「終わらぬ戯曲と銀の星屑」
(昨日は疲れた……四紅蓮は一日中様子が変だったし蓮花さんのお店『4匹の仔猫』ではあんな騒ぎに巻き込まれるしある意味では嫌な予感が的中したな……)
昨日の疲労で重くなっている身体を引きずってリビングに向かう。
「しい、おはよう! ……何だか憔悴しきっているね」
四紅蓮が朝ごはんの支度を終えてリビングに僕を呼びに来る。
「誰のせいだ、誰の」
「昨日はお店を手伝わせて悪かったよ。まあ気が向いたらまた手伝ってよ。集客率が上がるから」
確かに昨日の客足はヤバかった――…。
信廉さんと九嶺藍さんの三人で接客させられて『握手して~』とか『写真、一緒に撮って~』とか『頭を撫でて~』とか終わらない注文を受け続けて蓮花さんが『こいつらに注文したかったら一回につきコーヒーを一杯を頼め!』とか言い出して、今度は延々とコーヒーを取りに行ったり来たり……更には四紅蓮と三梨と隼さんを求めて男性客まで押しかけて来るし。馬車馬の如くこき使われて皆さん最後には屍のさたを呈してたし。
四紅蓮と蓮花さんの二人だけイキイキと一日の売り上げを勘定して『開店以来の快挙だあ~! よーし。肉、食いに行くぞ! 肉っ!!』なんて、はしゃいで焼肉屋にみんなを引きずって行って『どうした、お前ら? オゴリなんだからもっと食え!』とか言われて憔悴しているにも関わらず無理矢理と口の中にカルビとか豚トロだとかの脂っこいモノを流し込まれるし……。
(し、死ぬ……疲れ切っているのに脂っこいモノを大量に突っ込まれたら死んじゃう……)
なんて意識朦朧な状態のところを酔っぱらった蓮花さんにひたっ…す…らカラまれるわ、踏んだり蹴ったりの一日だった。
「……ああ、気が向いたらね」
そんな気になることはしばらく来ないだろう。
「お母さん、『アイツを見直したぞ! 私はアイツを見くびっていた…アイツは将来、ウチに就職決定だ! 死ぬまでこき使い回して老後の分まで稼がせてもらおう!』って上機嫌でしいのことを褒めてたよ!」
僕の将来は奴隷に決定したらしい……。
「ソレ、褒めてんの?」
「やったね、しい! 職に困らないよ!」
やたらと四紅蓮が嬉しそうにする。
いくら就職難なご時世とはいえ少しは僕にも決定権が欲しい。
「一番、悲惨だったのは信廉さんだったよ。二次会とかいって蓮花さんに飲み屋に引っ張られて『お嬢~。助けて下さあぁ~いぃ……』と虚しく叫びを上げているのに疲れで機嫌の悪くなった三梨に『そのまま帰って来なくていいよ、信廉』なんて冷たい眼で捨てられてたし……」
「アハハ…。あれは私も可哀想になったよ」
ーーぽよよよっ、ぴろっ!
ケータイが鳴りメールが届く。
「相変わらず変な着信音……、ヘンテコな音すぎるよ」
四紅蓮が軽く身を引く。
「うるさいっ! メール着信音ぐらいなんだっていいだろ! と、誰からだろう……信廉さんだ。まだ朝の六時を少し過ぎた辺りなんだけどあんだけ蓮花さんに連れ回されていつ寝てるんだ? あの人、タフガイだなぁ……」
メールの主は信廉さんで今日の四紅蓮の様子はどうだったかを尋ねてきたものだった。
(そういえば、情報交換する約束だったな…)と昨日の約束を思い出してメールの返信をする。
「こっちもいつも通りですよ。会長にも学校で伝えておきます。
また、様子がおかしくなったら連絡します」
信廉さんにそう送り返す。
「しい、いつ信廉さんとメアドを交換したの?」
「昨日、話の流れで交換したんだ」
「どんな話?」
まさか本人にお前の様子がオカシイから見張って連絡するためとは言えないので、
「ちょっとね…。四紅蓮達が奥に引っ込んだ後、蓮花さんに愚痴をこぼしに来たから代わりに話を聞いてただけだよ」
と、答えておく。
「ふーん、男の友情ってやつだね」
「そういうこと」
朝ごはんを食べ、支度をして学校へと向かう。
学校に着くとなにやら女子の視線を感じる…答えはすぐにわかった。スピーカーが今日も元気に話しかけてくる。
「うーっす。お前、昨日の放課後、会長と一緒にいただろ? で『クアトロ・ガット』って店で会長達とウェイターしただろ? ウチの女子も何人かその店に行ってお前や会長と写真を撮ってきてネットに上げたんだ。それがもとでお前はイッキに人気者ってわけ。
いいなあ、女子にちやほやされて。羨ましいぞ、伽神ぃ……」
鷹五がご丁寧にその問題の写真まで見せてくれた。
「オマエな、昨日の激務を知ればそんなコト言えなくなるぞ。
第一、いつでも人に見られていたら自分の時間なんてないから非常に疲れるんだぞ……」
(なるほど、会長や信廉さんみたいなイケメンと一緒に居て後光効果で僕もカッコよく視えたってことか……)などと結論付けた。
それから後は非常に面倒くさかった。
トイレ行くにも移動教室で移動するにも体育をしているときでさえも視線を感じる。
(だああぁぁ~~! こっちを見るな! 気が散るっ! ノイローゼになるぅ……)
昨日の激務の疲れを癒すことも出来ずむしろ疲れが増してくる。
昼休みになる頃には僕の魂はすっぽりと抜け落ちていた。
「伽神ぃ……お前が言ったことがお前の様子から何となくわかった気がする。
俺が悪かった……安らかに逝ってくれ」
鷹五は魂の抜けた僕を見て手を合わせる。
「まだだ……まだ終わっちゃいない。僕はまだ、安息の日常を取り戻しちゃいやしない!」
残る力を振り絞り手を伸ばす。
「伽神さんはボクが守りますよ!」
鷹五がその手を取る。
「言ったな、コイツ!」
女子にちやほやされている僕に嫉妬もせずいつも通り接してくれる友人のお陰で少しだけ元気を取り戻す。
午後の授業からは隣に居る鷹五が僕を見る女子を睨みつけるから授業中は視線を感じることも減り、少し楽になる。
(鷹五って目つきが悪いから少し睨むとみんな見なくなるな……初めて友達で良かったって思うよ)
しかし、悲劇……というより喜劇は放課後に起きた。
「おい、鷹五。お前ってゲイだったのか……」
鷹五の友達二人が鷹五に話しかける。
「へっ? なぜ……?」
鷹五が教科書を落とす。
「俺達、聞いたぞ。さっき女子たちがトイレの前でお前のコトをゲイって言ってたぞ、本当なのか?」
友人Bが問い質す。
「ちょっ。ま、待ってくれ! なぜ俺がゲイ扱いされなきゃいかんのだ!?」
鷹五の笑みがひきつる。
「あいつらが言うには『いつでも伽神君に張り付いていて実はホモなんじゃない?』とか、『あたし、伽神君見ていたら凄い形相で睨まれたあ~……なんかこう、嫉妬のこもった目で、さ』とか、『ソレ、ヤバくない? やっぱアイツ、ゲイじゃん?』とか言われてたぞ」
友人Aが告げる。
それは鷹五にとって……いや男子高校生にとって死刑宣告を受けたも同じことである。ましてや、この学校は元が工業高校なだけにそういう噂は命取りとなる。
(う…わっ……悲惨な末路だ。女子って、こわぁ~……)
僕はそう思いながら鷹五を見る。
鷹五は口をあんぐりと開け白目で気絶していた。
「うっ…あ…、終わった……。さよなら、短かった俺の高校生活……。友達、守って殉職したんだ。悔いは……あるけど諦めるさ………女子に嫌われるなんてもう彼女できないじゃんかぁ……」
それが彼の残した辞世の句であった。
横たわる鷹五の亡骸にお供え物を添えて教室に残し僕は部室に向かう。
(……鷹五、教室に放置してきたけど大丈夫かな? あれからしばらく呼んでみたけど返事が無かったし。一応、お詫びにジュースを供えてきたけど……ちゃんと供養できたかな?)
部室に着いて扉を開ける。
「支緒りん! 聞いたよ、聞いたよ。昨日、みんなで蓮花さんのお店を手伝ったんだって?
いいな、ずるいな。私も参加したかったな~」
部室に入るなり杞紗が羨ましそうに僕の顔を覗き込む。
「参加しなくて正解です。やめておいた方が良いです」
皆、勢揃いで僕が最後の到着だった。(六椋鳥さんは居ないが)
「昨日は信廉が世話になったみたいだね。お礼を言うよ、伽神くん。……ありがとう」
「いえいえ、愚痴を聞いただけですよ。なんか勝手に喋って勝手に解決してましたよ」
三梨の顔がひきつる。
「そのお陰で朝からあのバカにセクハラされるわ、抱き着かれるわ、散々だったよ……」
何があったのか大体は読めた。
(ああ、お礼は嫌味ってことね。しかしホントにタフガイだな……信廉さん)
あの時に聞き流していた自分に非があるのは明らかだ。
「すみませんでした、次からはちゃんとセクハラしないように注意します」
「さっちゃん、支緒りんは悪くないと思うよ? だってシンちゃんは例え注意されても次の日には忘れるもん。よく言うじゃん、『ばかは死ななきゃ治らない』ってさ」
からからと笑いながら杞紗が珍しく棘のある言い方をする。
「……それもそうだな。朝から嫌な事があったからといって当たってすまないね、伽神くん」
下を向いて唇を尖らせしおらしく謝る姿がいじらしくて言葉が家出する。
(ホント、狡い人だ。普段は強気な態度でいるのに時折見せる弱さが奏にそっくりだ)
奏と重なる彼女に僕はどんな態度で接していいか解らず、顔を横に向けてしまう。
「それよりもっ! 今日はみんな有名人になってたねえ。支緒りんとしーちゃんの噂は私のとこまで耳に入ってきたしぃー。ウチのクラスの生徒会の子は引っ切り無しに呼ばれていたし。まあ、くーちゃんとさっちゃんは元から有名人だけど」
杞紗が話の流れを断ち切り、ドンマイといった顔で僕と四紅蓮を見る。
「はい、お陰で大変な目に遭いました」
「正直、お母さんの手伝いしている時よりも疲れたよ……」
僕は四紅蓮と目を合わせ深い溜息を吐く。
「そんな疲れた後輩の為にわたくし杞紗先輩が労いのジュースを買ってきました! ……ほいっ!」
杞紗がカバンからジュースを取り出して僕達二人に、ぽいっと投げる。
(……イヤな予感しかしないぞ。どうせまた、あのゲテモノだろ?)
飛んで来る缶をキャッチして注意深く眺める。
「あれっ? 普通の缶コーヒーだ……」
いつものゲテモノではなくコーヒーだったことに拍子抜けしてしまう。
「毎回、同じモノばかりだと芸が無いからねえ。二人ともコーヒーが好きみたいだし少し捻ったモノを買ってきたよん!」
初めて杞紗が先輩らしく見えた。
「きーちゃん、ありがと〜」
四紅蓮は蓋を開け、一口飲んでから杞紗にお礼をする。
「杞紗、ありがとうございます。出来れば僕はいつもコレが良いです」
僕もお礼を言いながらそれとなく自分の要望を伝えておく。
「ありっ? 支緒りん、嫌いなの? あずきバナナオレ・抹茶風味」
杞紗がいつもの飲み物じゃ不満だったの…?といった顔で僕に問いかけてくる。
「たまに飲むから良いんです、杞紗」
僕はそう言って笑ってごまかした。
ーーガラッ!
扉を無造作に開けて人が入ってくる。
(六椋鳥さんかな?)
そう考えながら振り向く。
「うーっす。ちゃんと部活してっか? またトランプとかしてやがったらハッ倒すぞー」
何故か僕のクラス担任が気怠そうに入ってきた。
「よっ、マユちゃん! 今日はお勤め、ごくろーさまです」
杞紗が敬礼をする。
「おい、一条。 “マユちゃん”と呼ぶことを許してはいるがなあ、仮にも先生は教師なんだ。『先生』もしくは『様』をつけろ! 解ったか? テスト・私生活・社会性の全滅赤点娘……」
先生が杞紗の肩に腕を乗せて睨みを利かす。
「マユセンの言う通りだ、全滅娘。
アホはアホらしく、せめて長幼の序ぐらいはわきまえろ!」
そこに三梨が追い打ちをかける。
―ーゴンッ!
「いだっ!?」
三梨が先生に頭を小突かれる。
「鷺之路、お前もだ! マユセン言うなと言ってんだろ! ……お前ら二人ともバカか?」
先生が嘆息を漏らして腕を組む。
「マユセン! 杞紗と同列にしないでよ! 少なくとも私は類人猿ではないぞ!」
三梨は小突かれたことよりも杞紗と同列に扱われたことに対して腹を立てる。
ーーゴン、ゴンッ!!
「いったあ~!!」
再び小突かれる。
僕はソレを焦点の合わない目で眺める。
「お前も大概だろ……何度、言ったら学習するんだっ! ぴしっ!」
先生は言い終わりにデコピンを喰らわす。
「あうっ……くっそ~、マユセン……セイの体罰教師!
いつか必ず寝首を掻いてやるぅーっっ!」
目に涙を溜めて三梨が悔しがる。
「……、鷺之路。お前は本当にお嬢様なのか? ……少しは弟を見習え」
その様子を見ていた杞紗が爆笑する。
「アハハハッ! さっちゃん、バカだ! 何度もマユちゃんにぶたれてるぅ~。学習能力無さすぎぃ。挙句の果てには『お前は本当にお嬢様なのか? ……少しは弟を見習え』だってぇー。バカにも程があるよぅ~。あひゃひゃひゃっ、あー笑った……」
ーーブンッ!
「おっと! 危なっ!」
ーーヒョイッ!
先生が殴ろうとすると杞紗が軽く避ける。
「避けるな! 一条っ! 貴様の性根はココで叩き直すっ!」
肩をいからせた先生が殴りかかる。
ーーブンッ! スカッ……ブンッ! スカッ――…………。
「やだよう。マユちゃんのゲンコツって、すっげー痛いもん」
ひょいひょいと避けるその光景がシュール過ぎて迂闊にも吹き出しそうになる。
ーーブンッ! ガシッ……。
「おぁ! あぶなっーー……え?」
「ふんすっ! しいぃぃずめえぇぇ!」
三梨が杞紗を下からすくい上げるように捕縛し、三梨と先生の友情コンボが炸裂する。
ーードゴスッ!!
先生の拳を避けたところを三梨が捕まえ、ジャーマンスープレックスで華麗に仕留めた。
「っ~……いったあぁーっっ!」
杞紗が頭を押さえてしゃがみこむ。
「ハア…ハア…ナイスだ、鷺之路。……しかしホントにコイツは猿みたいな身軽さだな」
先生は杞紗の襟首を掴んで猫みたいに持ち上げる。
「……あのー、勘弁していただけマセンカ? 調子に乗りすぎてマジすみませんデシタ」
杞紗が先生に掴まれてぶら下がったまま命乞いをする。
「んー? 別に怒ってないぞ、一条? ただ、な……教師としてお前の将来が心配なんだよ。
だぁーかーらっ! 一緒に生徒指導室に行って話し合おうじゃないか……サシで」
先生が杞紗の頬を掴み、首を捩じって目を見据える。
「ひぃぃぃぃいやぁぁああっ! 許して、見逃して!」
杞紗の絶叫が部室一杯に響き渡る。
あまりの音量に指で耳にフタをする。
「だぁーめっ! お前の今後の為にも今日の私は阿修羅すら凌駕するっ!!」
先生の顔が笑顔の後に本当に阿修羅すら凌駕する顔になる。
杞紗が「助けて…」と目で訴えかけてくる。
(少し哀れな気もするけど……自分で蒔いた種だからなぁ。
これに懲りて大人しくなれば良いのに……)
僕は首を横に振って肩をすくめる。
諦めたのか一度大人しくなったと思えばすぐに何かを閃いたようで両手を合わせて笑顔を零す。
「せっ、先生! そういえば〜……私、用事があった! 大事な家の用事なのっ! ざ、残念だけどすぐ帰らなきゃ!」
先生から目線を逸らしつつ慌てた口調でミエミエの嘘をつく。
「一条、先生は悲しいなぁ。生徒を信じてやりたいんだがお前のソレは嘘だとわかってしまうんだ。すまんな、信じてやれなくて……」
そして、あっさり嘘だとを見抜かれる。
(そりゃ、そうだ。誰も信じないよ、そんな嘘……)
「やだやだぁ~、まだ死にたくない~っ! 調教された社会のブタになりたくない~っ!」
杞紗はジタバタと無駄な抵抗を試みる。
「続きは生指室で聞いてやる、大人しく来い!」
先生が杞紗を持ったまま、部室を去る。
こうして『等ツ山高校写真部類人猿捕獲事件』は幕を閉じた―ー。
「杞紗は居ないが写真部に今年度初の依頼が来たのでこれより仕事を開始する!」
三梨は張り切った様子でホワイトボードに依頼を貼る。
「この依頼はさっきマユセンが持って来たモノで生徒会から直々に頼まれたらしい」
嬉々としてイラストを交えながら内容を書きだしていく。
「報酬は部費の値上げ! 仕事内容は野球部と生徒会の活動風景を撮ることだっ! これはホームページに掲載する為の写真らしくヘマは許されん! 三人ともくれぐれも失敗の無いように!
今回は二人一組で、杏・グレさんチームは野球部を私と伽神くんは生徒会に接触して各自ミッションプランに従って行動! 以上っ!」
少し興奮気味に仕事内容を説明する。
「ラジャーッ!」
「了解です、三梨さん!」
四紅蓮と杏さんも想天状態で応答する。
(なんなんですかね?この茶番は? 野球部も生徒会も学校の目玉だぞ。こんな人達に任せて大丈夫なんだろうか……)
盛り上がる部室内とは対照的に僕は冷えていた。
「なあなあ、杏! どうだった? 一度やって見たかったんだ、こういうの!」
「とても、部長さんらしかったですよ」
三梨が笑顔一杯で杏さんに感想を求め、杏さんが相槌を打つ。
「初仕事だ、初仕事! 上手く撮れるかなっ?」
四紅蓮がはしゃぎながらも初仕事なので不安を覗かせる。
「安心したまえ、グレさん! バックアップに流し撮りの名手である杏が居るからね! 杏はスポーツを撮るのがとても上手いんだ!
グレさんは杏に基本だけ教えて貰って自由にとってくれ!」
(なにがどう安心できるのか、僕にも説明して欲しいものです)
杏さんを信用してない訳ではないけど、どんよりした不安が頭をよぎる。
この二人で行ったら飢えた男達は部活どころじゃなくなってしまうことだろう。
そして、からんできた野球部の皆さんに激昂して二人で彼らをグラウンドに生き埋めにするんじゃないんだろうか。
(簡単に想像できるぞ……マジでなりそうだから怖い――…)
僕は胃がキュッと痛むのを堪えて何も考えないようにする。
「了解です、ボス!」
四紅蓮が敬礼をする。
「……、よしっ!」
四紅蓮と三梨が抱き合った後、親指を立てて何かの確認をする。
「何を確認してんですか……?」
「気にするな! 特に意味など無いっ!」
三梨がウインクして人差し指を立てる。
「ああ……、そうですか……」
(駄目だ、写真部の信用はガタ落ちだ。もともと落ちる程の高さにあるかも微妙だけど……)
僕は溜息を漏らす。
「では行くよ、伽神くん。……連いて来られるかな?」
三梨がカメラを持って僕を引っ張る。
「既に置いてかれてます、三梨」
「私のトップギアは殺人的な加速だからね」
どうやら興奮し過ぎてイカレてしまったらしい。
「ツッコミへの負担を考えて下さい……」
「無視して戴いて結構!」
「……。さっきから何キャラ、気取ってんですか?」
部室の外まで引き摺られていく。
「生憎と私は我慢弱く、せっかちときた」
「……亡霊か武士道のどっちかにして下さい」
ほぼ反射でツッコミを入れる。
「認めたくないものだな。自分自身の若さ故の過ちというやつを」
「金髪のキザったい軍人なら何でもいいんですか?」
ツッコミが入るからなのか、どんどんボケてくる。
「酷くそういう気分なんです……」
「ハッ、とうとう超兵まで持ち出したよっ!? もう金髪ですら無いし! ……キリが無い!」
ズルズルと牽引されながら廊下を通る。
「ハハッ、やっぱり君は面白いね」
「からかうのは疲れるからやめて下さい…」
「すまないね。そういう性分なんだ」
―――――――――――――――――――――――――――
ーーその頃、一条杞紗は顧問の斐十烏繭子と保健室に居た。
「一条。お前、さっき頭を強打しただろ? 具合悪く無いか?無理するなよ。
頭を打つと危ないからな……」
杞紗は繭子の口から意外な言葉が発せられて驚く。
「マ…マユちゃん……どうしたの? いきなり優しくなると逆に怖いよ……」
保健室のドアの前まで後ずさり身構える。
「お前な、人を何だと思ってるんだ」
繭子が溜息交じりに杞紗に問いかける。
「非人道の鬼畜教師っ!」
杞紗は親指を立て笑顔で即答する。
「ほぉー、よーくわかった……その分なら問題無いようだ…みっちりしごいてやるよ、一条」
繭子が顔をひきつらせて指を鳴らす。
「う、嘘ですっ! 貴方様は生徒思いの慈悲に溢れた先生様です!」
繭子の様子を見て杞紗は慌てて訂正する。
「ホントにロクでも無い生徒だな、お前は。だからこそ私も気にかけてしまうのかもな」
繭子の表情が和らぐ。
「マユちゃんだって、いつでも面倒臭そうにしてる無気力教師じゃん」
杞紗の一言に繭子は少しだけ悲しそうな顔をする。
「そう、だな。私も人の事を言えないロクデナシだな。
でもな、そんなロクデナシでも生徒が何か悩みを抱えてるって事ぐらいはわかるぞ」
「流石だね~、マユちゃん。だけどこの問題はマユちゃんでも駄目だと思うよ?
私の根底にある問題だから。深く根を張って私を縛り付けて閉じ込めてるモノだから……」
杞紗は繭子に笑いかけた後、窓の向こうの景色に手を添える。
泣きそうな杞紗の顔が窓から反射して写っているのが繭子に見える。
「でも、ここ最近ね。少しその根を払うことが出来たんだ。
まだまだ沢山生えてるけど、ちょこっとだけ…顔を出せるくらいにはなった…かな…」
杞紗が痛々しく笑い、添えていた手を後ろで組む。
「そうか………本当に辛くなったら先生は何時でも相談に乗るぞ」
繭子は杞紗の隣に立って頭を撫でる。
「うん。ありがとう、マユちゃん……」
杞紗が繭子に寄りかかる。
「ところで、一条。最近、少し悩みが晴れたと言ったがそれは伽神のお陰か?」
「…………、何でそうなるの?」
「いや、私はアイツの担任だからな。クラスの前をお前が通る度に嬉しそうに伽神を見ているから、そうなのかと……」
しばらく杞紗が固まる。
「……。侮れないね、マユちゃん。それとも私が分かりやすいのかな……?」
杞紗の声がうわずる。
「おそらく後者だ」
繭子はボソッと呟く。
「アハハハ…、ですよねぇ~。杏くんやしーちゃんにも見抜かれていたし。当の本人が鈍感で助かってるけど、助かってないようなぁ……」
耳まで赤くして杞紗が照れる。
「まあ、アイツはあの人の子供だからな。親子揃ってヌけてるんだろう」
杞紗は目を見開いて必要以上に驚く。
「えっ!? マユちゃん、支緒りんの親と知り合いなのっ!?」
「ああ、母親と知り合いなんだ。アイツは覚えてないが小さい頃に何度か遊んでやった事もあるぞ。……あの人は事故で死んでしまったけど、な」
繭子は目を伏せて唇を小さく動かす。
「事故があったあの日、私はあの人に会う約束をしていたんだ。けど私は待ち合わせの場所に行くのが面倒だったから彼女を自宅に呼びつけた。
その道中に彼女は事故に巻き込まれてしまったんだよ……」
険しい顔で歯を食いしばる。
「私がちゃんと待ち合わせ場所に行っていれば彼女はあの道を通ることは無かったんだ。私が少しの苦労を惜しんだ所為で彼女は死んだ。直接では無いにしろ、私が彼女を殺したに等しいんだ」
繭子は拳を握り締め、上を向いて涙が流れぬようにする。
「……だから、私もお前と一緒でロクデナシだ。少しばかり歳を重ねたぐらいで大人になった気でいた、間抜けなガキだ…私は」
繭子の表情が一度緩み、自嘲するかの様に笑う。
「あの人には助けられた。今の私が在るのは、あの人のお陰なんだ。だから、私は誓った! あの人を殺してしまった分、私があの人が救う筈だった人間を救うと……滑稽でおかど違いな話だけどな」
日の光に照らされ決意に満ちた目をした繭子を見て、杞紗は視線を床に落とす。
「そっ…か…強いんだねぇ~、マユちゃんは。
私だったら立ち上がれないよ、そのまま折れちゃうよ。さすが大人だねえ」
慎重に近づいて杞紗が繭子の肩を軽く叩く。
「でも、そんなことに一生懸命になってたら婚期を逃しちゃうぞ~。マユちゃんだってもういい歳したお姉さんなんだからっ!」
繭子は杞紗を見て怪訝そうな顔をする。
「……何を言っているんだ? 一条、私は男だぞ。熱でもあるのか?」
「えっ……? だって、繭子って名前じゃん?」
杞紗が目を点にして呆ける。
「実家が養蚕していたんだ。廃業したがな」
「そっちじゃない! 後ろに付いている子供の“子”を問題視してるのっ!」
杞紗は咄嗟に声を荒げる。
「小野妹子だって男だろ?」
「そうだけど、そうじゃない!」
「確かに子供の頃は女っぽい名前でグレた時期もあったが、今は気に入っているんだが?」
繭子は淡々と呟く。
「マユちゃん。生徒の大多数がマユちゃんを女だと思ってるよ? 声も顔も一人称も女にしか思えないから!」
杞紗はやっと目の前の現実を受け入れる。
「一人称は男だって “私 ”と言うんだからいいだろ。顔や声だって生まれつきだ。どうこう出来るもんじゃない」
「まあ、そうなんですけど…」
「お前は人をとやかく言う前に自分を省みろ。お前の目先の未来は反省文5枚だからな」
繭子が腕を組んで指を五本たてる。
「んげっ! 忘れてなかったの」
「ああ。なに心配するな、書き終えるまで先生も付き合ってやる。遅くなったら車で送ってやるからな」
杞紗が繭子にズルズルと引き摺られて生徒指導室に入れられる。
太陽は少し傾き始めていたーー……。
――――――――――――――――――――――――――
鷺之路三梨は中庭から見える時計を校舎の窓から覗き込んで慌てた。
「大分、時間が押してしまった。急いで生徒会室に向かうよ、伽神くん!」
「りょーかいデス」
二人は急ぎ足で向かう。
生徒会室に着いて、ノックをした後に二人が入る。
「クソ生徒会のバカ共。しょうがないから記録写真を撮りに来てやったぞ! 感謝しろ!」
三梨は入るなり憎まれ口を叩く。
「失礼します。三梨、そういう言い方はやめて下さい。写真部の評価が下がります」
支緒がソレを諌める。
「わざわざ足を運んでもらってありがとう。姉さん、ガミさん」
生徒会長の九嶺藍が労いの言葉を掛ける。
「ういうい! 三梨先輩にかがみん」
書記の隼が机に枕を置きその上に頭を乗せたまま、無気力な挨拶をする。
「九嶺藍。あの忌々しい副会長は居ないのか?」
三梨は部屋の中を見渡し、机の下まで覗き込んで確認する。
「副会長と会計は今年度の予算案を練る為に各部活の視察に出て貰っているんだ。そろ……」
ーーガチャッ!
「何してるんだ……姉さん?」
三梨が会室の鍵を閉める。
「何って、決まってるだろ! あいつが入って来ないように鍵を掛けたんだ。
十一谷書記、ついでに箒を持ってきてくれ。逆さに置いて魔除けに使う」
隼に箒を催促する。
「はいな~。ハイ、ドゾー」
隼は三梨に箒を渡す。
「よしっ! これでバッチリだ! 後は塩もあればベターなんだが……」
三梨が九嶺藍に目線を送る。
「ある訳ないだーー…」
九嶺藍は呆れた口調で目を逸らす。
「ほいっ! 三梨せーんぱいっ!」
「「あるのかいっっ!」」
九嶺藍と支緒の声が揃う。
「気が利くね、十一谷書記」
「ドモドモ」
「ふー、これで奴は入って来れまいっ! ざまーみろ。うけけけけっ……」
皿代わりのレンズキャップに盛られた塩を見て三梨が嬉しそうに笑う。
ーーガタッ、ガタガタッ!
すると、ドアが小さく動く。
「あれっ? 鍵がかかってる……会長たち、帰っちゃったのかな?」
ドアの向こうから男の声がする。
「あ~っはっはっは、バカめっ! 九嶺藍はまだ居るぞ!
お前は閉め出されたんだっ! 間抜けな副会長め!」
三梨がお腹を抱えて爆笑する。
「その声は…鷺之路三梨! 貴様ぁ~! 早く鍵を外せっ!」
ドアをガタガタと激しく揺らして副会長が叫ぶ。
「よし、いいだろう。『開けて下さい、三梨様』と、言え」
「ふざけるなっ!」
「じゃ、帰れ。お疲れ様」
しばらく静かになる。
「……、わかった。開けて下さい、三梨様」
「ぶぁ~あっはっはっ。ホントに言いやがった! バカだっ! ……まあいい、開けてやるよ」
三梨が鍵を外す。
ーーガチャッ、バサッ。
ドアを開けて塩を副会長に浴びせ、再び鍵を掛ける。
ーーバタンッ、ガチャリ。
一瞬の出来事に時が止まる。
「………おいっ! ちゃんと言ったんだから鍵を外せよ!」
副会長が物凄い勢いでドアを叩く。
「留守です」
「今、人に向かって塩を投げ付けただろうがっ!!」
「留守だって言ってんのに誰に話しかけてんの? バカなの?」
「いい加減にしろっ! 極悪女ぁ!」
「……………………」
三梨は無言のまま隼が淹れた紅茶をすすりドアの前で優雅なティータイムに耽る。
必死にドアを開けようと試みるが一向に開く気配が無く、とうとう副会長が折れる。
「お…お願いします、僕が悪かったです。ふざけた口をきいてスミマセンデシタ」
三梨は鍵を外し、ドアを開ける。
「あまりにも惨めだから開けてやるよ、感謝しろ」
鍵を外してもらい、不満な顔つきで副会長が入室する。
「会長、この女をハッ倒してもいいですか?」
三梨を指差して許可を求める。
握り拳に怒りを溜めて既に準万端といった感じだ。
「やめとけ、ハッ倒されるのがオチだ。姉さんは俺より強いぞ」
九嶺藍が止める。
「マジデスカ…………」
副会長は九嶺藍でも敵わないと知り、固めた拳と怒りを空にぶつける。
「そういうことだ! ミジンコが勝てるほど世の中は甘くないっ!」
三梨は得意気に勝ち誇る。
「伽神くん、気を付けるんだよ。こういう見た目ばかりよくても中味が知れない奴は怖いから……な?」
「それは姉さんだ…」
九嶺藍がぼそりとツッコむ。
「ウチの副会長は陰湿だから……」
「それも姉さんだ…」
「…………」
ーーボスッ!
「――……ごほっっ」
後ろでツッコんでた九嶺藍の横腹に三梨が後ろ蹴りを喰らわす。
「大丈夫ですかぁぁ…」
支緒は苦しみに悶える九嶺藍を心配する。
三梨が構わず話を続ける。
「外面ばっか良くても中味は真っ黒ぐろでドス黒だからねっ!」
(そりゃ、おまえだあああーーーーっっ!!)
支緒は横で怒りに震える副会長を見ながら愛想笑いを浮かべる。
「あはは……気を付けマス……」
それまで黙って静観していた隼が唐突に口を開く。
「あのー、記録写真を撮るのを忘れてイマセンカ?」
一同がハッとする。
(忘れてたあぁーー…)
彼らが外を見ると空が赤色に染まり太陽が南アルプスに隠れ始めていた。
「どうするんだ? 九嶺藍」
三梨が尋ねる。
「姉さん達が良ければ今からでも清掃活動に出るけど……」
九嶺藍から当り障りの無い回答が返ってくる。
「そうなると終わる頃には真っ暗ですね」
そこに副会長が補足を入れる。
「僕、家が遠いんですけど。自転車で二時間ぐらい、かかります」
支緒が、勘弁してくれといった表情を浮かべる。
「電車だけど、私も一時間以上かかるんだけどねえ」
これはお開きになるだろうと隼は高を括って帰り支度を始める。
「いいや、やるぞ! 伽神くんは信廉に送らせる。十一谷書記は九嶺藍が送ればいい! このままでは写真部の沽券に関わるっ!」
しかし、三梨の独裁が始まる。
「副会長をからかっていて撮れませんでした……だなんて、教師陣の写真部に対する信用が地に落ちてしまうではないかぁ!」
「元々、落ちるほどの高さにありませんって。落ちたとしても椅子から飛び降りるくらいの高さしかないですよ……」
三梨は顔を真っ赤にして反論する。
「君は解ってない、解ってないぞっ! 伽神くん!! 教師陣の信用が落ちるということは予算の削減に繋がってしまう! 新しいカメラにレンズ、それにマユセンに燃やされたトラン…ごにょごにょ…が、みんな買えなくなってしまうんだぞ!」
「……明らかに最後のヤツは部に必要無いと思います」
三梨がものすごい勢いで生徒会室を出ていく。
ーーだだだだだっ!!
少ししてバタバタと足音が聞こえてくる。
ーーダダダダダダダダ……バンッ!
「ハア…ハア……ほら、これで全員そろった!行くぞっ!!」
ヘッドロックされたまま引きずり回されたことでノビかけてる会計らしき人を抱えて三梨が戻ってくる。
「おい!しっかりしろ!ほら、目を覚ませ……べし!べし!」
ノビかけてる人物をぶっ叩きながら無理やり立たせる。
「ジャイ○ンかよ……」
支緒たちは呆れながら下駄箱に向かうのであった。
――――――――――――――――――――――――
「きょーちゃん! この写真はどうですか?」
「さすが四紅蓮さん! 飲み込みがいいですねっ!」
少し日が落ちてきて肌寒い春先のグラウンドの隅で2人が撮った写真を確認する。
「部活動の撮影にお邪魔する時はちょっと重いですが三脚と望遠レンズを持ってくるんですよ、あまり近づくと迷惑ですからね」
「はーい」
「あとはジャージに着替えておくのもオススメです」
そう言って、杏が地面に伏せてカメラを構える。
ーーカシャ、カシャ!!
杏の首巻きから白い吐息がふわっと漏れて空にほどける。
「この時間になるとやはりまだまだ寒いですね」
指先を少しさすりながら杏は再びカメラを覗く。
「温かいものでも買ってこよーか?」
「いえ、大丈夫です。それよりも撮影ですよ、練習あるのみです」
「はい!」
しばし、シャッター音だけが響く。
「うーん……そうですね……」
杏がおもむろに近くにいた野球部員に声をかける。
「すみません、もう少し右に立ってもらえますか?……そう、もう少し……はい、そこで」
そして真剣なまなざしで覗き込んだまま、しばし身動きせず硬直する。四紅蓮は声をかけようとしたが杏から出る雰囲気を感じ取って無言になる。
ーーキィンッッ……。
高く上がった白球を先ほどの部員が追いかける。
ーーカシャカシャカシャ……。
杏がそれに合わせてカメラを動かしながら何度もシャッターを切る。部員が飛んできたボールを投げ返したあと、ようやくカメラから顔を話して起き上がる。
そして撮った写真を丁寧に確認する。
「しぐれさん、カメラには慣れましたか?」
「はい! と言ってもシャッターボタンをポチポチしてるだけなのでそこまで難しくもないです」
「写真撮影はシャッターチャンスと撮った枚数、構図でほとんど決まりますからね」
「部活動だとほとんど同じになっちゃうっていうか……何枚撮っても変わり映えしないなって」
「そう、ですね……」
ーーキイィイン……ザッ……パシッ!
杏が無言になると、しばし金属がボールを叩く音とグラウンドを走る野球部の足音やミットの音だけが響く。薄暮れに野球部の声がこだまする。
「んー……写真撮影なんてそもそも面白おかしいものじゃありませんからね〜。どうしたら良さが伝わるのか、というか私もこれ全然面白いとは思いませんし」
杏はうつむく四紅蓮を横目に再びシャッターを切る。
ーーキイィイン……パシッ……パシャパシャ!
「ただひたすらに無心で覗き込んで瞬間を切り取るって似たような連続だったとしても同じ時は二度とは来ないんですよ。だから、面白いとか面白くないとかじゃなくて写真を撮って時間の移り変わりを感じて今日も幸せだなって思いたいからシャッターを切るんですよ、私は。星ですら18秒もシャッター開いたら同じとこにはないんですよ」
ふぅーと白い吐息をそうやって空に溶かしながら杏は呟いた。
「ちっとも面白くなくてもこれも写真部の活動の一つですからね、手を抜いてはいけませんよ〜」
「はーい、わかりました」
二人はそれきり無言でシャッターを切った。
―――――――――――――――――――――――
「ふぅ、こんなとこかな」
三梨が撮影した写真を確認しながら一息をつく。
「案外、写真を撮ってる時はマジメなんですね」
支緒が声を掛ける。
「私はいつだってマジメだぞ?」
不服そうに三梨が答える。
辺りは暗くなり始めており、ヘッドライトをつけたクルマが通りをチラホラと走っていく。
あらかた学校周辺のゴミ拾いを終えた生徒会メンバーが仕分けたゴミを持って先を歩いていく。
「とにかく暗くなって撮影が出来なくなる前に一通り終えることが出来てよかった」
「この時期だとまだまだあっという間に日が暮れますね」
「伽神くん、寒くはないかい?」
「これくらいなら平気です」
クルマのタイヤの路面を擦る音が心なしか大きく聞こえる。
「写真の確認はいいですけど足元の段差に気を付けて下さいね」
「ああ、大丈夫さ」
正門をくぐり校内に戻るとあちこちから喧騒が聞こえた。
「運動部の練習も終わりみたいだな」
「そうですね」
18時を越え、またたく間に暗くなった校内のあちこちに明かりが灯る。
生徒会室に戻りパチンッと電気のスイッチを入れる音がする。
「姉さん、ガミさん。今日はありがとう、お礼に自動販売機でコーヒーでもおごろうか」
「いや、それには及ばんさ。それよりもパソコンを貸してくれ、九嶺亜」
九嶺亜は合点がいったように少し口角を上げると隼に声を掛けた。
「さすが姉さんだ……隼、すまないがすぐにパソコンを立ち上げてやってくれ」
「はいな〜」
「ガミさんもそこに荷物を置くといい。機材は重いだろう?」
九嶺亜が部屋の隅にあるソファに荷物を置くように促す。
「はい、ありがとうございます」
いまいち要点を得ない支緒は生返事で荷物を置く。
「ガミさんも仕事が出来る先輩を持って大変だな、もうしばらくは帰れないと思うぞ」
「つまり?」
「こういう時の姉さんは仕事が早い、そしてその場で片付けてしまうから後の始末が要らないんだ」
九嶺亜が紙コップを支緒に手渡す。立ちのぼる湯気がコーヒーの芳ばしい香りを運ぶ。
「ありがとうございます」
「ここまでやる必要はないんだけどね、こちらでやることだから……ただ姉さんはやり出したら止まらないんだ」
そう言って九嶺亜が支緒の目線を画面に誘導すると、三梨は取り込んだデータの仕分けを始める。
「今回撮ったデータをシーン毎にフォルダ分けするぞ。場面を切り取れば別素材にも応用が効くからな、課外活動系は撮れる時に素材を集めておけば二度手間にならずに済むだろ?」
「こー見えて姉さんはとても優秀なんだ。たぶん俺が会長やるより生徒会の仕事もこなせる」
「十一谷書記、年間スケジュールを持ってきてくれ。似たようなシーンの行事を潰す。あと去年のデータも卒業した先輩方をトリミングして上手く加工しとく。ついでに今日の写真で良さそうなのを10枚ほどリストアップして修正とトリミングしといたから確認して欲しい。構図の要望があれば言ってくれ、500枚くらいは撮ってあるからすぐに用意しよう」
「500……っ!?」
隼が生徒会の年間スケジュールを印刷して三梨に手渡す。
「すまない、助かる」
三梨がスケジュールを見ながら部屋の外に出る。自動販売機で甘いココアを買いながら少し顔をしかめ、生徒会室に戻ってくる。
「……おい、副会長。杞紗を呼んできてくれ、生徒指導室でカンヅメになってるハズだ。皆まで言わなくても私が呼んでると言えばアイツならすぐ分かるはずだ」
副会長は頷くと杞紗を呼びに部屋を出て行った。
「姉さん、気になることがあるのかい?」
データ確認をしていた九嶺亜が振り向いて問いかける。
「ああ。去年のこのスケジュールは杞紗が対応していたハズだ、アイツからデータを拝借してチェックを入れておこうと思ってな、ついでに年間スケジュールの調整も入れておこう……アイツが居ないとスケジュールの把握が難しいんだ、杞紗は時間単位で私のスケジュールと写真部のスケジュールが被らないように組み立ててるからな」
三梨が一息入れながら支緒にカメラを渡すように催促する。
「伽神くん、キミのデータも確認しておきたい。カメラからカードを取ってリーダーに入れてくれ……片手間じゃなくてじっくり確認してあげたいとこだが生憎と時間が無くてな、ザッと使えそうなのがあれば使わせてもらうよ」
「すみません、僕すごい枚数少ないです……」
「こんなもんセンスだ、枚数の多寡など意味をなさない……気にするな」
三梨がカードに入ってるデータを一覧にして表示すると2、3枚をデスクトップにドロップして確認するとフォルダに移して修正をかける。
「はやい……」
「パッと見れば記録写真として見栄えがいいか分かるし、ブレてるかどうかも大体わかる」
「最後の修正みたいなのはなんですか?」
「ホワイトバランスと明るさをいじったんだ、暗くなってて自動でISO感度が少し高くなってたからノイズ修正もかけてついでにピントの確認もしといた」
「すごい手際ですね」
「すごいのはこのソフトの修正機能だ、こいつら金があるからいいの買ってんだよ」
嫌味ったらしく三梨が九嶺亜をにらむ。
「生徒会予算を使って写真部にも新しいのを導入しようか?」
「冗談じゃない、そんなもん弱味にされたら後の代が困るだろ……いちいちこんな作業を負担にさせられちゃ困る」
「そんなつもりはないんだが、姉さんの言うとおりかもな」
九嶺亜が写真の確認を終えて数枚をプリントアウトしながら構図を説明しながら要望を入れる。
それを聞いた三梨が隼に指示して的確に要望に沿ったデータを引き出す。
「呼ばれてきたよん。さっちゃん、用事ってこれ〜?」
杞紗がノックも無しに生徒会室に上がり込むとCDを三梨に手渡す。
「さすがだな、話がはやい」
「いえいえ〜」
「……あと、これ。新規データが必要そうな行事と重要そうなスケジュールをチェックしといたから調整してくれ」
「えー、こんなにぃー? 参ったな、もちょい早いと助かるんだけどなぁ……こゆの」
「それをなんとかするのがお前の仕事だろ」
「うわっ、ブラック企業の上司だぁ〜」
ぶつぶつ言いながら杞紗が部屋を出て電話をかける。
「……はい、そーです。……ええ、そちらの件をですね……申し訳ありません、後日改めて伺いますので……はい……ありがとうございますっ!」
(あれ?ここ学校だよな?……企業みたいになってる)
「あ、さっちゃん。そのデータ、8/7と10/9と2/4のやつはデータ整理が甘くてカテゴライズちゃんとされてないかも〜」
「はいよ、確認しとく」
しばらくすると、杏もCDを持ってやってくる。
「やはりここでしたか、三梨さん」
「杏! そっちは終わったのか?」
「ええ、今から野球部の先生のところに持っていくところです」
「他の部活は?」
「運動部は一通り定期的に撮ってあるので大丈夫です。総体の時くらいですね、忙しいのは」
「杏はコツコツやってくれるから助かるよ」
「では、提出したら戻ってきますね」
「ああ、またな」
しばらくして一通りの作業を終えると三梨が支緒に声を掛けた。
「伽神くん、今日はもう遅いから帰った方がいいぞ。家も遠いから時間かかるだろうし」
「いえ、そうは言っても……」
「まあ気持ちは分かるが焦ることない、追々で教えていくさ」
「それにしーちゃん、たぶん部室で待ってると思うよ? 一人にしたらかわいそーなんじゃない?」
「すみません、それではお先に失礼します」
機材を持って支緒は生徒会室を後にした。
「……」
部室に戻ると四紅蓮がしょげた様子で待っていた。
「四紅蓮、どうだった?」
「ちょっと説明できないかも……アハハ」
「その様子だとそっちも凄かったんだな」
支緒は機材を棚にしまいながら四紅蓮に語りかける。
四紅蓮が俯きながら返事をする。
「きょーちゃんね、アレだけの短い間に何百枚も撮ってたんだよ……しかも部員1人ごとにそれなりの枚数を撮ってた、私なんて4、50枚も撮ったらそんな要るのかな?って……きょーちゃんの言葉の意味、分かった気がする」
「僕も身をもって教えられたというか、いまいち真剣味に欠けてたよ……先輩たちに比べて」
「とりあえず帰ろっか」
支緒たちはカバンを持って部室を後にする。




