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「晩餐はビュッフェで‥彼らを食む」


 朝から四紅蓮の様子がおかしかった。 

いつもと違い、どこか恭しく他人行儀で普段とは無縁の奥ゆかしさを感じた。


(なんだろう……この感じは? 大体、一か月おきぐらいに感じるこの違和感は。もしかして生理……とか? 聞いたら『しいのばかっ! このヘンタイ!!』とか言われて殴られそうだからやめとこう……)


そんな考え事をしてると、


「しい、どうかしたのですか?」


敬語で四紅蓮が尋ねてくる。


「……なんで敬語なんですか?」


僕も敬語で質問し返す。


「気分です、気分。気になさらないで下さい」

「はあ、そうですか……」


やっぱり様子がおかしい。


「では、朝食にしましょう」

「はいはい」


机の上に整然と食事が並ぶ。気分はどこかの貴族の朝餉(あさげ)といった感じだ。

どこからともなくオーケストラが流れてきそうだーー…。

四紅蓮は気品に溢れた作法で食事を摂る。


「~っっ…! やっぱり、おかしい! 四紅蓮、お前いつもと比べてヘンだぞっ!?」


四紅蓮の挙動に耐え切れずついに声を荒げる。


「私が……ヘン? 何を言うのですか。いつも通りですよ、スタンダードの通常運転ですよ」


頭がおかしいのはお前だろ?と、人を小馬鹿にした笑みを四紅蓮がする。


「そのらしくない言い方といつもより数段丁寧な所作がだよっ!!」


しばし、四紅蓮は沈黙して顎に手を当て考え込む。


「…………、病院に行かれます? 三時間ほどでかかりつけ医の診療所が開きますから」


本気の顔つきで心配されるので非常に憎たらしい。


「お前が行け! ゴー・ホスピタルッ!」


いつもと勝手が違ってやり辛い。


「わたくしは正常なので大丈夫ですよ」

「ああ、そう! ならいいですっ!!」


釈然としない言い負かされ方をする。


「あ~っ! イライラしすぎて頭が痛くなってきたあっ!」

「なら、やはり病院に行かれたほう――…」


四紅蓮の言葉を遮る。


「行かないよっ!」


血圧がかつて無いくらいに跳ね上がる。


「救急車、お呼びしましょうか?」


四紅蓮がケータイを取り出す。


「行かないって言ってるだろっ! 人の話を聞け!!」


握りしめたフォークが手に食い込む。


「あらあら、残念」

「何がっ!?」


机をバンッと叩き四紅蓮に詰め寄る。


「そうしたら学校を休んでしいと二人きりのお出掛けが出来たのに…」

「それ、お出掛けって言わないから!

 そもそも頭痛くらいで救急搬送されたら一生の恥だよ!!」


体中の血管が沸々と煮えたぎって頭が熱くなる。


「脳卒中の前触れかもしれなーー…」

「そんなに病人にしたいのっ!?」


本当に血管が破裂しそうだ。


「冗談ですよ。しいと談笑できて楽しかったですよ」

「談笑っ? どこが!? 一方的にズレた会話して楽しんでいただけだろ!?」


四紅蓮が時計を見る。


「しい。そろそろ家を出ないと遅刻しますよ?」

「他人事みたいに言うなよ。僕が遅刻ならお前だって遅刻だぞ?」


僕はさっきのお返しに、ばかだろお前。と仕草でアピールする。

「私は伽神支緒という殿方にカラまれて遅刻した、という理由がありますから!」


挑発したはずなのに難なく返される。


「はーい。ソレ、僕でーす。僕を犠牲にして楽しいですか?」

「現実とは……残酷ですね」


会話が噛み合わずイライラが極限まで募る。


「もう、いいっ!!」



**************************



 朝からお嬢の様子がおかしかった…。 

この信廉、お嬢に仕えて七年以上になるがいつも月一でお嬢がおかしくなる。杞紗さんに起こされなくても自分で起きるし罵られない。


(なぜ、月に一度だけ自分で起きれんですか? 自分で起きれんのなら毎日、自分で起きて下さいよ。そしたら杞紗さんに邪魔されずにお嬢にもっと蔑んでもらえるのに)


わたくし、信廉は少し愛情が歪んでいるので朝からそんなことを思う。


(そういえばその杞紗さんはいつもこの日は来ないなあ…)


しばらく考えてみる。


(…はっ! もしかして普段邪魔しているから月一でご褒美タイムってことですか!?

 一日ぐらいお嬢と濃密な朝を過ごせ…とおっしゃっているんですねっ?

  なかなかのSっぷりっすね、杞紗さん。でも自分、お嬢相手にしかSМ興味無いんですみません。ご厚意だけ受け取ります、杞紗大御神様…)


勝手に杞紗さんを祀り上げて一人で狂喜乱舞する。


「お嬢、生理ですか? いつも、月一で様子がおかしいのって」


いつもならここで鉄拳が飛んで来るなり顔を真っ赤にして必死に罵ってくるはずーー……。


「ちょっと違うが似たようなものかな?」


ニコリと笑って流される。


「…あっれー、おっかしーな? なにコレ?

 新手の放置プレイですかね? ある意味、ゾクッとしますよ、お嬢。サイコーです!」


お嬢に抱きつく。


「そう、それは良かった」


やっぱり様子がおかしい。


「なんですか、そのドライな感じは!? いつもみたいに恥ずかしながら罵って下さいよ! そうじゃなきゃ、マジでヘンタイみたいじゃないですか?

 アレっすか? 倦怠期ってやつですかっ!?」


涙目で訴える。


「えっ、自覚症状なかったの? …きっつー」


杞紗さんが突然入ってくると同時にドン引きする。


「杞紗さん! 聞いて下さい! お嬢が…お嬢がヘンなんです。

 自分、もうどうしたらいいのか解んないです!」


涙ながらに杞紗さんにすがりつく。


「ヘンなのはお前だろ、病院かム所にでも入れば? 気色悪いから触んないで、ヘンタイ」


いつもなら、『しょーがないなあ、シンちゃんは』とか言って笑う彼女が今日はキレッキレのナイフのような言葉をブリザードの如く凍りついた目つきで浴びせてくる。


「ご……ごおふっ。……もう自分、ダメです。体力が今の一言で完全にカラになりました……。二足歩行の猫さんにベースキャンプ(厨房)まで運んでもらえませんかね? ……ばたっ」


力尽き、うつ伏せで倒れる。


(G級装備並みの防御力を誇る自分のアイアンハートZ【(かっこ)防具説明:お嬢への忠誠心と愛情から、どんな罵声を浴びても傷一つ付かない。*必要素材:お嬢の罵声、お嬢の冷たい目線、少しのデレ。】(かっことじる)でも、今の一撃は耐え切れませんでした……さすがは杞紗さん。

 ――マジ、レウスの火炎弾に匹敵する口撃でした……)


敢え無く昇天する。



*************************



 学校に着き、朝からずっと鳴っている隣の喧しい声(BGM)を適当聞き流して昼休みに入る。


「さて、今日はどこで食べようかな?」


四紅蓮の手作り弁当とローズヒップティーといったこじゃれた飲み物が入った水筒を取り出す。


「えー。一緒に食おうぜ、伽神ぃ~」


隣のスピー……もとい鷹五がしぶる。


「お前、どうせコレが目当てなんだろ?」


弁当の入った袋の紐を持ちプラプラと揺らす。 

鷹五はソレを目で追う。


「祭鳩寺さんの手作りだぜえ? お零れいただけるなら欲しいに決まってんじゃん?」

「鷹五って素直なんだね」


目で追う鷹五の姿が面白くてつい笑みが零れる。


「か、勘違いしないでよね! べ、別にアンタと居たい訳じゃないんだからねっ! ポッ…」


《 ようご のツンデレ! しお に 999のダメージ!

  しかし しお は HP1 でたえた!》


「ち…近寄るな、オカマ」


あまりの気色悪さに食欲が失せる。

これがRPGとかだったらザキかデス並みの威力を誇る死のコマンドで僕は間違いなく教会送りにされていただろう。


「ガチのドン引きすんなよ! 冗談じゃん!」

「殺傷力が高すぎるから二度とやるな…」


四紅蓮がツカツカと入って来る。


「しい、一緒に昼食をとりませんか? さっき中庭で丁度良い感じに木陰のある気持ち良さそうな場所を見つけたんです」

「ああ、いいよ」


そう言って席を立つ。


「じゃあ、俺も~」


鷹五も席を立とうとする。


「あなたは結構です。ついて来ないで下さい…邪魔ですから」


四紅蓮は鷹五に冷やかな笑顔を送る。


「ハイ、ワカリマシタ……」


シュンと大人しくなった鷹五を見て僕はこう声をかける。


「四紅蓮に下心を見透かされているね、ご愁傷様」

「うるさい、この裏切り者……」


四紅蓮に拒絶されたことが効いたみたいで机に伏せたまま動かなかった。

 中庭に行くと驚く程に静まりかえっていた。


「ここなら誰にも邪魔されずにゆっくり食事が出来ますね、しい」


ハンカチで落葉とかの汚れを軽く落とし、ベンチに腰を下ろして四紅蓮が微笑む。


「なんかいつもと違っておしとやかだな………ホント、調子が狂うよ」

「そんなことないですよ。しいはたまにおかしなこと言いますね」


明らかに様子がいつもと違うんですがーー……。


「いやいや。おかしいのは四紅蓮さんですよ?」

「早くしないとお昼休みが終わってしまいますよ?」

「はいはい、すぐ食べますよ……」


僕は腑に落ちないながらもベンチに腰を下ろす。


(なんか悪いものでも食べたのかあ?)


首を傾げて弁当を開ける。そして、そっと蓋を閉じる。


「………あの、この愛妻弁当みたいな弁当は何っ!?」

「みたいじゃなくて、そうですよ?」


弁当の蓋をもう一度、開ける。鷹五が居た時の光景が安易に想像出来る。


『フウ~、イェス! 今日のお零れはなーんだろっな!

 っと…、のおおおおぉぉぉっ!? オマイガッ! ワッツ、ハプン? おう、ふぁっキン、リア充!

 俺だって家に帰れば画面の向こうに嫁が待ってんだかんなっ! ちくしょおおおぉぉぉー……』


 とか言いつつ、発狂した末に現実逃避しながら灰になりそう。

 “LOVE”と書かれた主菜、いちいちハート型に切り取られている副菜を箸で摘んで遠い目をする。


「…。やっぱり病院、行こう! なっ?」


メインのハンバーグまでハート型ときた日には、鷹五(バカ)じゃなくても発狂したくなる。


「……やはり、まだ頭痛がするのですか? 春先でインフルエンザにでも罹ったのですか?」


キョトンとした顔をした後、深刻な顔で四紅蓮が聞いてくる。


「ちっっ……があぁう!! お前がだよっ!」

「なぜ?」


四紅蓮は不思議そうにこちらを見つめる。

もう我慢の限界だ。

人目なんて憚っている余裕も無く思いっきり声を張り上げる。


「『なぜ?』じゃない! 今日のお前、本当におかしいぞ!

  お前こそインフルエンザに罹って、タミフルを飲み過ぎたんじゃ――っ!?」


四紅蓮が自分の額を僕の額に当てる。


「なっ…」


息遣いが聞こえるくらい近い距離で目が合い、言葉を失ってしまう。


「…熱は無いみたいですね? ひき始めなのかな?」

「おいっ!」


僕は拳を握りしめ、コメカミを通る血管がぷちっと爆ぜる音を聞く。


「今日は早退しましょうか? 私も付き添いで帰りますよ?」


四紅蓮が自分のペースを崩すことも無く心配してくるから、なんだか負けた気分になってついキツイ言い方をしてしまう。


「会話、通じてる? 言葉のキャッチボールが出来てないぞ。

 これじゃあ、お前が暴投した球を拾いに行っているだけの玉拾いだぞ。少しはしっかりキャッチして投げ返してみろ。

 犬だって、もう少し意思疎通が出来るぞ。

 いくらバカとはいえ、ちょっとは物事を考えて言えよ」


風が吹き、普段は隠している左眼がチラッと見える。


「野球に物事を例えるとか安直ですね。

 あと、ツッコミが長すぎです。言いたいことがまとめきれないなら言わないで下さい。

 …聞くのも億劫なんで」


ーーズドンッ!  


四紅蓮の100マイル級の剛速球が胸に突き刺さる。


「うぐあっ! やっとキャッチしたかと思えば今度は強く投げ過ぎ……。

 すみません、取れないです。指……っていうか、心が折れるーー……」


四紅蓮の白い肌が木陰から漏れる光に当たって景色が透き通るぐらいに優しく輝く。


「クスッ。しい、取り方が下手なんですね。不器用で可愛いです」


四紅蓮の甘い微笑みに悔しいけど、キドキしてしまう。

静かな空間の中で鼓動だけが大きな音をたてるから四紅蓮に聞こえてしまうんじゃないかと思った。



**************************



朝から二連雀さんの様子がおかしかった……。

いつもと違い、どこかトゲトゲしく近寄りがたくて普段とは無縁の冷たさを感じた。


(何だろうか……このいつもと違うひしひしと伝わる『私に関わるな』オーラはーー…何か悩み事でもあるのだろうか? もしかして生――いや、そういう考え方をしたら信廉さんと同列だぞ)


どうやって話しかけようか悶々と昼休みまで考え、ついに意を決して話しかける。


「二連雀さん、今日は何だか様子が変だね。

 具合が良くないなら保健室まで一緒に行こうか?」


彼女は顔を背けたまま低いトーンで答える。


「お気遣い、どーも。生憎と具合が悪い訳じゃないんで。話しかけないでもらえない? 生徒会長さん」


普段の言葉遣いとは異なるトゲトゲしい口調で敬遠される。


「そうなのかい? じゃあ、俺は自分の席に戻るとするよ。何か悩み事があったらいつでも相談に乗るよ。なぜなら貴女は姉の大切な友人だからね」


意中の女性に相手にもされずにあしらわれて、スゴスゴと席に戻る。


(困ったぞ……『あいつ、なに? いきなり話しかけてきて的外れなコト言ってんの? ばかじゃない?』とか思われたかもしれない。しかも去り際にあんな言い方して、『友人の弟だからって調子乗り過ぎ。イタッ!』とも思われたかも……ああ、消えてしまいたい!) 


と、心の中で後悔する。するとクラスの女子に呼ばれる。


「鷺之路君、生徒会の子が呼んでるよー」

「ああ、わかった。すぐに行く」


席を立ち生徒会室へ向かう。

向かう道中、こんな会話が聞こえてくる。


「鷺之路生徒会長よ。かっこいい~! さすが鷺之路グループの御曹司ね。歩く姿ですら絵になってる。まさしく王子様って感じね」

「こないだの全国模試、県内三位を取ったらしいよ。頭も良いのよね」

「駅でウチの生徒にカラんでた不良達を軽くやっつけたらしよ。私も助けられたい~!」

「双子のお姉さんの三梨様も凛としていて美しいし。漫画の様な姉弟(きょうだい)よね。マジ、萌える!」


(いつもいつも、そんなことばかり言っていて飽きないのか?

 王子様? 意中の女性すら振り向かせられない男が王子様なんてちゃんちゃらオカシイだろ? 負け犬のがお似合いだ。

 県内三位? 所詮、三位じゃないか……上に後、二人も居るんだぞ! しかもその内の一人がそのお姉様ときた。

 俺なんて、いつだって姉の付属品でしか無いんだ!)


少し卑屈になりながら生徒会室に着く。


「俺だ、入るぞ」


生徒会室のドアを開ける。


「あ、九嶺藍(くれあ)クンだ。ういうい!」


生徒会室に入ると生徒会書記の十一谷(といがや) (じゅん)が机に足を乗せてなんともだらけきった格好で手を振ってきた。


「相変わらずお前はふざけた奴だな。呼んだのはお前か?」


俺は顔に手を当て呆れる。


「そーなんすよ。私、書記だけど字が汚いし。

 ここはいっちょ、九嶺藍クンに代筆を頼もうと思ってお呼びたていたしました!」


そう言って隼は座椅子をくるりと回して飛び降り、俺の前に来て紙を差し出す。


「はあー、なんで書記に立候補したんだ……お前は?」


溜息を吐きながら紙を受け取る。


「そりゃあ、九嶺藍クンと一緒に居たいからに決まってんじゃん? ……あっ、アーモンドチョコ食べる?」


隼が引出しからお菓子を取り出す。


「おい! お菓子の持ち込みは校則違反だ! 生活指導部に突き出すぞ!」


と、言いながらチョコを一つ食べる。


「そう言う九嶺藍クンだって食べてんじゃん? 共犯者だ!」

「俺は持ち込んでいないし俺とお前とでは信用度が違う。

 幾ら俺を共犯者と言ったところでしょっぴかれるはお前だけだ」


自分の席に着いてボールペンと生徒会認印を出す。


「いいなぁ~、ゆーとーせーは。でも、イロイロと大変そうだね」


アーモンドチョコをポリポリとかじりながら隼が伸びをする。


「そういう事だ。少しは年上を尊敬しろ、不良少女」


頬杖をつきながらサインとハンコを押した紙を隼に返す。


「ありがと~。でも不良というのは心外だよ。私は盗んだバイクで走りだしたコトも校舎の窓を卒業式に割って練り歩いたコトも無いよ!」


隼は紙を受け取り腰に両手を当てて頬を膨らませる。


「安心しろ。アウトローではなくアウトレットの方の意味だ」

「あうとれっと? どーゆー意味?」


彼女が首を傾げるので辞書を渡す。


「……ふむふむ、欠陥品んー? 酷くない!? 乙女を不良品呼ばわりするなんて九嶺藍クンのイケメン王子!」


辞書を読み終え腕を組んで拗ねる。


「悪口になってないぞー。それは単なる褒め言葉だ」

「でも、九嶺藍クンにはそっちのが悪口を言うよりキクでしょ?」

「ご明察。だから、あんまり言うなよ。俺も冗談とはいえ言い過ぎた」


誰にだって言われたくないコトはある。

俺にとってそれが『王子』と呼ばれることであるようにーーー……。


「九嶺藍クンになら何言われても許してあげる。お詫びにキス……してよ、今すぐに……」


隼が唇を求めて俺の肩に手を回す。


「おいおい、さすがに生徒会室はマズイだろ? 俺は責任取らないぞ……」


言い終えると同時に彼女のアゴをグイッと強く引き寄せて口づけをする。


「んっ……」


(あか)い髪に指を絡めて交わる吐息を舌で転がし歪んだ感情を殺すように彼女の深くに自分を滲み込ませる。


「大好きだよ、九嶺藍クン」


唇を離し、穢れなき天使の羽を思わせるような白い眼を細めて彼女が抱き着いてくる。

俺は彼女が求めるがままに抱き締めて飢えを満たすかの如く貪る。


「こんなところを見つかったら……二人共、退学だな……」

「……だからこそ、燃えるんでしょ?」

「かもしれないな……」


服を脱がそうとする。


ーーキンコーン、カンコーン。


しかし、残念なことに予鈴が鳴ってしまう。


「……お預け、だな」


彼女を引き離す。


「えー、一緒にさぼっちゃおうよぉ!」


彼女は不満そうにしかめっ面をする。


「そういう訳にはいかないんだよ。それに生徒会長が書記の子に呼ばれて帰って来ないなんてあやしい。って変に勘繰られたら困るからな」


乱れた服装を整えながら彼女の額にキスをする。


「私は構わないけど九嶺藍クンは困るもんね。解ったよ、我慢する……」


隼が餌を貰えなかった猫のようにいじける。


「埋め合わせに放課後、買い物でも何でも付き合ってやるからさ」


そう言うと隼は笑顔をみせる。


「うん! 絶対だよ!」

「ああ、約束だ」


隼を残して生徒会室を出る。


(ああ、俺はどうしてこんなにも醜いんだ。いっそ、(いかずち)がこの胸を穿って焼けばいい――…)


俺は彼女を利用している。

別の思い人がいながら彼女の心を利用して足りない欲を満たしている。

莫迦だ……解っているなら止めればいい。だが、それすら出来ずのうのうと人の心に甘えている。

人を愛しきることも出来ず、捨てきることも出来ず、醜くしがみ付いて満たされようとする。 

虚構の恋で飢えを満たしてまやかしの愛で餌を与え、飼い馴らして吸い尽くすーー……。

こんな、こんな男が!

哀れでちっぽけな男が『王子』なんて世界はどうかしている!


いつも繰り返す自己否定……。


それが俺の心を蝕み崩壊させていつでも心にぽっかりと穴を開ける。



**************************



放課後を告げる鐘が鳴る。


支緒は部活が休みということで四紅蓮が母親の手伝いをするというので、蓮花の喫茶店で勉強しながら四紅蓮を待っていた。


「う~ん。 “七つの大罪”とは、傲慢・憤怒・暴食・嫉妬・強欲・怠惰・色欲の人間が持つ七つの悪しき感情をそれぞれの悪魔に当てはめ、罪の象徴としているものである、と。

 で、それぞれの悪魔が自分の名を書かれたリボンを持ち、キリスト教の本質的な部分とは無関係である…かぁ」


支緒が勉強から脱線してケータイのブラウザで七つの大罪について調べる。


(六椋鳥さんの言ってたことが気になって調べてみたけど、これといって特に目ぼしいモノは無いな…)


「……『七つの大罪』。 しい、勉強はしなくて宜しいのですか?

 私、せっかく頑張っているしいの為にコーヒーをお持ちしたのに……」


考え込む支緒の後ろから四紅蓮が不意に現れる。


「うおっ! びっくりしたあ、四紅蓮か。これは勉強の合間の息抜きみたいなもんだからまたすぐに勉強に戻るよ」


「そうですか。ほどほどにして勉強を頑張って下さいね。

 では、コーヒーとケーキはここに置いておきますね」


そう言って四紅蓮は支緒の座っている席の向かい側に座り、コーヒーを支緒の勉強の邪魔にならない位置に置く。


「ああ、サンキューな」


支緒はケータイの画面を凝視したまま、コーヒーをすする。

「あー。これがこうでこう繋がって……こうね。で、ここがこう……もう少し詳しく探してみるか」


必死に考え込む支緒を四紅蓮が見つめる。


「ふふっ、しいは凝り性ですね」


支緒は向かいに座る四紅蓮に気付く。


「んあ? 四紅蓮、まだ居たのか。仕事しなくていいのか? 蓮花さんが怒るぞ」

「休憩中です。邪魔なら消えますよ?」

「別に僕は構わないけど…」


支緒が蓮花の方を見ると蓮花が凄い形相で支緒を睨みつけていた。


「ちっ! 人の娘にちょっかい出しやがって! 優男!」


蓮花が煙草を吹かして悪態をつく。


「おおいっ! 盛大に舌打ちしたな、別に僕がちょっかい出した訳じゃないよ!」

「そうですよ、私が勝手にしいの傍に居るだけです」


蓮花は支緒に近づき、四紅蓮に聞こえないように小さな声で言う。


「うるせー。ガタガタぬかすとコンクリ漬けにして花魁淵に沈めるぞ、クソガキ! それと四紅蓮を泣かしたら簀巻きにして富士の樹海に捨てるかんな!

 ぜえぇーったいに泣かすんじゃねーぞ! 解ったら返事しろ!」


蓮花は再度、睨みつける。


「はいはい、了解です。せいぜい殺されないよう努力しますよ」


会う度に似たようなことを言われ続けているので支緒は適当に受け流す。


「――置いていかれる方も置いていく方も辛いからな。それだけは忘れんなよ?」


蓮花が急にもの悲しい顔をして支緒に告げる。


「じゃ、あたしは戻るからな。四紅蓮も適当になったら仕事に戻れよ」


手を振りながら扉の向こうに姿を消す。


四紅蓮が何かを感じ取った様子で「そろそろ私も仕事に戻りますね」と言いながら、飲み終えたコーヒーのカップとケーキ皿を持って扉の向こうに消える。


「強いな、あの親子は。僕も見習わなきゃ」


支緒が静かに呟く。


ーーカランッ、カラン。


「姉貴ぃ~、聞いて下さいよ~。お嬢が今日はオカシイんです。てっ、ありゃ? 居ない……?」


信廉が泣きつくような声で入ってくる。


「あっ、信廉さん。こんにちは。

 蓮花さんは今お取込み中ですよ」


支緒が声をかける。


「支緒さん、どーもです。お取込み中ならお邪魔しちゃ悪いかな?

 ま、いいや。支緒さんに愚痴を聞いてもらおうかな?」


信廉は遠慮無く支緒の向かいに座る。


「何があったんです?」


支緒がコーヒーカップを置いて信廉に尋ねる。


「朝からお嬢の様子がおかしいんですよ。

 いつもみたいに抱き着いてもセクハラしてもスルーされるんです!」


いたって真面目な顔で信廉が話し出す。


(しょーもなっ! この人、バカだ…)


支緒は思わず遠い目してしまう。


「いつもやられてうんざりしているんじゃないんですか?」


しかし、呆れながらも愚痴を聞く。


「違うんすよ。なんかこう、月に一度だけおかしくなるんです。『生理ですか?』って聞いたら似たようなものだと……」

「いや、ソレ訴えられるレベルですよ……」


 支緒は信廉を怪訝な目で見る。


(おかしいのは貴方です……どうも本当にありがとうございます)


 信廉のトークは更に続く。


「いつもの挨拶みたいなもんです。それにお嬢にならいつ訴えられても悔いは無いです!」


(どんな挨拶だよ、挨拶レベルでんな事言われてたらそりゃキレるかスルーするわ)


信廉の調子に支緒が完全に置いていかれる。


「で、杞紗さんが来たので泣きついたら『病院にでも入れ!』とあしらわれるし…。

 今日は二人ともおかしかったんです」


(確かに杞紗の言う事が正論だ……でも『三つ子の魂、百までも』という諺もあるしこの人は死ぬまで治らなそう……)


「もう自分、生きていくのが辛いです。辛くて今、お嬢に会ったら寂しさが爆発して襲っちゃいますよ! セクハラ、連発しちゃいます! 人としての一線を越えてしまいます!」


(大丈夫ですよ、すでにアウトです)


コーヒーをすすりながら支緒は心の中でツッコむ。


「支緒さんに話をしたら少し楽になりました。支緒さん、黙って聞いてくれて……言葉にはしないけど『大丈夫! 男って生き物はそういうもんだ!!』って、言ってくれている気がして自分は勇気が出ました! ボーイズビーアンビシャスっすね。当たって砕けろ。ってことですよね。

 自分、これからも恐れずにお嬢と心の距離を埋めていきますっ!」


信廉が一人で盛り上がる。


「……どういたしまして」


支緒はソレを虚ろ目で生返事する。


ーーカラン、コロンッ。


再び客が来店する。


「なかなか良い雰囲気の店だな………ここなら落ち着くことが出来そうだ」

「あっ、九嶺藍さんだ! こんちわッス!」

「……、前言撤回。こんなところにシンさんが居るなんて……雰囲気ぶち壊しだな……」

「なんか言いました、九嶺藍さん? ここ、席空いてるんで合席どうですか?」


 九嶺藍が信廉の横に腰を下ろす。


「なんで貴方がこういう所にいるんだ、おかしいだろ…」

「知り合いの店なんス。そういう九嶺藍さんこそ何故ここへ?」

「ああ、彼女との待ち合わせでここに来たんだ」

「いいっすね! 青春ですね」


 信廉と九嶺藍は親しげ(?)に会話を交わす。


(…………。完全に空気と馴染んでるんだけど僕――。

 信廉さんと仲良さそう……には見えないが話しているこの人は誰なんだろうか? どこかで見覚えがあるんだけど……)と、支緒が会話する信廉達を見ながら考え込む。


「あーっ! 思い出した! 生徒会長さんだっ!」


会話の流れを断ち切って唐突に叫ぶ支緒を二人が驚きを隠せない様子で見つめる。


「すみません。どこかで見覚えのある方だなあ……と思って考えていたら大声を出してしまいました」


 支緒は二人に無言で見つめられて冷静になり恥ずかしさに身を縮める。


「君はウチの高校の1年生か。何部だい?」

「写真部です」


九嶺藍が一瞬、驚いた表情をする。


「そうか、いつも姉が世話になってるね」

「あ、姉?」


支緒は不思議そうに首を傾げる。


「そうっす! この人は鷺之路グループの御曹司……お嬢の双子の弟、九嶺藍さんです」


信廉がなぜか得意気に語る。


「ええーっ!? ウチの部長って弟さんが居たんですか!?」

「っす! で、九嶺藍さん。こちらの方は伽神支緒さんっす」

「よろしく! ガミさん」


九嶺藍がいきなり変なあだ名を支緒につける。


(ああ、ここらへんが確かに姉弟だな……)


支緒は一人、納得する。


「で、さっきの話の続きなんですけど朝からお嬢と杞紗さんの様子がオカシイんですよ。

 どう思います、九嶺藍さん?」


信廉が話を戻す。


「二連雀さんの様子も何だかおかしかったんだ。昔の彼女に戻ったみたいだった」


九嶺藍も似たようなことを口にする。


「あのー、実は四紅蓮……ウチの写真部で幼馴染が居るんですけどソイツの様子も変だったんですよね……」


支緒は二人が自分と同じ奇妙な出来事を体験した話を聞いて、つい口を挿む。


「ガミさんも、か…。いよいよ話が見えなくなってきたぞ」

「等ツ山高校写真部 女子……謎の集団変心……なんだか都市伝説みたいっすねぇ~。

 やっぱり、たまたま生理が重なったとか?」

「……信廉さん、少し黙っていただけますか?」


男三人が一つの席で暑苦しく悩む。


「ん~っ、謎だ…っ!」


三人の声が綺麗に揃う。

しばらく考え込み、支緒がある提案を持ちかける。


「……ここは各々が様子見て連絡を取り合うっていうのはどうですか?」

「名案だな、ガミさん」

「じゃあ、メアド交換しますか」


ケータイを取り出して連絡先を送信し合う。


「問題は二連雀さんだな……どうやって彼女の様子を見るんだ?」


九嶺藍が疑問を投げかける。


「そうっすねぇ~、どうしましょう?」


信廉は無い頭を捩じ切れんばかりに捻る。


「言い出しっぺが言うのもなんですがこの計画は頓挫ですね……」


支緒の発言で三人のメアド交換が徒労に終わる。


「まあ、せっかくメアドを交換したんだしこれからも男衆で仲良くしましょうよ~」

「そうですね。とりあえず明日になって元に戻っていたら連絡しますよ」

「こうやって馬の合う三人が出会ったんだ。これからも仲良くしようじゃないか」


三人は雑談を始める。


「大体、シンさんはいつも……」

「九嶺藍さんだって……」

「信廉さんだけには言われたくないと……」


しばらく時が経つ。


ーー、カランッ、カラン、カラン…。


「九嶺藍クン、ういうい!」


十一谷 隼が入ってくる。


「ああ、そういえば待ち合わせていたんだったな」


九嶺藍は隼の声に反応して振り向く。


「九嶺藍さん、なかなかの美人さんな彼女さんっすね。うらやましいっす」


信廉が二人を茶化す。


「それより、九嶺藍クン。外がスゴイことになってるよ――…」


隼が窓を指さす。

三人は窓に目をやる。


「……ナニコレ?」

「確かにすごいっすね……」

「これは……どう収拾をつけようか?」


呆然とする三人。

奥から四紅蓮と蓮花が出て来る。


「うわっ……、どうしましょう」


ーーカラリン、コロリン。


「信廉、早く戻って来て。用事が済んだから帰るよ」


三梨も来店する。

それにつられて続々と人が押し寄せる。


「ドラマか何かの撮影ですか?」

「きゃーっ! 超イケメンの三人が同じ席に座って談笑してるぅ~」

「こっち向いてぇ~」

「写真、撮ってもいいですか?」

「握手して~!」


大漁に押し寄せる女性たち。

三人は混乱のあまり目を見開いてフリーズする。


「今日は繁盛だな。おーし! 支緒、信廉、そこのイケメン。

 お前らの責任だ! こいつらが全員帰るまでお前らも手伝えっ!」


そう言って、三人にエプロンが投げ渡される。


「はあー、解りましたよ……手伝いますよ」


支緒が溜息交じりにエプロンを着用する。


「なんか楽しそうっすね。自分、張り切りますよ~」


信廉は上着を脱いで袖を捲りながら厨房に向かう。


「……だそうだ。すまないな、隼」


九嶺藍も隼の頭を撫でてエプロンに袖を通す。


「にゃはは~、九嶺藍クンがやるなら私もやる~」


隼が蓮花にエプロンを催促する。


「仕方がない。このままじゃ歩いて帰ることになりそうだ………おいっ! 蛇公! 私のエプロンも頼む」


三梨も四紅蓮にエプロンを求める。


「蛇公いうなっ! にゃんころ風情が! ……まあ、今はまさしく『猫の手も借りたい』ってやつだから使ってやるよ。せいぜいヘマしないでね」


四紅蓮が三梨めがけてエプロンを投げつける。



その日は閉店まで客足が途絶えることはなかった。


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