カルテNo.10 カマをかけよう
俺達3人は連れ立って町はずれにある沼地に来ていた。
目の前には草木を編んで作られた小さな庵がある。
キノさんの家ににたその庵は日本庭園にある茶室のような雰囲気だ。
「本当にやるんですか?」
「まぁ大丈夫でしょ、その時はその時ってことで…。」
「うーん…なんか…違う…。」
庵を前に皆不安そうな口ぶりだが、問題は無いだろう。
というのも二人には俺の違和感解消のために慣れないことをしてもらっている。現にキノさんはまだ手間取っている。
まぁ、それ程神経質にならなくても俺の勘が外れたら笑われるだけだし、聞く限り機嫌を損ねるような相手でもないだろう。
問題なのは勘が当たってしまった時の方だ。
「それじゃ、呼ぶぞ… ごめんくださーい。」
庵に向かって声を上げると草木が擦れる音と共にかわいらしい白いモコモコが顔を出した。
サングラスついてるけどな。
『人の家の前でコソコソと…誰だぁ?って』
「主らか。」
相変わらずダンディな声をしている。
知らぬ人がこの声を聞いたらトレンディ俳優か何かかと思うだろうが残念、コーさんだ。
「どうも、急に押しかけてすいません。」
「構わぬ、何用だ?」
『本当だぜ!昼寝しようとしてたのによぉ!』
「実はちょっとご相談がありまして…。」
相変わらず本音と建前がごっちゃになって難儀な人だ。
ともあれかわす会話は何とも普通、日常の挨拶だ。
だからこそ俺の中で疑いが確信に変わりつつある。
外れてくれればよかったんだがな。
先に俺の憶測を伝えていた二人は驚きを隠せない表情のまま固まっている。
「…どうした?」
『呆けちまってどうしたんだぁ嬢ちゃんたちは?』
「いえいえ、お気になさらず。立ち話もなんですし…あがらせて頂いても?」
持参した菓子折を掲げるとコーさんはピクリと震えた。
菓子折の中身は城下町で人気の生ケーキ。
コーさんが甘味好きなのはリサーチ済みだ。
「…狭い家だが、許せ。」
『ったくしょーがねぇなぁー!』
「それじゃ、お邪魔します。」
「「しまーす。」」
◇
『やっぱ菓子はうめぇなぁ!』
「甘露だ。」
「お口にあってよかったです。」
狭い家の中で肩を寄せ合って茶と菓子を頬張る。
机の上にはクリームをふんだんに使ったフルーツケーキが並べられている。
魔王軍領は人間領と異なり土地が豊かだ。
植物を操る魔物がいるため砂糖も作れるし、魔獣から乳も取れるから乳製品も沢山ある。そのため人間領と比べると菓子が幅広く普及しているのだ。
『それで、今日は何の話だっけ?』
器用に舌でクリームを舐めとりながら蛇頭が切り出した。
個人的にはこのまま楽しいお茶会で終わりにしたかったんだが…そうもいかないよなぁ。
「そうですねぇ、単刀直入に申し上げても?」
「何だ?」
深く息を吐いて腹を括る。
どんな時も患者にこういった話をするのは気が重い。しかも診察を頼まれてもいないのに指摘するのは医者としてタブーだ。
だが、何かあったらよろしく頼むとラストさんに頼まれてしまっているから仕方ない。
「コーさん、貴方…目に病を抱えておられるのでは?」
突然の俺の発言に空気が凍てつく。
こちらの2人はもう落ち着きを取り戻している、が
目の前の鶏頭と蛇頭はピクリと震えた。
『い、いきなり何を言うんだ?失礼な奴だなぁ。』
「えぇ、とても失礼なことを言っているのは解ります、ですがこちらも憶測で話しているわけでは無いんです。」
「…なに?」
「エリザさん、キノさん。」
俺が名を呼ぶと二人はコーさんの正面に立って見せた。
解りやすく手を広げ目の前で回って見せる。
「何かお気づきになりませんか?」
『何って…いつもと変わらないじゃねぇか。』
「コーさん、本当ですか?」
変化に気づかないコーさんの反応に一番付き合いが長いエリザさんが悲し気な表情を浮かべる。
「今私が纏っている服の色、真っ赤なんです。」
「因みに…私は…青…。」
「…ッ!」
鶏の視界は人間と同じように色彩を認識できるが蛇の視界はそうではない。ピット器官という特殊な器官に頼っているせいかものが全体的に紫がかって見えているのだ。
その特徴を踏まえて俺は今回こんな策を弄する事になったのだ。
彼女たちのような魔物は実際に衣服を着ているケースもあるが、基本的には魔力で作り出した服を纏っている。そのため魔力を調節すれば衣服の形や色は簡単に調節できる。
その能力で今回二人には服の色を変えてもらったのだ。
普段のエリザさんの服は清楚な白や薄い青色、キノさんは落ち着いた藤紫色や嵯峨鼠色の着物だ、それが鮮やかな赤や青に変わっていたら誰しも少しは触れるだろう。
加えて俺の白衣も金色に染まっているから尚更だ。
しかしコーさんは全く気にする様子もなく俺達を家に招き入れた。だから俺の目的はこの家に来た時点である程度達成されていたのだ。
「…いつから気付いていた?」
「そうですね、最初に違和感を感じたのは診療所で転ばれた時です。」
思い出しても不思議な光景だった。
焦っていたとはいえ六魔将ともあろう物があそこまで盛大に転ぶだろうか?
それに加えて抱き起こした時の反応。
正面から抱き起したのにコーさんはとても驚いていた。
あの全身を強張らせる感じ、視覚障害を持った人に突然触れてしまった時の反応に似ていたのだ。
健常人は突然肩を叩かれても然程驚く事は無いが、視覚障碍者にとってそれは恐怖でしかない。
光の無い暗闇の中で突然誰かから触れられると考えれば恐ろしいものだ。
「あの時、蛇頭の方が身体の下敷きになっていて周りが見えなかったんですね。」
「…正解だ。」
コーさんが浅い溜息が漏れ出す。
残念だがやはり予想は当たってしまったようだ。
そうなると診察しない訳にはいかない。
「診せて頂けますね?」
「…あまり見て気持ちの良いものではないぞ。」
俺達に断りを入れつつコーさんはサングラスを外した。
羽で器用に外すものだと感心していたが、そんな感想はすぐに吹き飛んだ。
「えっ!?」
「…うそ…。」
飛び込んできた光景に思わず二人が言葉を詰まらせる。
俺も想定外の状況に言葉が出ない。
「言っただろう、気持ちの良いものではないと。」
自らを卑下するようなコーさんの言葉
公言しない理由がわかった気がする。
本来双眸が有るべき場所、そこに有ったのは
―――石と化した瞳だった。




