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【EDA】最強剣士は隠遁したい  作者: EDA【N-Star】
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8-2 結集

「私の名は、ヴィーラ。《赤の一族》の、次代の族長よ」


 竜人の女は、悪意のしたたる声音でそのように述べたてていた。

 竜人の女の多くは、妖艶なる姿をしている。ヴィーラと名乗るこの竜人も、例外ではなかった。


 すらりと背が高く、肉感的な肢体をしている。顔立ちも、寒気がするほどに美しい。彼女が人間であったならば、多くの男が魂をつかまれていたことだろう。また、この竜人は黒い瘴気で構成された帯やマントのようなものを纏っているのみであるので、その妖艶なる肢体がほとんど人目にさらされてしまっていた。


 しかし、赤と黒がまだらになった髪の隙間からは、深紅に燃える角が生えている。

 蠱惑的な唇から覗くのは、白い牙だ。

 ぬめるような白い肌にも、ところどころに赤い鱗が見えている。美しい顔も頬のあたりは鱗に覆われており、それは咽喉もとにまで続いていた。


 そしてその目は、魔獣と同じように、赤く燃えている。

 竜脈の鎮静化されたこの場所においても、その身から発散される瘴気の濃密さは尋常でなかった。半月ほど前に討ち倒した竜人とは比較にならぬほどである。あと何歩か近づかれるだけで、メイアが首に掛けた護符を砕かれてしまいそうだった。


(次代の族長ってことは、族長の娘かよ。それじゃあ二等級でも太刀打ちできねえな)


 これはガルディルにとって、最大の窮地であった。

 が、幸いなことに、背後には別の坑道が口を開けている。それがどこに続いているかは不明なれども、勝てる見込みのない相手と真正面からやりあうよりは、数段ましであるはずだった。


「……ドルミアの王弟殿下と竜人が仲良く手を携えてるってのは、いったいどういう冗談なんだ?」


 両者の隙を探るべく、ガルディルはそのように問うてみる。

 答えたのは、王弟ルイムバッハのほうであった。


「我々は、共闘の絆を結んだのだ。人間と竜人が手を携えるというのは、この世で初めての偉業となろう。其方にも、この偉業の礎になってもらいたく思っている」


「偉業ねえ。いったいどんな魔法を使ったら、竜人を下僕にすることができるんだい? 武力を使わずに竜人と共生できるってんなら、俺だってやぶさかではねえからな」


 ガルディルは適当な言葉を並べたてただけであるのだが、ヴィーラのほうが切れ長の目をぎらりと瞬かせることになった。


「武力を使わずに、共生……? もしかしたら、その娘は記憶を取り戻したのかしら? そんなはずは、ないと思うのだけれどね」


「どうしてそんな風に思うんだい? そもそもお前さんは、どうしてメイアをつけ狙うんだよ?」


「それは、その娘が裏切りの一族の、最後の生き残りであるからよ。その娘だけは、どうしても生かしておくことができないの」


「裏切りの一族? そいつはどういう――」


 と言いかけたところで、ガルディルは新たな人間の気配を察知した。

 背後の坑道から、複数の人間の気配が近づいてくる。ガルディルは舌打ちして、光の壁を背に取ることになった。


「お、王弟殿下! こちらにおいでであられたのですか……」


 現れたのは、《黒曜の剣王》たるギレンであった。

 その後に続いたのは《藍玉の剣王》たるゼラムスであり、肩にはひとりの騎士を担いでいる。ガルディルにとっては、悪夢のような展開であった。


「ま、待て! そこにいるのは、竜人ではないか! どうしてこのような場に竜人がおるのだ!?」


 ゼラムスが慌てふためいた声をあげて、騎士の身体を放り捨てる。硬い岩盤に放り出されて苦悶のうめき声をあげたのは、手足を縛られたレオ=アルティミアであった。


「其方は《藍玉の剣王》であり、そこに転がされたのは《琥珀の剣王》か。これこそ、どういうことであるのだ、ギレンよ?」


 ルイムバッハは落ち着き払っており、そのかたわらのヴィーラも妖しく微笑んでいる。聖剣を抜こうとするゼラムスを制しながら、ギレンは顔面蒼白になっていた。


「いや、語るまでもない。このガルディルとメイアなる娘も含めて、すべて其方がこの場に招いた客人であったのだな、ギレンよ。それでようやく、腑に落ちた。我の聖域を、ずいぶん好き勝手に荒らしてくれたものだな」


「い、いえ、これは……」


「語るまでもない、と言っている。其方が我の目を盗んで働いた狼藉に、気づいておらぬとでも思っていたのか?」


 ルイムバッハの声や表情は穏やかなままであったが、その毒沼のごとき瞳にはふつふつと激情の泡が立っているように感じられた。


「其方はガルディルの居場所を突き止めておきながら、我に報告もせぬまま、その身を殺めようとした。我はガルディルを騎士団長に迎えるべく準備を整えていたというのに、其方は剣王の座を奪われることを恐れて、ガルディルに刺客を差し向けたのだ。……違うか、ギレンよ? 違うならば、釈明してみせるがいい」


「わ……わたくしは……」


「しかも其方は、その始末を《赤の一族》の竜人に託したのだ。この次代の族長たるヴィーラに話も通さずに、竜人を己の手駒とした。大事な同胞をいいように扱われて、ヴィーラがどれほどの怒りをかきたてられることになったのか、其方には想像もつかぬのか?」


「べつだん、腹を立てているわけではないけれどね。どうせその竜人は、私よりも先にメイアを始末して、族長に手柄を誇ろうとしていたのでしょうからね。そうでなかったら、私に隠れて勝手に動く理由がないもの」


 そのように述べてから、ヴィーラはにいっと唇を吊り上げた。


「だけどまあ……そこの剣王も、そいつと一緒に私を軽んじたってことなのだから……そういう意味では、面白くないわよねえ」


 ギレンは脂汗を流しながら、後ずさっていた。

 ギレンの腕では、聖剣を使ってもこのヴィーラを始末することは難しいのかもしれない。しかしガルディルは、ようやく光明を見出すことができた。


(あのボンクラから黒曜の聖剣を奪ってやれば、この竜人を始末できる。どうやらゼラムスのやつも王弟の企みは知らなかったみたいだから、邪魔立てはしねえだろ)


 ガルディルがそんな風に画策していると、ギレンが震える声をあげた。


「お、王弟殿下は、わたくしの行いをすべて見通されていたのですか……? ならば何故、その場で叱責されなかったのでしょうか……?」


「それはな、ガルディルが其方のちっぽけな野心に潰されるていどの剣士であれば、役には立つまいと考えていたからだ」


 ルイムバッハは毒沼のごとき瞳を陰鬱に輝かせながら、そのように述べたてた。


「しかしガルディルは、こうして我の前に立っている。やはりこやつは、我が見込んだ通りの人間であったということだ。ドルミアの歴史において、もっとも数多くの武勲を立てた、最強の剣王ガルディル……其方こそ、我の腹心に相応しい存在であろう」


「ちょいとお待ちくださいよ、王弟殿下。どんなに持ちあげられたって、俺は竜人なんざと手を組む気にはなれねえんだ。あんたはいったいどういう企みがあって、こんな真似をしでかしたのか、そいつを聞かせちゃもらえませんかね?」


 ガルディルとしては、武力でこの場を制圧する前に、すべての裏事情を把握しておく必要があった。ことと次第に寄れば、ガルディルはこの手で王家の人間を殺めることになりかねないのである。のちにきちんと弁明するには、王弟が大罪人であるという確証を握っておかねばならなかったのだった。


 ルイムバッハは「よかろう」と微笑むと、ゼラムスのほうに視線を転じた。


「この際は、《藍玉の剣王》にもすべてを打ち明けて、我のもとに下ってもらう他あるまい。《琥珀の剣王》よ、其方も気を失った演技などは取りやめて、我の言葉を聞くがよい」


「……ついに本性を現わしたな、王弟よ。私は何を聞かされようとも、決して貴様のような叛逆者の軍門には下らぬぞ!」


 地面に横たわっていたレオ=アルティミアが、顔だけを上げてルイムバッハをにらみつけた。

 ルイムバッハは、悠然と微笑んでいる。


「王太子めの寵愛を受けている其方であれば、そうなのであろうな。ならば、琥珀の聖剣だけでも手にしておきたいところだが……聖剣は、どこにやってしまったのだ?」


「……琥珀の聖剣は、地中に埋まってしまいました。レオ殿が、坑道で琥珀の魔力を発動させてしまったのです」


 悄然とした声で、ギレンが報告した。

「なるほどな」と、王弟は口髭をひねっている。


「上層の坑道が崩落したのは、そういうわけであったか。我とヴィーラはその騒ぎを聞きつけて、この場にまで足を運んできたのだ。我の聖域にまで被害が及んでいたならば、其方は口を開く前に首を刎ねられていたところであるぞ、ギレンよ」


「は……平に、ご容赦をいただきたく……」


「其方への罰は、のちほど定めさせてもらう。その前に、すべてをつまびらかにしなくてはな」


 ルイムバッハの瞳が、またゆらゆらと激情のゆらぎを見せた。

 毒の沼が沸騰し始めたかのようである。


「我は、この大陸を平定する。そのためにこそ、《赤の一族》と盟約を交わしたのだ。大陸の半分は我のものとなり、もう半分は竜人族のものとなる。その偉業を達成させるために、其方たちの力を借り受けたく思っている」


「大陸を……平定?」


 ゼラムスが、呆けた声で反問した。

 ルイムバッハは「うむ」とうなずく。


「まず我は、ドルミア王国の王となる。それから近隣諸国に進軍し、すべての領地を手中に収める。それに必要なのは、力のある剣士と、それに見合った武器と、竜人の力……武器と竜人の力に不備はないので、残るは剣士の存在のみである。ゆえに、其方たちを腹心として迎えたいのだ、ガルディルに《藍玉の剣王》よ」


 そう言って、ルイムバッハは光の壁のほうに手を差しのべた。


「この結界の向こうでは、いまも豊潤なる魔石が発掘されている。その魔石をもちいて、我はすでに数多くの刀剣を作りあげている。残念ながら、特等級の魔石はいまだに採掘できてはおらぬが……もうしばらくの時間を待てば、それも手中にできるであろう。この場においては、かつてないほど竜脈が活性化されておるのだからな」


「そりゃあ、あれだけの魔獣が群がっていたら、竜脈もとんでもない状態になってるんだろうなあ。で、竜脈が活性化すればするほど瘴気も濃くなって、次から次へと魔石が発掘できるようになるってわけか」


 そのように述べてから、ガルディルはゼラムスを振り返った。


「この向こうでは、数百匹もの魔獣が魔石の採掘に励んでるんだよ。魔獣が人間みたいに働いてるんだぜ? 笑えるだろ?」


 絶句するゼラムスを捨て置いて、ガルディルはヴィーラに向きなおる。


「で、魔獣にそんな命令を与えたのは、お前さんってわけだ。そんな勢いで退魔の刀剣を作られたら、竜人だってうかうかしてられないだろうに、ずいぶん親切なこったな」


「だからそれが、盟約であるのよ。おたがいに納得いくだけの領土を分かち合えたら、何も相争う必要はなくなるでしょう? 私たちは、それぞれの楽園を築きあげるために、手を取り合うことになったのよ」


 ヴィーラは爛々と目を燃やしながら、さも愉しげに笑っていた。


「そもそもこれは、私が王弟に持ちかけた盟約であるのよ。すべての人間と領土を分かち合うことはできないけれど、たったひとりの人間とならば、何も難しい話ではないでしょう? どれほど欲深い人間であっても、大地の半分を手中にできれば、まずは満足できるでしょうからね」


 ガルディルは、それで合点がいった。


「なるほどね。つまりあんたは近隣諸国に進軍して、そこで奪った領土の半分を竜人に進呈しようってお考えなんだな、王弟殿下?」


「その通りである。この大陸には果てしもなく大地が広がっているが、人間が健やかに暮らせる場所はごく限られている。そして……竜脈というものは、そういった肥沃な大地の下にのみ通っている。不毛な大地は人間にとっても竜人にとっても不毛であり、肥沃な大地は人間にとっても竜人にとっても肥沃であるのだ。ならば、肥沃なる大地を等分に分かち合えば、竜人との共生も可能であるということだ」


「それはつまり、この大陸に住まう人間の半分を生贄に捧げるっていう意味なんだな。そいつはまた、とんでもない偉業を思いついたもんだ」


 ガルディルは、深々と溜め息をついてみせた。


「あんたがたの企みは、おおよそ理解できたと思うよ。だけどわからないのは、メイアのことだ。そんな壮大な野望に身を焦がすあんたがたが、どうしてこんな娘っ子に固執するんだい?」


「さっきも言ったでしょう? その娘は、許されざる裏切り者であるのよ。竜人族に滅びをもたらす、呪われた忌み子……その娘だけは、どうしても始末しなければならないのよ」


 メイアは静かに、ヴィーラのおぞましい笑顔を見つめていた。

 その唇が、初めてこの場で開かれる。


「どうして? あなたはどうして、メイアを憎んでいるの?」


「私が憎んでいたのは、あなたの一族よ。どうせあなたは、封印の石で記憶をも封じられてしまっているのでしょうからね。あなたなんか、憎む甲斐もないわ」


 そのように述べたてて、ヴィーラはせせら笑った。


「あなたは、竜人よ。すべての竜人を破滅に追い込もうとした、《銀の一族》の生き残り……次代の族長であった、メイア。あなたは竜人としての記憶や魔力を、その額に埋め込まれた封印の石で封じられているだけの話なのよ」


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