4.5 sideシュリアス
ミア=ホワイトリーへの対応を間違えた。
それに尽きる。
甘やかされるのに慣れてはいないが、そうされることに憧れていると知っていたから、シュリアスはミアを甘やかそうと決めていた。
決めていた、のだが。
──こんな無防備にされるとは。
ミアにベッドを譲り、早めに休んでしまうかと思っていたら、シュリアスが座るソファにやって来たミアはお酒を持って隣に座ってきた。
しかも湯浴み上がりである。
濡れた髪はしっとりとしているし、水滴が首筋を伝っている。
今の彼女はローブを脱いでいて、その下のゴシックワンピース姿だけで寛ぐ形になっていた。
まさかローブの下がこうなっていたとは。
白い項も、柔らかそうなふくらはぎも、湯上りで上気した薔薇色の頬も、彼女の近くに居ると感じてしまう蠱惑的な香りも、しっとりと濡れた輝く銀髪もその濡れた海のような瞳も。
彼女は無意識に、匂い立つような色気を発していた。
「せっかくだから飲みませんか? 美味しいワインをもらったことですし、どうです?」
「ミアはワインを飲んだことがあるのですか?」
「ないですよ?」
コテン、と可愛らしく首を傾げられ、本格的に頭を抱えたくなった。
──少し過保護にしすぎたかもしれない。
下劣な男たちを近付けないようにと配慮しすぎたせいで、彼女は自分が可愛らしい容姿をしていることに気付いていない。
自分の髪の色が悪目立ちしてしまうと嘆いてはいるが、それを訂正したい。
それは、彼女が綺麗な顔立ちをして、美しい色合いをしているからであるのだと。
「成人したので飲んでみたいのですが、こういう時は誰か保護者が居た方が良いと、レティー──友人が仰っていまして」
「……」
そう。シュリアスは完全なる保護者扱いを受けていた。
教会に居る聖職者を相手にするような、教師を慕うようなそれ。
──信頼してもらえるのは嬉しいけれど。僕はそこまで高尚な人間ではない。
別に聖職者の仕事をしていたのは高尚な理由でも何でもなく、あの事件の後、シュリアスを持て余した親族たちが、教会に預けたという、それだけの理由だ。
禁欲的な聖職者だと言われてはいたが、それはただ欲しい物があまりなかっただけの話で、何かを我慢したり禁欲する必要はなかった。
それに、別に欲しいものがない訳ではない。
ちらりと彼女に目をやった。
「……」
シュリアスは無防備に微笑む隣の少女に、上着をかける。
──まるで小悪魔のようだ。
内心で彼女に文句を言ってみるけれど、もちろん真意が伝わることもなく。
「疲れているのだから、止めましょうか」
今日もシュリアスは、無害な子羊の仮面を被って微笑む。
彼女は昔から酷い人だったと思いながら。
デコルテが見えそうになっている。
シュリアスは不自然にならないように彼女から目を逸らしながら、こっそり嘆いた。
──と言っても顔には出ていないだろう。
シュリアスは幼い頃はもう少し顔に表情が出ていたが、忌まわしきあの事件を切っ掛けに、仮面を被るのが上手くなった。
余裕ではなくとも、彼は余裕に微笑んでみることが出来る。
──そうじゃないと、貴族社会は生き残れない。
壮絶なバッシングの数々を思い出し、心が冷えたところで、シュリアスは立ち上がった。
「すぐに眠れるように、ホットミルクを入れましょうか。健康的に眠るべきですよ」
「はい」
ミアは安心しきってニコニコと笑っている。
ここに来てからやっと気を抜くことが出来たからなのかもしれない。
彼女を寝かしつけ、無防備に眠る彼女から距離を取った。
三男であるシュリアスに妹も弟も居なかったが、もし下に妹や弟が居たら、こんな風に慕ってくれるものなのだろうか。
「……」
ただ、シュリアスはミアのことを妹だと思ったことは一度もなかった。
──今夜は眠れない気がする。
シュリアスは、荷物の中にある分厚い聖典でも読むことにしたのだった。
夜は更けていく。蝋燭へと炎を移して、彼は暗闇の中、もう一度嘆息した。