カルテNo.14 ち、痴女だー!
今回長くなりました。
日が暮れたというのにあたりに立ち込める熱気
それは残暑のせい、というわけではなさそうだ。
俺は今、夜の帳が下りた城下町へ足を運んでいた。
その片手にはメモが握られている。
メモに綴られたのはとある建物の名前とその住所。
これはラストさんがくれた助っ人の居場所の情報なのだが。
メモを見るなりキノさんは「のーせんきゅす…。」と言って消えてしまうし、エリザさんは死んだ魚のような眼をしていたのも頷ける。現に今も俺の背後で虚無の表情で佇んでいる。
「…どうみてもココなんだよなぁ。」
何度か住所を確認しながら往復したが間違いない
中世ヨーロッパ風の街並みには不釣り合いなド派手な建物、眼に悪い蛍光色のネオンサインが瞬き、夜空を照らしている。
【ヘヴンリーナイトメア】
巨大な観音開きの扉の上に設置された看板にはそう書かれていた。
重厚な扉の隙間からムーディーな音楽と時折上がる甘い歓声が聞こえる。明らかにそういうお店だと思うのだが。
「あのー、エリザさんここであってます?」
「…ソウデス、」
「…気付けにもうちょっと血吸っときます?」
「…イイデス。」
壊れた人形のように片言でしか喋らなくなってしまった。
早く用事を片付けて引き上げたほうがエリザさんの体調にも障りがなさそうだ。
ここまでエリザさんがストレスを感じるなんてどういう場所、いや人なんだろうか?
「さっさと終わらせて帰ろう。」
「ハイ。」
扉の前に立つとひとりでにゆっくりと扉が開いた。
開いた扉の隙間から頭がクラクラするほど甘い匂いが波のように押し寄せた。
眩暈を堪え正面を見据えると店内が見えた。
赤絨毯の先に広がる薄暗いホールに薄いヴェールで区切られたソファ席
そこに腰かけるオーガや人狼といった屈強な男達と煌びやかな衣装に身を包んだ女型の魔物達が盃を交わしあっている。
想像以上の光景に呆けていると扉の傍らに控えていた店員達が礼儀正しく頭を下げた。
「「「「いらっしゃいませ!」」」」
整然と並んだ煌びやかなドレスに身を包んだお姉さん達。
うん。間違いない。ここ、クラブだ。
◇
「色欲の殿堂ヘヴンリーナイトメアへようこそお客様。本日のご指名は?」
「フリーで…じゃなくてえっと、ノワールさんという方いらっしゃいますか?」
ボーイのような姿をした男装の麗人に尋ねられるがまま探し人の名を告げる。しかし彼女はその名前を耳にしたのが意外だったのか怪訝な顔を浮かべた。
「失礼ですがどなた様のご紹介で?」
「魔王様…と、エリザさん知り合いなんだよね?」
ラストさんからメモを渡されるときに必ずエリザさんを連れていくように指示を受けていた。つまりお互いに面識があるという事だと思ったのだが。
振り向きながら声をかけると。背後で気配を無にしていた彼女の肩が跳ねた。
「エリザ様!?」
『なにっ?エリザ様?』
『エリザ様がいらしたの?』
ホールに響き渡った声を皮切りにフロアが騒めく。
思わずホール中央で演奏していた演奏団も手を止めてしまうほどだ。
一体何事かと呆けているとボーイが慌てふためきながら口を押えている。
エリザさんもバツが悪そうな顔を浮かべ唇に指を当てている。何やらマズい事が起きてしまったようだ。
「失礼しました!す、すぐに取り次ぎをっ…
『お ね ぇ さ ま ぁ ぁ ぁ !!!』
ボーイが店内に向かおうとするや否やフロアに大声が鳴り響いた。
何かがフロアの奥から内装を破壊しながら向かってくる。
「ちょっ、あれヤバいんじゃ!?」
「あぁもうこれだから!下がってくださいッ!」
咄嗟に俺の前に出たエリザさんが障壁を張ると轟音を立てて飛来した物体が衝突した。
風が吹き荒れ店内に設置されたヴェールがはためく。
「うべらっ!」
あられもない声を上げてピンク色の物体が障壁に突き刺さる。何層にも張られた障壁が破られ、あと数枚を残したところで止まった。
障壁に突き刺さったモノ、それは人だ。
ピンク色の髪を蓄えた大人びた女性。
とても豊満な身体の持ち主だが、それが溢れんばかりの際どい服装、そして外見に似合わないだらしない笑顔を浮かべ失神している。
(ち、痴女だー!?)
公序良俗違反の見本みたいな痴女が突っ込んでくるなんてこの店ヤバイぞ。
「エリザさん、『お姉様』って呼ばれてたみたいだけど、この人知り合い?」
念のために尋ねてみるもエリザさんは口笛を吹いてごまかしている。どうやら触れたくない話題のようだ。
しかしこれだと埒があかない
思い悩んでいるとボーイさんが口を開いた。
「その…大変申し上げにくいのですが。」
「はい?」
「この方がお探しのノワール様です。」
「…はい?」
◇
通されたのは店の一番奥のVIPルーム、薄暗い部屋の中に品のある甘い匂いが漂う部屋だ。
内装はどちらかというと黒を基調にシックな装飾が施されているが所々にワンポイント光る拘りが感じられる。
「エリザ様の第一の僕にしてヘヴンリーナイトメア総支配人のノワール=ルルリエリですわ。」
俺達をもてなすのは先ほど突っ込んできたピンク痴女ことノワールだ。先ほどの光景を見ていなければ息を呑むほどの美人だ。
腰ほどまでに伸びた桃色の髪
窯の切れ間から覗く切れ長の目
そして目尻に出来た泣きぼくろが妙に艶っぽい。
エリザさんを清純派美人とするとこちらは熟れた美魔女といった感じだ。
…ただ、おでこに貼られた湿布が少し間抜けな感じだ。
「彼女は言動こそアレですが私と同じ吸血鬼で元六魔将なので実力は折り紙つきです。」
「お姉様にご紹介頂けるなんて光栄の極みっ…んっ!」
「ただの痴女ではないんだね…。」
とんだハイスペック痴女だ。
身をよじる姿からはとても想像出来ないがエリザさんがいうのならば間違い無いだろう。
ただ、何となくエリザさんが苦手に思うのも分かる気がする。毎度この調子ならしんどいだろう。
「しかし元六魔将が総支配人を務めるこの店って何なの?エリザさんも顔を知られてるみたいだったけど。」
「えーと、それはですね…「私から説明して差し上げましてよ!」
食い気味にノワールが話をかっさらった。
エリザさんの手を煩わせてなるものかという執念すら感じる。
胸の谷間から女教師風の眼鏡を取り出すと講義をするかのように話し始めた。
「ここ、ヘヴンリーナイトメアは夜魔兵団の詰所であり修練場なのですわ。」
「え?ここが?」
「ええ、野蛮な殿方と違って女の武器は多種多様でしてよ?」
「どういうこと?」
「それはですわねーーー」
なるほど、話を聞いてみれば納得だった。
人によって得手不得手があるように、魔物にも得意・不得意がある。
体格的に人狼や吸血鬼は戦闘に向いているが、サキュバスのような魔物は向いていない。逆に魔物によっては戦闘に適した身体であっても心がそれを望まない場合も有る。
ではそういった魔物達はどうやって生きていくのか?
その答えの一つがこの【ヘヴンリーナイトメア】ということだ。
この店で働きながら話術や処世術を身に着け兵団の事務方に就職したり、人に近しい外見の魔物であれば磨き上げたスキルで人の世に溶け込んでスパイとなったり…。魔物によっては好んで夜の蝶となることもあるらしい。
夜魔兵団に所属する魔物は総じてそういった魔物である傾向が強く、皆何かしらの形でヘヴンリーナイトメアの運営に関わっているそうだ。
「お姉様にも短い期間でしたが当店に在籍頂きまして。」
「あ、そうなんだ?」
「そのー、はい。六魔将になる為には必要と魔王様に言われて泣く泣く。」
「あぁ…あの頃を思い出すだけでも身体の疼きが…んんっ!」
エリザさんは思い出すのも恥ずかしいのか白い頬を紅く染めている。
そしてノワールは遠い目をしながら身を捩っている。
眼はトロンと蕩け吐息が甘く漏れている、この映像だけでも18禁だ。
「簡単に言うと六魔将の座をかけてノワールと私が一騎打ちで勝負をして私が勝った、というお話です。」
「一騎打ちって随分物騒な…!」
「いえ魔法での勝負もしましたが…メインは客に開けさせた鮭の樽数と客数で勝負しました。」
「もうあの日から私の身も心もお姉様の物ですわよ!」
あー、一騎打ちってそういう。漫画でしか見たことが無かったけど本当にあるんだなぁ。
エリザさん美人だから相当モテただろう、吸血鬼モードになるとSっ気もあって普段とのギャップも相まってファンも多そうだ。
「…それで話を戻すけど、貴女が協力してくれるということは、誰か夜魔兵団から助っ人を?」
「はい、勿論ですわ!既にリストを作ってございましてよ!」
胸の谷間から丸められた筒紙を取り出した。いちいち色気があって目のやり場に困る。
その様子を若干エリザさんに咎められるような目で見られたが、エリザさんはその書簡を手に取るとざっと目を通し始めた。
犬のように褒められるのをノワールが待っているがお預けを喰らってまた身を捩っている、哀れ。
「ふむふむ、確かにこのメンバーなら…あれ?」
「どうしたの?」
「いや、うーん?ちょっとノワール?」
「何ですかお姉様?」
「このリストだと貴女も来るように見えるのだけれど。」
リストを拝借すると確かにノワールの名前がしっかりと書かれている。寧ろハートマークや薔薇の花でデコられていて上下の人の名前が見えない程だ。
「えぇ、何かおかしいでしょうか?」
「貴女ここの支配人でしょう?どうするの?」
「無 問 題!愛があれば何でもできます!これについては魔王様も了承済みでしてよ!」
突き出した腕にはラストさん直筆のサイン入り辞令が握られている。
「お姉様のためなら火の中水の中どこまでもお伴しますわよ!実はもう今突貫工事で診療所の裏に家を建てさせておりますわ!」
「「え゛っ!?」」
爆弾発言に固まる俺。
エリザさんは額に指を当て診療所に置いてきた分身の蝙蝠と交信しているようだが…
「…やられました。」
「…そっか。」
全てを諦めたように力無く首を振った。
意気消沈する俺達とは逆にノワールは胸を張っている。
「それでは今晩からよろしくお願いいたしますわ!お姉様!」
そう告げる彼女の目にはいかがわしい気配と怪しい光が宿っていた。これはエリザさんが余計気疲れするのでは?と思ったが後の祭りなので胸の中にしまい込んだ。
またしても評価とブクマを頂きました、有り難うございます。
まだ来週あたりまでは執筆出来そうなのでキリがいいところまで書き貯めたいと思ってます。
しかしまたキャラを増やしてしまった…!
話を広げ過ぎると収拾がつかなくなるので気をつけます。
疾患系の話は次回からまた始まります。
乞うご期待




