2 .魔王城で売店始めました
季節は夏。魔王城はメリーさんのせいでひまわり畑に囲まれていた。おどろおどろしい魔王城に燦々と照りつける真夏の太陽と白い入道雲、そしてひまわり畑。ミスマッチなことこの上ない。もはや滑稽とすら言えるだろう。事実、メリーさんはリモコン片手に爆笑した。
ちなみに例のゴブリン達は、メリーさんにポーカーで負けて莫大な借金を背負わされ、借金を返済すべく、えっさほいさとひまわり畑で種を収穫している。つまりはメリーさんの下僕である。
魔王城がひまわり畑に囲まれていることを知らない魔王は執務室で汗をかきながら書類仕事に勤んでいた。「今日は熱苦しいな。」くらいにしか思っていなかった。
午後になって暑さがピークを迎え、兜を脱ぐか窓を開けるか迷った末、最終的に風を入れるため窓を開けることにした。
すると、向かいの屋根の上で色気むんむんのサキュバスが水着姿で日光浴を楽しんでいた。サキュバスは魔王に気がつくとサングラスを外し、たわわな果実を寄せて、ウインクしてきた。
魔王は反射的に窓を閉め、鍵をかけてカーテンを閉じた。
室内が落ち着いた色調を取り戻す。今見た光景を忘れようと頭を振ったが、無理だ。普通魔王城でサキュバスが日光浴をするか? そしてなんだあのけしからん格好は! サキュバスが白いビキニなんて着たらダメだろう!
一瞬思考が乱れてしまったが、ひまわり畑が広がった原因は明白。
魔王は制御室に向かうことにした。
途中アロハシャツを着たグールの群れに目眩がしそうになり、浮き輪と水中メガネを装着した蛇男に吹き出しそうになったが、概ね順調に制御室にたどり着くことができた。城内のレイアウトは弄ってないらしい。実務に迷惑をかけることなく精神的は大打撃を与える。この絶妙なバランス感覚はさすがはメリーさんである。
制御室には果たしてメリーさんがおり、ハイビスカスを髪にさしてココナッツジュースを飲んでいた。脇に立て掛けられた羊飼いの杖にもレイがかかっている。
メリーさんは魔王を見ると待っていましたとばかりに手を振ってくる。トロピカルな笑顔が眩しい。
魔王は厳しい顔つきを意図的に作ってメリーさんに詰め寄り、唸るように告げた。
「即刻、元に戻せ!」
なお、兜をかぶっているのでメリーさんが魔王の厳しい顔に気付くことはない。
「ええーせっかくメリーさんがコーディネートしてあげたのに。世に二つとないユニークさが面白いから、しばらくこれで行こうよ! 今どき陰鬱な魔王城は流行らないと思うんだ。」
メリーさんが無邪気を装って答える。しかし言っていることは結構ひどい。
「誰も頼んでおらぬし、魔王城をひまわり畑にするような奴はお前くらいだっ! もし今勇者が攻め入ったらどうなると思う!」
「勇者サマ御一行なら、ひまわり畑で観光して帰ったよ!」
「なお悪いわ!!!」
魔王が吠えた。
しかしメリーさんはへこたれない。
「みんなも喜んでくれてるよ。バカンスだって!」
メリーさんが制御室の魔物達に「ねっ?」と問えば、肯定する声が上がった。
「ここは魔王城だ。バカンスもひまわり畑も他所でやれ! お前らも魔物ならおかしいと感じろ!!!」
魔王が魔物達を怒鳴りつけると同時に雷が落ちた。
これを合図に一天にわかに掻き曇り、雨がざあざあと降り始めた。夕立だ。
メリーさんの気が干したままの洗濯物に逸れた瞬間、魔王は電光石火の早技でリモコンを奪い返した。メリーさんが届かないようリモコンを高く掲げ、ピッピッと天候をいつもの紫の空と黒い雲に戻し、次いでひまわり畑を消した。
城中から落胆の声が静かに上がった。
魔物達のじめっとした恨みがましい目線を避けるため、魔王は転移して執務室に帰ってきた。さっそく副官 ー先ほどの蛇男だー が執務室に書類の山を運んでくる。
蛇男は机の上にドサっと書類を置くと、いったん出て行きもう一山書類を持って来た。
バカンスを打ち切った嫌がらせだろうか。いつもより書類が多い気がする。魔王が「これお前の分の仕事も入ってるよな?」という意味を込めて蛇男をじっと見つめると、蛇男は「お仕事、されるんでしょう?」と万年筆とインクを押し付けて再び出て行った。
誰も聞いていないのをいいことに魔王はため息をついて、書類の山に取り掛かった。
今日は徹夜になるかもしれない。メリーさんが魔王城に「遊び」にくるようになって1ヶ月。出入り出来そうな扉や穴は全て塞いだはずなのに、羊飼いの少女はふらっと侵入し、そのたびに魔王は奔走していた。魔王は眠気と疲れから時折意識を飛ばしつつも書類にサインをしていった。
◇◆◇
徹夜明けの魔王が仮眠から目覚めると、城内はもぬけのからだった。
そのかわり、城門のあたりが騒がしい。窓から様子を確認すると、魔物で溢れかえっているのでよく見えないが、売店のようなものが開かれているようだ。
何はともあれ、面倒ごとであることと騒ぎの真ん中にメリーさんがいることだけは確かだった。魔王はゆっくりと窓を閉め、鍵をしめ、カーテンをひくと、城門に転移した。
売店の中心には果たしてメリーさんがおり、エプロンをかけてくるくると働いていた。脇に立て掛けられた羊飼いの杖には開店セール中のカードがかかっている。
メリーさんは人垣を掻き分けてやってきた魔王を見ると待っていましたとばかりに手を振ってくる。営業スマイルが眩しい。
魔王は厳しい顔つきを意図的に作ってメリーさんに詰め寄り、唸るように告げる。
「即刻、元に戻せ!」
なお、兜をかぶっているのでメリーさんが魔王の厳しい顔に気付くことはない。
「ええーせっかくメリーさんが出店してあげたのに。世に二つとないユニークさが面白いから、もうずっとこれで行こうよ! 今どきコンビニも入ってないなんて魔王城は遅れてるよ。」
メリーさんが無邪気を装って答える。しかも言っていることは結構矛盾している。
「誰も頼んでおらぬし、魔王城で売店を始める奴はお前くらいだっ! もし今勇者が攻め入ったらどうなると思う!」
「勇者様御一行なら、列の一番後ろに並んでるよ!」
「なお悪いわ!!!!!」
魔王が吠えた。
しかしメリーさんはへこたれない。
「みんなも喜んでくれてるよ。ショッピング楽しいって!」
メリーさんがレジ待ちの魔物達に「ねっ?」と問えば、肯定する声が上がった。
「ここは魔王城だ。ショッピングも売店も他所でやれ! お前も勇者なら魔王城で買い物とかおかしいと感じろ!!! というかこの会話さっきもしたよなっ!」
突然話を振られた勇者は試食していた「魔王城銘菓 サキュバスのもっちり桃饅」をつまらせてしまった。店員の格好をしたゴブリンがすかさず水を差し出し背中をさする。しかし、勇者は両手に抱えた『サキュバスのもっちり桃饅』をむんずと掴んだまま「このまま死ねるなら本望」とかなんとか言っている。
周りにいた報道陣がいっせいにフラッシュとストロボをたいた。記者が「明日の朝刊の見出しは、『勇者サキュバスの桃饅を頬張りノックアウト』なんてどうだろう。」と言いながらメモをとっている。
ゴブリンに介抱されながら勇者が店外に誘導されるのを見送って、魔王は呆れながら尋ねた。
「お前、いったい何を売っているんだ?」
「あっ! 魔王様も気になる? さっきの『魔王城銘菓 サキュバスのもっちり桃饅』はね、『人魚姫のふわふわマショマロ』と並んで男性客に大人気なんだよ! 魔王様も買っちゃう?」
メリーさんが嬉しそうに特大サイズのマシュマロと桃饅をずいと差し出し、営業してくる。客だと認識されているのか様付けなのが地味に辛い。
「ちなみに100箱まとめ買いするとホンモノとの握手券がついてくるよ?」
「それらはよい。そちらの狼男が持っているのはなんだ?」
魔王はキリッと断り、話題を変えた。
「いいところに目をつけたわね! こっちは『イカした王都の歩き方』っていうガイドブックね。」
メリーさんが続けて説明してくれる。ガイドブックを手にとってみると、なるほど、王都の観光スポットやレストランなどが写真付きで紹介されており、読むだけで観光気分が味わえて楽しそうだ。魔王は近くを通りかかった店員ゴブリンにガイドブックを取り置いておくよう命じた。
「あとは、普通のダンジョン前の露店とかでよく売ってるものだけど、ポーション類とか帰還石にロープとかもよく売れてるわ。」
見れば水色、黄色、桃色の各種ポーションが丸いガラス瓶に入れられて、綺麗に並べられていた。
メイドの格好をした人魚達がお客さんに試飲を勧めている。胸の間にコップを置いてポーションを注ぐのはやりすぎな気がする。あとでやめさせねばと魔王は思った。
魔王城城門前店売り上げランキング!【書籍編】
1位 イカした王都の歩き方
2位 オークでも分かる★未払い賃金の計算方法 〜これであなたも正当な報酬をゲットだぜ〜【改訂版】
3位 スライムの育て方(付録:水色スライム)