カルテNo.1 吸血鬼 エリザ=ブルーブラッド
「よし来たな、治せ。」
「は?」
それは突然の出来事だった。
回診中に階段から滑り落ちたと思ったら
なんということでしょう
意識が反転するや眼前に現れたるはたわわな双丘
それを際立たせる挑発的な赤のドレス
顔を上げればハッキリとした顔立ちの美人
そしてその側頭部から覗く山羊の角
コスプレ好きの痴女かな?と思ったけどそんな考えはすぐに吹き飛んだ。なにせ命の危機が迫っていたからだ。
「お主は病を治す力を持っているのだろう?さぁ治せ。」
「はい?」
「愚鈍がすぎるぞ、人間。」
「うっ…!」
とんでもなく理不尽なスピードで理解を求められ逆に思考が停止しかけたその時、心臓を鷲掴みにされるとはこのことだろう、本気の殺気で肝が凍りついた。
急性心筋梗塞とかってこんな感じなんだろうか、と不謹慎な事を一瞬でも頭を過った俺はアホだろう。
「どうかお鎮まり下さいラスト様…!」
胸の痛みにうずくまっていると後ろから静かに目の前の人間を窘めるような声が響いた。
声の主はあのエリザ=ブルーブラッドだった。
その姿は吸血鬼らしい背中から羽を生やした姿だった。
「エリザ!寝ておれと言うたろうに!」
「いいえ、膨れ上がる魔力を感じまさかとは思いはせ参じましたが…召喚術を使われてしまったのですね。」
「だって…だって…!」
エリザさんがふらつきながらも嘆く素振りを見せるとラストと呼ばれた女が小刻みに震え始めた。
何だか様子がおかしい。
「愛しのエリザに何かあったら妾立ち直れないもん!」
「解りました、解りましたから。素が出てますよラスト様。」
豊満な双丘にエリザさんを抱き抱えながら猫かわいがりする姿は先程の姿からは想像が出来ないほど蕩け切っている。言葉遣いに至っては威厳も感じられない甘々な感じだ。
「失礼しました異邦人よ、突然の事で混乱されたかと思います。」
「えぇ、だいぶ混乱しました。何ですかここ?それに貴女は?」
少し落ち着いて辺りを見回すと西洋の城にあるような豪奢で巨大な空間。
金銀で彩られた装飾に敷き詰められた赤絨毯
そして赤絨毯に描かれた魔法陣…?のようなもの。
その中心に俺はいた。
「そうですねどこから説明したものか…。まず私の名はエリザ=ブルーブラッド、そしてこちらのお方が…」
「ワシが魔王ラスト、ラスト=アスモデウスⅢ世じゃ。」
エリザさんに猫の様に身体を擦り付けながら女は自らを魔王と名乗った。
◇
「はぁ、何となく事情は解りました。」
俺も改めて名乗り、事情を聞こうとしたのだが説明だけでは埒が明かないと、魔王…ラストさんが俺の頭に触れると一気に情報が流れ込んできた。それにはこの世界のことや彼らのこと、そして俺がここに呼ばれた事情も含まれていた。
これは【記憶共有】という魔法だそうでそうおいそれと使える物ではないらしいのだが、事は急を要するらしい。
閑話休題
俺がやってきたこの世界の名は「アドエント」
俺がいた世界とは全く異なる文化形態を持った異世界だ。
先述の通り【魔法】が存在するファンタジー世界そのものだ。
そして彼等は【魔物】と呼ばれる人間とは異なる進化を辿った存在。
その種類は多岐に渡り、眼球が身体の8割を占める者や半人半馬のような者までいるらしい。そんな魔物を統べる存在が【魔王】でラストさんはその一人だという。
「で、俺を呼んだ理由ですが。」
「うむ、妾の大事な大事なエリザを診てやって欲しいのじゃ。」
「わざわざ異世界から呼ばずとも…。」
俺がここに呼ばれた理由、それは病人の診察のためだという。
聞けばエリザさんは吸血鬼、不死者と呼ばれる存在で、傷を治すような魔法を受けると逆に体調を悪化させてしまうらしい。基本的に病気と無縁の存在らしいのだが、最近急に体調が優れなくなってしまいお手上げ状態だという。
「病人がいれば診るのが医者の勤めですが、俺の知識は人間相手の物ですよ?」
「構わん、エリザは元人間じゃから問題無かろう。」
そういうケースもあるのか。
何が何だか解らん限りだが病気だというのであれば診ない訳にもいかない。
幸い魔物に関する知識は先程ラストさんから貰った情報の中にある程度入っているので出来ない事はなさそうだ。
「んでは、やれることはやってみますね。」
「宜しくお願いします。」
さて、どんな塩梅かな。
椅子に腰かけるエリザさんの様子、そして部屋に入ってきてからの風景を反芻しながら情報をかき集める。
「ではエリザさん、症状について教えて頂けますか?」
「そうですね、日頃と比べて体が重く、若干めまいがします…。」
症状を皮切りにいくつか質問を投げつつ、質問に答える彼女の様子も含めて観察する。
話ながらも呼吸が乱れ、若干の息切れが見える。
(なるほど、これは…。)
なんとなく当たりはついたがもう一押し情報が欲しい。
「ちょっと失礼。」
「あっ…」
ずいっと近寄り瞼に触れ、
うん、なるほど。瞼の裏といい体のあの部分の特徴的な変化。恐らくあの疾患とみて問題は無さそうだ。
「これ!何をするか!悪戯でもしようものなら…!」
「多分解りました、何の病気か。」
「「え?」」
何やらラストさんが喚いていたが診察終了だ。
まさか吸血鬼もこの病気になるなんてなぁ。
「こ、こんな短い時間で解るモノなのかの?」
「はい、特徴的な所見がありましたので。」
エリザさんに触れた手を拭きつつ問い掛けに応える。あっという間の診断に二人は目をぱちくりさせているが、然程診断が難しい疾患でなくて助かった。
「それで…私の病気は何なんでしょうか?」
「ありていに言うと貧血、鉄欠乏性貧血ですね。」