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カルテNo.8 魔王におねだりをしよう

 あれから数日後――


 無事にゴブリンの子供は退院することになった。

 退院の日にはゴブリンの一族が総出で迎えに来ていてまるで祭りの様になってしまった。


 聞けば子供はゴブリンの族長の孫だったようで、礼に娘を嫁にどうだとか言われてしまったが、丁重にお断りしておいた。流石に近いうちにこの世界を去る立場でそういう話を受ける訳にはいかないしな。


 そう話したら族長は渋々了解してくれたが、その後ろでエリザさんが安心したようなガッカリしたような、なんとも言えない表情をしていたのが若干気になる。

 いやまさかね?


 ともあれ治療は成功、これで平和な日々が戻ってくる。

 そう思っていたのだが…。



「エリザさん!この患者さんの患部洗浄をお願いします!」

「はい!」

「キノさん!この便で繁殖してる菌が無いか見てもらえませんか?」

「おけまる水産…!」

「先生まだかい?」

「今行きますー!」



 何これ、滅茶苦茶忙しいんだけど。



 察するにゴブリン達の口コミで患者が増えたようだ。

 来る患者は腹痛から肌のトラブルまで様々で数が多い。


 とても2人では手が回らず、キノさんを毎日呼び立てる事になってしまい、とうとうキノさんは診療所の裏に庵を建てて住み込みで働くようになってしまった、本当に申し訳ない。


 だがそれ故にペニシリンの安定供給、他にもキノさんの胞子を使った諸々の試作品等、段々と環境が充実しつつある。

 嬉しいやら申し訳ないやらだ。



「先生!次お願いします!」

「解りました!」



 まだ日も高いのにこの忙しさ、今日も長期戦になりそうだ…。




 ◇




「二人とも…お疲れ様…でした…。」

「私も流石に…疲れました。」

「りーむー…寝る…。」



 最後の患者が帰ると俺達は待合室のソファに崩れ落ちた。

 ここ一週間ずっとこんな感じだ。


 いくら俺も前の世界で慣れているとはいえ、疲れるものは疲れる。そのせいか俺も血の質が落ちているようでエリザさんも少ししんどそうだ。


 このままだと本末転倒になってしまう。

 仕方がない…根本解決に挑むとしよう。



「悪いんだけど二人とも先に休んでてくれる?」

「どうされたんですか?」

「…何事?」

「ちょっと今から人に会いに行こうかと」



 あの人に会って話をすれば現状改革に協力してくれるだろう。エリザさんの体調も関わる事だしな。



「だ、だだだ誰にですか?こんな時間から?!」

「…これは…由々しき…事態?」

「いやいや、そんなんじゃないからね。」

「ではどなたのところへ…?」



 確かにこんな時間から出掛けるとかやましい事があるように聞こえるよな。そんな事を思いつつ身支度を終えエリザさんの問いに答える。

 


「ラストさんのとこだよ。」




 ◇




 街の中心にある魔王城に出向くと謁見の間に通された。

 思えばここに来るのは召喚された時以来だ。


 相変わらず目に悪い赤と金のチカチカした空間だが、ゴージャスな姿のラストさんによく似合っている。そのラストさんだが…こんな時間だというのに誰かと話し中のようだ。


(誰だろうアレ?)


 後ろ姿しか見えないが全身を包む黒いローブと、腰に下げているのは…刀?

 腰に特徴的なフォルムの刀を下げた人影はじシ〇の暗黒卿みたいな雰囲気を醸し出している。



「うむ、わかった。下がって良いぞ。」

「…。」



 ラストさんがそういうと人影は煙のように霧散した。

 消え方といい本当に暗黒卿みたいだな。



「遅くにすいません。」

「よい、お主には我が配下達が世話になっておるでな。」

「地獄耳ですね。」

「まぁの、何にせよ子は国の宝じゃ。よくぞ救ってくれた。」

「やるべき事をやっただけですよ。」

「それが出来るものの方が少ないのじゃよ。」



 流石魔王軍の統治者、魔王だ。

 市井の細かい噂でも耳に入れているとは驚きだ。

 俺が内心関心しているとラストさんが水を向けてきた。


「して、今日は何用じゃ?世間話をしに来たわけでもおるまい。」

「はい、今日はラストさん、いえ魔王様にお願いがあって参りました。」

「ほう…?」



 俺が改まるとピクリとラストさんの目尻が動いた。

 診療所の時といいワガママばっか言ってるからなぁ。

 納得してくれるといいけど、とりあえず相談だ。



「大衆浴場の建設をお願いしたく存じます。」




 ◇




「大衆浴場、とな?」

「はい。」

「何故じゃ?湯浴みで事足りようて。」

「お言葉ですがーー」

 


 魔物達は衛生観念が低すぎる。

 元々抵抗力が強いから問題ないのかもしれないが、抵抗力の弱い子供達や傷ついた兵達は感染症にかかりがちだ。


 実際ここ一週間で診た疾患は体を清潔に保っていれば防げるはずの疾患が大半だった。体を清潔に保つ習慣が無いのが問題だが、そもそも個々人の家に風呂などない。



「…その為の大衆浴場、か。」

「はい、皆知らず知らずのうちに健康を害している可能性があります。」

「ふむぅ。」



 説明はしたものの、ラストさんはいまいちピンときていないらしい。

 ならば駄目押しの一手だ。



「実はこの提案、ラストさんにとっても良いことがあります。」

「なんじゃ?」

「実は、湯船に浸かる行為には美容効果が期待されまして。」

「ほう、美容とな。」

「えぇ、特に美肌効果でしょうか。」

「…っまさかっ!」



 ラストさんが目を見開き、大気が震える。

 よし、食いついたぞ…!

 美容系の話題ならば年頃の女性は興味があるはずだ。



「さらにエリザが美しくなるわけか!」

「…まぁそういうことになります。」



 …そっちか。

 この人本当にエリザさんのこと好きだな。

 自身が美しくなることには頓着しないのか。



「しかし作るとなるとどうしたもんかの」

「実は候補地の目処は立っておりまして」

「ほう、場所は?」



 持参した地図を広げ、赤い丸がついた箇所を指差す。

 診察で忙しい俺に変わってゴブリン達が調査をしてくれたのだ。

 程よく広く、例の()()がある場所。

 それは…



「炎神の森です。」



 ◇


「自然に湧き出る湯の泉とな。」

「はい、私の世界では温泉と言っておりました。」



 通常の湯以上に美容効果と健康増進が望める。

 関節痛やリウマチ、疲労回復などなどいいことづくめだ。


 熱くて入れたものではないと報告にはあったが、川の水を加えたり、湯を迂回させることで冷やすなどやり方は色々ある。



「よし、分かった。では早速取り掛からせるとしよう。」

「有難うございます。」

「だが、陣頭指揮はどうするかの、お主が診療所を離れてしまっては問題があるじゃろう。」

「そうなんですよね…。」



 今は患者が波のように押し寄せてきているので、俺が抜けてしまうと診察ができない。重篤な患者があまりいないのが救いだが、そうそう診療所を留守にするのは気がひける。

 そう思い悩んでいると背後から肩を掴まれた。



「…ひぇっ?!」



 思わず生娘のような声を上げてしまった。

 振り返ると後ろに立っていたのはガイコツ。

 その姿はさきほど消えた人影と同じローブをまとっていた。


 ってあれ…?もしかしてダインさん?



「なんじゃダイン、まだ帰っていなかったのか。」

「…。」

「なに?誠か?」

「…。」

「ふむ、では任せるぞ。」

「…。」



 ラストさんと何かやり取りをしたかと思えば、ダインさんは俺に一礼するなり先ほどのように姿を消した。

 一体どうしたんだろう、そして何でここに?



「珍しいの、ダインが戦以外の事に興味を示すとは」

「何があったんですか?」

「さぁの、理由は知らんが建設は不死軍団が受け持つようじゃ。何やら彼奴め『風呂は良いものだ』とか抜かしておったぞ。」



 ダインさん生前風呂に入ってたのかな?

 この世界だと人間でも風呂に入れるのって相当な金持ちだと思うんだけど…。しかし渡りに船とはこの事だ、風呂の事を知ってる人が居るなら話は早い。



「有難い…ってダインさんそんなこと決められるぐらい偉いんですか?」

「うむ?内部情報に関わる故共有していなかったか。」



 思わず素朴な疑問を投げかけると、ラストさんはあっけらかんと驚きの事実を口にした。



「ダインは六魔将の一人じゃぞ。」

ブクマに評価、いつも有難うございます。


なかなか俺TUEEE系やストレートに承認欲求が得られるタイプの作品ではないので読者の皆様に届いているか不安になるのですが、それ故に反応が頂けると非常に励みになります。


11月に出張祭りが控えているのでそれまでに頭の中を全部吐き出したいと思いつつ書き連ねております、おつきあいのほどよろしくお願いします。


◇今回のダイジェスト

風呂は異世界にて必須!作者は朝晩2回入る派です。


キノさんはアオカビとの会話でだんだん言葉遣いが毒されてます。


主人公の言葉使いが敬語だったり標準語だったりするのは一応理由がありますが…それはおいおい。

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