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 数日後。

 ミアとアミーとマーヤは別の教会──カトリーサ教会へと送られた。

 教会に併設された寮に住み込んでいるのは祓魔師がほとんどで、聖女はミアたち以外は一人も居ない環境。

 聖水はどうしているのかと聞けば、「買ってるんですよ。金で。祓魔師として依頼をこなしているので金だけはあるんですよねー。あっはっは」という軽快な笑い声。

 ここの司祭のトミー神父である。

 いつも笑顔が絶えないが、なんというか、緩いところがある。

 聖女が来るのは初めてらしく、「まあ、ゆーっくりやってくださいよ」と笑顔で迎えてくれた。

 予想外のタイプで少しビックリした。

 聖女は扱いとしては、聖水職人みたいなものなので、義務さえ果たしてしまえば比較的自由にさせてもらえる。

 ちなみに、アミーやマーヤは勉強をすることが義務である。一通り終わったら、孤児院の子どもたちと遊んで良いことになっている。

 前の時はそれが許されるような環境ではなかったので、伸び伸びとしてもらいたい。

「すごい! 寮も広々だね」

「前よりも広い……」

 部屋の中を見回しながら、二人は口々に「すごい!」と連呼している。

「二人は私の隣の部屋なのね」

 二人はミアの隣の部屋を希望し、二人で相部屋ということになった。お隣さん同士である。

「ミアちゃんと離れるの寂しいもの。たまにそっちに行っても良い?」

「ずっと一緒に居たい……な」

 ぎゅっと抱きついて来た彼女らをミアは抱き寄せる。

「ありがとう……」

 心に灯が点ったように暖かくて、ほわほわして、思わず笑みを浮かべた。


 ミアが二人の部屋に荷物を運んでいれば、そこに二人の男女が顔を出した。

「やっ! ようこそ! 我がカトリーサ教会へ! 俺はこの教会所属の祓魔師のドミニクだ」

 少年のようにニカッと笑ってくれた黒髪に黒の瞳を持つ男性。

 無造作に黒髪で後ろに纏めているが、少しボサボサなのが印象的だ。

「ドミニクさん……ですね。よろしくお願いします。ミアと言います」

 男性があまり得意ではないミアはおっかなびっくりながらも手を差し出した。

 アミーとマーヤはミアの背中に隠れてしまっている。

 服をキュッと掴んでいるのが分かる。

 ここはしっかりしなければ、と足を踏ん張った。

「ああ、よろしくー!」

 手を取られ、ぶんぶんと振られて少々驚きながらも、ミアははにかむ。

「ミアちゃんかー! すっごい可愛いね!」

「こっちの子がアミーで、こっちがマーヤです。二人とも、ご挨拶は?」

 二人の手を握りながら促せば、二人ともたどたどしく挨拶をする。

「よろしくお願いします」

「お願いします……」

 それからサッとミアの後ろに隠れてしまう。

 ニコニコするドミニクに困り顔のミアを見かねたらしい、隣の女性が声を上げる。

「はい! 貴方の挨拶はお終い! 可哀想に。怖がってるじゃない」

 薄い茶髪のストレートの髪をした彼女は、シスター服を来ていたが今だけ帽子を外している。

 紫色の瞳が綺麗でミアは思わず見つめてしまった。

「あたしはモニカよ。ここの祓魔師の一員で、随分長いことここに居るわ」

「そうそう。この人、そうは見えないけど、俺より年上で年齢は──ああああっ!」

 年齢を暴露しようとしたドミニクの脛に彼女のつま先がクリーンヒットしたのを見てしまった。

 満面の笑みが怖い。

「年齢は聞いちゃ駄目よ? ……ね?」

「はい」

 果たして、頷く以外出来るだろうか。いや、出来ない。

 それが出来るのは勇者だけだ。

 見た目は二十歳前半くらいに見えるけど、怖いのでこれ以上は考えないようにしよう。

「ったく、これだから行き遅れ──」

「あんた、拳であたしと語り合いたいの?」

「イイエ」

 この二人の関係性が少し見えた気がした。


 モニカはドミニクをどつきつつ、周囲を案内してくれた。

 アミーとマーヤはミアが周囲を覚えてから、ゆっくりと案内に付き合う予定である。

 色々と疲れてしまっている二人は部屋で休ませた。

「このカトリーサ教会は、祓魔師の活動が活発なの。各地の教会との繋がりもあるし、実質、祓魔師の中央本部といったところね。聖女が三人来てくれたのは正直助かるわ。クロノメース隊長には感謝しないと」

「クロノメース隊長ですか?」

「そう。あなた方三人を異動させるために尽力したのは彼よ」

「そうなのですか……彼が」

 つまりミアたちにとって、彼は恩人だ。

 教会は絵画や美術彫刻などがたくさん置いてあるが、ここには何故かガーゴイルがたくさん置いてあった。

 それから死霊祓いや、滅多にないが悪魔祓いの方法などが壁には描かれていて、何とも不気味な雰囲気だった。

 アミーたちが怖がりそうなので、夜は早めにお手洗いに行かせた方が良さそうだ。

「それから、ここが聖水の貯蔵庫よ。あたしたちの必需品だけど、支給なんて微々たるものだから、ほとんどが買ってるのよね」

 あれだけ作ってきたのに、支給品がほとんどない。

 もしやと思うが、大聖堂の者たちは、聖水を売り捌いていたのだろうか。

 思わずミアは眉を顰めた。



 そんなこんなで新たにスタートした生活だったけれど。

「えっと、本当にこれ以上何もしなくて良いのかしら……」

 ミアは戸惑っていた。

 以前よりも減った仕事量に。

 祓魔師として寮生活をしているモニカは、苦笑した。

「聖水は今日の分を作り終えているし、後は好きにして良いのよ?」

「いや、あの……でももっと作らなくても良いんですか?」

「あまり体に負担がかからないように大切にすることも、仕事のうちよ? 貴女は義務を果たした。そして給料をもらう。そして余暇は自由に過ごす。それで良いのよ」

「余暇……自由」

「貴女が以前居た場所が有り得ないくらいに過酷だということが分かったわ」

 何故かモニカは、ミアの境遇を見て涙ぐみ、食後のデザートを分け与えてくれた。

 何故に?


 昔から憧れていた死霊祓いの仕事の手伝いでも受け負えないかと打診してみたら、「そんなことまでしなくて良いんだよ」とドミニクには生暖かい目で見られた。

 ──そうじゃない。義務感だけではないのに。

 聖女だからこそ、手伝えたらと思っていたのに。

 しゅんとしたミアの気を上げるためか、ドミニクは気晴らしにとこんな提案をして来た。

「それより、ミアちゃん! 俺と最近話題のブックカフェにでも一緒に行かない? よく外国の本を読んだりしてるし、そういうの好きかと思って──」

「あー! あー! 純粋なミアちゃんに軽々しく誘わない! 誘っちゃダメ!!」

 面白そうだなと心惹かれたところで、慌てた様子のモニカがドミニクを乱暴に押しやった。

「痛っ! 何すんだ」

「何すんだは、こちらの台詞よ! 私の首が飛んだらどうすんのよ!」

「何でミアちゃんを誘ってあんたの首が飛ぶんだよ! しかも顔が真っ青だぞ、あんた」

「手を出すのが厳禁だからよ!」

 ドミニクの言う通り、モニカの顔は青ざめている。

 よく分からないやり取りだ。





 そんな風に戸惑う日々が続いたある日のこと。


 釈然としないながらも、街のカフェに一人で佇んでいた。

 あまりにも仕事が早く終わるせいでアミーやマーヤはまだ勉強中の時間だった。

 やはり何か他にした方が良いのではと思っていたところ、声をかけられた。

「相席してもよろしいですか?」

「え? はい」

 大して相手の顔を見ることなく了承したら、苦笑する気配。


「こういう時は、確認して了承するべきですよ。身も知らぬ怪しい男だったらどうするのですか」

「……クロノメース隊長!?」

「はい、クロノメース隊長ですよ」

 顔を上げて驚いた。


 目の前には高級そうな私服に身を包んだシュリアス=ローゼン=クロノメースが座っていた。

 安酒など似合わなさそうな高位貴族らしい彼の姿。

 蜂蜜色をした髪色を三つ編みにして背中に流したベスト姿で、コートを椅子にかけた後、足を組みながらニコリと笑っている。


「え? ええっと?」

 縁もゆかりも無い天上人のような人。

 ミアにとって彼の認識はそんな感じである。

 時折、アーシラリア大聖堂に顔を見せるので顔見知りだったが、二人の接点はそれくらいで。

 そして、ミアたちをカトリーサ教会へと異動させてくれた恩人。

 ──はっ! お礼を言わなければ!


 慌てて頭を下げつつ、今回の異動についてお礼をすれば、彼は「大したことではないですよ。むしろ、遅くなってしまって申し訳ないくらいです」と逆に謝られた。

 何故、彼が謝るのだろうか?


「そういえば、死霊を狩る手伝いをしたいという申請をされたそうですね。書類を見て少々驚きました」

「ええと、その……大変申し訳ございません?」

「っふ、何故疑問形……。別に咎めに来た訳ではありませんよ」

 なら何しに来られたのだろうか。このお方は。

「パートナーを探しているようですね」

「……あ、えっ、そ、そうです」

「一つお聞きしたい。貴女は何故、祓魔師の仕事をしたいと思ったのですか?」

「……それは」

 聞かれると思っていた質問だ。


 一瞬口ごもったが、ミアは顔を上げると、シュリアスの翠色の瞳を見返した。

「……!」

 強い意志の籠った視線に、シュリアスはたじろいだ。


 それは、ある意味ではよくありそうな理由だった。

 改めて話すことは初めてな気がする。




「詳しくは覚えてはいませんが、私、死霊に取り憑かれたことがあったんです」





 目の前の騎士が息を飲む気配をミアは感じ取りながらも続ける。


「精神的に参っていたとはいえ、心が弱っていた私の心をすくい上げてくれた人が居て。祓魔師の仕事は命懸けだというのに、私の心に巣食う悪霊を取り除いてくれたんです」

「それは、仕事だからですよ、ミア。憧れる気持ちも理解は出来ますが……」

 ──やっぱり反対するわよね。

 反対されるのは分かってはいた。


 だけど、救われた身からすれば、憧れるなというのは酷な話なのだ。

 顔も気配も声も覚えていないけれど、何度も何度もミアの名を呼んでくれる誰かが居た。

 あの頃、空っぽだったミアを繋ぎ止めてくれたのは、あの力強い声だったのだ。

 自分の存在に疑問を持っても力強い声の持ち主が、命懸けでミアを助けてくれたという事実が救いだった。

「祓魔師の方は仕事を全うされただけなのだと思います。ですが、そのおかげで私は救われました。人生を変える程に」

「ミア?」

 戸惑ったような瞳は、ミアの姿を映しながらも、動揺して揺らいでいた。

「……そのような方のように近付けるかもしれない力を持っているのに、目の前にそのチャンスがあるのに挑戦しないなんて、そんなの有り得ません」

 今までは聖水作りと、アミーやマーヤを庇うことがミアにとっての全てだった。

 だけど、アミーやマーヤの身も保証され、聖水作りも一日中行わなくて良いのなら、自分のやりたいことをやっても……憧れる道へ進んでも良いのではないか。

 しっかりとシュリアスを見つめながら「祓魔師の仕事のお手伝いをしたいと思っているんです」と言い切った。

「なるほど。きっと揺るがない想いなのでしょうね。……僕が止めても、きっと君は振り切りそうですね」

 彼は苦渋の決断でもするように目をキツく閉じて何か考え込んでいるようだった。

「はぁ、当初の予定よりは早いですが……」と彼は呟き、やがて口を開いた。



「では、僕とパートナーを組んで祓魔師をやりませんか?」

「はい?」


 ふわりと笑う彼を見て、これはどういう状況なのだろうかとミアは混乱した。

 ──え? 誰が? 私が、クロノメース隊長と、二人でっていうことかしら? えっ?

 確かに彼は祓魔師の手伝いをすることがあるとは耳にしたことがあった。


 大いに戸惑い、ミアは数十秒固まることになった。


 横髪を耳にかけながら、シュリアスは、ふっと微笑む。

「僕もね、祓魔師の力があるとはいえ、毎回適当なところに突っ込まれるのは辟易していたところだったのですよ」

「そ、そうなのですね」

 そもそも、何故彼は騎士になったのだろうか。

 彼におもむろに目を伏せる。

 長い睫毛が陰影を落として、年上の男性特有の色気を放つ。

 ──相変わらず、綺麗な人よね。

 先程から周りの女性たちがシュリアスをチラチラと眺めては黄色い声を上げているのが分かる。

「パートナーが固定になっていた方が僕は助かりますし、ミアなら顔見知りですし、ちょうどお互いにパートナーを探しているようですし。ならここは組むべきかなと思いまして」

「ええ、でもベテランである貴方が私と、なんて」

「経験値があるからこそ、教え導くべきだと思いますよ?」


 突然立ち上がった彼は、ミアの前に跪く。

「えっ!?」



「僕を貴女のパートナーにしていただけませんか?」


 真摯な瞳に吸い込まれてしまいそうな錯覚を覚えた。

 この人は何て綺麗な瞳で見上げるのだろうかと。



 戸惑った声を上げるミアが、ほとんど初対面の相手とパートナーを組もうと決めた理由。




「ねぇ、ミア。貴女が頑張り屋さんだと知っていますよ。私はそんな貴女を尊敬しています」




 それは、彼がちっぽけな自分を見てくれていたと知ったからかもしれない。


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