カルテNo.6 SSSS グ○ッドマンじゃないよ?
「ブドウ球菌…って何ですか?」
「あぁ、この絵みたいにブドウの房のような外見をした菌…小さいお友達がこの子の体内で悪さをしてるのさ。」
この疾患の正式名称はブドウ球菌性熱傷様皮膚症候群、通称SSSSと呼ばれているものだ。
断じてビームを出したりするヤツではない。
「すごい…なんで…わかっ…た?」
「いくつか症状に特徴があったからね、そこであたりを付けたんだ。」
だが、当たっても嬉しいものではない。
この病気は進行すると命に関わる危険性のある疾患だ。見たところこの子は感染してから24時間が経過している、早くてあと1日、遅くて2日で手遅れになってしまう。
対策が思いつかず歯噛みしているとエリザさんが何か思いついたようだ。
「そうだ!キノちゃん、この子達に体から出ていくようにお話することは出来ないの?」
「それは…無理。皆…興奮していて…だめ…。」
「そっか…。」
それが出来るなら最高だったがダメか。
こうなると治療方法は抗生物質の投与しかないのだが…この世界に抗生物質は無い。とはいえ、このまま放っておくと最悪菌に血液が侵される敗血症になってしまい命に関わる。
どうすればいい…!
何か、何か手はないか…!?
「ん…なに…?」
「どうしたの、キノちゃん。」
「センセイ?に…この子が…話がある…って。」
「え?」
キノさんが俺の服に手を伸ばし、何かと話し始めた。
俺には見えないが、菌だろうか?
しかも何だろう。話があるって?
「ごめん、俺に彼らの声は聞こえないんだ。」
「そう…じゃあ…通訳…する。」
そう言うとキノさんは掌の上の何かと話し始めた。
二、三会話を交わしたあと、キノさんは頷いて口を開いた。
「えっと…【今そこでフェスってる輩だけど、俺ならいてこませる的なテキーラ】…だって。」
…。
耳がおかしくなったのかな?
キノさんがいきなり饒舌になったし、この世界に不似合いな言葉が聞こえた気がする。
「【今なら間に合うヒアウィゴー!】…らしい…よ?」
「あ、うん?ちょっとまってね。理解が追いつかない。」
「私もです…。」
突如として異世界で耳にしたパーリーピーポー風の語呂回しに思考が追いつかない。おそらくキノさんが話している菌のそのままの口調なのだろうが…
しかし、菌が言っていることが気になる、一体なんだろう。
「因みにその子どんな感じの外見してるの?」
「なんだか…こんな…かん…じ?」
キノさんがガリガリと地面に絵を描く。
頭でっかちで…箒を逆さまにしたような姿…どこかで…
「…!もしかして?!」
「何かわかったんですか?」
「その子、体が青くない?」
「たしかに…青い…かも。」
「…青カビか!」
そうだ、それがあった!
青カビ、前の世界では彼らを使ったチーズが有名だったが、彼らの力を借りれば状況を打開出来るかもしれない!
「ん…なに…?」
「何か言ってる?」
「うん…。【バイブスブチ上がる箱があればやったるpon!pon!】…だって。」
「あぁ…培地のことね。わかった。」
しかし調子狂うなぁ全く。
この手のテンションの人と関わったことがないから気圧されてしまう。だが協力的なのはありがたい限りだ。早速準備しよう。
◇
「これでいけそうかな?」
そう尋ねる俺の手にはドロドロに煮込まれたイモとトウモロコシの煮汁が入った鍋が握られていた。
「えっと…【最&高!大役任せられたら頑張らナイトプール!】…ナイトプール…って…何?」
「うん、まぁ…今度説明するよ。」
診療所に戻り俺が煮汁を作っている間にわかったことなのだが、どうやらこの青カビ達は俺が異世界に来る際に俺の体についてきたヤツららしい。道理で言葉選びが秀逸な訳だ。
何はともあれ、青カビ達もご機嫌なようだ。
イモやトウモロコシの煮汁には青カビが繁殖するための栄養素が詰まっている。今から作るものは青カビが大量に必要だ、それ故に彼等が増えやすい環境を整えないとならない。
「それじゃ、よろしくお願いします。」
「みんな…よろしく…!」
キノさんが呼びかけると煮汁の表面にシミのように青カビが広がっていく。数分もたたないうちに鍋一面を覆う程に青カビが繁茂した。
これは異常な成長速度だ、キノさんの能力あってこそのものだろう。
「みんな…いけそ…う?…そう…わかった。」
雲のように膨らんだ青カビの塊にキノさんが話しかけると、もっさりとカビの塊が動いた。どうやら準備が整ったようだ。
「センセイ…用意…出来たって…。」
「わかった、それじゃココに出してもらっていいかい?」
「おっけー…。」
俺がポーション用のガラス瓶を差し出すと、青カビの塊から岩清水のように湧き出た液体が瓶に注がれた。
「これが先生が言っていた…?」
「うん…【これを使えばおけまる水産 】…だって。」
菌達の言っていることを信じていない訳ではないが、念のため効果を確認しよう。
患者のゴブリンの子供から切り取った皮膚片に出来上がった液体を垂らしてみる。
「どう?」
「…凄い!嫌がって…逃げてる…!」
「本当に出来ちゃったんだな。」
驚きが過ぎて逆にうまくリアクションが出ない。
今俺の手の中にあるこの液体の名は【ペニシリン】人類最古の抗生物質と呼ばれている。
「良かったですね先生!」
「あぁ、あとはこれを患者に投与するだけなんだが…。」
はしゃぐエリザさんに反して俺の表情は若干暗い。
作る事ばかりに頭が行っていてその先のことをすっかり考えていなかったせいだ、医者失格だな。
「何か問題が?」
「あぁ、今回のケースでは静脈内注射が望ましいんだがどうしたもんかと。」
「静脈内投与…。」
今回のような場合ペニシリンを全体に行き渡らせないといけないのだが、その場合口から薬を飲んでも効果が出るのに時間がかかるし効果が弱くなってしまうのだ。
いつもの感覚で使おうとしてしまったから機材がないことを忘れていた。
もう口からの投与に賭けるしかないかと思考を巡らせていると俺の隣で声が上がった。
「ユタカ先生!」
呼ばれて振り返るとそこには真っ直ぐに俺を見つめるエリザさんの姿があった。その表情は緊張と覚悟が入り混じったような病に立ち向かう医療者のソレだった。
どうした?と俺が聞くより先に彼女は自身の覚悟を告げていた。
「私に任せて下さい。」
菌がパリピ語なのは条件さえ揃えば無尽蔵に増える性質がパリピっぽいなと思ったからです。
ちなみに作者はEX○Tが好きです。
◻︎用語解説 培地
培地とは菌を増殖させる土台、繁殖場みたいなものです。メジャーなものだと寒天を使ったものが多いです。
海外では寒天をあまり食べないので、海外の医療者に寒天ゼリーを食べるとか話すとすごい驚かれます。
正気か?みたいな感じで。
◻︎用語解説 ペニシリン
南○先生!ペニシリンでございます!
某タイムスリップ医療漫画でお馴染みの抗生物質。
今でこそ抗生物質は沢山ありますが元祖であるペニシリンが発見されたのは1928年、日本で普及し始めたのは1950年ごろと意外と最近のお話です。
今でこそ耐性を持った菌が多く使われる機会は減りましたが一部の菌に対しては特効薬ですし、戦後の日本の国民全体の死亡率を著しく減少させた奇跡の薬と言っても過言ではないかもしれません。