表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/22

カルテNo.18 キノの記憶②

キノ目線その2

「…どうぞ…。」

「…。」



 キノは愛飲している茶を煎じて出してやった。

 だが吸血鬼は手をつける様子もなく、無言で椅子に腰掛けていた。



(気まず…い…。)



 あのまま雨に濡れたとしても吸血鬼ならば死ぬ事はないだろうがうっかり木漏れ日に当てられたら死んでしまうかもしれない。

 そうするとキノコ畑の管理人である自分に何かしら追求がありそうで嫌だったので家に連れ帰ったのだが…


 まともに相手とコミュニケーションが取れない私と何も話さない吸血鬼。



(めんど…くさ…。)



 事情を聞いたりしたほうがいいのだろうけれどもキノにはそれが億劫だった。言葉を紡ぐのが人一倍遅くそれで相手を不快にすることが多かったからだ。



(まぁ…いっか…。)



 キノは椅子から立ち上がり日課の研究を始めた。

 薬草を調合してみたり、草木や食べ物を菌たちに醸させてみたりと様々だ。

 黙々と作業を続けていると後ろから声が聞こえた。



「…聞かないの?」

「…?」



 振り向くと吸血鬼が私を見据え話しかけていたのだった。



「私が誰で何をしていたかとか、聞かないの?」



 この吸血鬼は何を求めているのだろう。

 キノとしては聞いてもいいけど聞かなくてもいい、その程度の問題だった。落ち着いたら出て行ってくれればいいなぁくらいには思っていた。



「…聞いて…欲しい…の?」



 それが精一杯の回答だった。

 可もなく不可もなく、我ながらいい回答をしたと思う。

 私の問いかけに吸血鬼は少し悩んだ後に口を開いた。



「そう、かも。」

「…そう。」



 仕方なく手を止め机に戻り温くなった茶を啜った。

 それから先もしばらく沈黙が続いたが吸血鬼は何を話そうか頭の中で考えている様子だった。

 キノも相手と話す時に似た感覚になることが多いのでじっくりと待つ事にした。


 しばらくすると吸血鬼はポツポツと言葉を発し始めた。

 それは会話と呼ぶにはあまりに拙く、壁に向かって話すような一方的な言葉のやりとりだった。

 ただ、キノは一つ一つに耳を傾け、静かに相槌を打ち続けた。



 吸血鬼の名はエリザというらしい。

 ここが廃墟になる前の街で暮らしていた人間だという。

 優しい家族に囲まれ幸せな日々を過ごしていたが、ある日目を覚ますと家人は煙のように姿を消し、街も無人の廃墟と化していたという。


 最初から一人だったキノに家族を失う気持ちは解らないが、当たり前にあった者が突然無くなったことによる混乱、悲しみの感情は想像に難くなかった。



「しかも自分の身体もおかしな事になってるし、意味わかんない。」



 鋭く尖った指の爪を眺めながらぽつりと零すエリザ。

 家族を失い自分は人間ではなく得体の知れない吸血鬼になり果ててしまった訳だ。



「挙句の果てに山羊角の女が現れて城に居座って魔王軍を作るとか言い始めるし、もうめちゃくちゃだよ…!」

「…そう。」



 段々とため込んでいた感情の波に飲まれるようにエリザは饒舌になっていった。

 激しくなる口調に併せて目から涙が溢れていた。



(…不運…。)



 魔王様がこの地に降臨したのは街が滅んですぐの事だったと聞く。唯一の生き残りである彼女が憤慨するのも解らいでもない。

 自分の故郷がいきなりよそ者に我が物顔で蹂躙されるのだ、私だって故郷の森が誰かに荒らされたら腹が立つ。



「大変…だった…ね。」



 自分も彼女が恨んでいるであろう魔王軍の一人ではあるのだが、思わず同情の言葉を口にしていた。

 キノと違って色々な物を失い一人になった彼女にとって辛い経験だっただろう。



「うっ…うぅっ…!うわああああああぁぁん!!!」



 その言葉を耳にしたエリザはわっと泣き崩れてしまった。

 突然赤子のように泣き出したエリザをどうしたらいいのかわからず、キノは固まってしまった。



(…そう…だ!)



 どうしようと考え抜いた末に、一つの思い出が蘇った。

 元気がない時アルーラがこうしてくれたのがキノにとって気持ちが良く、心が落ち着いたのを思い出すと体が自然と動いた。



「よし…よし…。」



 精いっぱい伸ばした手で震えるエリザの頭を撫でた。

 アルーラほど大きな手ではないが出来るだけ優しく、凍えた動物を温めるようにゆっくりと撫でた。

 暫くエリザの嗚咽が部屋に響いていたが、暫くするとその声は収まり静かな寝息が聞こえ始めるのだった。



 ◇




 あの日から度々エリザはキノの庵に姿を現すようになり、二人は友人になった。


 エリザは力を付けいつか魔王から土地を取り返すと決意し、吸血鬼として生きることを誓った。


 そこから二人で時に共に魔法の修行に励み、時には兵団の愚痴を零しあったりと色々な時間を過ごした。

 その時々で何か挫折したり失敗したりするたびにエリザはよく泣いていたのを思い出す。



(泣いたり…笑ったり…忙しい子…。)



 彼女と過ごす時間は楽しいもので、キノは段々と一人で過ごす時間を寂しく感じるようになった。


 だが、エリザが昇進し六魔将となると彼女は泣く事も笑う事も減った。

 庵を訪れても六魔将の重責に疲れ、どこか上の空の友人のキノは案じていた。



(無理…してる…なぁ。)



 吸血鬼という絶対的強者であっても中身は二十かそこらを過ぎた女の子だ。

 エリザがこの土地を奪わんとする人間軍と最前線で刃を交え殊勲を上げたという話を聞くたびにキノは友の無事を祈るしかなかった。




 そしてついにエリザは体調を崩す程になってしまったのだが―――



(良かった…ね…エリザ。)



 魔王様が溜めに溜めた魔力を使って呼び出した異界の人間、サカモト。

 彼がエリザの病を癒し、人間としての、吸血鬼としてのエリザを受け入れた事で彼女の魂は救われた。久々に明るく幸せそうなエリザを見てキノは安堵した。


 それと同時に不安になった。


 今彼を失うとエリザがどうなってしまうか解らない。

 そう思いサカモトにエリザと共にあって欲しいことを願ったが、彼にも戻るべき故郷がある。



(できれば…ずっと…居て欲しい…ね。)



 彼は友の大切な人であり、キノにとっても自分を受け入れてくれた数少ない人だ。

 彼と過ごす時間がキノにとっても代えがたいものであることに心のどこかで気づき始めていた。



(私は…2番目…かな…。)



 サカモトが前に居た世界では重婚は罪だったらしいが魔物の世界ではよくあることだ。

 もしエリザが添い遂げ、許してくれるのなら番になってみるのも悪くない。


 そんな若干ふしだらな事を考えながら診察室に戻るとエリザとサカモトが準備を終えていた。



「それじゃ、キノさん処置を始めますよ。」

「血流は私がサポートするから、頑張って!」



 この二人に応援されていたらなんでも出来る気がする。

 不治の病もなんでもござれだ。



(やるしか…ナイトプール…!)



 親指をぐっと押し上げ二人に掲げた。

 私だっていいとこみせるんだ…!

キノとエリザの馴れ初めをようやっと書けました。

吸血鬼ヒロインは良く登場するかと思うのですが、キノコ(マタンゴ)のヒロインってあんまいないのでどういうキャラにしようか色々考えました。


脳内キャラデザをするにあたってキノコ=笠のイメージがあったので

【笠をかぶった和人形】っぽいキャラ付けから入りました。


因みに本文中では書きませんでしたが、作者はマタンゴってこんな生き物と思って書いています。


◇マタンゴ

本体は菌型の魔物。

土や木に根付いた場合はキノコ型の魔物になるが、生物の死体に根付いた場合その死体の形に則した身体と知能を手に入れる。そのため理論上は犬型や鳥型のマタンゴも存在するが個体数の問題か、群生出来ず強い魔物に捕食されてしまうのか確認された事例はほぼ無い。

個体の知能・身体能力は媒体とした死体をベースに変動する。

繁殖は胞子で行われ、特に番を必要とせずに増殖は可能。


――という感じです。

あれ、そうするとつまりキノって…。

という想像をするとちょっとダークで不穏な感じもあるんですが、マタンゴとしては番が必要無いのにベースとなったモノの影響で家族や番に興味を持っている、という背景もあるんじゃないかなーとか妄想しながら書いてます。


今回はキノにフィーチャーな感じなので暫しお付き合いください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ