プロローグ
世の中には人には見えないものが見える特別な人たちが居る。
死霊、もしくは、生霊や悪霊。
それらを狩る者のことを、人々は祓魔師と呼んだ。
そして、神から特別な尊い力を与えられた者を聖女と呼んでいる。
だから、魔を見ることが出来て且つ聖女であるミアが彼と出会う確率は普通に暮らすよりも高かったのかもしれない。
彼は騎士に就任していたが、魔を見る能力を持っており、祓魔師としての仕事をすることが出来たのだ。
「僕を貴女のパートナーにしてくださいませんか?」
目の前には、美しい金髪の聖騎士が跪き、麗しいエメラルドの双眸を向けている現状。
その非現実的な光景に、私は夢心地のまま、口を開くことも出来ずにいた。
何なのだろう、この状況は。
「えっと……? あの……突然どうして」
ちなみに、これは騎士の忠誠でもなければ、甘いロマンスの類でもない。
騎士らしく跪いていた彼は、立ち上がると私と目をしっかりと合わせた。
「ねぇ、ミア。貴女が頑張り屋さんだと知っていますよ。私はそんな貴女を尊敬しています」
一瞬ミアは反応に遅れてしまった。
「何を仰ってるのですか? ク──」
クロノメース隊長、と口に出しかけた私は、思わず口を噤む。
若くして、王国騎士団の第五大隊を率いる隊長──シュリアス=ローゼン=クロノメース様は私の目を覗き込むと、魅惑的に微笑んだ。
「……」
「僕も組むならば、信念を持っている相手が良い。先程の君を見て、純粋に組みたいと思ったんですよ」
認めてくれた。
「たくさん迷惑をかける気がします……」
「パートナーになったなら尚更、甘えても寄りかかっても良いのではないでしょうか? 支え合うのがパートナーですからね。一般的にもそう言われているでしょう? 何もおかしいことはありません」
それは甘美な誘い文句。
甘える環境に居たことなんて、なかった。
誰かに甘えるなんて、誰かの一番にしてもらえるなんて、考えたこともなかった。
パートナーならそれが出来る。この天上人のような人相手だとしても、支え合う戦友のようなものになれるのかもしれない。
恋人でも友人でも、家族でも。どんな関係でも良いから、欲しかった。
私と共に歩んでくれる存在が。
クロノメース隊長がこちらを窺うように首を傾けると、背中まである金髪の三つ編みもゆらりと揺れる。
思わず手を伸ばした私の手を、彼は掴み取ると、切れ長の瞳が私を捉えた。
長い睫毛に縁取られたエメラルドの瞳が私を見つめているのが落ち着かない。
美しい聖騎士が私をどんな形であれ、求めてくれている。
「私で、良いのですか?」
「もちろん。君が仕事を真面目にこなす人というのは知っています。それは普段の様子を見ていれば分かりますよ。僕は君のそういう部分を見ているからこそ、誘っているんです」
──嬉しい。
普段の私をこの人は見てくれていたのだ。
誰も気にも留めないと思っていたのに、そんなことなかったのだと、泣きそうになった。
私の何をそんなに気に入ったのか分からなかったけれど、私を祓魔師のパートナーとして見込んでくれた人が居る。
縁を結ぶことは出来るだろうか。
信頼出来る仲間として。
「僕の戦友になってくださいませんか?」
「はい」
彼はニッコリと満足そうに笑った。
そう。これが、全ての始まりだった。