルドの思想に共感し、着いてきた結末が、ダンジョンに殺されること。

 なんとも締まらないエンディングだと、バゲットは心の中で自虐する。

 道半ばで殉じることに悔しさはあるが、諦めのほうが強い。

 自分の選んだ道は、こんな結末もあると理解したうえで、歩いてきたのだから。

 

「バゲット!」

 

 仰向けに寝転ぶバゲットの上に、何十という影が覆いかぶさり、まるでクッションの様にガーネットのダンジョンの一撃を受け止めた。

 

『なんでありんす? これは』

 

 それは、全身を包帯でぐるぐるに巻いた人型の魔物――マミーであった。

 攻撃を止めたマミーは、ぞろぞろと起き上がり、ガーネットのダンジョンにしがみつこうとする。

 

『魔物? ええい、邪魔くさいでありんす!』

 

 向かってくるマミーの手を防ごうと、ガーネットのダンジョンが腕を振う。

 マミーの腕はあっさりとちぎれ、包帯がほどけ、その中には空洞が見える。

 マミーは包帯の集合体。

 人型ではあるが、包帯の中に人型の魔物がいるわけではない。

 そして、もう一つの性質は、ほどかれた包帯が、ほどいた相手に絡みついて動きを封じることにある。

 ガーネットのダンジョンの手に、足に、体に、包帯が次々と絡みついてく。

 

『ええい! 寄るな! うっとうしいでありんす!』

 

 近づいてくる大量の羽虫を掃うがごとく、ガーネットのダンジョンは手足をばたつかせる。

 マミーの戦闘力は、ガーネットのダンジョンにはるかに劣る。

 文字通り、指先一つでどうとでもされる程度である。

 が、それは戦闘の勝敗、という次元の話である。

 倒されることで、包帯という拘束具を生み出し続ける能力には都合がよかった。

 

「バゲット、無事?」

 

 その隙に、スクウェアステップがバゲットの元へ駆けよる。

 

「……スクウェア……ステップ?」

 

 ぼんやりとした視界で、血を吐きながら、バゲットは声に応える。

 

「っ……!! 血が……腕も変な方向に曲がって……。マミー、一体来なさい!包帯ちょうだい!ちょっと、回復魔法が使える人、誰でもいいからこっち来て!」

 

 スクウェアステップはバゲットの様子を見るや否や、すぐに魔物とギルドメンバーを呼び寄せる。

 

「!?……スクウェアステップ様、バゲット様はかなりの重傷を負われており、回復魔法だけでは」

 

「わかってる!とりあえず応急処置だけでいいから、速く!」


 聞きたいことは山のようにあったが、スクウェアステップは一度すべてを飲み込んで、目の前のバゲットの処置へと集中する。

 

 バゲットの呼吸が楽になってくる。

 血は止まり、視界がはっきりとしてくる。

 体の痛みは依然として残るものの、僅かながらに低減している。

 

「どうにかなったみたいね」

 

「スクウェアステップ……」

 

「たぶん全身が激痛だと思うんだけど、答えて。あれはガーネットのダンジョン? ここで何があったの? エメラルド様はどこ?」

 

「そ……れは……」

 

 バゲットは、痛みに耐えて必死で口を開く。

 バゲットの見聞きしたもの全てをスクウェアステップに伝える。

 すべてを聞き終えたスクウェアステップは、数秒だけエメラルドが吹き飛ばされた方角へと視線をやり、バゲットに視線を戻す。

 

「はあ……はあ……ガーネットの……ダンジョンは?」

 

 スクウェアステップが無言で視線を向ける。

 つられ、バゲットも視線を向ける。

 そこには、マミーを力ずくで引き裂き、引き裂かれた包帯によって何度も拘束されているガーネットのダンジョンの姿があった。

 

「攻撃力はすごいけど、どうやらこういう拘束能力は苦手みたい」

 

 バゲットも、それに同意した。

 絶望的な強者として君臨した存在が、今はスクウェアステップの能力に翻弄されている。

 

「大丈夫。マミーの拘束は、ちょっとやそっとでは抜け出せないわ。炎でも使えない限り」

 

 同時に、火柱が上がる。

 周囲にまとわりつくマミーごと、ガーネットのダンジョンが炎の魔法で自身を焼いた。

 

『魔法は使わない気だったんでありんすが、仕方ないでありんすね』

 

 高ぶる炎の中で、ガーネットのダンジョンは微笑んだ。

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