【小話】2つの鍵
引っ越した。
大学生になって上京しアパートを借りていたが、
あまりにも壁が薄い部屋だったので、部屋を引っ越すことにした。
引っ越し中にも、隣人のTVを見る音が聞こえる。
引っ越しを手伝ってくれている友人達も苦笑いだ。
「引っ越して正解だよなー」
「こんなとこに1年も住んでたのか……」
しばらくは弄られるなと覚悟するが、
今日は車まで出してくれたのだ、大いに受け入れよう。
新しい我が家は、鉄筋コンクリート造、3階建てのマンションの一室になる。
親に泣きついて、借りてもらった部屋だ。
部屋に荷物を運んでいると、先に入った友人が、ドアが2つあることに気が付いた。
「あれ?ドアが2つあるよ」
廊下に面したドアを抜けると、L字型をした3畳ほどのスペースがあった。
入って正面に、またドアがある。
「北海道の家とか、こういう作りになってるらしいね。ここ東京だけど」
「あれでしょ、防音壁だ」
「あ~! なるほど~」
「このドア、ずっと開けっぱなしでいい?」
友人の一人が、奥のドアを指さしながらそういう。
普段から2枚もドアがあると、なにかと面倒だろう。
「うん。ドアつっかえるヤツがあると良いんだけど....」
「持ってるよー」
用意のいい友人が「これあげる」と言って、ドアストッパーを置いていった。
引っ越しも無事に終わり、打ち上げをした後、段ボールを片付けて眠った。
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翌日
「ふーっ!! さいっこー!!」
今日はまったく音が聞こえなかった。
おかげで安眠できた。
もう隣人の騒音に悩まされない。
窓は2重窓になっており、開くと目の前の幹線道路から、けたたましい音が部屋の中に入ってくる。
「ふっふっふっ! これもいい眠気覚ましだ!!」
素晴らしい生活が始まった。
朝は自作した歌を口ずさみ、
夕方は朗読に明け暮れた。
部屋の前のスペースには、いらないないものを置くようになった。
読み終わった本に始まり、
毎日書いている1年日記、出版社に持ち込んで没になった原稿用紙の束、妄想化学を書き込んだノート
などなど....
人が来たときに片付ければいいやと思いながら、積み重ねていった。
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ある日、部屋を出ようとすると、左から何か音がする。
そちらを向くと、ドアがある。
ん?非常口?
近づくと、部屋の中で男性が、音楽を聴きながら服を着替えていた。
怖くなって、そっとドアを閉める。
こわいこわいこわい!!警察呼ぶ!?なんで部屋の中に人がいるの!?
上を向くと、『303』と書いてある。
もしやと思い、鍵を見る。
鍵束には、無地の鍵と、『302』と書かれた鍵があった。