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カルテNo.17 キノの記憶①

今回はキノ目線です。

 


(へへ…褒められた…)



 自分でも上気しているのが分かる。

 気持ちが跳ねるというのだろうか、思わず胞子を飛ばしそうになるが堪えなくては。



(いけない…診察室は…キレイに…しないと。)



 普段診療所にたむろしようとする菌と呼ばれる小さなお友達を説得するのは私の役目だ。

 その私が診療所を汚してしまっては意味がない。



(むせない…ように…薬…使う…かな?)



 キノはサカモトの話を聞くのが好きだ。


 知らない世界の技術を聞けるし、自分にだけ見えていた菌のことを教えてくれる。

 友達のエリザが好意を寄せているサカモトを独占するのは悪いと思いながら時々庵で話を聞かせてもらっているのだ。


 そんな経験を重ねていると自ずとサカモトがどういう処置をしたいのか、何を考えているのかが分かってきてサカモトが欲しがる薬や道具を前もって用意できるようになってきた。


 オカカと呼ばれる咳止めの薬草と効き目を弱くした麻痺胞子の入った小瓶を薬棚から取り出す。



「キノさん、麻痺胞子とオカカをお願いします。」

「…用意…した。」



 予め用意しておいた小瓶を差し出すとサカモトは少し驚いた表情を見せ「ありがとう」と言ってくれた。



(やった…当たった…)



 最近はこのサカモトの驚く顔を見るのが楽しい。

 読み違えることもあるけど最近は正解する確率が上がってきた。



(薬草…勉強してて…良かった。)



 キノは魔華兵団に所属する魔物だ。

 魔華兵団は名の通り植物系の魔物が多く所属していて、主に魔王軍領の食糧供給に一役買っている。


 個体によっては草木と変わらない外見を生かして偵察や奇襲役として戦線に出ている者もいるがキノは正直そう言ったことに興味がなかった。


 それにキノの能力である胞子は無差別的な攻撃になってしまい味方を巻き込みかねないし、風向きによっては使えなかったりする。


 更にキノだけに見える菌という存在、キノ以外の魔物には見えず気味悪がられ魔華兵団の中でも浮いた存在になっていた。


 兵団長である六魔将【アルーラ】は何とかしようと尽力してくれたがなかなか他の魔物達の意識は変わらなかった。


 流石にキノも忍びなくなり誰もこない森の奥にあるキノコ栽培場の管理人への異動を申し出た。



『ごめんなさいねぇ、力になれなくて。』



 アルーラは悲しい顔をしたが異動を渋々了承してくれた、こうしてキノは森の奥で一人キノコを育てながら草木や菌の研究に没頭することになったのだ。



(アルーラ様…ありがと…。)



 側から見れば厄介払いにしか見えなかっただろうがキノとしては望んだ事だったし、あそこに行ったからこそ得た知識と出会いがあった。



(懐かしい…な…。)



 薬を指示通り調合しながら診察机の方を見る。

 そこにいるのは治療案を練る友達のエリザとサカモト。


 エリザの姿は出会った時と変わらず18歳かそこらの人間の姿のままだ。



(泣き虫エリザが…こんなに…ね。)



 今でも鮮明に思い出せるあの日の記憶。

 初めてキノが出会ったあの日



 エリザは一人森で泣いていた。




 ◇




 キノが魔王軍に入って半年ほど経った頃。

 キノはいつものように大樹の切り株の(うろ)で目覚めた。

 森は霧が立ち込め心地よい涼しさと湿気に満ちていた。



(やっばり…静かなのが…一番。)



 元々どこにも所属していない野良魔物だったキノにとって集団生活はとても難しいものだった。


 他の魔物達と違いマタンゴは親から生まれるのではなく、自然と森の中で生まれるのだ。

 多分親となるマタンゴの胞子から産まれたのだろうが自我が芽生えた時には一人だった。



(森の中…落ち着く…。)



 生まれてからずっと一人だったキノにとって一人で生きることは当たり前だったし、湿った土や倒木があれば生きる事には困らなかったので一人でいる事に疑問を感じることはなかった。



 ただ、興味がなかった訳ではない。

 森に住む他の魔物は番いを作り、子をなし、群れを作っていた。それを見ていると静まり返った胸の中に何かが波打つのを感じていた。



(家族って…なんだ…ろ…?)



 そう思っていた頃、風の噂で廃都となった人間の都で魔王が魔物を集めているという話を耳にした。

 特にやる事も無かったので同族がいないか興味半分で魔王アスモデウスの元へやってきたのだった。


 その結果がこのザマだ。


 魔王様やアルーラ様はいい人達だったが、自分が集団生活にとことんむいておらず、迷惑ばかりかけた挙句、結局元どおりの一人の生活に戻ってしまった。



(気が楽で…いいけど…。)



 朝食の倒木の欠片を食みつつキノコ畑へと向かう。

 戦闘能力が乏しいキノにとって魔王の庇護にあやかれるのは好都合だったため、魔王軍に残る事にした。

 こうして自分の食い扶持を稼ぐためにもキノコ畑で食料用のキノコを作る仕事に従事している。



(うん…今日も…問題なし…。)



 菌糸を打ち込んだ木からはニョキニョキとキノコ達が顔を出していた。数日もすれば出荷できるだろう。


 簡単な確認を終え畑を後にしようとした時



(…あれ?)



 風に乗ってどこからか聞きなれない音が聞こえた。

 何か液体を啜るような音と、か細い嗚咽。



(…迷子?)



 時々森に探検に来た子供が迷子になって泣き叫んでいる事がある。キノとしては泣き叫ぶ子供は苦手だし、あまり相手にしたく無いのだがキノコを荒らされても困る。


 話す事が特に苦手なキノにとっては憂鬱でしか無かったが声の元を探す事にした。




 途中から雨が降り始め音を辿るのが難しくなった時、泣き声の主を見つけた。



 傘がわりになる巨大な葉の下に蹲り膝を抱えている。

 雪のように白かったであろうワンピースは泥に汚れ無残な様相だが、銀の如き長い髪の毛が水に濡れて光っていた。



「…人間…?」



 角もなく、尻尾もない。

 魔王軍領に居るはずのないその存在の姿を目にして思わず口走ってしまった。



「誰っ!?」



 キノの声に反応し蹲っていた人間は警戒の色を見せたが、キノはこちらに向けられた顔に思わず言葉を失うのだった。



 血よりも赫く染められた双眸

 口元から覗く鋭い八重歯


 誰もが知る特徴で彼女が吸血鬼だということはすぐわかったが、この時キノは別のものに目を奪われていた。



 それは真紅の眼から零れ落ちる大粒の涙だった。

 

突如として始まる回想・登場する新六魔将

すまんがここに捻じ込むしかなかったんじゃぁ…!


エリザとキノが友達な理由とか

彼女たちがどういう生い立ちなのか

このままスルーして話を進める訳にはいかんかったで。

後々サカモトについても触れていかなければ…。


何で医者に?何で魔物の治療を抵抗なくやってるの?

とか諸々…。



もうちょっとだけ続くんじゃよ。

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