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入れ替わり

作者: trt

ホラー2019の応募作品2つ目です。



 仕事をしている最中、私の携帯宛に一本の電話が鳴り始めた。

 画面の表示を見ると総合病院の文字。

 以前病気をしたので電話した際に登録したのだったか。


「はい」

波浪井出(はろういで)様の携帯でございますか?」


 電話に出ると総合病院の看護師をしている女性から電話だった。

 とても緊迫した様子の声色と言うべきだろうか、何か急いるのか電話越しからしても騒がしい感じだった。

 私はまだその時何も知らずに「はいそうですが?」と疑問の声を上げながら答えた。


「実は、奥様の波浪洋子(ようこ)さんが――――」


 聞いた瞬間、一瞬彼女は何を言ってるのかと理解できなかった。

 それは私の妻、洋子が交通事故にあったと言う知らせの電話である。

 電話が終わると私は居ても立っても居られず仕事を早退させてもらい、病院に着くと今はまだ手術中であり待合室で待機するよう言われた。

 多分あまりの慌てっぷりに対応してくれた看護師が落ち着かせるように言ったのだろう。

 実際私自身未だに信じられなく、混乱している。


「波浪井出さんですか? 私はこう言うものです」


 そう声をかけられ見上げると、スーツ姿の男性がいた。

 懐から取り出した黒い手帳。

 広げると、ドラマなどでよく見る警察手帳であった。 


「警察、いやこういうときは刑事さんですかね……、何でしょうか……」

「だいぶお疲れのようですね」

「妻が、洋子が何故こんな事に……」

 

 話を聞くと、当時洋子は一人で買い物をしていたそうだ。

 すると一台の車が洋子目掛けひいたとの事、そして車の持ち主は壁に突っ込んで大怪我を負う重体であり意識は失っているという。

 刑事は私に洋子の事で恨み言はされていないかと言う。

 もしかしたら洋子と被疑者の関わり合いがあるかもしれないと言う直感だろう。

 だが私は思い浮かばず首を横に振ろうとしたが、それ以上に洋子がこんな事になったのに対してショックのあまり、私は身を引き裂かれそうな思いが過り不安と恐怖で崩れそうになった。

 すると看護師が止めに入り、私に水を差しだしてくれた。


「波浪さん。お気を確かに。今は奥様は手術をされていますが、成功しますよ」


 気休めだろうが、その一言に多少救われた気がする。

 更には不幸中の幸いからか、今現在行っている執刀している医者はこの病院で一番腕の良い医者であるという事だ。

 その話を聞き、私は気力を取り戻すかのように落ち着き水を貰うと飲んだ。

 いつの間にか刑事は居なくなったが、私が座っている椅子の隣に名刺が置いている事に気づく。

 確か何か思い出した際に連絡してほしいと。思い出すのかはわからないが名刺は懐へとしまった。

 私が来てから早数時間は経つだろうか、長時間に及ぶ手術は終えたからか手術中のランプは消え扉が開く。

 出てくるストレッチャーに洋子が乗せられていた。 

 包帯でグルグルに巻かれ顔は事故の悲劇を物語っている様子。

 私は出てきた医師に「妻は……」と聞くと、医師は「無事成功しました。もう大丈夫です」と言葉を聞いて胸を撫でおろし、感謝の気持ちを述べ何度も頭を下げた。

 改めて医師の容姿を見ると、結構な歳なのか50、いや60ぐらいの老けた男性。過去にテレビで見た事がある。

 確か一人で難解な手術や複数人の重症患者を同時に挑み死者一人も出さず成功させたと言われるスーパードクターであり、この病院の医院長。

 それ以外でもどこかで見た事あるような……。思い出せない。

 改めて周囲を見ると医師はこの人一人だけで、腕にさぞ自信があるのだろう。

 しかしそんな事はどうでもいい、私は洋子の病室へと入ろうとするが、看護師にストップをかけられた。

 今日は安静にさせるために後日改めて来るように言われたので仕方がなく従う。


 次の日の朝一、仕事前に洋子の様子を伺うために病室へと向かう。

 許可を貰い、病室に入ると心電図が鳴り響いているが目を覚ます様子はない。

 今の所は安静で数日には目を覚ますと、その際に医院長から記憶の混濁こんだくが見られ事故当時やその前の記憶が曖昧、性格や口調、声質も多少変化するかもしれないと話してくれた。

 それさえ受け入れる覚悟は私にはあると伝えると、医院長はわかりましたと嬉しそうに頷いた。

 もっと一緒に居たいが、仕事をしないわけにはいかないので私は会社に向かった。


 会社では上司は理解を示してくれて、しばらくは早退を認めてくれたりしたのは感謝だった。

 仕事の休憩中、同僚が話しかけてきた。


「奥さん、無事で良かったな」

「ああ、本当あの医者には感謝しかないよ。彼女がいなければ俺の人生は終わってたも同然だったから、彼女なしには考えられない」

「確かお互いにストーカー被害にあっていたんだっけ?」

「ああ、自分が学生だった当時何気なく助けた女がいたんだが、勘違いしたのか最初はそこまで気にしていなかったが、急激にエスカレート。更には身内の不幸もあり精神的に参っていたんだ。それを助けてくれたのが洋子というわけだ」

「へえ。そのストーカー女は今どこに?」

「わからない。洋子が彼女になったと伝えるとわかってくれたのかさっぱり姿を現さなくなったから」

「そうなんだ。ちなみに奥さんの場合は?」

「俺と付き合ってからしばらくして互いに社会人になったとき、帰りにつけられたのが最初らしい。最初はそこまで気にしなかったが、次第にエスカレートして家についていったりしたという。勿論その事は自分に話してくれたおかげで対応もできて捕まえたし」

「やるな。お前の行動は賞賛に値するよ」


 同僚と話していると私の肩に誰かが手を置く。


「そうだな。それなら仕事も助けてあげないとな」

「部長!」

「今日も行くんだろ? なら彼にまかせて行きなさい」

「は、はい!」

「おいおい、またか。仕方ねーな今度奢れよ」

「ああ、いくらでも奢ってやるさ」


 本当に良い環境に恵まれたと思った。

 仕事が終わり、私は急ぎ足で病院へと直行すると妻の待つ病室へと向かった。

 未だに洋子は寝静まっている。

 早く起きてほしい、起きて私の手を握り返して井出と私の名を呼んでほしい……。


「んっ……」

「洋子?」


 確かに声がした。

 願いが通じたのか、洋子が少しずつ目見開くと、私を認識したのか「井出……さん」と言った。

 声は以前の洋子と違い少し高めに感じたが、声質の変化は事故の影響や手術で変わるかもしれないと医院長からきかされていたので気にしない。

 そんな事よりも私は歓喜のあまり涙を流した。

 その後、看護師に妻が起きた事を知らせ、知らせを受けた医院長は病室にて異常がないかの診断をしていた。その間私は上司に連絡をとる事にした。


「良かったじゃないか」

「はい、お騒がせして申し訳ありませんでした」

「いやいや、仕事が手に負えないって感じだったので流石に心配してたが。その様子だと大丈夫そうだな」

「はい、明日からいつも以上に働かさせていただきます」

「はっはっは、それは楽しみだ。ではまた明日」

「失礼します」


 電話を切り、懐にしまおうとしたら何かを入れてるのに気が付く。

 それを取り出すと、一枚の名刺があった。

 そういえばあの刑事に何かあればとあったが、妻の件も兼ねてあの事件の事を改めて知りたいので電話する事にした。

 だが結果からすれば(かんば)しくない事態に出くわした。


「すまないと思うが今回の事件に我々は手を引かざるをえない」

「何故ですか?」

「あまり公には言えないが、上からの命令としかいえない。更に言えば報道も規制されて」

「圧力というわけですか……」

「すまない」


 歯切れが悪いように聞こえた。

 電話が切れると、私は考え込んだ。

 実際未解決の事件となり、犯人の動機も知れず、表沙汰にもできず刑事として要求不満なんだろう。

 私も妻がこんな目に合わせた犯人を許さない。できれば捕まえて牢屋に入れたい気持ちでいっぱいだ。

 携帯を懐へとしまうと、妻が待っている病室へと向かった。

 診断が終わったのか医院長が出てくるのが見えた。


「あのう、妻は?」

「やはり記憶の混濁は起きています。今は奥様にはあまり事件当日の事は話さず、記憶の整理を指せるために今までの生活や成り行きなど、旦那さんから話して下さい。そうすれば仮に事件当時の事を思い出しても混乱は起きにくいでしょう」

「わかりました」

「それから一度、顔の整形したほうが良いでしょう」

「整形ですか?」

「顔に傷が残る可能性もあるわけですし、その傷を見るたびにPTSD。つまり当時の記憶が蘇り混乱が起きるかもしれません。それに女性である以上元の姿に戻る事を望みます。もちろん私が責任もって手術いたしますので」

「ありがとうございます。それじゃあよろしくお願いします」


 医院長は頷くと歩いて行った。

 私は妻の待っている病室に戻ると、寝ていた妻は私を見ると微笑んだ。

 表情には表せないが、気張っている風にも見える。

 私は妻の手を無言で取ると、妻も私の手を無言で握り返す。


 数ヶ月後、洋子の怪我は完治し退院する事が出来た。

 医院長に言われた通り、今までの生活や私達が付き合ったときの事まで話した。

 そのおかげか、当時の事故の事を話しても混乱は起きず受け入れてくれた。

 整形の手術も抵抗があると思いきや洋子は私のためにと受け入れてくれたのだ。

 従って今の洋子の顔も事故前の当時のままの姿。

 まさに噂にたがわぬ腕の持ち主と言える。


 そんな私と洋子の二人は医院長室にあるソファーに座っていた。

 お礼がしたいと申し込むと、医院長自ら了承してくれたのだ。


「改めて妻の洋子を助けて下さりありがとうございます」

「いやいや、私も患者が治る事を心から喜んでいますよ」

「しかし、今更こんな事を言うのもあれですが、どうしてここまでしてくれたのでしょうか? 医院長であるのであれば他にも色々と患者は居られるでしょうし」


 一番の疑問点だからだ。

 これだけ偉いさんなのだから、悪い言い方をすると私も洋子も権力何て全くないメリットは皆無のはずなのだから。


「一つはこの病院の医院長とは言え私も医者である事。もう一つは洋子さんには昔お世話になったのでね」

「洋子がですか!?」

「ええ、当時は無理だったが、今度は()()()()()()する事ができたからだ」


 成功。お礼の事かな?

 そんな疑問を置くように、妻は頷くと「はい」と答えた。


「これから私は夫の井出とともに暮らします」

「ええ、これからお二方上手くいくことを祈っていますよ」

「ありがとうございました。さあ行きましょう()()()


 洋子は俺の腕を組むと医院長室から出て行った。

 病院を出ると私は一度、後ろに視線を向けた。

 いくつかのガラス窓が設置されて外を見られるようにしている。

 その中には先ほど私達がいた医院長室の窓もあるだろう。

 そんな中、一つの窓に人が私達を見ていような気がする。

 逆光で見えないが気になりつつも、意識を戻すように私の腕は洋子に腕を引っ張られた。


「私達の家へ帰りましょう」








「先生。どちらへ?」

「特別病室だ。しばらくはそっちにいるので対応は他の先生方に任せる」

「わかりました」


 特別病室は特殊な病気持ちの患者の為の部屋ともいえる場所。

 また各界の重鎮(じゅうちん)に関係する患者用の部屋ともとっていいだろう。

 そんな病室の一つに、ある一人の女性がベッドで寝ている。

 私は彼女を丁重に車椅子に乗せ、彼女の頭を撫でながら窓際へと向かうように押す。

 窓の外を見ると井出と洋子が腕を組み互いに嬉しそうに歩いている姿が見えた。


「彼は無事に彼女とともに歩み始め、彼女もまた新たな人生で歩き始めたよ」


 彼女は涙を流しながら悲壮に苛まれる。


「そんな嬉し泣きをするほどとは、私も頑張った甲斐があるってものだよ」

「あ、あなたは悪魔よ」

「おやおや、これだけ長い年月かけて君の事を想い過ごしてきたのにひどい言い方だ。まあそれも時間の問題。君はもう頼れる人物が私一人のみになったのだから」

「どうして。どうしてこんな事をするの」

「復讐だ。当時私は年甲斐もなく君に恋をした。しかし君は彼、井出という男に騙されて付き合いだした。それを止めようとした矢先にあの男は私をストーカーと呼んで警察に通報。私の父も権力を持っていたので難なく収める事ができたが」

「まさか、あの時の……」

「それに彼女も私と同じように君に怨んでいたようだからね。今回の申し出も彼女からであって、事件での出来事を揉み消すのに各界に連絡をつけるのには苦労したよ」

「もしかして、あたしをひいたのって」

「そう彼女さ。まあこれからは井出君とともに幸せに暮らすだろうがね」

「いやぁ! 帰して帰して!」

「さあ、私達も彼女のように幸せな家庭を築こうではないか洋子(・・)


最後まで読んで下さりありがとうございました。

キーワードにあった「真実を知らなければハッピーエンド、真実を知ればバッドエンド」とはこんな感じになりました。

ネタバレ気味になってしまうので載せるかどうか少し悩みましたが、まあタイトルも似たようなものだしいいかなと言った感じで載せました。


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