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カルテNo.12 甘味の蜜は毒の味

「あっまぁーい!?」



 昼下がりの診察室に響き渡る声

 目を白黒させながら叫ぶのはエリザさんだ。

 断じてSPWの井○田ではない。



『…マジ?』

「信じられないぐらい甘いですよ?果実水よりも蜂蜜に近いぐらい!」

「エリザ…それ…本当?」



 他の面々が口を揃えて疑いの声を投げかける。

 無理もない、エリザさんの手に握られているのは果実水でも砂糖水でもなく、()()だ。



「ちなみにエリザさん酸味はありましたか?」

「いいえ。とにかく甘いだけでしたけど…何か?」

「そうでしたか、良かった。」



 俺の質問にエリザさんが首をかしげているが、良かった。

 酸味があると頭痛の種が一つ増えるところだった。

 アシドーシスといって病が進行すると血液が酸性に傾くのだ。そこまで進行していた場合、頭がやられてしまうので細心の注意を払わなければいけなくなるので一安心だ。



『なぁなぁ?今のでわかったのか?』

「えぇ、だいたいは。」



 手に持った診療記録(カルテ)を机に置きつつ目頭を指でつまむ。

 確定診断する為にはもう1回採血をしなければならないが恐らく当たりだ。



(盲点だったなぁ。)



 カルテには問診で聞き取った生活習慣が記されている。

 そこにはコーさんが朝から晩まで甘味を貪っていたことがありありと解った、エリザさんが言っていたコーさんの甘い体臭にも説明がつく。そりゃなる訳だわ。



「コーさん、あなたの病気は【糖尿病】です。」




 ◇




「糖尿病…とは?」

「名の通り体の中に糖が溜まり過ぎる病気ですね。」

『それってなんか悪いのか?』

「そうですね、説明しましょう――」



【糖】は体や脳を動かすためのエネルギー、必要不可欠なものだ。決して有害なものではない。

 しかし。糖そのものが血液に溜まり過ぎると血がドロドロになり、血管が傷ついて脆くなる。それに糖を分解したり吸収する臓器が働かされ続け疲弊してしまうのだ。

 その臓器とは膵臓・腎臓・肝臓などがあげられる。どれが悪くなっても致命的な問題なのだがここではあえて説明は避けよう。


 加えて体への悪影響はそれだけではない。



「突然だけどキノさん、菌が増えるための条件は?」

「ん…?適切な…温度…湿度…そして…餌。」

「ですね、そしてその餌とは?」

「糖分…。」

『おいおいまさか…!』

「はい、ご推察の通りですよ。」



 そう、細菌感染しやすくなるのだ。

 増殖するのに適した温度、免疫力の落ちた弱った体、菌にとって糖尿病患者の身体はスイートルームだ。傷口が黒化して腐れ落ちるのはコレが原因の一つだ。



「でも待ってください。石眼病とその糖尿病は関係ないのでは?」

『そ、そうだぜ!』



 エリザさんが疑問を呈し、コーさんがそれにのっかる。

 確かに糖尿病と眼が石になることは一見関係ないように見える、が



「残念ながらそうとも言えません」



 糖尿病には合併症、つまり糖尿病が原因で発症する病気がある。

 その中でも代表的なものが以下の三つ。


 一つ、患者の末梢神経を乱す 【糖尿病性神経症(しんけいしょう)

 二つ、血液のフィルターである腎臓がやられる 【糖尿病性腎症(じんしょう)


 そして最後が



「糖尿病性網膜症(もうまくしょう)、です。」

「もうまく…しょう?」



 糖尿病で脆くなった目の血管が破けたり詰まったりする病気だ。

 この病気を発症すると目の中で出血したり、詰まった先の細胞を生かそうと体が新しい血管を作ってしまったりする。そうすると眼球はどんどん正常な状態から離れていく。



「これはあくまで憶測ですが網膜症が原因で魔眼に何かしら異常が起きたのかと。」



 石化の魔眼は視線で対象を選択しているという。

 つまりその視線そのものに石化の力がある、ということになるが、本来視線が透過すべき眼球が濁っていたり、眼球内に焦点が結ばれてしまえばどうだろう?

 この仮説が正しければ眼球が石化している事にも説明がつく。

 あくまで推測だから口には出さないが。


 話を聞いたコーさんの表情は相変わらず暗い

 まぁ無理もないだろう、目の血管がどうだと言われてもピンとこないだろうし。



『だがよぉ、その仮説が正しいとしてどう治すんだ?』

「そこですが…。」



 大丈夫、もう目星はつけてある。

 ちょっとばかし難しいかもしれないが、前に聞いた魔術で処置が出来そうだ。

 俺は側に立った2人を見て歯を見せて笑った。



「ウチには血のエキスパートと優秀な麻酔の使い手がいますので。」

「へっ?」

「…ん?」



 俺の笑顔の先には驚いた顔のエリザさんと訝しげな顔をするキノさんが居た。




 ◇




「それじゃ、ゆっくり目を開けてくださーい。」



 処置を終えたコーさんに告げる。



「ぬぅっ…!こ、これは…!」



 鶏頭がキョロキョロと頭を回し辺りを見回している。

 その声と雰囲気から察するに結果は良いほうだったようだ。



『見える、見えるぜ!?』

「やったぁ!」

「すごたにえん…!」



 魔眼封じのサングラス越しだから分かりづらいが石だった瞳は輝きを取り戻したようだ。

 ぶっつけ本番の治療だったがエリザさんの腕が良くて助かった。



『いゃったぜヒャッハー!』

「お主…いや先生。どのような魔術を使ったのだ!?」



 興奮覚めならぬ様子で診察室を走り回っている。

 病院内ではお静かに、だが今回ばかしはいいだろう。



「俺じゃなくて2人の魔術ですよ。」

「えへへ、頑張りました!」

「…ふんす」



 俺の後ろに立つ女性陣が胸を張っている。

 今回も彼女達がいなければ無理な話だった


 結論から言うとやはりコーさんの疾患は糖尿病性網膜症だった。

 眼球内で出血がおき、水晶体に濁りが生じてしまっていたようだ。


 治療は賭けに近かったが手術を行った。

 キノさんの【眠り胞子】を麻酔変わりに使い眠ってもらい

 エリザさんの【操血】で眼球の血流を調べてもらった。

 眼球内部に出血が認められたため【操血】で血流を整えてもらった結果、無事に正常な血流に戻った眼球は光を取り戻したということだ。



「でも先生吸血鬼使い荒いですよぉ…あんなに小さい出血治すの神経すり減るんですから。」

「ごめんごめん、でもエリザさんにしか出来ないと思ったし、やってくれるって信じてたから。」

「…〜〜〜ッ!」



 普段病的に白いエリザさんの顔が真っ赤だ。

 よく見ると耳まで真っ赤になっている、どうした?



『なぁなぁキノちゃん…アレってそういう事なのか?』

「あれは…天然スケコマシ…。」

『あぁ〜、エリザの嬢ちゃん苦労しそうだわ。』

「眼福である。」

「わかりみ…。」



 後ろでコーさんとキノさんがブツブツ話しているが何なんだか。



「とにかく!この病気は継続した治療が必要です、スイーツも制限しなきゃなりません。」

『そ、そんなぁ先生!無体だぜ!』

「善処する…!」



 相変わらず本音と建前がごっちゃだ。

 どっちなのかはっきりしてほしいがどちらにせよ頑張ってもらわねば。


 糖尿病は長い付き合いになる病気だ。

 体内に蓄積した糖分を減らしていかないといけないし、諸々の臓器を休ませなければならない。

 かといって糖分を排出し過ぎると低血糖になってしまうから加減が難しいのだ。


(透析治療もエリザさん頼みになりそうだなぁ)


 エリザさんにかかる負荷が増える事は正直なやましい。

 頭痛の種が増えた俺の後ろではまだコーさんがケーキが食べたいとか喚いているが諦めてもらおう

 経過を見て回復していれば食べられない事もないから。



 椅子に深く腰かけつつ天井を見上げる


 なにはともあれ石眼病については一件落着だ。


 石眼病は未知の病…結局のところ既知疾患の合併症だったのだが、想像だにしない病だった。

 今回は運よく治せたが、今後未知の病が現れたとき俺は治せるのだろうか。


(…もっと勉強しなきゃな。)


 俺の不安が溶け込んだようなぬるいコーヒーを啜り

 書きかけの診療記録と向き合うのだった。


お読みいただきありがとうございます。

また今回新たに評価を頂きました、励みになります。



初めて異世界らしい病気として書きましたが原因は皆さんも耳にした事がある【糖尿病】に落ち着きました。


魔物がこの病気になったらどうだろう?

この魔物の生態系ならこういう疾患があるのでは?

とかイメージし始めたのがこの小説を書かキッカケの一つだったので書き起こせて一安心しています。


目の手術風景をザックリカットしていますが.書いてみたら2000字近く行くわ図がないと想像しにくいわでカットと相成りました、自分の文章力のなさが憎い。

ですが今後も異世界らしい疾患と魔物を結びつけて書いていきますのでよろしくお願いします。



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