表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【EDA】最強剣士は隠遁したい  作者: EDA【N-Star】
6/32

2-3 招かれざる訪問者




 それから半日が過ぎて、太陽が西に大きく傾きかけた頃、ガルディルは山中の我が家に帰還した。

 が、その腕にはメイアを抱いたままである。けっきょく半日をかけて歩き回っても、メイアを託せるような人間とは巡りあうことができなかったのだ。


「何なんだよ、畜生め。この世の中は、いつからこんなに世知辛くなっちまったんだ?」


 そのようにぼやいても、何かが解決するわけではない。取り急ぎ、ガルディルは牧野のヤギたちを小屋に戻して、壁に吊るしていたザクロとイチジクを屋内に取り込むことにした。


(俺だって、好きでこんな面倒事を背負い込んだわけでもねえのに……つくづく貧乏くじを引かされちまったなあ)


 すべての仕事を終えた後、ガルディルは荒っぽく木箱の上に腰を下ろした。

 メイアは椅子に座したまま、ぴくりとも動かない。その身のマントを脱ごうともせず、フードも深く下ろしたままだった。


(……まあ要するに、こいつがこんな貴族じみた姿をしてるのが原因なんだろうな)


 そのように考えながら、ガルディルはもう何回目になるかもわからない溜息をこぼした。

 レヴィンの宿場町において、ガルディルは何十名もの人間に声をかけることになった。これは迷い子の娘であるので、リールかザンの町に連れていってやってほしいと、馬車を持つ人間に片っ端から声をかけてみせたのである。


 しかし、その結果がこれであった。

 声をかけた人々は、迷惑そうな面持ちでガルディルの申し入れを断るか、あるいは自警団の男と同じように、下劣な欲情を剥き出しにするばかりであったのである。


 メイアがどのような運命を辿ろうとも、ガルディルには関わりがない。

 しかし、あのような者たちに引き渡すぐらいであれば、ダムドの山に放り捨てるほうが、まだしも親切というものだろう。いかに面倒事を嫌うガルディルであっても、そこまで非情になりきれるわけがなかった。


(だいたい、こいつが本当に貴族の娘っ子だったりしたら、俺まで大罪人扱いされちまうかもしれねえからな。そんな危ない真似ができるかよ、畜生め)


 かといって、永久にメイアの面倒を見続けることなど、できようはずもない。

 ガルディルとしては、八方手詰まりの状態であった。


「こうなったら、俺が自分でリールかザンにまで送り届けるしかねえか。チーズや乳酒で馬車に乗せてくれるやつがいりゃあいいんだけど……今日の感じじゃ、見込みが薄いよなあ」


「…………」


「それに、リールでもザンでも、往復で二日はかかるはずだ。その間、ヤギや畑の面倒を見ることもできねえし……うーん、こいつは厄介だぜ」


「…………」


「あのなあ、俺はお前さんのために頭を悩ませてるんだぞ? 黙りこくってねえで、何とか言ったらどうなんだ?」


 メイアは、フードの陰からガルディルを見つめてきた。

 不機嫌な感情を煮詰めて干し固めたかのような眼差しである。そういえば、メイアは宿場町に下りて以来、一言も口をきいていないような気がした。


「何だよ。何か不満でもあるってのか? 言っておくけど、晩飯は日が暮れてからだからな」


「…………」


「おい、いいかげんにしろよ? 何か不満があるってんなら、はっきり言いやがれ」


「あの人は……」と、メイアは感情の欠落した声で言った。


「……あなたに、メイアを託すって言った。それなのに、あなたはメイアを他の人間に押しつけようとしてる」


「あん? そりゃあそうだろう。お前さんだって、まさかこんな山の中で一生を過ごす気にはなれねえだろう?」


「…………」


「おいおい、本気で言ってんのか? 俺にはお前さんを育てる義理も甲斐性もねえんだよ。だから、お前さんが自分の家に戻れるように、こうして世話を焼いてやってるんじゃねえか」


「……家なんか、ない」と、メイアは静かに言い捨てた。

 ガルディルは、思わず眉をひそめてしまう。


「おい、それはどういうこったよ? お前さんは、自分の家のことも覚えてないって言ってたはずだよな?」


「覚えてない。でも、たぶん……メイアの家は、なくなった。だから、あの人がメイアを連れ出してくれたんだと思う」


 ガルディルは手をのばし、メイアのかぶっていたフードを後ろにはねのけた。

 窓から差し込む黄昏刻の陽光が、メイアの白い面を照らしだす。

 紫色をしたメイアの瞳は、限りない悲哀の光をたたえていた。


「……だったらなおさら、お前さんはもっとまともな居場所を探すべきなんだよ」


 頭をかきながら、ガルディルはそのように言ってみせた。


「それまでは、とりあえず俺が面倒見てやるからよ。……そんな泣きそうな目をすんな」


「メイアは、泣いたりしない」


 その顔は無表情のまま、ちょっとムキになった様子でメイアは言い返してきた。

 ガルディルは「ははん」と笑ってみせる。


「そうそう。何も覚えてないのに、悪い風に考えたってしかたがねえだろ? 人間、生きてりゃ何とかなるもんさ」


「…………」


「さて。ちっと早いけど、食事にするか。そろそろ暗くなってきたみたいだし――」


 と、そこでガルディルは奇妙な気配を感じ取った。

 このような場所には存在するはずのない、複数の人間の気配である。

 ガルディルは立ち上がり、メイアの身体を椅子ごと持ち上げて、奥の壁際まで移動させた。


「お客さんかい? こんな山の中に踏み入ってくるなんて、酔狂なこったね」


 ガルディルがそのように呼びかけると、扉の外でぎくりと身体をすくめる気配がした。気配を殺してもいないのに、気づかれずに済むとでも考えていたのだろうか。


「いったい何の用事だい? 俺なんざに用事のある人間は、この世に存在しねえと思うんだけどなあ」


 ガルディルが言葉を重ねると、家の扉が荒っぽく開かれた。

 さして広くもない家の中に、三名もの人間が押し入ってくる。それは、いずれも腰に刀剣を下げた、三名のむくつけき男たちだった。


「おお、本当にいやがったぜ。こんな山の中を歩き回った甲斐があったじゃねえか」


 ひときわ大柄な体格をした男が、嘲笑まじりに言い捨てる。残りの二名も、にやにやと下卑た笑みを浮かべていた。


「おっさん、その娘を渡してもらうぜ。まさか、逆らったりはしねえよなあ?」


「お前さんがたは、この娘っ子に用事だったのかい? 見たところ、家族とも思えねえような風体だけどなあ」


 そのように述べてから、ガルディルははたと思い当たった。


「あれ……お前さんがた、どこかで見たような気がするな。もしかしたら、昨日あの食堂で出くわしたお人らかい?」


「ああ、その通りだよ、等級外のおっさん。覚えてくれていて、光栄だね」


 男たちは、口もとを歪めてせせら笑っている。いずれも二十を少し超えたぐらいの年頃であろう。それでは、おっさん呼ばわりも否めないところであった。


「で、お前さんがたが、この娘にどういう用事なんだい? まさか、顔見知りってわけでもねえんだろう?」


「とぼけたことを言ってやがるな。手前は何の事情も知らずに、その娘っ子を連れて歩いてたのか? ……その娘っ子は、リールの町で手配書を回されてる罪人なんだよ」


 ガルディルは少なからず驚かされて、メイアのほうを振り返ることになった。

 ちょこんと椅子に座したメイアは、人形のごとき無表情で男たちを見返している。


「こんな幼い娘っ子が罪人ってのは、どういう了見だよ? 罪状は何なんだ?」


「知らねえな。俺たちが知ってるのは、そいつをリールの領主様に引き渡したら、金貨の報酬をいただけるってことだけさ」


「罪状を明かされない罪人なんて、いるもんかよ。そいつは何か、貴族がらみの陰謀なんじゃねえのか?」


 ガルディルが問い質しても、男は「知らねえよ」と笑うばかりであった。


「貴族の目論見なんて、知ったことじゃねえや。さ、おしゃべりはこれぐらいにして、その娘っ子を引き渡しな」


「……悪いけど、とうていそんな気持ちにはなれねえなあ」


 ガルディルは、等級外の刀剣を抜いてみせた。

 男たちは、小馬鹿にしきった様子で笑い声をあげる。


「おいおい、本気で俺たちとやりあうつもりか? 俺たちは全員、三等持ちなんだぜ?」


「どんなに立派な刀剣を持ってたって、使いこなせなきゃ意味はねえさ。見たところ、それほど熱心に腕を磨いてる様子もねえしなあ」


 ガルディルは、刀剣の腹で自分の肩を叩いてみせた。


「だけど、ひとつだけ忠告しておこうか。この山にはそれなりの魔獣が出没するし、そろそろ日の暮れる頃合いだ。せっかくの刀剣をなくしちまったら、帰り道はかなり心細い思いをすることになると思うぜ?」


「等級外が、何か言ってやがるぜ」


「手前で退治できるていどの魔獣なんざ、屁でもねえよ」


 男たちも、次々と刀剣を抜き放った。

 赤と、青と、緑の刀身だ。紅玉、藍玉、翡翠の刀剣であろう。しかし、その刀身を駆け巡る魔力の輝きは、実にささやかなものであった。


(だけどまあ、大事な家を傷つけられたら、かなわねえしな)


 ガルディルは、黒曜の刀剣に闘気を送り込んだ。

 漆黒の刀身が、ゆらりと黒い魔力に包まれる。それを見て、男たちはぎょっとしたように目を見開いた。


「お、おい、等級外の刀に、どうしてそんな魔力が――」


 ガルディルはかまわず、一気に男たちとの距離を詰めた。

 まずは正面にいた男の刀をなぎ払い、返す刀で、右側の男の刀を叩く。赤と青の刀剣は、それで二つにへし折られて、床に転がることになった。


 振り返ると、最後の男が翡翠の刀剣を振りかざしている。

 ガルディルは頭上に刀剣をかざして、相手の刀が振り下ろされるのを待ち受けた。

 刀身と刀身が触れる寸前に、自分のほうからも刀を突き上げる。翡翠の刀剣は真ん中で折れて、弾け飛んだ切っ先が深々と屋根に突き刺さった。


「あー、しくじった。補修しねえと、雨漏りしちまうな」


 ガルディルは溜息をつきながら、メイアの待つ壁際まで引き退いた。


「さ、気が済んだんなら、帰ってくれ。この娘っ子をどうするかは、俺が頭を悩ませるからよ」


 男たちは、まだ何が起きたのかも理解しきれていない様子であった。半分の長さになった刀剣をかまえたまま、全員がぽかんと口を開けている。


「どうしたんだよ? ぐずぐずしてると、本当に日が暮れちまうぞ? 素手で魔獣とやりあいたいなら、好きにすりゃいいけどよ」


 男のひとりが、「ひゃあっ!」と悲鳴をあげて、家を飛び出した。

 残りの二名も、慌てふためいた様子でそれを追っていく。残されたのは、三本の折られた刀剣のみであった。


「やれやれ、騒がしいこった。……で、お前さんは帰らねえのか?」


 ガルディルが呼びかけると、開かれたままであった扉の外から、「あは」という笑い声が聞こえてきた。


「何だ、気づいてたのかい。人の悪いおっさんだね」


「こそこそ隠れてたやつに言われたくねえなあ。お前さんも、あいつらのお仲間なのか?」


「冗談はよしてよ。どうしてあたしが、あんな三下どもとつるまなくちゃならないのさ」


 扉の外から、新たな闖入者が姿を現した。

 まだ若い、少女と言っていいぐらいの娘である。しかし、その腰に下げられた刀剣には、二等級の刻印が刻まれていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ