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カルテNo.5 祟りの正体

「任せて下さい。」



 そう言った彼女は眼鏡を取り去ると吸血鬼の証である牙を光らせた。その姿はこの世界に来た時に初めて見た翼を広げた夜の化身そのものだった。



『者共、六魔将エリザが命ずる』



 夕暮れ時の大通りに魔力を帯びた声が響いた。

 体の芯、さらにその奥底に響くような声だ。

 ゴブリン以外の通行人も異変に気付き足を止めている。



『我を見よ。』



 対象外の俺でさえ意思に反して意識を持っていかれそうになる。ちらと見えた彼女の赫眼は煌々と光り、生きとし生けるものを惹きつけている。


 一瞬意識が惚けた瞬間、頭に声が響いた。



『先生、今です!』

「…ッ!ありがとう!」



 かぶりを振って意識を持ち直し、俺は呆然と佇むゴブリン達を掻き分けていく。その先に横たわるゴブリンの子供に近づくと話に聞いた通り、全身の至るところの皮が剥がれ発赤している。


 手拭いで覆った手で慎重に破れていない水ぶくれに触れると…水ぶくれが大きく広がった。



(やっぱり…!)



 一つ診断のためのピースが埋まった。

 俺は更に子供の口をこじ開けて確認するも外皮とは違い内側には症状が見られない。



(ほぼ間違いないか…!?)



 そう思った瞬間、体に鈍い衝撃が走った。



「うっ!」

「ギギィィ!ハナレロ!!」



 目線を落とすと脇腹のあたりに緑色の小さい拳がめり込んでいた。そうか、人垣が多すぎてエリザさんの目を見てない奴がいたんだ…!



「ユタカさんっ!」



 俺の異変に気付いたエリザさんが動揺した瞬間、彼らにかかっていた魔法が解けてしまったようだ。


「…ナンダ!?」

「ニンゲンダ!」

「ニンゲン!ハナレロ!!」


 一気にゴブリン達が子供に近付いていた俺に襲いかかった。無理もない、俺から見ては合理的に見える呪いも、彼らは子供を救おうと必死にしているものだ。

 そこにいきなり人間が割って入ったら子供を守ろうとするのは当たり前だろう。



「くっ…ゴブリン達よ…!」



 エリザさんはもう一度彼らの動きを止めようとするが本調子ではないせいか上手くいかないらしい。

 こりゃ…マズったかな…?


 そう思った瞬間だった。



『そこの…ニンゲン…息、止めて…。』



 …空耳だろうか?

 ゴブリン達に袋叩きにされるなか、声が聞こえた。



『早く…して…!』

「…!」



 今度ははっきりと聞こえた。

 一か八か俺は声に従い息を止めた。



『上出来…。』



 そう声が改めて聞こえると突然、俺に降り注いでいたゴブリン達の罵声と拳が水を打ったように止んだ。



(なんだ…?)



 驚きながらも薄っすらと目を開けると…ゴブリン達が全員地に突っ伏していた。思わず呼吸を確認すると意外なことに気付いた。

 信じ難いことだが個体によっては鼻提灯を作り、いびきをかいて…寝ているのだ。



「もう…息して…いい…よ。」



 声のする方向に顔を向けると不思議なシルエットが佇んでいた。矢印の⬆︎のような姿、その頭上ではコウモリが飛んでいた。

 あれは、確かエリザさんの分身…?



「あ、アナタは…!」



 どうやらエリザさんはこの人の正体を知っているらしい。



「エリザ…。呼び出しておいて…何…してる…の?」




 ◇




「私…キノ…よろしく…。」



 ボソボソと喋る小柄な少女はキノと名乗った。

 彼女はマタンゴと呼ばれる魔物でエリザさんが声をかけていた助っ人だという。

 その装いは編笠を被った和人形のようで、艶やかな黒髪と藤紫色の着物に酷似した衣を纏っている。



「助かりました、ありがとうございます。」

「キノちゃんありがとう〜!助かったよぉ〜。」



 先程は彼女が出した【眠り胞子】のおかげで難を免れることができた、しかし即効性といい持続性といい素晴らしい才能だ。



「べつに…いい。それより…これは…何事?」

「あぁ、そうだ。この子の処置をしなきゃいけないんだった。」

「診療所に移しますか?」

「うん、だけど今回は打つ手が無いかもしれない。」

「えっ…!?」



 確定はしていないが、多分この病気を治療する手段が今この世界には存在していないと思われる。出来るのは対症療法だが結局の所患者の体力頼みになってしまう。

 歯痒い思いに唇を噛んでいるとキノさんがゴブリンの子供を眺めながら呟いた。



「珍しい…この子がこんなに…たくさん…。」

「え?」

「キノちゃん、もしかして()()()()()()のこと?」

「うん…。」

「…どういうことですか?」



 思わず問い掛けてしまった。

 小さいお友達って、まさか?いや、ありえるのか?



「キノちゃんは私達の目に見えない小さな生き物が見えるんです。」

「…信じない…だろうけど。」



 確かマタンゴはキノコの魔物だ。

 キノコとは菌類の子実体、平たく言うと集合体だ。

 と言うことは彼女が見えているものは…



「キノさん、もしかしてその子に群がってる小さいお友達はこんな形じゃないですか?」



 地面に転がっていた枝を手に取り地面に絵を描く。

 絵心はないが俺が思っている通りの()()なら丸が書ければ上出来だ。

 


「! …なんで…わかった…の?」



 俺が書き上げたブドウの房のような絵を見るなりキノさんは目を丸くした。

 反応を見るにどうやらビンゴのようだ。



「前いた世界では小さいお友達のことを見る技術があったので、ね。」

「…凄い!はじめ…て…だ!」



 キノさんは目を輝かせ、頭のてっぺんから胞子を飛ばしている。テンションが上がったのかもしれないが…



「盛り上がっているところ申し訳ないが、悪い予感が的中した。」

「というと先生、原因が分かったんですね?」

「あぁ、これは祟りなんかじゃない。」



 寧ろ魔術で対応できる祟りの方が良かったかもしれない。

 内心悪態をつきつつ祟りの正体の名を口に出す。



「ブドウ球菌、それが祟りの正体だ。」

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