番外編を投稿したら思いがけず多くの人に読んでもらえたので(※当社比)、メリーさんが調子にのってしまった件
メリーさんのお話を読んでくださった皆様に感謝のきもちを込めて。
「メリーさん、アイドルになろうと思うの!」
メリーさんの突然のジョブチェンジ宣言にも、魔王は慌てず、書類にサインをしながら尋ねた。
「なぜ、アイドルになろうと思った?」
「アイドルになったら、もっとたくさんの人にメリーさんのことを知ってもらえると思ったの。メリーさんのお話を読む人が増えたら、メリーさんのお話もいっぱい書いてもらえるの! 作者ったら、全然違うお話を書こうとしてたのよ。はっきり言って面白くないから、メリーさんのお話を書いていた方が作者にとってもいいと思うの。」
「メリーさんが何を言っているのか、よく分からぬ。」
魔王は、ついにお仕事の手をとめて首を傾げた。
メリーさんの転職はあまり良い考えだとは思えぬ。しかし、メリーさんを止めようとしても碌なことにならないことは、これまでの経験から十分に分かっている。無理にやめさせようとせず、適度な自由としっかりした監視こそ、平和への第一歩である。
魔王は眉間に皺を寄せてそんなことを考えていたが、兜があるせいで、メリーさんが気付くことはなかった。
「じゃあ、ちょっと神殿に行ってくるね!」
メリーさんは、そう言い残すとつむじ風のように魔王城を飛び出して行った。
神殿。そこはお金さえ積めばジョブチェンジをかなえてくれる場所。
しかし、本人に全く適正のない職業になることはできない。これまでのメリーさんの生き方が試されるといえよう。
メリーさんはたっぷりお金をもって神殿に向かった。神殿には「転職を恐れるな!」とか「転職して天職を!」とか、本当に神殿かと思うような垂れ幕がかかっていたが、メリーさんはすたすたと奥まで歩いていき、ちょうど通りかかった若い神官さんに声をかけた。
「こんにちは。今日は転職のご相談にきました。」
「こんにちは。ご寄付のご相談ですね。」
神官さんが言いなおした。あそこまで露骨な垂れ幕を掲げているのであるから、もはや取り繕う必要はないと思うのだが、それほど体面というのは重要なのだろうか。
メリーさんは肩をすくめて金貨の入った袋を差し出した。神官さんはにっこり笑って袋を受け取り、奥の部屋へとメリーさんを案内した。
神殿の奥には転職のための石板が置かれていた。黒い大きな石に古代文字が彫ってある。ちょっと神秘的で厳かな雰囲気だったが、メリーさんは物怖じすることなく石板の前に立った。
「それでは、この石板に両手をあてて、なりたい職業を念じてください。あっと、思った通りの職業になれなくても、お金は返しませんよ!」
なかなか業突く張りな神官である。しかし、メリーさんは、自分に対して自信を持っていた。そして、絶対にアイドルになるぞという熱い思いがあった。
ゆっくりと石板に近づいて、両手をおく。そして、目を閉じて思いのたけをぶつけた!
すると、石板から柔らかい光があふれ、やがて収まった。メリーさんは、期待に満ちた目で神官さんを見た。神官さんは軽く頷いて、メリーさんを〈鑑定〉した。
名前:メリー
職業:ちかけいあいどる、羊飼い、コンビニ店長、作家、企画者
装備:羊飼いの杖、ポシェット、木の腕輪
「おめでとうございます! メリーさん、無事『ちかけいあいどる』に転職しましたよ!」
神官さんが祝福してくれる。しかし、メリーさんは首をひねっている。
「アイドルはいいけど、『ちかけい』って何?」
「あ、細かいこと気になっちゃうタイプですか?」
「大事なことだと思うわ。」
すると、神官さんは、したり顔でメリーさんに再転職を提案した。
メリーさんはポシェットからもう一つ金貨の入った袋を取り出し、神官さんの手に乗せた。
「最近は、転職しても長続きしない方がよくいらっしゃいますが、信心深いことはいいことです。」
セリフの前半と後半の繋がりが明かにおかしいが、神官さんは、にっこり笑って「どうぞ」とメリーさんを促した。メリーさんは、「今度こそ!」と意気込んで、石板に手を置いた。再び柔らかい光があふれておさまった。メリーさんがはやくはやくと神官さんを促す。
「それでは〈鑑定〉。ぷっ!」
「何がおこったの!?」
神官さんが吹き出したので、メリーさんは両手で頬を挟んでムンクになった。
「あー、いやまぁ、アイドルって言えばアイドルですよ?」
神官さんは言いづらそうにしている。
「いいから、早く教えて欲しいの!!」
「『なんちゃってアイドル』っす。」
「っ!んん〜!」
メリーさんは地団駄を踏んだ。そして、三たび金貨の入った袋を神官さんに渡して石板に向き合い、ジョブチェンジを果たした。
神官さんがメリーさんにせがまれて三度〈鑑定〉を行ったが、今度は何も言わずお腹を抱えて笑い始めた。
「wwwwwww」
「ちょっと! やめなさい!! 草を生やすんじゃないわよ。羊に食ませるわよ!」
メリーさんがぽかすかと神官さんを殴り始めたが、神官さんの笑いは止まらなかった。
「だって、ハハ、メリーさん、ヒヒ、ダメだ。『自称アイドル(仮)』って、フフ、この子面白すぎっ! かっこ仮!」
苦しい息の合間から神官さんが教えてくれる。メリーさんが涙目になって「自称ってなによ! これじゃぁ痛い犯罪者じゃない。もう一度よ!」と金貨の入った袋を押し付けた。
続いてのジョブは『爆笑ダンシング変態クイーン』だった。そしてその次は『羊界のカリスマ美容師』で、どんどんアイドルから離れていく。
というか、もはや職業ですらないような……。神官さんは息も絶え絶え、笑いすぎてもはや瀕死状態である。
そんなやりとりを夕方近くまで続け、遂にメリーさんは諦めた。財布もポシェットもすっからかんである。
「わたし、やっぱり『羊飼い』が一番いいわ。」と呟くメリーさんを、神官さんはホクホク顔で見送ってくれた。
「ぜひ、またのお越しを〜」
「絶対、もう2度と神殿なんて行かないんだから!」
メリーさんは羊たちの待つ我が家へとつむじ風のような速さで帰っていった。
◇◆◇
次の日。
ご機嫌斜めのメリーさんに、魔王は「アイドルにはなれたのか?」と尋ねた。
メリーさんは涙目で魔王を見上げると、ふんっとそっぽを向いて、どこかに行ってしまった。
魔王は、少しだけ考えてから、メリーさんの後ろ姿を視界に収め《鑑定》した。
名前:メリー
職業:羊飼い、コンビニ店長、作家、企画者、ちかけいあいどる、なんちゃってアイドル、自称アイドル(仮)、爆笑ダンシング変態クイーン、羊界のカリスマ美容師、羊界の売れないアイドル、神殿お笑い芸人、アイドル道を迷いし者、人生の旅人(彷徨中)、完全に撤退の機会を見誤った者
装備:羊飼いの杖、ポシェット、木の腕輪
攻撃力:???
防御力:???
魔力:3
魔力防御:3
スキル:羊のしつけ、採集、仕入れ、イカサマ、料理、営業スマイル、編み物、いたずら、神官を笑わせる
状態:傷心
魔王は吹き出しそうになったが、間一髪堪えた。この時ほど、兜を身につけていてよかったと思ったことはない。人生がちょっと、いや、かなり、楽しくなってきたような気がした。
爆笑ダンシング変態クイーン:神官さんにアイドルなら「歌って踊れないと」と言われて踊ってみた結果
羊界のカリスマ美容師:神官さんに爆笑されたので、癒しを求めた結果
羊界の売れないアイドル:美容師に驚いたメリーさんがアイドル路線を思い出した結果
神殿お笑い芸人:神官さんを爆笑させた結果
アイドル道を迷いし者:当然の帰結
人生の旅人(彷徨中):当然の帰結その2
完全に撤退の機会を見誤った者:メリーさんがジョブチェンジを後悔し始めた結果