3 .勇者VS魔王 in オークション
ポーションコーナーの奥には、一つの巻物を収めたケースが配置されていた。この辺りになると人も魔物もあまりいない。
魔王は訝しげにケースの中の巻物を見る。メリーさんが魔王とショーケースの間にさりげなく体を滑り込ませ、目の前に『スライムの素 〜これを飲めばあなたもスライムになれる!〜』を掲げて気をそらそうとしたが、優秀なる店員ゴブリンがメリーさんに代わって丁寧に説明してくれた。
「こちらはとうてんのめだまの『魔王を一撃で殺せる巻物』でーす!」
「………。」
メリーさんはあはははと笑って誤魔化そうとするが、無理があった。
「いやいや、この巻物はおかしいだろう。そもそも誰に許可を得て売店など開いた。やっぱり即刻立ち退け!」
魔王は再び厳しくメリーさんに告げた。魔王はここに来てようやく当初の目的、すなわち、売店の撤去という使命を思い出したのだ。しかし、メリーさんはポシェットの中から羊皮紙を取り出してじゃじゃーんと「出店許可証」を掲げた。
「私もまさか許可が下りると思わなかったんだけど、朝一番に蛇男さんが持ってきてくれたの! ちゃんと魔王様のサインもあるでしょう?」
確かに自分のサインだ。日付は今朝になっている。徹夜で仕事をしたために、判断能力が著しく低下していたに違いない。途中でやけになって内容も見ずにサインした覚えもある。一生の不覚である。
しかし蛇男め。絶対に分かっていてメリーさんに「出店許可証」を渡しただろう。あいつの冬のボーナスを絶対にカットしてやると魔王は胸に誓う。
「だが、この巻物はさすがに見過ごすことはできないぞ。魔王城の入り口で『魔王を一撃で殺す巻物』なんて売ってはいかんだろう。」
魔王も約1ヶ月間メリーさんに鍛えられ、立ち直りが早くなってきた。しかし、今回はこの立ち直りの早さが仇になってしまった。
「今、『魔王を一撃で殺す巻物』という言葉が聞こえたのだが?」
両手に『サキュバスのもっちり桃饅』を持って勇者が現れたのだ!
「そんなものが本当にあるのか?」
勇者の問いにメリーさんが珍しく言い淀む。しかし、またしても優秀なる店員ゴブリンがメリーさんに代わって丁寧に説明してくれた。
「はい、こちらがとうてんのめだまの『魔王を一撃で殺せる巻物』でーす!」
深い沈黙が降りた。魔王と勇者の視線が交錯する。次の瞬間、
「「その巻物買った!」」
魔王と勇者が同時に言った。
こうして、勇者VS魔王「第1回魔王城オークション」の開催が決まった。
とはいえ、さすがのメリーさんも一瞬でオークション会場を用意することはできない。
会場設営のため、オークション開始まで30分ほど待ち時間ができた。控室で魔王がメリーさんを手招きして呼ぶ。
「あの巻物にはいったい何が書かれているのだ?」
メリーさんは「客寄せのために作っただけだよ。本当に売るつもりは大金を積まれない限りなかったの。」と言いつつも巻物を見せた。そして魔王は固まった。
そこには、魔王が蛇男にのしかかっているようにしか見えない写真が収められていた。ちなみにこれは訓練中のワンシーンである。しかし、何も知らないものがその場面だけ見れば誤解すること間違いなしのアンビリーバボな1枚である。
沈黙に耐えきれなくなったメリーさんが場を和ませようとわざと明るい声を出す。
「ちょっとしたジョークのつもりだったの! でも、この巻物を勇者が落札して、記者達の前で使ったら、魔王様、社会的にだけど死んじゃうかもしれないような気がしないでもないような…」
メリーさんの声がどんどん小さくなっていく。
魔王は深いため息をついた。しかし、絶対に負けられない戦いがここにあることがわかった。魔王はとりあえず頑張ることにした。
他方、勇者の控室では勇者が素振りをしていた。勇者は貴族の次男だが、勇者として結構活躍してるのでお金はある。足りなければお金を貸してくれる商人もいる。国王や教会だって援助してくれる(多分)。なので、今回のオークションにも潤沢な資金で臨んでいた。
そんな彼がオークション会場の控室で素振りを始めたのはちょっと脳筋だからだ。
彼は足りない頭で考えていた。魔王があの巻物を欲しがったと言うことは、あの巻物は本物なんだと。そして勇者もまた、全力を尽くすことを誓った。
こうして準備が整い、戦いの火蓋が切って落とされた。
「紳士淑女、そして魔物のみなさーん! お待ちかね「第1回魔王城オークション」開幕です。互いの財力をかけた札束の殴り合いが今始まります!」
司会者がオークションの始まりを告げた。壇上の魔王と勇者に向かっていっせいにストロボとフラッシュが焚かれる。
王都からわざわざ人気の司会者を呼び寄せた甲斐あって、会場は大盛り上がりだ。なお、メリーさんはちゃっかり司会者からサインをもらってご満悦だ。
「さて、ルールをご説明しましょう! といってもルールは簡単。より多くのお金を支払うことができた人が、この巻物を手に入れることができます。支払いは現金でも構いませんし、宝石でも美術品でも工芸品でも構いません。お支払いの際は脇に置いてある巨大な銀色の盆の上に置いてください。この魔道具が自動的に価値を鑑定してくれます。一度載せたものは取り消せないので気をつけてください。」
司会者が合図するとバニーガール姿のサキュバスが淡い紫色の宝珠を持って舞台の中央に進み出た。サキュバスは宝珠を観衆に見えるよう掲げてから、勇者の脇に置かれた銀の盆にそっと宝珠を置いた。観衆は銀の盆を固唾を飲んで見守り、勇者は至近距離にいるサキュバスをガン見した。
一拍あいて、メインビジョンの左側に金額が表示される。【天上の宝珠】1500万エーンと出た。
観客席から歓声が上がる。サキュバスはニッコリ微笑んでから宝珠を回収し、ウサギの尻尾をふりふりしながら戻って行った。
「それからオークションを始める前に最新のオッズを確認しておきましょう!」
メリーさんはオークションだけでなく賭場まで開いていた。控除率は20%。胴元のメリーさんには黙っていても掛け金の20%が入ってくる仕組みだ。
メインビジョンが切り替わり、オッズが映し出される。勝敗だけでなく、勇者がどこまで出せるかや、何分で勝敗が決するかといった項目もある。
ゴブリン達もなけなしのお小遣いを賭けたようでオッズを見て大騒ぎしていた。
「ちなみに大口の投票もありました。蛇男さんがなんと勇者の勝利に300万エーンを掛けています!」
突然名前を呼ばれた蛇男はビクッとしたものの、司会者に促されて立ち上がり、片手を上げて挨拶した。魔物からはブーイングが、人間からは拍手がおくられた。
魔王は、蛇男のボーナスを来年もカットしようと心に決めた。
「みなさんお待ちかねのようですから前振りはこのくらいにしておいて、そろそろオークションを始めましょう! さて、5000万エーンから始めたいと思いますが…」
「1億だ。」
魔王は司会者を遮り、左手を銀の盆にてをかざした。魔王城の宝物庫から1億エーン分の金塊を召喚する。実体化した黄金が銀盆に載ると、電光掲示板の右側に【金塊】1億エーンという文字が灯った。
これに対抗して、勇者もすかさず「3億エーンだ!」と声をあげた。従者達が金貨を積み上げていく。
いきなりの高値にオークション会場は一気に盛り上がった。
「3億エーン、3億エーン。ありませんか?」
司会者が魔王の方を伺ってくる。勇者がしてやったりと椅子にふんぞりかえっているのを横目で見て、魔王は追加で金塊を召喚した。
「3億5000万だ。」
正直言って、本当にあの巻物にそれだけの価値があるのか疑問ではある。しかし、これはそういう問題ではないのだ。あの巻物が公開されないことに対してお金を支払うと考えるのだ。深く考えてはいけない。
「3億7000万エーン!」
「4億。」
「4億500万エーンだ!」
金額は順調に上がっていく。オークション特有の熱気が凄まじい。
魔王は考えていた。金塊はまだ残っている。しかし、向こう半年の魔物達の給与くらいは手元に置いておきたい。最近魔王城では未払いの残業代と休日手当を順次支払って、ホワイトな職場に生まれ変わろうとしていたのだ。なので、実を言うといつもより余裕がない。
蛇男はその辺りの事情をよく知っていたからこそ、勇者に賭けたのだろう。
そろそろ美術品などに切り替えるべきとは分かっているが、それをするとこちらの残金が少ないことがわかってしまうのではないかと考え始めてしまうと踏み切れない。それから、美術品の価値は正直よくわからない。
司会者が現在の値段を告げながら魔王の様子を伺っている。考えている時間はない。魔王は左手を銀盆にかざし、頭に浮かんだ彫刻像を召喚する。
実体化から3拍ほど遅れてメインビジョンに【石像になったニンフ】2億2000万エーンと表示された。その数字を見た観衆は大いに湧いた。合計7億2000万。一気に2億2000万エーンもアップしたのだ。司会者も興奮気味にマイクを握る。
他方、勇者も考えていた。そろそろ手持ちの資金がつきそうである。というか今さっき尽きた。いきなり2億2000万エーンもアップするとかおかしいだろう。
しかし、筋肉は裏切らないがモットーの勇者には、ギブアップという概念がなかった。あともう5000万エーンしかないですよという従者の囁きは聞こえない! しんどくても辛くない!!
勇者は立ち上がった。そして、兜を脱ぎ、銀盆に置いた。
メインビジョンが切り替わり、【勇者の兜】3億エーンと表示されたあと、合計金額が8億エーンになった。
応援に来ていた教会関係者が顎を外して驚いていた。勇者の装備は教会からの貸与品なのである。
その後も魔王は城内の高そうな美術品を、勇者は自らの装備品(注:教会からの貸与品)を銀盆に乗せ続けた。
そして、当然の結果であるが、魔王城は空に、勇者はパンツ1枚を残してすっぽんぽんになった。ちなみにメリーさんは途中から、人魚姫のお姉さんに目隠しをされてしまったので出番がない。
そして、遂にオークションはフィナーレを迎えた。現在の価格は魔王が出した27億600万エーン。
次に勇者が5000万エーン以上出さないと、魔王の勝利でオークションが終わってしまう。
勇者の前には二つの選択肢があった。一つは【聖剣】を銀盆に置き、勇者として終わること。もう一つは【勇者のパンツ】を置き、人間として終わること。諦めるという選択肢はなかった。
勇者は再びたちあがった。この時ばかりは観衆も押し黙った。そして、勇者は静寂の中、おもむろに自らの半身とも言える存在を銀盆に置いた。
メインビジョンが切り替わる。
【聖剣】150万エーン
「レ、レ、レプリカ!?」
司会者も勇者も観客もみんな驚いている。
一番驚いた教会関係者と蛇男は気絶してしまった。
勇者は、自らのパンツを見下ろす。もはや魔王に勝つにはこのパンツを捧げるしかないのであろうか?
だが、その前にメインビジョンが切り替わった。魔王が銀盆に虎の子の金塊を置いたのである。
【金塊】5000万エーンという文字がメインビジョンに輝く。
勇者のパンツに1億もの価値があるだろうか。
どう考えてもない。
司会者の声が響き渡る。
「ラストコール、ありませんか?」
魔王は勇者を救ったのだ。
カンッ!と司会者がハンマーを下ろした。
オークションは無事魔王が巻物を落札して終わった。そして魔王城は空っぽになった。
来月の給料どうしよう。そんなことを考えながら魔王は司会者から巻物を受け取った。
ところで、途中から強制的に目隠し退場させられてしまったメリーさんは、音声のみでのお届けと出番がなかったことに大きな不満を感じていた。
そこで、みんなが帰ろうとしている時、金策に頭を悩ませていた魔王から巻物をかすめ取り、銀盆に置いた。
メインビジョンが切り替わる。
【魔王を一撃で殺す巻物】200エーン
オークションは混乱の中、無事閉幕した。
【勇者のパンツ】7億エーン
フェニックスの尾羽と虹色蚕の生糸で織りなされた極上の一品!