カルテNo.11 石眼病
「我等は【石眼病】と呼んでいる。」
『俺らの一族じゃ珍しい病気じゃねぇんだがな、歳を取ってくるとかかるやつが多いんだ。』
光を失った瞳をそのままにコーさんは語る。
ちょっと失敬して眼を診させてもらっているが物の見事に石化している。聞けば症状は人それぞれで、片目・蛇頭だけ・最悪両方の瞳が石化するそうだ。
「二人は石眼病のことは?」
「いえ、生憎と。」
「…同じく。」
『まぁそれも当たり前だぁな。』
コーさん曰く石眼症を患った物は巣に引きこもるようになるか、早々に仏さんになるそうだ。わざわざそんな病の話を広げても患者とその家族の肩身が狭くなるだけだ、となると口に出すのもはばかられる訳だ。
しかしコーさんが死に至る病を放置していたことに若干腹立たしい気分になる、が本人が申告してこなかった以上追及する気にもならない。
命はその人の物だ、扱い方は他人にとやかく言われるものではないと思う。
「失礼ながら他人に感染するものですか?」
「心配無用、うつるものではない。」
『罹るのは俺らコカトリスの一族と同じ魔眼持ちのメデューサぐらいか。』
感染性疾患ではない…と。
そして魔眼持ちに限って発症する疾患か。
石化は病ではなく呪いに近しいものだ、魔法が絡むと俺は門外漢だから困る。今回は流石にお手上げか?
「…でも…これで…治らない…?」
「そうですよ!この薬があば石化は治るんですよね?」
キノさんが懐から出したのは金色の水薬、石化治しの霊薬だ。
確かにそれを目薬として投与すれば治りそうなものだが、違うのだろうか?
『なんでぇ、珍しい薬なのにもう作ったのか。』
「試してみても良いが…な。」
「何かまずいんですか?」
「いや、構わん。見てもらう方が早い。」
コーさんの声色は芳しくない。
試したところで起こる結末を知っているようだ。
「…じゃあ…いくよ…。」
キノさんが霊薬を目に垂らすと石の瞳に雫が沁み込み、段々と眼球としての輝きを取り戻していく。無機物が有機物に変わっていくのは実に不思議な光景だ、研究したい。
「ほら…!大丈夫…!」
『と、思うだろ?』
「え?」
喜んだのもつかの間、俺達の喜びをあざけ嗤うかのように患部に異常が起きた。
「…え?…なんで?!」
「そんな!」
輝きを取り戻した瞳がまた音をたてて石に戻ってしまったのだった。
◇
「これが石眼病の恐ろしいところなのだ。」
『よーするに不治の病だ。』
不治の病、医者として歯がゆくなる言葉だ。
見えない神にでも勝手に己の限界を突き付けられているようであまり耳にしたくはないものだ。
「最近戦場に出られる事が減ったと聞いていましたが…。」
「すまないな、病には勝てなかった。」
『俺も歳だからなぁー、潮時よ。』
「そんな…!」
付き合いの長いエリザさんは悲しみに暮れている。
コーさんの言う「潮時」の意味は六魔将としてではなく、自分自身の幕引きに近い意味を持っている事は誰にも明らかだった。
『そんな顔すんな、まだ病はそんなに進んじゃいねぇから直ぐには死なねぇよ。』
「ん?というと病の進行状況が解るんですか?」
「うむ。」
曰くこの病に罹った者は段々と「邪気」に呑まれて身体が痺れたり、痛みを感じなくなったりするそうだ。そして段々と精神が邪気に蝕まれ無気力になり、飯も喉を通らずに死んでいくという。
『今まで魔眼で殺してきたやつの祟りだっていうけど本当かもしれねぇな。』
「我も多く屠ってきた故な、致し方なし。」
コーさんは憑き物が落ちたように清々しい顔をしている。
1人で抱えてきた問題だったのだろう、話す相手が出来てせいせいしたのだろう。
だが…。
(なんだか釈然としないな…。)
てっきり全身が石になって死ぬ、とかそういうものだと思ったんだが違うのか。今聞いた末期症状が何か引っかかる。
だがその違和感が何かわからず頭がもやつく。
テーブルの上の茶を煽り、苦味で思考をリセットする。
(何が、隠れているんだ?)
病というものは思わぬ所に原因が隠れていたりする。
頭痛の原因が顎の噛み合わせだったり、関節痛の原因が腸の病という事もあるのだ。
病気の診断の際にはありとあらゆる可能性を考慮し、真実に至らねばならない。
意識を内側に向け、そっと思考の海に沈める。
「先生?」
「…どう…したの…?」
『なんかえらい集中してんなぁ』
もう一度情報を整理しよう。
発症患者の傾向は魔眼持ち限定、そして高齢者が多い。
症状は眼球の石化、他に身体の痺れや無痛覚、それに食欲不振だ。
眼球の石化は推測しようがないので後回し。
身体に表れる痺れや無痛覚、これは神経障害の表れと考えて良いだろう。
そして段々と強くなる無気力症状と食欲不振。
人間ならば無気力状態になる原因は諸々ある、精神系・神経系の疾患に一部の臓器の不調だ。
…まだこれだけでは情報が足りない。
「コーさん、他に何か石眼病になった人の特徴はありませんか?」
『んぉ?そうだなぁ、なんかあったかなぁ…。』
「一つ、心当たりが。」
『なんかあったっけ?』
蛇頭が唸るなか、鶏頭が口を開いた。
「石眼病に罹った者が傷を負うと傷が黒化し腐れ落ちることがある。」
『あー!あったなぁ!傷口から邪気が入り込むとか。それが原因で死ぬ奴もいたなぁ。』
傷が黒化…?腐れ落ちる…?
腐れ落ちるという事は傷口からの感染、そして壊疽が起きているという事だ。
神経障害に壊疽…。
…ッまさか!
「エリザさんっ!」
「はいっ!?」
俺が出した大声に思わずエリザさんが飛び跳ねる。
普段無表情なキノさんも目を丸くしている。
「血液の味って分かりますか?!」
「は、はいっ?!いつも先生の血は美味しいです!」
「そうじゃなくて!酸っぱいとか塩っぱいとか…甘いとか!」
「わ、分かります!」
突然の質問に気圧されながらもエリザさんは懸命に答える。同時になんだか聞いちゃいけないことを聞いたような気もするが…
しかしこれなら鑑別出来るかもしれない。
そうとなれば善は急げだ。
「コーさん、今から診療所に来てもらえますか?」
「構わんが…?」
『どうしたんだぁ急に?』
「もしかすると…原因がわかったかもしれません。」
ようやっと異世界らしい病気が出せました




