とある人形の話
ワタシはどこにでもあるような、スラムと呼ばれる場所で生まれたんだ。
やはりそこはキミが想像するように薄汚く、苦しい環境だったのだろう。そうでなければ、ワタシは奴隷として売り出されることもなかったろうし、こんな風にまがった性格になることはなかったろう。ふむ、しかしこの性格は環境によるものだろうか。いや、例え幸せな人生を送ったとしてもこの性格のままだったのかもしれないな。
──まあ、そんなことどうでもいいんだ、とにかく、ワタシは奴隷として市場にかけられていた。
あまり思い出したいとは思えないんだがね。まぁ、しばらくワタシの独り言に付き合ってくれ。
あの時のワタシは9歳だった。穢れを知らぬ麗しい娘。そしてそのころには珍しい、魔族の象徴たる赤目である希少さから高値が付いた。そしてワタシは、幼いながらにワタシ自身の価値について薄々感づいていた。だからこそ、他に売りに出されていた奴隷をみて思ったのだ。鏡に映る、その自身の無垢な身体を見て気づいたのだ。
ワタシは特別だと。周りとは違うと。そう思っていた。
いや、そう信じてやまなかった。いやいや、そうなるだろうと計算していたのかもしれない。
自身の過ちに気づいたのは、奇妙な格好をした恐ろしい大男に買われたからではなく、檻にぶち込まれ、裸に吊るされながら観察されたからではない。ましてや、研究材料にと言われ、片目を奪われたことや、木偶と呼ばれたことではないだろう。
ワタシは気づいたのだ。檻に放り込まれ、立ち上がる気力もなく、ふと同じように床に伏し、壁にもたれかかるように座り、頭を抱え──だがぴくりとも動かない人形たちを見て思ったのだ。
人形はヒトが作るものだ。それらにはひとつの例外なく作られた意図があり、意味がある。愛すものとして作られたり、人を殺すように作られたりするのだろう。──だがこの伏したままの人形たちに為すことはなく、ただただ俯く姿は、どうにもワタシの目には哀れに映り、滑稽に思われたのだ。
ワタシは堪えきれず吹き出した。傍からみれば床に伏したまま痙攣しているように見えただろう。
ワタシはゆっくりと立ち上がり、未だ収まらない笑いを落ち着かせながら言う。
「いやはや可笑しいな。全く観客がいないのが寂しいくらいだ」
身体が軋むのを構わず、壁を背に座る人形ワタシは悠然と歩みよる。
「なぁキミ、そうは思わないか。そうだろう?やはり、人形劇に観客は必要だ。ああそうだ、必要だとも」
うずくまる人形の正面に立ち、語り掛けるような優しい声で囁く。
「では、観客に見てもらうにはどうしたらいいのだろうな。ああ、全く簡単なことだ──」
「・・・」
答えを促す。それでも、人形は俯いたまま何も答えない。ワタシは嘆息し、強引に髪をつかんで顔を持ち上げ目線を合わせて──
「──直接観客のところで人形劇を見せてあげればいいんだよ。簡単だろう?」
虚無を映すその眼窩に言の葉を流す。それだけで人形────パペットはがたがたと震えだす。拒絶反応を起こしたかのように揺れる身体は落ち着くことを知らないようであった。まるでそれは魂が急に吹き込まれ、生き返り喜びに打ち震える死人のように狂い、明確な意思を宿し、剥き出しの悪意を晒して喜んでいた。
それを見てワタシは改めて感じたのだ。この檻の中にいる惨めな人形たちを見渡し思ったのだ。
ワタシたちは脇役にも、まして主人公にもなれない無様なモノだと。ただこの地獄に伏し、機能が止まるのを待つ哀れなモノであると。
ワタシはすっかり人形と化してしまった身体を撫で、嗤う。
──だが演者にはなれる。ワタシたちを観たものは美しく散らしてやろう。それがどのような存在であろうと問題ない。それは演者にとっての観客と成り果てるのだから。
毎月15日、満月が西の空に沈む頃。どこからともなくこんな唄が聞こえてくるそうだ。
聞いた人によれば、少年が、少女が、はたまた老婆が謡っている唄っているように聞こえるという。
『我らは行き場を失いし人形 誰からも忘れられた哀れなモノ
なれば次こそはヒトの心に残るように 忘れられないように
凄惨に 残虐に あなたのためにワタシたちは演じましょう
さあ 狂った人形劇が始まります 決してお見逃しなく』
その唄に導かれ、ショーを観たものは一生忘れられない悲劇を目にする。
──どうだ。意味が分からなかったか?
まぁ、ワタシにとってはキミが理解しようがしまいが関係ないがね。
何故か?ふふ、嗚呼、すぐに分かるとも。
そろそろだ。キミにもこの唄が、聞こえてくるだろう?