幕間1
そこは白に囲まれた部屋だった。清潔だけど、とにかく物が少なくて、一人で居たら少しだけ薄ら寒く感じることもありそうな部屋。
「いらっしゃい、ミア。待ってたんだ」
私より少し背の高い男の子が、私を見て優しく笑った。
お兄さんみたいに。
こんなお兄さんが居たら良いのになって、いつも思う。
ただ、彼は今日もベッドの上に一人。
調子が良くない日なのだろう。
家族も叔父も忙しくてなかなか来られないのだと何でもないように言っていた。
「……」
「どうしたの、ミア?」
「ねえ、シュリアスくんは、私よりも二つ上なのよね?」
「うん? そうだね。僕は君より二つ上の十一歳だよ。それがどうかしたの?」
私より年上ならば、お兄さんになってくれないだろうか。
「私ね、シュリアスくんの妹になりたい」
「ええっ!? 妹? どうしてそうなったの」
私はシュリアスくんの部屋にこっそり忍び込んで、そういう時、時々お勉強を教えてもらったりしている。
私が勉強で居残りしている時限定でいつも現れる。
「貴方みたいなお兄さんが欲しかったの。私、誰かに甘えてみたいけど、恥ずかしくて。でもシュリアスくんなら良いかなって」
「それは僕としては複雑だよ。僕はミアの兄としては頼りないからね。虚弱体質だし、調子の良い日しか出られない」
私と出会った日は、シュリアスくんは珍しく調子が良くて、そんな彼が屋敷の外を使用人と歩いていたのだ。
山菜を摘んでいるうちに迷った私を助けてくれたのが彼で、よくありそうなありふれた出会いだった。
「出来の悪い妹は嫌?」
「ミアは出来が悪いどころか、優秀な女の子だよ。院長先生の特別授業だって頑張っているんだし」
「なんで、私だけ、難しい勉強しなきゃならないの?私に貴族の作法やダンスの勉強なんて必要ないわ」
「それは……よく分からないけど、院長先生にも何か考えがあるんじゃないかな」
クッションを手渡され、私はそれを胸にぎゅっと抱き込むと、ソファの上にポスリと座った。
「この髪のせいなのかなぁ?」
自分の銀の髪をつまむ。
ミアの銀髪は生まれつき艶々と輝いていて目立つのだ。
それを誰かに見せるのが怖いのは何故なのだろう?
私は誰に言われるでもなく、自らの目立つ髪を隠して過ごしている。
ローブに身を包み、なるべく外には出ずに篭って過ごす日々。
朝のまだ誰も起きていない時間以外では外に出ないことにしている。
だから金目のある物を採取しに行く時は早朝に出向くことが多い。
外に出ると目立ってしまうから。
他の人たちは、ミアを『訳あり』だと言っていた。
だけど、六歳から前のことは覚えてないからよく分からない。
私はそれより前の記憶はなくて、冬空の中うろうろしているところを院長先生に拾われたらしい。
それも頭から血を流してフラフラ歩いていたらしい。
実際のところ、ミアという名前と、六歳ということ以外は覚えていない。
ただ、外に出て、誰だか分からないけれど、敵に見つかってはいけないと思う。
本当は外を堂々と歩きたいから、いつか強くなったら冒険の旅に出たい。
「ね、将来の話! 私が強くなったらきっと外に出ると思うから……そうしたら一緒に冒険の旅に出ましょう?」
「冒険?」
「そう! その時まで友だちで居たいね!」
「元気になったら、そうしたいな」
自信のなさそうな声に悪いことを言ってしまったかもしれないとミアは眉を下げた。
一緒に行きたいと素直に口に出してしまった。ミアが言いたいのはそうじゃない。
「ただ、私は外に出られても出られなくても一緒に居たいなあって。シュリアスくんと一緒だと何となく落ち着くから……ただそれだけで」
それがミアの本心だった。
「ごめんね。気を使わせちゃったね。僕としては元気になって冒険の旅に行きたいかな。そうしたらミアと結婚も出来るし」
慰めてくれたシュリアスくんに泣きそうになった。
「私と結婚したいなんて、シュリアスくんはお上手ね」
あれ? 何で、シュリアスくんは頭を抱えているのだろう?
「……色々と思うことはあるけど、まあ良いや。……うん、そうなったら良いね」
「うん……! 嬉しい」
「でも、危ないことはしないで。ミアは少しお転婆で心配になるよ」
「やっぱりシュリアスくんはお兄さんみたい」
「まあ、僕は何も出来ていないけどね」
彼はそう苦笑するけど、そうではない。
「何も出来てないことないもん。私は話せて楽しいし、話ももっと聞いて欲しいもん」
「ありがとう。友達になってくれて。何だかんだ言って、僕の周りには君みたいな友達が居ないんだ」
「私もシュリアスくんと友達になれて嬉しい。孤児院の子たちは皆小さいから、友達というよりも弟や妹みたいなものなの」
新しく設置されたばかりの孤児院なので、九歳のミアが子どもたちの中では年上なのだ。
だから、小さい子たちを差し置いて、私がシスターや孤児院長の手を煩わせてはいけない。
本当の両親も、よく分からないけれど。
「私を甘えさせてくれるのは貴方だけよ、シュリアスくん」
そう言って彼の顔を覗き込むと、彼は顔を茹で蛸のようにしてこう言った。
「君は、小悪魔だよ……全く」
「……?」
少しよく分からなかった。
「君のことが好きなんだって、ただそれだけの話」
「……」
それはまるで愛の告白か何かのように情熱的なのに、どこか透明な色をしている気がした。
無垢で、純粋で、真摯なそれだった。