4 .メリーさんの手料理という罠
「なにか面白いことないかな〜」
メリーさんの何気ない一言が、魔王城の執務室を凍らせた。執務室の面々のもの問いたげな視線を感じたメリーさんが弁解する。
「ほら? 魔王城がひまわり畑になったり、オークションをやったり、勇者サマと教会の鬼ごっこ見たり、グールの相撲大会ひらいたり、面白いことがたくさんあったから、普段の生活が物足りなくなっちゃって。」
ちなみにメリーさんは、今朝方「雪が見てみたい!」と言って、真夏であるにもかかわらず制御室のリモコンで魔王城に雪を降らせたばかりである。
魔王城に雪くらいなら魔王城のイメージダウンにはならないだろうと魔王は放置したが、門前にはメリーさんと愉快な仲間たち作の雪だるま、かまくら、雪うさぎ、雪像が並んでいる。ちなみに雪像はかわいい羊さんなので、魔王城のイメージダウンはとどまるところを知らない。
誰がどう見てもメリーさんの生活には刺激しかない。メリーさんのあまりの言い草に、蛇男は目を見開いて固まっているし、狼男はくーんと情けない鳴き声を上げた。
部下が役に立ちそうにないので、魔王は仕方なく自ら突っ込みを入れることにした。
「そんなとんでもない刺激がそうあって堪るか。というか後の2つは聞いてないぞ?」
「グールの相撲大会は予選が終わったばかりで、今度本戦もあるよ!」
メリーさんが朗らかに教えてくれた。
「違うそうじゃない! それだけ色々あったのになぜ退屈しているんだ。いや待て、グールの相撲大会の本戦は大々的にやろう。」
魔王が部下を売った。蛇男が目を閉じ、狼男が黙り込んだが気にしない。どうせ開催されるのだから同じだ。メリーさんも「やったー!」と喜んでいる。
魔王が「準備が大変だろうから、今日はもう帰りなさい。」とメリーさんを帰宅させようとするが、相撲大会の準備はすでに万端だった。
「相撲大会は来週だから、その時は呼んであげるね!」
「そうか、来週か。もっと早くてもいいくらいだな。」
「魔王サマも相撲大会が待ち遠しい? 魔王サマが来るって知ったらみんな張り切るわ。でも、来週まで何をして時間をつぶそうかしら?」
どうやら魔王の言葉はグールの相撲大会を無駄に大きくしただけだったようだ。蛇男は首を横に振り、狼男は視線を彷徨わせる。メリーさんをコントロールしようとするのが間違っているのだ。
振り出しに戻ったメリーさんは首をひねって考えていたが、閃いた。
「みんないつも夜遅くまでお仕事してるから、今晩夜食を差し入れてあげる!」
メリーさんの何気ない善意が、魔王城の執務室を地獄に陥れた。そもそも仕事を増やしているのはお前だ!
古今東西、メリーさんのような女の子が料理を作った場合、黒こげだったり奇妙な発色をしていたりゲテモノだったり、とにかく、とてもではないがおおよそ生物の食べ物とは言えないモノが出てくると相場が決まっている。
そもそもメリーさんは「何か面白いこと」を考えていたはずなのに、どうして料理を作るなどという発想になったのか。
執務室にいた魔物達はみんなメリーさんに突っ込みを入れたかったが、そんな勇気のある魔物はいなかった。ただただ顔色を悪くするだけである。
顔色を悪くした蛇男と狼男にメリーさんが尋ねる。
「あら? 私の料理の腕を疑っているの?」
えぇ、疑っています。なんなら嬉々として変な料理を作りますよね!? とは言えない。言いたくても言えない。
「いえいえ、メリーさんの料理の腕を疑っているのではなく、その、ワタシの彼女が料理好きでしてね、手料理は彼女の作ったものしか食べないと決めております。あぁ、彼女の機嫌を損ねてしまったらと思うと、メリーさんの気持ちは嬉しいのですが、今回は遠慮しておきます。」
蛇男が逃亡を図った! 部下からの非難の視線が突き刺さる。
「まぁ! 蛇男さんって彼女がいたの!? 誰? 誰?」
メリーさんが食いついた。蛇男はなんとか逃げ切ろうと誤魔化す。
「先日付き合い始めたばかりで、勘弁してください。」
俺たちに仕事を押し付けて自分は惚気やがって!という部下の視線が痛い! そして、部下達は蛇男が一人で安全圏に脱出するのをよしとはしなかった。
「研究棟のドワーフちゃんです。」
部下達がメリーさんに蛇男の彼女を教えてあげた。
蛇男の顔がほんのり赤く染まる。ちなみにヘビ男がドワーフちゃんと交際を始めたのは本当である。蛇男の猛アタックにドワーフちゃんがついに折れて、先日よりお付き合いが開始されたのである。なお、蛇男はすでにドワーフちゃんの尻に敷かれているが、料理が好きかどうかは不明である。
メリーさんもこれは仕方がないと思ったのか妥協案を提示した。
「じゃあ、ドワーフちゃんに聞いてみて、OKが出たら蛇男さんにも作ってあげるね!」
「え“?」
蛇男はひしゃげたような声を出した。部下達は「ザマーみろ」と嬉しそうだ。
続いて狼男もメリーさんの料理をお断りしようとした。
「オレは見ての通り、狼だからな。肉は生が一番だし、大味なものの方が好みだから、メリーさんが腕を振るうには及ばないぞ!」
狼男も逃亡を図った。部下から疑いの目が向けられる。
「うーん。大味ってどんな味かしら? レアはともかく生肉って料理なのかしら?」
メリーさんが悩み出した。狼男が悩むメリーさんに「いいぞ、いいぞ、もっと悩んで諦めて!」と念を送る。
ちなみに、狼男が生肉が好きというのはもちろん嘘である。彼の好物はジューシーなステーキである。
嘘をつきやがってという部下達の視線が辛い。しかし、部下達ももしこの言い訳が通用するなら自分たちも同じ手で逃げ切れるかもと思い、黙ってメリーさんの判断を待った。
「なら、生肉を用意するわね。」
メリーさんは当然と言えば当然の結論に落ち着いた。
メリーさんに調理されていない生肉とメリーさんに調理された元肉、どちらがマシか。狼男の部下達も素早く算盤をはじき、前者の方がマシ! という答えを導き出した。メリーさんに生肉をお願いする。
メリーさんは人数を確かめると、「みんな楽しみにしていてね!」と言って、厨房に去って行った。
こうして、魔王城の執務室は、各自胃薬と口直しのお水を準備して夜食を待つことになった。
約1名、蛇男だけがメリーさんが出て行ってすぐドワーフちゃんに連絡を取ろうとして魔王に妨害電波を出され、逃亡しようとして部下達に拘束されたことだけ、ここに記しておく。
◇◆◇
夜9時、メリーさんはやってきた。後ろからゴブリン達が大きなワゴンを押してくる。
対して、魔王城の執務室の面々は覚悟を決めてこれを迎え入れた。
一つ目のワゴンに載せられた大きな鍋からはほかほかの湯気が立ち上り、美味しそうな匂いが部屋に広がった。蛇男などは露骨に驚いた顔をしている。
続いて入って来たワゴンには、お皿の上に生肉がきれいに盛り付けられていた。しかし、周りをハエが飛んでいる。心なしか変なニオイもする。狼男とその部下は、忙しなく、美味しそうな匂いのお鍋とハエが飛ぶ生肉を見比べ、露骨に後悔した。
「なぜだ!!?」
狼男が吠えた。
「うん? 相撲大会で仲良くなったグール隊長が生肉が好きだったことを思い出してね、レシピを教えてもらったの。生肉は腐りかけが美味しいんだって! ハエが飛んでるとなお良いって。」
メリーさんが説明してくれる。犯人はグール隊長と真夏の太陽だった。しかし、一番悪いのは嘘をついた狼男である。自業自得な狼男は、鼻を摘んで一気に生肉を飲み込み、水をがぶ飲みした。部下達も潔く狼男に続いた。トイレに行きたくなるのはもう少し先だろう。
メリーさんは、すっかり空っぽになったお皿に大満足である。続いてお鍋からスープをよそって魔王の前に置いた。野菜とお肉のスープのようだ。
「夜食だから、お腹に優しいものが良いと思って、優しい味のスープを作ってみました。」
メリーさんにスープを勧められ、魔王はまず一口食べた。
「うまい。」
魔王が感想を呟くと、後ろで蛇男と部下達が万歳した。
さっそく蛇男と部下達もゴブリン達にスープをよそってもらい、食べ始めた。蛇男は泣きながらスープを食べている。
「しかし、この肉は何の肉だ? 淡白でスープに合っているが、鶏肉とは違うような気がする。」
先に完食した魔王がメリーさんに尋ねた。
「ヘビだよ!」
その瞬間、蛇男はスープを吹き出したが、幸いメリーさんは見ていなかった。
「ドワーフちゃんに蛇男さんにも夜食を差し入れていいか聞いてみたの。そしたら、好物は蛇肉だよって教えてくれたの。」
聞いてもいないのにメリーさんが説明してくれる。まさかの共食い。ドワーフちゃんが怒っているのは間違いない。蛇男は椅子から滑り落ちた。
蛇男と部下達はゆっくり完食し、お鍋は空っぽになった。
「今日の夜食はうまかった。礼を言う。しかし、メリーさんの帰りが遅くなっては羊達も心配していよう。今後はコックに頼むからメリーさんが夜食を準備するには及ばない。」
魔王が締めくくると、メリーさんは素直に返事をし、帰っていった。
最初からメリーさんを説得して欲しかったと部下達は心から思った。
メリーさんを見送った後、蛇男がふと気が付いた。
「魔王様、そういえばメリーさんが夜食を作るの止めませんでしたよね? もしかして…」
蛇男が最後まで話すことは出来なかった。
「馬鹿なことを言っている余裕はないと思うぞ?」と魔王が蛇男の後ろを指さしたからだ。蛇男が後ろを振り向くと、そこには怒ったドワーフちゃんが立っていた。
「料理好きの彼女って誰よ?」
ドワーフちゃんは右手を大きく振りかぶって、蛇男の頬に向かって振り下ろした。
蛇男の両頬のモミジは3日間消えなかった。
魔王はメリーさんを《鑑定》した!
名前:メリー
職業:羊飼い、コンビニ店長、作家、企画者
装備:羊飼いの杖、ポシェット、木の腕輪
攻撃力:???
防御力:???
魔力:3
魔力防御:3
スキル:羊のしつけ、採集、仕入れ、イカサマ、料理、営業スマイル、編み物、いたずら