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【EDA】最強剣士は隠遁したい  作者: EDA【N-Star】
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8-1 光の向こう

 メイアを抱えたガルディルは、闇の中を真っ逆さまに墜落していた。

 あたりには、岩盤の崩落する物凄まじい音色が轟いている。レオ=アルティミアが琥珀の聖剣の魔力を発動させたことで、秘密の採掘場とやらは崩壊の危機を迎えているようだった。


(地下のあなぐらで聖剣を地面にぶっさすなんて、無茶が過ぎるんだよ。つくづく気の短い剣王様だな)


 そんな風に考えながら、ガルディルは翡翠の刀剣を振りかざした。

 ガルディルたちは頭から落下しているので、それよりも下方に刀剣を繰り出す。鮮烈なる翡翠の色彩が刀剣からこぼれ落ち、周囲の闇をわずかに散らした。


 しばらくののち、凄まじい衝撃が腕に伝わってくる。

 ようやく下層の地面に到着し、刀剣が岩盤を叩いたのだ。


 そうして刀剣の魔力で落下の衝撃を相殺したガルディルは、すぐさま体勢を立て直して、頭上に刀剣を振りかざした。

 一緒に落下してきた岩塊が、魔力に弾かれて闇の向こうに消えていく。ガルディルは刀剣を旋回させて、降りそそぐ岩塊の雨を残らず防いでみせた。


 やがて大地の鳴動が静まると、岩塊の雨もおさまった。

 ガルディルは息をつき、ぼんやりと輝く刀身をメイアのほうに近づける。


「ああ、ひでえ騒ぎだったな。大丈夫か、メイア?」


「うん」とひとつうなずいてから、メイアはガルディルの頭に手をのばしてきた。その指先が髪を払うと、砂塵がぱらぱらと闇に舞う。


「ありがとさん。……おーい、ジェンカ! レオ! 生きてるか!?」


 ガルディルが声を張り上げても、返ってくるものはなかった。

 それに、金剛の魔石の結界の気配が、消えてしまっている。けっこうな地下にまで潜ってしまったものだから、結界の範囲から飛び出してしまったのだろう。それでも幸いなことに、あたりから瘴気は感じられず、メイアの首に掛けた護符も危急を知らせたりはしなかった。


 周囲に視線を巡らせると、闇の向こうにぽつんと赤い光が灯っている。上層の壁に掛けられていた魔石の燭台であろう。ガルディルは慎重に足を踏み出して、その燭台を拾いあげた。


「うーむ。敵とも味方ともはぐれちまったみたいだな」


 燭台の火を頼りに、あらためて周囲を確認したところ、見回す限りが岩塊の山であった。生きている人間も、死んでいる人間も見当たらない。頭上は濃密なる闇に閉ざされており、どのような状況であるのかも判然としなかった。


 どうやらここは下層の通路の途上であったらしく、片側にだけ道が続いている。逆の側は、崩落してきた岩塊にふさがれてしまったのだ。察するところ、他の人々はその岩塊の向こう側に落ちたのか――あるいは、岩塊の下で生き埋めにされてしまったのだろう。何にせよ、それは巨人が適当に積み上げた小山のような有り様であり、とうてい乗り越えることはできそうになかった。


「となると、この道を進むしかねえのか。うまいこと、外に繋がってるといいんだがな」


 ガルディルがそのようにつぶやくと、メイアがくいくいと髪をひっぱってきた。


「ねえ……他のみんなは、死んじゃったの?」


「さて、どうだかな。少なくとも、ジェンカやレオはそんな間抜けな死に方はしないと思うぜ?」


 半分は自分に言いきかせるために、ガルディルはそのように答えてみせた。


「何にせよ、俺たちは俺たちで外を目指すしかねえだろう。外に出られりゃあ、騎士団の連中に力を借りることもできるからな」


 メイアは、「うん」とうなずいた。

 ガルディルは、その手もとに燭台を差し出す。


「俺は刀剣を握っておくから、こいつはお前さんに頼む。行く方向を照らしてくれ」


「わかった」と、メイアは燭台を受け取って、それを前方に掲げた。

 ガルディルはあらためて刀剣を抜き放ち、闇の中に足を踏み出す。


 しばらく進むと、足もとはすぐに平坦な地面となった。やはり、もともと切り開かれていた坑道であったのだろう。ただし、壁に燭台などは設置されていなかったので、採掘場としてはすでに機能していない空間であるのかもしれなかった。


 足もとは平坦であるが、道はぐねぐねと曲がりくねっている。進めど進めど、出口も脇道も現れない。まるでヤギの腸の中をさまよっているかのようだ。坑道というのはもっと真っ直ぐ掘られるものなのではないのかと、ガルディルは内心でいぶかしく思うことになった。


(何にせよ、ここは結界の外だからな。いまのところ、瘴気は感じねえけど……竜人なんざと出くわさないことを祈るばかりだ)


 ガルディルがそんな風に考えたとき、行く手にぼんやりとした光が見えた。


「お、明かりが見えるじゃねえか。あいつが、出口かな?」


 口では陽気に言いながら、ガルディルは片側の壁にぴったりと身を寄せた。


「メイア、そいつを消してくれ。敵方の人間が待ち伏せしてるかもしれねえからな」


「わかった。……火の精霊よ、しばし眠りたまえ」


 燭台の火が消えて、あたりは闇に包まれる。

 ガルディルは刀剣を握りなおしつつ、さらに慎重に歩を進めた。


 闇の向こうに見えているのは、白い光だ。少なくとも、燭台やかがり火の明かりではない。そうして歩を進めるごとに、その光は輝きを増していくかのようだった。


「どうも出口ではねえみたいだな。となると……あいつは、何の光なんだ?」


 つぶやきながら、ガルディルはじりじりと進んでいく。

 坑道は、終わりに近づいていた。その先に、白い光に満ちた空間が待ち受けているのだ。それは明らかに陽光とは異なる光であったが、真昼のような明るさであることに間違いはなかった。


(もしかして、こいつは魔石の原石の光なのか? それにしては、ずいぶんな光りっぷりじゃねえか)


 ともあれ、そこが採掘場であるならば、作業中の鉱夫などがたむろしているかもしれない。ガルディルは神経を研ぎ澄まし、人間の気配がないことを確認してから、その光の向こう側をそっと覗き込んだ。


 そこは、ちょっとした広場になっていた。

 そして、向かいの壁の一面が、白く煌々と輝いている。他の壁や足もとや天井は黒い岩盤のままであるのに、その壁の一面だけが正体不明の輝きを放っているのだった。


「何だよ、こりゃ。もしかして……こいつが全部、金剛の魔石なのか?」


 ガルディルはそのように考えたが、これほどまでに巨大な魔石が存在するはずはなかった。メイアが首から掛けている魔石などは手の平に乗るていどの大きさであるが、これだけで家一軒を守ることが可能であり、そしてけっこうな値となるのだ。これほどに巨大な魔石が存在したら、王国そのものを買いつけることだって可能なはずだった。


「だけどこいつは、金剛の魔石の魔力だ。そいつが目に見えるぐらい光ってるってことは……」


 ガルディルは左右を見回して、他の人間がいないことを入念に確認してから、光る壁へと近づいた。


「ああ、やっぱりな。こいつは銀細工で増幅させた、金剛の魔力そのものだったんだ」


 ガルディルが壁と思っていたのは、光そのものであった。壁が光っていたのではなく、光が壁と化していたのだ。おそらくはこの光の向こう側に、銀細工を台座にした金剛の魔石がいくつも設置されているのだろう。


「普通、金剛の魔石の護符ってのは、自分を中心にして丸く退魔の空間を作りあげるもんなんだけどな。その魔力を凝縮して平面に仕立てあげると、こうやってぴかぴか光るもんなんだよ」


 たとえば王都ディアーンなども、こうした魔力の壁に守られている。夜になれば、石の都にすっぽりと光のお椀がかぶせられているような、実に壮大なる情景を視認することができるのだ。


 しかし、そうなると――この場には、王都の城壁と同じぐらいの強力な結界が張られている、ということになる。

 もちろん王都の場合は数万人の暮らす町そのものを覆うほどの規模であるのだから、これとは比較にならないのだろうが――ともあれ、結界の強度に違いはない。たかだか採掘場を守るにしては、あまりに厳重すぎる装備であった。


「竜人や魔獣だって、採掘場なんざに用事はねえんだからな。いったい何のために、こんな強力な結界を張ってやがるんだ?」


 ガルディルは、左右に視線を巡らせた。

 どちらにも、黒い坑道がぽっかりと口を開けている。この広場は、ガルディルたちが通ってきたものも含めて、三つの道が交わる場所であったのだ。これならば、左右のどちらかの道から外界を目指せそうなところであった。


 しかし、どうにもこの結界には、警戒心をかきたてられてしまう。

 いや、この広場に足を踏み入れた瞬間から、ガルディルは得体の知れない脅威の存在を感じてしまっていたのだった。


「逃げ出す前に、この向こう側を覗いておくか。俺にはわけがわからなくても、あの王太子様のお役には立つかもしれねえしな」


 それは何も難しい話ではない。この結界が弾くのは竜人や魔獣の有する瘴気のみであるのだから、人間であれば素通りすることがかなうのだ。

 ガルディルは意を決して、光の壁に顔を近づけた。

 目玉を焼かれてしまわないように、まぶたを閉ざしてから、光の中に顔をうずめる。


 そうして、おそるおそる目を開くと――そこに待ち受けていたのは、ありうべからざる光景であった。


 魔石の、採掘場である。

 その場所は盆地のように丸く窪んでいたので、ガルディルはずいぶんな高みから下界を見下ろす格好になっていた。

 黒い岩盤のあちこちに、色とりどりの光が灯っている。赤や、青や、黄や、緑や、白――黒もあるのかもしれないが、それは岩盤にまぎれてしまうので判別できない。六種の魔石の、原石の輝きだ。


 ただし、ガルディルに驚愕をもたらしたのは、それらの輝きではなかった。

 それらの輝きに群がる、おぞましい異形の存在である。


 あるものは、蛇のように長大な姿をしている。

 あるものは、二本足で立つトカゲのような姿をしている。

 あるものは、蛇のような身体に角と翼を生やしている。

 あるものは、蛙のようにずんぐりとした身体をしている。


 それらのすべては、禍々しい深紅に双眸を燃やしていた。

 それらはすべて、魔獣であったのだ。


 広大なる空間が、魔石と魔獣に埋め尽くされている。

 魔獣の数は、百や二百ではきかなかっただろう。それだけの数の魔獣が、妖しく輝く魔石に群がって、うねうねと蠢いている。


 そこは確かに、採掘場であった。

 ただし、働いているのは人間ではない。おびただしい数の魔獣が、魔石を採掘しているのである。


 大蛇のごとき魔獣は、尻尾の先端で岩盤を打ち砕いている。

 手足を有する魔獣は、そこから転がり出した魔石を拾いあげている。腕のない魔獣は、口でくわえたり尻尾でからめ取ったりして、それらを木箱に放り入れている様子であった。


 知性を持たない魔獣の群れが、まるで勤勉な人間のように働いている。

 その光景は、あまりに滑稽であり、あまりにおぞましかった。


 そんな中、空中を飛来していた翼竜がガルディルに向きなおる。

 その目を炎のように燃やして、翼竜はガルディルのほうに突っ込んできた。


「うわあっ!」と悲鳴をあげながら、ガルディルはひっくり返って尻餅をつく。

 それと同時に、剣戟のごとき硬質の音色が一瞬だけ響きわたった。翼竜が光の壁に激突して、弾かれたのだろう。どれほどの魔力を有する魔獣でも、この結界を打ち破ることはできないはずであった。


「つまり……つまりこいつは……あの魔獣どもを閉じ込めておくための結界ってことかよ……」


「その通りである」という声が、右の方向から聞こえてきた。

 ガルディルは即座に起き上がり、翡翠の刀剣をかまえてみせる。

 闇に包まれた坑道の向こうから、ひとりの人間が姿を現すところであった。


「魔獣というものは、知性を持たぬ。竜人が命令を下せば、あのていどの簡単な作業を果たすことはかなうが、何かの間違いで外界に逃げ出してしまわぬように結界を張っておるのだ」


 それは、壮年の男であった。

 質のいい絹仕立ての長衣の上に、豪奢な飾りのついた外套を纏っている。その姿も、何やらぼんやりと白く輝いているように感じられた。


 顔の輪郭は角張っており、口もとと下顎に豊かな髭をたくわえている。背丈はさほどでもないが、体格はがっしりとしており、いかにも頑健そうだ。顔立ちも、いささかならず武骨ではあるものの、端正で威厳のある面立ちと言えるだろう。


 しかし、その緑色の瞳は、昏く濁っているように感じられた。

 日の光も差さない森の中で、誰にも知られぬまま腐敗していく、澱んだ沼の水面のごとき眼差しである。


「あんたは……もしかしたら、王弟殿下かい?」


「いかにも、王弟ルイムバッハである」


 そのように応じてから、王弟ルイムバッハは傲然と笑った。


「其方は、かつて《黒曜の剣王》として名を馳せたガルディルであろう? 其方を騎士団長として迎えたいと布告を回したのは、我であるが……そのガルディルが、何故に我の聖域にまで入り込んでいるのか、理解に苦しむところであるな」


「そんな話は、どうでもいいじゃない。わざわざその娘を連れてきてくれたのだから、私は惜しみなく感謝させていただくわ」


 と――妖艶なる女の声が、ルイムバッハに答えた。

 もうひとり、ルイムバッハに続いて姿を現した者があったのだ。


 その者の姿を見て、ガルディルは今度こそ言葉を失った。

 それは、竜人族の女であったのだ。


「ようやく会えたわね、メイア……あなたを骨の髄まで燃やし尽くす日を、私は心待ちにしていたのよ」


 そう言って、竜人の女は妖しく笑った。

 それは、悪夢のようにおぞましい笑顔であった。


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