第72話 欠陥奴隷は英雄と共闘する
ニアの操る霧の刃が、怒涛の勢いで迫る触手を切り刻んでいく。
魔力の消耗のせいか、最初よりも攻撃範囲や速度が衰えている気がする。
それでも十分に驚異的な能力であった。
触手が斬り飛ばされたことで、その奥にある魔族の胴体が露出する。
触手が再び生えようとしていた。
そしてますます数を増やすのだろう。
俺はそこに突進すると、甲殻と鱗と結晶に覆われた拳を叩き込んだ。
接触の際、ほとんど覚えたての魔術を使う。
殴り付けると同時に雷撃が迸り、鱗が剥げて叩き潰された肉が焼け焦げた。
拳を覆う魔力の結晶が作用し、術の威力を大幅に引き上げたのだ。
魔族が胴体の口から甲高い悲鳴を上げた。
さらなる一撃を打とうとした瞬間、喉奥から衝撃波を発射してくる。
「う、ぐっ!?」
吹っ飛ばされた俺は、地面を転がりながら体勢を立て直す。
隣にはちょうどニアが立っていた。
彼女は視線を前に向けたまま話しかけてくる。
「大丈夫?」
「ああ、問題ない」
頷いた俺は、一度だけ咳き込む。
血はたぶん出ていない。
体表を覆う防御が少しばかり割れただけだ。
放っておけばすぐに修復してくれる。
俺とニアは、二人で協力して魔族に対抗していた。
触手の対処はニアに任せて、俺が攻撃を担当している。
即興の連携だが、なかなか上手く機能していた。
大した損耗もなく戦えている。
「行くぞォ!」
俺は再び突進する。
とにかく距離を詰めて、魔族に致命傷を与えねばならない。
当然、触手が絡んでくるが、霧の刃に切断されるので、俺が拘束されることはない。
一人でやっていた時よりも断然に戦いやすかった。
それから何度も肉弾戦を繰り広げては、衝撃波で吹き飛ばされる。
スキルによる多重の防御がある上に再生もするが、そろそろ魔力の残量が怪しくなってきた。
ニアの霧の刃も、だんだんと鋭さが無くなりつつある。
さすがの英雄と言えど限界なのだ。
一方で魔族はまだ生きていた。
俺に殴られて、ニアに解体されながらもしつこく復活してくる。
それどころか、何やら進化しようとしていた。
胴体が膨らんで丸くなっていく。
表面が波打って大きな目玉がせり出してきた。
それが瞬きをして俺達を睨む。
邪悪な魔力がひしひしと強まっていった。
(これでも、まだ倒せないのか……)
俺は絶望感を覚える。
相手は死なずに進化しようとしている。
こちらは徐々に追い詰められている。
しかし、ここで諦めるという選択肢はなかった。
完全に進化する前に倒さなくては。
あの魔族を、全力でねじ伏せるのだ。
「いい覚悟ね。やるじゃない」
感心するような声がした。
同時に全身が光に包まれて、力が漲ってくる。
底が見えた魔力も急速に回復していく。
見ればニアも同じような状態になっていた。
俺達とは対照的に、魔族の様子がおかしかった。
震えるばかりで何もしてこない。
無数の触手も宙を掻くばかりで、こちらに飛んでこなかった。
直後、魔族が絨毯のように薄くなった。
不可視の力で真上から押し潰されたかのように変形した。
魔族はすぐさま復活しようとする。
全体が膨らみ始めるも、すぐさま同じように押し潰された。
体液を噴き出しながら厚さを失っていく。
魔族は掠れた悲鳴を上げながら抵抗していた。
しかし、またもや潰れて地面にめり込む。
そのような光景が目の前で繰り返された。
(一体何だ?)
困惑する俺は、謎の現象を起こした張本人を探す。
視線は自然とニアの後方へと向く。
そこに立つのはサリアだ。
杖を弄ぶ彼女は、優雅な笑みを浮かべて手を振っていた。




