4. 悪役令嬢は春のイベントに翻弄される
私達が大通りに戻る頃には、どこもかしこも押し合うように混雑していた。少し余所見をするだけで人にぶつかりそうになる。公爵令嬢に生まれ変わってから、人混みを歩いたことはなく前世を思いだし少し懐かしくなる。公爵令嬢は基本馬車の移動で長時間歩くなどないに等しいのだ。まして庶民のお祭りに参加することなど有り得なかった。
そして規格外の悪役令嬢は乙女ゲームの攻略対象達と過ごせる春のイベントで散々怒られたのを忘れて大興奮していた。
「あっ、あれはー!」
「ちょっ、シェリル!」
私はあるものを発見し感情が高ぶるあまり、アル様の手を振り払い走り出そうとするとクライヴ様にまたもや首根っこを掴まれる。
「君は俺に散々怒られたのを、もう忘れたの?」
「忘れたくても忘れられませんわよ。クライヴ様見てください、フルーツクレープですわ!」
「全然、懲りてないようだね」
私が屋台を指差すとクライヴ様の眉がこいつ、何言ってんだとしかめられる。
イベントでクライヴ様が『俺はこっちをいただくよ』とヒロインがすすめるクレープを食べず、口元についたクリームを舐めるスチルがいただける、あのフルーツクレープですよ。
「はあー、感慨深いですわね、クライヴ様」
「何が?」
「あら、クレープに何も感じません?」
「……」
「乙女の唇を奪いたくなりません?」
「……君が俺をバカにしてるのはわかった。一回死んでみる?」
グッと掴んだ襟首を絞められる。
「ギブ!ギブ!降参」
クライヴ様の腕をバンバン叩く。
もうクライヴ様ったら、攻略対象なのに乙女の冗談が通じないのね。
「シェリルはクレープ食べたいの?」
アル様は、クライヴ様と私の間に割って入り、不機嫌そうに私の手を取る。
「アルベール様はこの子の何が気に入っているのか?」
クライヴ様は私に残念な子を見る目を向けながら、掴んでいた手を離し一歩下がる。
聞こえてますわよ、クライヴ様。
「ええ、是非!でもお金は眼鏡に取り上げられちゃったし……」
「金貨は使えないと思うよ。クライヴこれで頼む」
「まあ、よろしいんですの?」
「まったく、よろしくないけどね。アルベール様はお優しすぎますよ」
クライヴ様はアル様から硬貨を受け取り、溜め息をついて諦めたように屋台に並んでくれる。
なんとレアな! あのクレープをクライヴ様御自ら買っていただけるなんて!
ほら美丈夫が屋台に並んでるから、周囲がざわついてる。私がニヤニヤとクライヴ様を見ていると殺気を含みながら睨まれたため、別のキャラからの死亡フラグが立っては困るのですぐに視線を反らした。
「シェリル、楽しい?」
「ええ、もちろんですわ!お祭りにアル様と行けるなんて夢のようです!」
「……そう」
クライヴ様のクレープもそうだが、ヒロインすら成し遂げられなかったアル様とのお祭りデート、楽しくないわけないじゃないか。アルベール推しの乙女達に会うことができたら自慢したいくらいだ。
私が力説するとアル様に珍しくプイッと顔を背けてしまう。照れてるのかな?いつも私ばかりアル様にドキドキさせらているので見ない反応にうれしくなる。
頬をつついてやろうか、この野郎。
「でも、すごい人ですわね。毎年こうなのかしら?」
「いや今年の方が多いな。他国の商人にも屋台の許可を出したそうだから、その影響もあるんだろう」
「……あら? アル様はお祭りに来るの初めてではないのですね?」
アル様の言葉にある違和感を感じ疑問を投げかける。そういえばアル様は何か目的があってお祭りに参加しているのだろうか?ゲームのアルベール殿下の性格では、お祭りではしゃぐお茶目なタイプではないのに。
「ーーそれは」
長い沈黙の後、アル様が何か言おうとした時に私の目の前にクレープが差し出される。
「どうぞたっぷり召し上がれ。お嬢様」
「あら、まあ!」
微かな違和感はクライヴ様からのクレープを前に一瞬で霧散した。クレープはゲームスチルを思い出しながら、十分に堪能させていただいた。
私に絵心があれば永久保存版としてクライヴ様とクレープを油絵に残せるのに。芸術方面は全く才能がないようで昔ユリウスに似顔絵を描いてあげたら、お化けだと泣かれた。お父様は天才だ!と額縁に入れ飾ろうとしてくれたのに執事長とエメに激しく止められていた。解せない……
悪役令嬢なので顔にクリームがつくようなハプニングも唇が殿方に奪われることもなく美味しくクレープを食べることができた。
クライヴ様にはクリームがつかないよう大きな口を開けて食べてたら、はしたないですよとしか言われなかった。遠慮せず悪役令嬢にも甘いお言葉をくれてもいいのに。
アル様は、もっと面白いものが見れると私を中央広場まで連れてきてくれた。噴水の前には簡易舞台が設置されており、更に人でごった返していた。舞台前は、前も後ろも進めないほど人で溢れかえっている。私達は護衛の面も考えて、少し遠いが舞台が見渡せる場所に陣取った。
「何が始まるのですか?」
「国中を渡り歩いてる人気の旅一座が見れるんだ。この王都にはゼフィールのお祭りの時にしかこないから人気なんだ」
「へー、アル様は色々お祭りに詳しいのですね」
「……王子だからかな」
はぐらかされたような気がしたが、人々の歓声で舞台に視線を戻すと旅一座の催しが始まった。陽気な音楽が流れ始めると、ピエロがおどけて登場したり、少年の綱渡りや動物達の玉乗り、火の輪くぐりなど前世でいうサーカスのようなアクロバティックな舞台が繰り広げられ引き込まれていく。最後は美しい女性達による、この国の伝統舞踏で締めくくられた。
一時間程だが観客達を飽きさせないラインナップに最後は大歓声が巻き起こり拍手喝采で幕を閉じた。観客達は舞台に硬貨を投げこんでいく。
オペラやクラシックコンサートなど芸術に触れると眠気をもよおし、終わるまで失神してしまう奇病に侵されている私ですら最後まで楽しめた。
舞台が終わり、ある程度観客がはけはじめたところで、観客達の熱に当てられて堪えきれず舞台前に走っていく。
「あっ!コラ!」
「またか……」
アル様とクライヴ様の制止などくぐり抜け、舞台を片付け始めている大柄の男の人に声をかける。
「あのっ!とても感動しましたわ。これ、受け取って下さいませ」
舞台下から髪を留めていた髪飾りを取り大柄の男の人に差し出す。
この髪飾りは控えめだが宝石が散りばめられており、硬貨の変わりになると思ったのだ。念のため髪にお金に変えられるものを忍ばせておいて良かった。これも世の悪役令嬢達を参考にさせてもらった。
大柄の男の人は少女の登場に面食らっており、一目で高価なものとわかる髪飾りに手を伸ばそうか困っている様子だった。
「さあ!遠慮せずに」
「ストップ。そこまでだ」
私の差し出した髪飾りは無情にも後を追ってきたクライヴ様に取り上げられる。
「お転婆め。いい加減にしろ」
「あら、これは私を楽しませてくれた正当な報酬でしてよ」
「俺の価値観が間違っているのか?公爵家の教育がおかしいのか?本当に頭が痛いよ」
私がぷくりと頬を膨らませるとクライヴ様は大柄の男に硬貨を渡し、髪飾りは没収となった。
「お嬢ちゃんありがとうな。気持ちだけ貰っておく……よ……」
大柄な男の人が、気まずげに後ろを歩いてきたアル様に釘付けになる。
やばい第二王子ってばれたかな?
「……お久しぶりです」
「アルベール!見にきてくれたのか!?」
この国の誰よりも地位の高い彼に対する声のかけ方ではなかった。むしろ家族に対するような身近さに驚いてしまう。
無礼だと斬り捨てられても文句は言えない状況なのに、男の人は舞台から降りるとアル様に躊躇することなく近づいてくる。
「一年見ないうちに大きくなったな。アルフレーダに益々似てきた」
アルフレーダ?
私が疑問を顔に貼りつけてアル様を見ると、やれやれと力なく困ったような笑いを浮かべている。
クライヴ様がさっと男の人からアル様を遮るように前に立つ。
「クライヴいいんだ」
「しかし……」
私達のやり取りに周囲の人達が喧嘩かと興味津々で集まり始めている。
大柄の男から、帯剣しているクライヴ様がアル様を守るようにしているため変な誤解を招いているようだった。
男の人が決まりの悪い顔をして、ここで会話をするのは得策じゃないと思ったのか場所の移動を提案してくる。
「悪かった。つい、うれしくてな。アルベールの立場を考えたら声をかけるべきじゃなかったな。良かったら天幕にくるか?ここじゃなんだし、母さんもアルベールに会えるのを楽しみにしてるんだ」
「……じゃあ、そうさせてもらいます」
男の人が人違いしているわけでもなく、アル様の地位を知らないわけでもないようだった。
ゲームに旅一座と知り合いなんて設定あったか?アルフレーダって誰?でも聞いたこともあるような……
頭の上にクエスチョンマークが飛び交う。
「アルベール様、シェリル嬢は俺が公爵邸へ送って行きましょうか?そろそろニコラスが帰ってくると思うので護衛にあたらせます」
クライヴ様は私にこれ以上聞かせるのはまずいと思ったのか公爵邸へ帰すよう提案している。
私に聞かれちゃまずいことがあるのかと、なんともいえない悲しみがこみ上げ胸が痛くなる。
「いや、いつかは話さなきゃいけないから」
クライヴ様の提案にアル様は問題ないと首を降る。
俯く私の手をアル様の冷たい手が包む。
「そんな悲しそうにしないで。シェリルも一緒にきていいから」
「よろしいのですか?」
「うん。一緒にいてほしいんだ。会わせたい人もいるし」
安堵とともに、体が震えるほど喜びがこみあげる。
「こっちだ」
男の人が舞台の近くにある天幕へと案内してくれる。
アル様に近くにいることを了承され浮かれていたのもあるが躊躇なく疑問を口に出してしまった。
「アル様、あの方は誰ですの?旅一座の方と、とても気安い関係で驚きました」
「彼は叔父上だよ」
「えっ? ……というと?」
「アルフレーダは僕の母上だ。彼は国王陛下の側妃だったアルフレーダの兄だ」
それ知ってる…………
アルフレーダ。どこがで聞いた名前だと思っていた。
第一王子イライアスと第二王子アルベールの争う原因の一つでもある側妃アルフレーダ。
アル様は私の手を引きながら感情の見えない表情で、自分が今まで悩んでいたのが馬鹿馬鹿しくなるくらいあっさりと、とんでもないことを言いだした。




